再突入
ミカエル「アルカディアって実質難民国家だし多言語・多民族国家じゃん?」
ラウル「うん」
ミカエル「だから文化とか宗教とかで対立もあるだろうし、うまい具合にまとめるのが難しいわけ」
ラウル「じゃあどうやってこんなに纏めたのさ?」
クラリス「簡単です、ご 主 人 様 を 共 通 の 推 し に し て し ま え ば い い の で す 」
シェリル「ミカを共通の推しとする事で宗教問題や民族対立から目を逸らさせ、その尊さを他者と共有する事で結束力を養います。そうやって異民族同士の距離感を日常的にバグらせる事で結束を促す、ウチの夫捨て身の策なのです。おかげで私もライブからのオフ会でオタ友がたくさんできましたしフォロワーさんも増えました。オタクライフをエンジョイできているのはひとえにミカのおかげなのです。分かったら推しなさいウチの夫を。そして二度とエンジェルパレスに足を向けて眠らないでくださいね分かりましたかミカの二番煎じ」
白目ミカエル「……俺の尊厳でみんなが仲良くできるなら安いもんだよ」
ラウル(コイツ……自分の尊厳を犠牲に……ッ!?)
ラウル「というか誰がミカの二番煎じやねん」
腹の下にC4爆弾を結束バンドで括りつけられたドローンたちが、甲高い音を発しながら森の中へと突っ込んでいった。
ぶっとい樹の枝が織り成す大自然の天蓋。木漏れ日すらも届かぬほど深い闇の中へドローンの飛行音が消えていき、残響すらも薄れて静寂が戻りつつあったその時だった。ドムンッ、と腹の奥に響くような重々しい爆音。ぶわっ、と押し寄せてくる熱い風。
爆音と衝撃波に樹の枝という枝が揺るがされ、優雅に囀り合っていた鳥たちが大慌てでばたばたと飛び立っていく。
「……行こうか」
「ええ」
人間の耳の方にイヤホンを取りつけ、コンバットシャツに追加したマルチカム迷彩のフードを被った。
獣人用のヘルメットや帽子、フードはケモミミを保護するために色々と工夫が施されている。聴覚を損なわないために強度低下を覚悟の上で耳出し用の穴を開けていたり、あるいは耳を収納するための袋がついているものも存在するのだ。まあ、その両方がない場合は我慢して普通の帽子だったりヘルメットをかぶるのだが。
フードにはケモミミを収めるための袋があり、正面はメッシュで覆われているので聴力を損なう事はない。
ポケットに入ったスマホの音楽プレイヤーを起動、プレイリストに入っている曲を流し始めた。索敵をケモミミで、人間の耳では音楽を聴くというわけだ。
何故そんな事をするかというと単純明快、”ゾンビ狩りが普通に地獄だから”である。
元々人間だった存在、生前の姿を想起させるゾンビたち―――それが軍人や冒険者であればまだ良い方だが、今回相手にするゾンビの多くは年寄りや子供たちだ。冒険者でも野盗に身を堕とさない限りは絶対に手にかける事の無い相手であろう。
そんなゾンビたちとまともにやり合っていたら、先にこっちの心が良心の呵責で潰れてしまう。だからどんな些細な事でもいい。ごくありふれた「日常」を「非日常」に持ち込んで、そのおぞましさの純度を希釈してやるのだ。
そうでなければやってられない。
イヤホンからピアノの伴奏と、女性の情熱的なボーカルが聴こえてくる。出撃前、パクさんがおススメしてくれたアメリアのジャズなのだそうだ。転生前はアニソンばっかり聴いてたからこういうジャンルに手を出す事はついになかったが、意外と悪くないんじゃないだろうか。
”眠る前にキスをして、手を繋いで一緒に夢の中に”―――アメリア訛りのイーランド語の歌詞を部分的に自分の母語に翻訳して、随分と甘い感じの歌詞なんだなと思いながら銃を構える。
自爆ドローンの爆発で、ゾンビの一団がごっそりと薙ぎ払われていた。まるでクッキーの欠片に群がる蟻の群れに殺虫剤を噴射したような有様で、生々しく5つも穿たれたクレーターの周囲には赤黒い肉片や体液が飛び散り、とんでもない腐臭を放っていた。
『ヴァ……ァ……』
「……Dios, por favor, salva a estas almas desdichadas(神よ、どうか哀れな魂に救済を)」
下半身を失い、顔の左半分を吹き飛ばされてもなお呻き声を発していた老婆のゾンビの頭に、MARS-Hの7.62×51㎜NATO弾を叩き込んだ。腐敗した人間の頭が金槌を叩きつけられたミカンみたくあっさりと潰れ、物言わぬ肉塊に成り下がる。
……これ、赤の他人だからこうやって撃てるが。
……もし仮に知ってる人がゾンビになってたら俺、撃てるか?
