嗚呼素晴らしきかな、暴力
どうでもいい話
ヘンリックがメルキアの戦いに参加したのは32歳の時。
健全な人生を送るには闘争が必要である―――ヘンリックはそう信じている。
だってそうではないか。強い相手がいれば戦いを挑んでみたくなる。すぐそこまで”死”が迫るスリルほどアドレナリンの分泌を促すものは無いし、全力で強敵を打ち倒した瞬間の達成感は格別だ。どんな酒よりも、そしてどんな美女を抱くよりも充実した快楽をくれる。
だからこそ、そんな状況が延々と続く戦争ほど楽しいものは無い。
平和なんてとんでもない。人間に必要なのは戦争なのだ。隣人と手を取り合い仲良くしましょう、なんてキレイゴトを耳にする度反吐が出る。
人間の手は隣人と手を取り合うためにあるのではない。その拳を握り締め、脳味噌が潰れるまで思い切り殴りつけるためにあるのである。
嗚呼素晴らしきかな、暴力!
だからヘンリックはその衝動に、本能に従い、拳を思い切り突き出した。バキュッ、とヘルメットが潰れる感触と共に殴られた政府軍兵士の頭が潰れ、上顎から上をふっ飛ばされた無残な死体が石畳の上に転がる。
バンザビアの都市”ムゼア”から黒煙が上がるのを見て、ヘンリックは笑いながら拳に付着した血を長いしたで舐め取り、顔に塗りたくった。
ついこの前まで、ムゼアはバンザビアの繁栄を象徴する都市だった。どこまで行っても小さな集落や農村ばかりが続くカフリアの国家、バンザビア。それが工業の近代化に成功し経済が急成長、高層ビルとまではいかなくとも近代的な街並みが広がるまでに発展していたのである。
共に未来へ、共に繁栄へ―――そんなスローガンが踊り、人民が約束された栄光を夢見ていたのも今は昔。その希望が、一切合切の全てが今、戦争の炎に塗り潰され、踏み躙られている。
反政府軍の兵士たちが民族の旗を掲げ、雄叫びを上げながら市街地を駆け回る。雑多な旧式小銃や刀剣で武装した彼らは、しかし先進国から装備を輸入している政府軍の機関銃に薙ぎ払われて、1人、また1人と志半ばで倒れていく。
迫撃砲が着弾し、その爆風で腹を割かれた反政府軍の兵士が口から泡立った血を垂れ流しながら、千切れた腸を必死に腹へと収めようと無駄な努力を費やして息絶えた。
反政府軍に占拠された建物から政府軍の指揮官が連れ出され、ヘンリックたちがでっち上げた憎悪に怒り狂う兵士たちにリンチにされている。
―――これだよ、これが見たかった!
両手を広げ、ヘンリックは絶叫が響き渡るムゼアの街中で狂ったように笑った。
そうだ、これだ。この”死”に満ちた世界こそがヘンリックの望んだ世界なのだ。弱ければ死に、強ければ生き残る。原始的な弱肉強食の連鎖、”領土”という縄張り争いの連なり。野生とは常に暴力に満ちている。つまりはそれが生きとし生ける者すべての本質なのだ。
平等だの多様性だの人権だの配慮だの、どれもこれもが下らない。
人種性別関係なく、弱い奴は死んで強い奴だけが繁栄を謳歌する。それの何がおかしいというのか。
野生動物ですらそうだ。弱ければ肉食動物の餌食になる。強ければ他者の血肉を喰らって生き延びる。この大宇宙に地球という惑星が誕生したその時から1ミクロンたりとも変わっていない食物連鎖というルール、それから逸脱する事の何が特別か。何が人間社会か。何が道徳か。
そんなものは尊ぶ必要など微塵もない。揃いも揃って残飯に混ぜ込んで豚にでも食わせていればいいのだ。
戦争とは弱肉強食だ。
人権だの人命だの、そんなくだらないお題目で停滞した人間社会に弱肉強食の息吹を吹き込む、あるべきサイクルなのだ。
そして今、自分は戦争の萌芽の只中に居る。
―――生きている!
