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異名付き

どうでもいい話


 ロシアンルーレットを挑まれたミカエル君。リボルバーには全弾実弾が装填されていたが、まさかの【全弾不発】という幸運に見舞われ賭けに勝利した事がある。


 なお、ミカエル君は【生まれてから一度もコイントスで裏を出した事がない】幸運の持ち主であり、彼女の前ではあらゆる賭けが成立しない。彼女は神に愛されているのである。



 軍楽隊の奏でるファンファーレと共に、会場の上空を7機のF-16達がスモークを放出しながら通過していった。トリコロールカラーのスモークは瞬く間に風に浚われ、混ざり合い、アルカディア上空から溶けて消えていく。


 しかしそんな事を気にする者はきっと、この場に1人もいないだろう。


 観衆たちの熱狂的な大歓声。天空をぶち割らんばかりのそれが、その熱量が、会場から見て左手に聳え立つ巨大な格納庫へと向けられている。


 隣でクラルテが何か喋っているようだけど、周りの声が凄まじ過ぎて何と言っているのか全然聴き取れない。けれども一応、唇の動きで「凄い歓声ですね」的な事を言ってるんだろうなと察するなり、軽く会釈しておいた。


 周囲に集まっている慣習たちは皆、アルカディアに住む住人たちだ。故郷を追われたり、または故郷が大陸落としなどで地図から消えてしまい帰る場所を失ったり、あるいは迫害を受けたりと様々な理由で世界から爪弾きにされてしまった人々だ。


 獣人、竜人、性別、年齢、言語……それらに一貫性はない。


 どこかでアルコールを提供している露店があるのだろう、ビールジョッキを片手に片方の角が折れた竜人の男性と獣人の男性が肩を組み合ってガハハと笑っている姿は、ある意味で平和を象徴しているようにも思え微笑ましくなった。


 やがて会場の正面にある高台に、数名の護衛の兵士と長身のメイド―――クラリスを引き連れたミカエルが現れるや、観衆たちの歓声はより一層大きくなった。


 彼らにとってミカエルは絶望の底から救い上げてくれた光、文字通りの神が与えたもうた守護天使なのだろう。その支持は熱烈を極めているそうで、仮に今のアルカディアに民主制を導入しても全員がガチでミカエルを支持するせいで独裁政権と変わらなくなる、とまで言われているそうだ。


「ミカ様ぁー!」


「きゃーこっち向いてー!!」


 ファンサなのか、微笑みながら肉球のある小さな手を振るミカエル氏(30歳男性・既婚者子持ち)。その度に黄色い声が挙がるが、このイベントってアイドルのライブか何かだっけか。


 中にはシュアファイア製のフラッシュライトを手に、オタ芸を披露する観客まで……うわ伝染してる、周囲の客も見様見真似で真似してるよ何なんだアイツら適応力高すぎだろ。


 さすがに「We love ミカ様」なんて横断幕を見てしまった時は卒倒しそうになった。アルカディアの人って指導者とアイドルを混同してるんじゃないだろうか。


 やがてその声援も陰りを見せたタイミングで、ミカエルはマイクを手にした。


 アイツ身長小さいからきっと踏み台使ってマイクの位置合わせてるんだろうなぁ、と思うとなんだか微笑ましい。強大なレギオンの指導者という立場とのギャップが凄まじ過ぎてヒートショック起こしそう。


《親愛なるアルカディア住民の皆様、こんにちは。私はレギオン”協商連合”の代表、ミカエル・パヴリチェンコ。本日は皆様にご報告する事があり、こうしてお集まりいただきました》


 会場に変化が生じたのはその時だった。


 ゴゴン、と大きな音がしたかと思うと、会場の左手にあった巨大な格納庫の中から巨大な影が現れ始める。


 いや……”巨大”なんてものではない。


 さながら鋼鉄の鯨(クジラ)のようだった。鋭角的な艦首と大剣のように尖った衝角。それだけでも海の覇者と呼んで差し支えないほどの威容があるのだが、その船体に60口径44㎝4連装砲を7基も搭載しており、他にも20.3㎝連装砲、高角砲、対空機銃をハリネズミのように搭載しており、これより強い軍艦がこの世界に存在するのだろうかという疑問を抱かずにはいられない圧倒的な姿をしている。


 全長480m、全幅96m、全高60m。船体重量は実に48000tにも達する空の化け物。


 そんな怪物が1隻出てきただけでも凄まじい事なのだが……。


 ミカエルの背後を横切る形で、巨大な車輪の付いた台座に乗せられ、レールの上をスライドして現れたそ(・)の(・)巨(・)大(・)戦(・)艦(・)は(・)な(・)ん(・)と(・)3(・)隻(・)だ(・)っ(・)た(・)。


 そう、1隻ではない。3隻だ。


 これから3隻の大型戦艦が、同時に進空し就役していくのである。


《これらが、我らを守る新たな楯―――チェルノボーグ級重戦艦2番艦『ベロボーグ』、3番艦『ストリボーグ』、4番艦『ダージボーグ』であります。現在、5番艦『スヴァローグ』が建造中となっており、こちらも近々皆様にお披露目する事となりましょう》


 呆気に取られていた観衆たちが、再び歓声を上げた。


 3隻―――3隻もである。


 協商連合最強の戦艦『チェルノボーグ』、その同型艦が3隻も同時に就役するのだ。しかもさらに1隻後に控えており、配備されれば全部で5隻となる。


 協商連合の艦隊戦力は飛躍的に向上するだろう。少なくとも、ちょっかいをかけてくる某ミストルテインのような三下レギオンは、これを見て協商連合と戦争しようなどとは思えなくなるはずだ。