あまり考えたくない事をついつい考えてしまう。マチルダ先生が、エミリオが、孤児院の弟妹たちが、リカルド兄ちゃんが。そしてギルドやレギオンの仲間たちが。
……いや、忘れろ。今それはどうあっても起こり得ない。
《……こうなったのも全て戦争の後遺症。全てを喰い尽くした天地戦争のせいだ》
無線機からパクさんの声が聴こえてきた。上空に待機しながらドローンを放出しているトキの通信室で、ドローンの映像や俺たちのボディカメラの映像を参照しながらオペレーターをやってくれているのだ。
《誰も悪くない……捨てる側も、生きるために必死だったんだ。だから頼む……誰も恨まないでくれ。”人間”を嫌いにならないでくれ》
「……ああ、大丈夫。そこは割り切ってますよ」
口ではそう言えるが……心は正直だ。
この哀れなゾンビたちを、被害者たちをこんな目に遭わせた連中をぶん殴ってやりたい。叶う事なら被害者たちの恨み節の一つでも聞かせてやりたい。ついついそう思ってしまう。
理性では分かっている、誰も悪くないのだと。悪いのは100年も続き、多くの人命と資源を喰い尽くしていった天地戦争なのだと。
『罪を憎んで人を憎まず』―――まさにその通りなのだが、しかしだ。どうあってもこの心の憤りを完全には押さえつけられない。
つくづく実感させられる。人間とは、感情で動いてしまう生き物なのだと。
だから理性で動ける人はきっと、心が強い人なのだ。それか人間が単に嫌いなだけか。
「ラウルさん、落ち着いてください」
MG5を腰だめで構えていたクラルテが、視線を前方から微塵も逸らさずに淡々と告げる。
「感情でしか動けないのでは獣と何も変わりません。あなたは自由意志を持つ”人間”である筈です」
「……そうだな」
心の内を見透かされていたようだ。
クラルテには叶わないな、と思ったところで、またあの重々しい足音が聞こえてきた。ずん、ずん、と大地を踏み締める巨人の足音。この世界にも大昔には”巨人族”という種族が居た(記録によると第7文明前後に絶滅している)らしいが、当時の人々もこんな感じの足音に脅えていたのだろうか。
「巨人が来ます!」
「ユリウス、奴の心臓を攻撃。フルールはすかさず露出したコアを狙い撃て」
「「了解」」
「俺たちは露払いだ、行くぞ。撃ち方始め!」
ドタタタタ、とMG5が吼える。5発に1発の割合で混入している7.62×51㎜NATO弾の曳光弾が、巨人の足元で群がるゾンビの一団へ向かい伸びていく。
かつて戦場の在り方を変えたとすら言われている機関銃。その正統進化系たる汎用機関銃が弱い筈もなく、無慈悲に伸びていく弾幕は次々にゾンビたちの身体を「砕いて」いった。
なるほど、騎兵が姿を消すわけだ。集団での銃剣突撃が格好のカモになるわけだ。一発でも当たればたちまち肉を穿ち骨を砕く弾丸を、こんな濁流みたいな勢いで撃ちまくるのだからそりゃあ戦争のやり方も変わるというものである。
そんなクラルテの圧倒的弾幕を、俺とロザリー、クロエの3人で補完する。
クロエはストッピングパワーを重視しタボール7を、ロザリーはショットガンではなく交戦距離を考慮し俺と同じくMARS-Hを装備している。銃身は20インチ、バーティカル・フォアグリップとACOGスコープが装着されたオーソドックスなセットアップだ。