銃弾が掠め、石畳が砕け、銃声が響く度にヘンリックはそれを強く意識する。脳味噌が過剰な量のアドレナリンを分泌し、身体中の細胞が活性化して歓喜に打ち震えているかのような錯覚すら覚える。
首を傾けた直後、一瞬前までヘンリックの頭が占有していた空間を一発の7.92㎜弾が突き抜けていった。殺気に気付いていなければ、あるいは本能の赴くままに首を傾けていなければ、後方から飛来した一発のライフル弾がヘンリックの後頭部を砕いて、アドレナリンの分泌に余念のない脳味噌を木っ端微塵に打ち砕き、40年の人生に終止符を打っていただろう。
それもまた、良い。相手よりも自分が弱かった……後方から放たれるライフル弾に、その射手の存在に気付く事すらなかった間抜けであり、弱者であった事に他ならないからだ。
ヘンリックほど弱肉強食の概念に忠実な男はいないだろう。どんな形であれ、自分より強い相手に打ち倒されるのならばそれで良し、だ。
当然である。弱肉強食を掲げるのならば自分が弱い側に立った時の覚悟も決めておいて然るべきだ。そして過激な主張をする輩に限って、自分が「やる側」ではなく「やられる側」に立たされる想定ができていないし覚悟も出来ていない。
砕けた石畳をふわりと上に放り投げ、落下してきたそれを思い切り殴りつけるヘンリック。
砕けながらも一気に加速したそれは、銃弾もかくやという速度で風を切りながら直進すると、建物の窓からヘンリックの狙撃を試みていた狙撃手に襲い掛かった。スコープに飛び込むなりその勢いのままに射手の眼球を貫通。脳味噌の奥深くにまで食い込んで、政府軍の狙撃手を絶命させる。
良いスリルだった、と満足する暇もない。
大通りの向こう側から迫ってくる地鳴りのような音。振り向くと大通りの遥か向こうには、重厚な装甲で覆われた戦車が排煙を吹き上げながら迫っていて、ゾウの脚みたいな履帯で乗り捨てられた車を踏みつけては、ヘンリックに向かって突っ込んでくる。
「ハッ」
戦車かよ、とヘンリックは笑った。
天地戦争でも散々運用された兵器だ。おそらくアレは獣人側の戦車のお下がりだろう。搭載しているのは37㎜戦車砲と8㎜機銃……図体の割に火力が貧弱で、竜人側の対戦車砲やら魔術にバカスカ撃ち抜かれて比較的早期にお役御免となった中戦車だったと記憶している。
とはいえそれでも発展途上国には十分なのだ。なにせ相手には戦車どころか対戦車砲などという洒落た兵器は無く、雑多な小銃や刀剣、弓矢がせいぜいだ。対戦車兵器と呼べるものがあるとすれば火炎瓶や収束手榴弾、あるいは肉薄攻撃程度のものであろう。
ドタタタタ、と車体前方の8㎜機銃が吼えた。それまで勢いづいていた反政府軍の兵士たちが次々に倒れ、生き残った者は蜘蛛の仔を散らすように逃げていく。中には果敢に戦車に向かい小銃を射かける兵士もいたが、しかし8㎜程度のライフル弾で貫通できるほど戦車の装甲はヤワではない。
あっさりと弾かれ、逆に射撃地点を特定されて、主砲同軸の機銃をしこたま撃ち込まれて石畳の染みと化すばかりだった。
ドン、と石畳を蹴るヘンリック。180㎏の巨体が加速する勢いを一気に受けた石畳が砕け、小さなクレーターと化した。
