使い魔
任務を終え、ラウルさんたちを乗せたトキがドルツを離れたのは5日後の事でした。
後続の戦闘人形部隊への引継ぎは不要でした。私たちが得た戦闘でのデータは全て、協商連合の中枢に存在するという無制限戦略指揮AI【ルシフェル】からすべての戦闘人形へリアルタイムで送信されていたようで、やってきた指揮官型の個体は引継ぎは不要である事、そして精神的に異常を感じているならばカウンセリングを受ける事を推奨して、M16A5を肩に担ぎながら作戦展開地域へと向かっていきました。
この5日間の作戦で、練度は上がったと思います。
トキに戻ると、パクさんが部屋にお香を焚いてくれていました。コーリアの伝統的なものらしく、リラックス効果があるものだ、との事です。
5日間ずっと、走って撃って頭を潰して……という作業を繰り返していたものですから、皆さんの疲労は相当なもののようでした。
食事が喉を通っていたのも2日目まで。さすがに見かねたのでしょう、トキの調理スタッフが特別に食べやすいお粥を用意してくれたのは本当にありがたかったです。
私はマザーの”調律”があるおかげで、精神的な影響は全くと言っていいほどありませんでした。子供のゾンビを撃ち殺しても、老婆のゾンビにトドメを刺しても、本来人間が感じるべき良心の呵責や罪悪感と言った精神的負荷とは無縁でいられます。
そういった負の感情を脳が知覚する段階でマザーが介入し、戦闘行動に対して障害となる感情をフィルターにかけてしまうからです。だから極論、それが作戦遂行に必要である場合に限り、私は赤子を殺しても心は痛みませんし、無抵抗の民間人を無残に殺したところで精神を病む事もないのです。
我々巫女は、転生者たちの補佐役であると同時にマザーの”端末”でもある。こうしてフィルターに引っかかった感情は全て電脳の母たるマザーの元へと送られ、彼女が【人間を理解する】ための学習材料として消費されていきます。
そのために実際に見聞きし感じる事こそが、私たち巫女の存在意義。
膝の上でお互いに抱き合いながら寝息を立てているラウルさんとフルールさんの頭を優しく撫でながら、幼少の頃にシスター・クラリスが歌っていた子守唄を口ずさみました。
それは彼女の故郷の歌でも何でもなく、生成AIが作曲したものであって背景も何も無い、と言っていたのを今でも覚えています。あの頃はそういうものでした。私を含め、”背景”なんて概念は存在しないのが当たり前。そんなものを持ち合わせているのはよっぽどの贅沢だと認識していましたから。
でもいざヒトの世に出てみると、異常だったのは私たちの方だったのだと痛感させられます。
さて……巫女として生まれながら巫女でなくなったフルールさんですが、今回の任務で一番しんどそうだったのは彼女のように思えました。
彼女も辛い思いをしてきたでしょうし、マザーの判断で転生者に暴虐の限りを尽くされていた頃の調律は意図的にOFFにされていたフルールさん。あんな経験をしていたから大丈夫だろうと思いましたが、しかしそうでもなかったようです。
スコープ越しに確実に敵を仕留める”狙撃”……一般歩兵特有の、必ずしも命中を企図しない制圧射撃とはわけが違います。狙撃手は高い解像度で狙って相手を撃ち、その弾丸が命を刈り取る瞬間をまじまじと見つめるわけです。普通のライフルマンと比較して精神的な負荷は計り知れないほど高いものである事は想像に難くありません。
これまでは調律でそういった精神的負荷をフィルタリングしていたフルールさん。しかしマザーの庇護を受けられない環境下で、これまでとはベクトルの違う高いストレスに晒されたのです。一番最初に士気に影響が生じたのは、今思えば彼女だったのかもしれません。
フルールさんを安心させようと、彼女を抱きしめたまま寝落ちしてしまったラウルさん。2人を膝の上に寝かせながら頭を撫でていると、威厳に満ちた女性の声が頭の中に響きました。
《シスター・クラルテ。迷える電脳の仔よ》
間違いありません―――マザーの声です。
そっと目を瞑りました。生まれてこの方、マザーの声を直接聴いた事は数えるほどしかありません。指示は殆ど監督役である”シャロン”さんを通して飛んできましたから、こうして直接語り掛けられる事はまずなかったのです。