出撃前は「ラウルとお揃いね。うふふ♪」なんて言っていた彼女の顔……は伺い知れない。ハーフマスクとゴーグルで顔を防護しているからだ。かく言う俺もフードの下にカーキ色の目出し帽、眼球防護用のゴーグルという格好をしているし他の皆もそんな感じだから、どんな顔をしているか分かったものではないのだが。
ゾンビの体液から身を護るためだ。引っ掻かれたり噛み付かれたらアウトだが、『体液が粘膜に接触』してもアウトだからである。至近距離でゾンビを撃ち殺したはいいがその返り血が粘膜に接触してしまい、気付かぬうちにゾンビ化し仲間を襲って……なんて事になったら目も当てられない。
ボシュ、ととんでもねえ速度で榴弾が飛んでいった。ユリウスが肩に担いだカールグスタフをぶっ放したのだ。背後に居れば人体を損傷させてしまうほどの猛烈なバックブラストに見送られ、疾駆した榴弾は狙い違わずに巨人の胸を直撃。腐肉と死体で覆われた表面をごっそりと抉り、グロテスクな死体の心臓を露出させる。
UPR-10で狙いを定めたフルールが、その無防備な心臓にキツい一撃をお見舞いした。ドチュ、と小さな風穴を穿たれるや、ぼろぼろと無数の死体の結合が解け、死体で出来た巨人が仰向けに崩れ落ちながら崩壊していく。
”夢から覚めたらあなたの寝顔が”、”夢見るあなたにそっとキスして”―――幸せそうな歌詞のジャズも佳境に入り始めた。
「再装填!」
「了解!」
頼んだ、と戦線の維持をクロエとロザリーに任せ、スライディングでクラルテの隣へと滑り込む。彼女のバックパックに収まっている弾薬箱(120発入りだ)を引っ張り出してクラルテに渡すと、彼女は機関銃を片手で保持しながらFPSのプレイヤーキャラクターの如く再装填を始めた。弾薬箱を固定してカバーを開け、薬室へとベルトを押し込んでいく。
バクン、とカバーの閉じる音が聴こえた直後には、再び猛烈な弾幕が火を噴き始めた。
彼女の戦列復帰を歓迎するように俺も戦闘に復帰。MARS-HのM-LOKハンドガードをしっかり握り込み、ハンドストップを指で押さえつけながら、得意のCクランプ・グリップでバカスカ撃ちまくる。
その度に重量級の選手が放つ正拳突きの如く、どすっ、と食い込むような反動が肩を苛んだ。
《自爆ドローン第二陣、接近中。後方に注意》
ブゥーン、と甲高い羽音。
頭上を腹にC4爆弾を抱き抱えたドローンたちが通過していった。ゾンビの群れに突っ込むなり、次々に自爆して死者たちをあるべき場所へと還していく。
体感で3分の2くらいは減らしたか―――そう思ったのと、ケモミミが草の揺れる音を拾ったのは同時だった。
”あなたはきっと驚くわ”、”朝起きても甘い夢は続く”―――恋人同士の甘い歌詞に誘われたのか、草陰から子供のゾンビが飛び出してきた。おそらくは5歳から7歳くらい、まだまだ遊び盛りの子供である。
前歯が欠けているのは乳歯の生え変わりの時期なのか、それとも森を徘徊している間に歯茎が腐敗し抜け落ちたのか。いずれにせよ、子供だからと躊躇っていては俺も彼らの仲間入りをしてしまう。
ごめんよ、と届かぬ思いを胸に、左手を腰のホルダーへと伸ばした。中に収まっていたタクティカルメイスを引っ張り出すなり、柄を握りながら左から右へとフルスイング。ミートハンマーみたいな分厚く低いスパイクが幾重にも取り付けられたそれが子供のゾンビの頭をかち割り、また1人の哀れな魂をあの世へと送っていく。