戦車の真正面から2mの獣人男性が突っ込んでくるともなれば目立ちもするだろう。戦車の砲手はヘンリックを真っ先に始末するべき相手と判断し、ヘンリック目掛けて37㎜戦車砲を放つ。
右へと大きくジャンプし砲弾の爆発を逃れるヘンリック。その勢いを殺さずに右側面の建物、その壁面を蹴ってさらに跳躍。石畳に着地するなり傍らにあった道路標識を蹴り折って、飛んでくる機関銃の弾丸を弾きながら突っ走る。
戦車の足が止まったかと思いきや、履帯が逆回転を始めた。
コイツを近づけては拙い―――操縦手がそう判断したのだ。
しかしもう、何もかもが遅かった。
折れた道路標識を無造作に投げ放つヘンリック。衝撃波の渦輪すら纏いながら飛んでいったそれは戦車の車体正面、厚さ50㎜の装甲をぶち抜くと、それだけでは飽き足らず操縦手の腹から背中までを貫通した。
たちどころに戦車が動けなくなる。隣にいた副操縦手が必死にアクセルを踏み、戦車の足を止めまいと努力を費やすが、しかしその最中に彼らは確かに聴いた……ゴンッ、と装甲を踏み締める音、そしてその足音の主が砲塔の方へと上っていく音を。
車長が息を呑みながらホルスターに手をかけた直後だった。
凄まじい勢いで突入してきた拳がハッチを粉砕、その真下に居た車長の顔面をスイカのように砕いてしまったのは。
「!!」
はぁぁぁぁぁ……と吐息を吐きながら、双眸を爛々と輝かせた悪魔が顔を覗かせる。
それはまるで、”魔獣”だった。
この世のものとは思えない、獣であった。
砲手が叫びながらピストルを連射する。9㎜弾が肩に、脇腹に食い込んで確かにヘンリックは血を流した。しかし戦闘の最中で過度に分泌されたアドレナリンの恩恵か、興奮状態にあった彼はそんな傷を全く意に介さない。自らが粉砕したハッチの破孔を押し広げて車内に身を乗り出すと、砲手と装填手の頭を鷲掴みにしてそのまま握り潰してしまう。
唯一生き残った副操縦手は叫びながらピストルの引き金を引いた。スライドが後退し9㎜弾が銃口から吐き出される。決して肉眼では追えない速度のそれがヘンリックの眉間を捉えたのだろう、恐ろしい狼の獣人は大きく頭を仰け反らせる。
やった、仕留めた……そんな希望も、しかしすぐにぬか喜びへと変貌していく。
「ハァイ……残念でしたァ……♪」
鋭い牙―――肉や臓物、骨をも砕く鋭い牙が、今の銃弾を咥えて受け止めていたのである。
次の弾丸を放つよりも早く振るわれた剛腕が、副操縦手の上半身をぼろきれのように吹き飛ばした。残った腰から下が血を吹き上げ、戦車の車内に血の臭いが充満していく。
戦車の砲塔から上半身を引っこ抜き、首を鳴らすヘンリック。
―――ウォーミングアップにすらなりはしない。
もっと強い相手はどこかに居ないものか。
いっそのこと、このままヴィクトリア湖方面に進出してS&Dにガチの喧嘩でも仕掛けるか。あるいは空中艦でも強奪して、今頃高みの見物と洒落込んでいるであろう協商連合にカチコミをかけてみるか。
どっちに転んでも面白そうだな、と考えていたところに、”異音”が混じる。
―――馬の蹄の音。
「んぁ」
帰り血まみれになりながら視線を向けてみると、いつの間にかそこには一角獣に跨った黒い甲冑姿の騎士が、騎兵槍片手に佇んでいた。
―――いつの間に湧いてきやがった?