《あなたの担当の転生者、ラウルは随分と頑張っているようですね》
(はい、マザー。彼女の力は常に想像を超えてきます。このまま努力を続ければどこまでも伸びるのではないか、と)
《実に素晴らしい事です。あなたが彼女を正しい方向へと導いている証です》
(もったいないお言葉です)
《現在、ラウルの序列入りを審査しています。近々シャロンから発表があるでしょう》
(ありがとうございます。きっとラウルさんも喜びます)
《これからも精進なさい》
マザーの気配が遠ざかっていく。
そっと瞼を開け、ラウルさんを見下ろしました。
そうです、あれだけ活躍して【戦狼】という異名まで欲しいがままにしたのです。いつまでも序列圏外ではラウルさんも可哀想です。
すう、すう、と寝息を立てているラウルさんの頬にそっとキスをして、私は笑みを浮かべました。
今はゆっくり休んでくださいね、ラウルさん。
私はあなたの巫女―――何があっても私が、あなたを導くのですから。
トキに別れを告げ、荷物をまとめてエンジェルパレスの自室へと戻ってきた。
高級ホテルのスイートルームみたいな部屋のドアにある端末にカードキーをかざす。ピピッ、と緑色のランプが点灯してロックが解除されたのを確認すると、ドアの向こうから何やら床に爪の当たる音がチャカチャカ聴こえてきて、ああ来やがったな、と何となく悟りながらドアを開ける。
次の瞬間だった。灰色のモフモフの生き物が飛びかかってきたのは。
【ごしゅじーん!!!】
「うわっぷ」
「ラウルさん!?」
キャンキャン鳴きながら飛びかかってきたのは一頭のハイイロオオカミ、その子供だった。そう、例の姥捨ての森で拾ってきたハイイロオオカミの子供である。
親を失い群れともはぐれ、一人ぼっちになってゾンビに追いかけ回されていたところを保護していたのだが……アルカディアにある動物の保護施設に連れて行こうとするとやたらと嫌がった、というか俺から離れたがらなかったので、やむなく部屋で飼う事にしたのである。
ぺろぺろと人の顔を舐め回し、胸元の匂いをすんすんハスハスクンカクンカする仔狼くん。首輪には小さなプレートが下げられており、そこには【ライカ】と刻まれている。
この仔狼くんの名前だ。いつまでも仔狼と呼ぶのは可哀想だし呼ぶ時にも不便だったので、ライカという名前を付けた。由来はソ連時代、ロケットで宇宙に行った犬の名前だ。
前世の世界で飼ってた愛犬の名前でもある。まあ、向こうのは黒柴だったけども。
【おかえりご主人! ずっと待ってたよ!】
「お、おう、ただいま」
俺はハイイロオオカミの獣人なので、ライカが何と言っているのかが分かる。自分と同じタイプの動物であれば意思の疎通ができるという獣人の能力だ。
なので俺にはライカがこうやって甘えながらも何と言っているのかが分かるのだが、他の皆にはただキャンキャン鳴きながら甘えているようにしか見えていない。
よしよし寂しかったな、とライカを抱き上げて部屋の中へ。お前5日間の間にちょっと大きくなった? なんかその、抱き上げた重みというかボリューム感がなんか違うんだけど。
一応、俺たちが不在の間は戦闘人形のメイドが餌をあげたりトイレの掃除をしたりとお世話をしてくれていた。しかしまあその担当のメイドから聞いたんだが、飼い主不在時のストレスが凄まじかったらしく、カーペットを齧るわ壁紙を引き裂くわで大変だったのだそうだ。とりあえず修繕費はポケットマネーから出しておいた。
ま、まあ、狼って群れで暮らす動物だから仕方ないよね……独りだとストレス凄そう。俺もそうだから気持ちは分かる。
荷物を置いて武器もロッカーに収め、ソファに腰を下ろした。
「ライカ、お留守番できたご褒美にいいものをやろう」
【え、なになに?】
「じゃじゃーん。売店で買ってきた鹿肉サラミ(犬用)!」
【にく!】
ぱぁっ、と表情が明るくなった。何だコイツ可愛いな?
人間用のサラミをあげても良いのだが、ミカエル曰く「狼と人間じゃ摂取していい塩分量が違うから気を付けてね」との事なので犬用を買ってきた。まあ犬もそうだよね。
包み紙を開けてやると、ドッグボウルに置いてやるのを待たずにサラミを齧り始めたライカ。よっぽどお腹が空いていたんだろう。よしよしと頭を撫でてやると耳をピコピコ動かし始めた。何だコイツ可愛いぞ?