ゾンビたちとの交戦距離が近くなってきた。ロザリーはMARS-Hを放ちながら後退、クロエは大型レイピアを引き抜きながら左手に持ったグロック40で剣戟と銃撃を交えたテクニカルな戦い方でゾンビを屠っていく。
鞭のようにしなる剣身がゾンビの首を刎ね、10㎜オート弾が腐敗した眉間を殴りつける。
それでもゾンビたちは止まらない。
恐怖など無い―――既に死という最大の恐怖を経た死者たちに、そんな概念はないのかもしれない。
MARS-Hの保持をスリングに任せて、右手にタクティカルメイスを、左手にグロック40を持って俺も白兵戦に備えた。まるで第一次世界大戦の塹壕戦にでも参加している気分だ。
老人のゾンビを蹴り飛ばし、転倒した無防備な頭をブーツで踏み砕く。そのまま手首のスナップを効かせる要領でタクティカルメイスを振るい老婆のゾンビを叩き殺した。上顎から上を砕かれたゾンビが、手足をびくびくと痙攣させながら崩れ落ちていく。
”悪夢なんて来ないわ”、”私があなたを守ってあげる”―――恋人を安心させるような、女性の甘い歌声。
メイスを振るう度に、血が流れた。
中には軍服姿のゾンビもいた。冒険者のゾンビも。
”エンゲルの魔女”ことティアナ・エンゲルの調査に向かった犠牲者たちだろう。その中の1人が、錆び付き、木製のハンドガードも風化したボルトアクションライフルを構えたのを見て、ぎょっとしながらグロックで撃ち殺した。
ゾンビは生前の行動を繰り返す習性がある―――つまりは死してもなお繰り返してしまうほど、ライフルの扱い方を叩き込まれていたという事だ。だから戦士や兵士のゾンビほど危険なのだ。
ガギ、とスライドに薬莢が噛み込む。
クソが、と悪態をつきながら銃を一旦投げ捨てた。両手でタクティカルメイスを持ち、迫ってくる兵士のゾンビと対峙する。
人語とも単なる呻きとも聞こえる声を発しながら銃剣突撃してくる軍人のゾンビ。銃剣の切っ先を躱してそのままショルダータックル。下から突き上げる要領で突き飛ばし、体勢を崩した相手の顔面にメイスの洗礼を。
錆びたヘルメットごと頭を潰し、振り向く勢いで背後から迫っていたゾンビの頭を潰す。
もう、なにも考えなかった。
「仕事だから」……だから仕方ないのだ、これが仕事なのだ、と自分に言い聞かせ、聴覚は甘い音楽に逃げて。
この時ばかりは、俺は現実から逃げた。
タクティカルメイス
協商連合が開発したメイス。中世の騎士や聖職者たちが用いたメイスを最新の技術で再構築したもの。筒状の打撃部にはミートハンマーのような太く短いスパイクがついており、ヘルメットもろとも人間の頭を叩き割る事も可能。また打撃部や柄にピカティニー・レールが搭載されており、追加でスパイクを装備する事も可能(※重量増加に注意)。
また柄尻はカバーを外すとネジが切ってあり、ここに予備の柄を接続(※複数も可)する事で両手持ち用のサイズに伸ばす事も出来る。
既に相当数が協商連合の戦闘人形たちに支給されており、敵地への潜入時や塹壕内部での白兵戦などに活用されている。
どれだけ技術が進んで新兵器が登場しても、塹壕とそれに伴う接近戦・白兵戦が戦場から姿を消す事はないだろう。これはそういった状況を見据えて開発された装備である。
なお、設計者はノヴォシア出身の元兵士『ナグール・ドンキスキー』氏。