只者じゃねえな、と身構えるヘンリックの目の前で、一角獣に跨った黒騎士がランスを掲げる。よく見るとその円錐状のランスの表面には幾何学模様のスリットが刻まれていて、根元の方からそのスリットに紅い光が宿り始めていた。
ぞくり、と背筋を駆け抜ける感触。
戦車の砲塔から身を躍らせた直後、天から何の前触れもなく降り注いだ紅い雷が戦車を貫いた。
鋼鉄の装甲すら貫き、燃え上がらせる騎士の雷。
ヘンリックは知らぬ事であるが―――彼の目の前に現れた黒騎士こそ、彼の渇望する”猛者”そのものであった。
転生者序列3位、”黒騎士”【ゴドフロワ】。
ミカエルやヴォイテクがそうであるように、一切の妥協を許さず高みを目指し続ける求道者。その戦いぶりに強さゆえの慢心は微塵も見えず、何時如何なる時も冷静沈着であり、馬術や槍術から魔術、一定レベルの錬金術に至るまでを修めた文武両道の騎士である。
転生者の中でも大きな変動のない序列上位5名の中に名を連ねる重鎮とも言うべき存在であった。
「ほう……おもしれえじゃねえか」
政府軍にでも雇われたのだろう―――ゴドフロワの強さを推し量るなり、ヘンリックは獰猛に笑う。
コイツならば退屈せずに済みそうだ、と。
「雑兵だらけで退屈してたんだ……簡単に壊れてくれるなよ」
ゴドフロワとヘンリックの戦闘開始から3分後
協商連合本部 浮遊大陸アルカディア
エンジェルパレス 空中庭園
膝の上によじ登ってきたハクビシンにリンゴを与えると、くりくりとした瞳を輝かせながら一心不乱に齧り始めるハクビシン。そんな姿が愛らしくて、ミカエルは膝の上でハクビシンを優しく撫でた。
ユニークスキルを持つが故に、何もかもが退屈で冷めた印象を与えるミカエル。そんな彼女が癒しとしている数少ない事の1つが、ここでこうやって動物たちと触れ合う事だった。動物たちは本能に忠実で、人間のように相手を欺いたりする事がない。
それ以前に愛らしく、だからこそ心が癒されるのかもしれない。
今度はバナナをあげようか、と黄色い皮を剥くミカエルの後ろで、クラリスは「ご主人様」と小さく彼女を呼び止めた。
最愛の妻の真っ赤な唇が何を紡ぐのか、もうミカエルには分かっている事だ。
総てはこうなる事だと。
「序列3位のゴドフロワが死んだようです」
八艘飛びのヘンリック
天地戦争最大の戦闘となったメルキア沖空戦にて、同空戦に参加していたヘンリックが欲しいがままにした異名。デンマルク空軍の強襲揚陸艦『ヴァルキリエン』の乗り込んでいた彼は戦闘が中盤に差し掛かるや、「退屈だから」という理由でシンパを率いて艦橋を襲撃し制圧。艦を竜人側の戦艦に激突させるやそこから敵艦に乗り込んで、敵艦の乗員を皆殺しにし墜落に追い込んだ。
そこから敵の内火艇を強奪し、次の艦に乗り込んでは乗員を皆殺しにし、また次の艦に乗り込んでは皆殺しに……と白兵戦を繰り返し、戦闘終了が宣言されるまでの間に8隻の空中戦艦を墜落させた。これが【八艘飛びのヘンリック】、【皆殺しのヘンリック】の異名の由来である。
当時共に艦橋を占拠したシンパの1人であるイーライ曰く『敵艦の艦長の生首をぶら下げて笑ってた』、『こいつについて行けば退屈しないと思った』との事。なお、同行した獣人の兵士の中にはあまりにも凄惨な現場に耐えきれずPTSDを発症する者も相次いだという。
戦後、ノヴォシア共産党最高指導者スターリンは直々にヘンリックに第一級人民英雄勲章を授与。天地戦争の英雄として彼を祭り上げたが、ヘンリックはそんな事は望んでいなかった。彼はただ熾烈極まる戦争を望んでいただけで、メルキアの戦いを最後に終戦となるなど微塵も望んでいなかったのだ。
ヘンリックはその日のうちに勲章を金に換え、その金で酒を買い、娼婦を抱いたという。