「あ、ラウルさん。先にシャワー浴びてきてもいいです?」
「ん、いいよ。俺はライカの遊び相手してるから」
「ええ。それじゃライカちゃん、私お風呂入ってきますね」
「ワオン!」
サラミを美味しそうに食べるライカを撫でていると、ちらりとライカがこっちに視線を向けてきた。
「どした?」
【ご主人、戦ってきたの?】
「そうだよ。仕事でね」
【やっぱりそうだ。だって血の臭いするもん】
だよねぇ……。
イヌ科の動物の嗅覚はすさまじい。俺でも注意深く嗅がないと分からないレベルなのだがライカにとってはその限りではないようだ。この辺は動物と獣人のレベルの差なのかもしれない。
【ねえねえ、戦なら俺も行くよ。俺も群れの一員だもん】
「え、でもお前まだ子供じゃん」
【そうだけど……でも狩りの仕方さえ教えてくれれば俺だって】
「ははは……心強いけど、それはもうちょい大きくなってからだな」
【むぅ~……】
ハイイロオオカミは狼の中でも一番身体が大きくなる種とされている。北方に生息している個体が特にそうで、大型犬が仔犬に見えるレベルで大きな体格になるのだそうだ。
とはいってもまあ、身体が大きくなるのも人間と比べればすぐだろうし、希望通りに戦わせてやってもいいだろう。本人の希望だし。
実際に軍用犬を運用する部隊とかあるからな。軍用犬ならぬ”軍用狼”ってところか。
「とりあえずは……そうだな、本当に一緒に戦う気があるなら使い魔契約、やっておくか?」
【いいの!?】
「ライカが良いなら、な。お前こそ俺みたいなヤツが群れのボスでいいのか?」
【えへへ。ご主人優しいし、頼りになるし、だからみんなついてくるんだと思うよ。俺も出会った時思ったもん、”この人こそ群れのボスだ”って】
この仔は素直だ。思った事を正直に言う、素直な仔だ。
建前とか嘘とか謀略に塗れた人間と比べると、大自然の中で生きる動物たちの方がよっぽど純粋で素直な考え方をしている―――そう思わずにはいられない。
「ありがとう、ライカ」
優しく、彼の頭を撫でた。
―――こうして、俺にも使い魔ができた。
ライカという、まだ小さな使い魔が。
「最近、カフリアの情勢が悪化している」
エンジェルパレス内に存在する”空中庭園”。浮遊大陸アルカディアを一望できる高さにあり、彼女の故郷たるイライナの草花が植えられている天空の花園だ。年中通して温かく、よくここを訪れてはお茶を飲んだり、飼っているハクビシンたちを放し飼いにしたり散歩させたりと、ミカエルは頻繁にここを訪れている。
今もそうだ。数匹のハクビシンを放し飼いにして、足元に寄ってきた個体にサクランボをあげている。
「民族対立が激化、一部地域では紛争にまで発展しそうな勢いだ」
「バンザビア辺りが酷そうだな」
「……ご明察」
椅子に腰を下ろし、膝の上にまで乗ってきたハクビシンにバナナを与えると、ミカエルはそのハクビシンを抱き上げ撫でながら背もたれに背中を深く預ける。
傍から見れば動物を愛でているようにしか見えないが、しかしヴォイテクには分かる。
”ヤツ”が動き出した―――つまりはそういう事だ。
「あの辺りはS&Dの勢力圏内だ。アニーが黙っちゃあいない」
「いいのか。このままじゃあ真っ先にS&Dとヘンリックがぶつかる事になるぞ」
「だろうな」
さらりと言うものだから、ヴォイテクは目を細めた。
それはミカエルのアニーに対する信頼の表れなのか、それともその激突の果てに待つ結果が望ましいものとなるのを既に”視て”いるのか。
その答えは、神かミカエルしか知らない―――。
「アニーならば大丈夫だ。ただ念のため、2個艦隊くらいは動けるように備えておいてくれ」
きっとこれが―――平和な時代の維持か戦乱の時代の分水嶺となるのだろうな、とヴォイテクは思った。
第八章『鉄十字の帝国』 完
第九章『暴力の、暴力による、暴力のための戦争』へ続く