《皆様は安寧を享受して然るべきだ。当然です、これまで酷い経験をされてきたのですから。故郷を追われ、故郷を失い、迫害され、行き場を失いここへとやってきた。そして私は皆様に誓いました。もう二度とそのような辛い思いはさせないと。しかしながらやっとの思いで築き上げたこの安寧を脅かそうとする輩は、世界中に居ます。こうしている今も我々の繁栄を、皆様の命と財産を狙っているかもしれません。我々は何よりも平和を望んでいますが、故にこそ戦争に備えなければならないのです》


 レギオン代表であると同時に、アイツは政治家だ。


 組織を動かし、そのついでに国を動かしているようにも思える。人口520万人、気流結節点外部の飛び地も含めれば1000万人にも達する協商連合、その巨大経済圏を動かしているのだ。嫌でも政治の手腕は身につくのかもしれない。


《そうならないため、我々は皆様の楯となるべく新たな力を用意しました。既に1番艦チェルノボーグは卑劣なミストルテインの軍勢を一掃し、その武力を世に示しております。この3隻も必ずや空の守り手たる責務を十二分に果たすであろう事を、このミカエル・パヴリチェンコの名に懸けてお誓い申し上げるものであります!》


 仲良く並んだ3隻の艦首に、順番にワインボトルがぶち当てられる。水上艦の進水式でもあのような儀式が行われるのだが、それは空中艦でも同じなのだそうだ。ああやってワインボトルを艦首にぶち当てて、航海の安全と武運長久を祈願するらしい。


 エンジンポッドが回転を始めるや、全長480mの巨体がゆっくりと、重々しく宙に浮きあがった。2番艦『ベロボーグ』、3番艦『ストリボーグ』、4番艦『ダージボーグ』の順番に浮遊を始めるや、艦尾に3基も並んだ二重反転プロペラを駆動させ、空へと向かい漕ぎ出していく。


 常軌を逸した建造速度と技術力に、特等席に招待された海外メディアや軍事関係者も言葉を失っているようだった。


 かつてミカエルはこう言った―――『もし今の第27文明が滅ぶ事があれば、来たる第28文明は国家が統治する世界ではなくレギオンが管(・)理(・)する世界であろう』と。


 それが決して絵空事ではない事を、これ以上ないほど見せつけた格好だ。


 見物客の反応は大きく2つに分かれた―――勇ましい3隻の戦艦の姿に熱狂する民衆と、その戦力に肝を冷やす海外の軍事関係者。


 俺はどっちなのだろう……見事にその反応の中間に立っている気がしてならない。


















 



 よもやトキの艦内に足を踏み入れる日がやってくるとは。


 エンジェルパレスの軍事区画、空中艦の発着場。3隻仲良く並んだソーキル級……いや待て、何か増えてる。気がついたらソ(・)ー(・)キ(・)ル(・)級(・)が(・)3(・)隻(・)か(・)ら(・)5(・)隻(・)に(・)増(・)え(・)て(・)る(・)んだが何があった。


 ミカエル氏、まさか艦隊が出てくる魔法の壺でも持っているのではあるまいな、とその建造速度に驚きながらも視線を正面に戻す。キャットウォークの向こうには船体両舷にコンテナユニットを接続した武装貨物船『トキ』の姿があり、艦橋には名前の由来にもなっている大きなスタビライザーがある。あれがウサギ(トキ)の耳に見えるからそう名付けられたのだそうだ。


 船体艦首寄りに設けられた艦橋。やや前傾姿勢の状態で鎮座している艦橋のすぐ目の前には15㎝連装砲がある。ソーキルほど重装備ではないのは元々トキは駆逐艦だか戦時徴用された民間の貨物船で、それが武装を搭載したり機関を換装していくうちに今の姿になった……という経緯で今ここに居るためらしい。


 『協商連合一番の働き者』とも言われるトキ。その運命もなかなか数奇なものである。


 白と黒のダズル迷彩で塗装されたトキの艦内に足を踏み入れると、案内役の乗員が艦橋まで案内してくれた。元々は軍艦ではなく民間の艦であったからなのだろう、ソーキルと比較するとまるでホテルみたいな艦内だった。タラップは比較的緩やかで通路も比較的広く、構造も比較的わかりやすい。


 艦橋に案内されるや、その景色の良さに驚いた。艦橋が艦首寄りの配置になっているからなのだろう、前方の視界を遮るものが何もない。入港時の視界確保に大きく貢献しているのだろう。


 艦長席の方を振り向いて敬礼すると、艦長席に座っていた長身痩躯の初老の男性―――トキを預かるムン艦長が立ち上がって答礼で応じてくれた。真顔になれば冷静沈着な指揮官といった趣の人間なのだろうが、しかし口元に笑みを浮かべれば近所の親しいおじさんといった感じの親しみやすい人だ。


「よしてくれ、もう戦争は終わったんだ」


「え……あぁ、すいません艦長。こうするのが礼儀かと」


「はっはっは、まあその通りだな。初めまして……艦長のムンだ。トキへようこそ」


「ソーキル砲雷長のラウル・エルマータです。こっちが巫女のクラルテとフルール、ロザリーとクロエ、あっちの兄貴がユリウスです」


「活躍は聞いてるよラウル君。かの高名な【戦狼(センロウ)】をこの艦に迎えられて光栄だ」


「……”戦狼”?」


 聞いた事がない名前、というか異名だった。


 周りからコーリア語で『뭐야? 그녀는 몰랐어?(何だ? 彼女は知らなかったのか?)』とささやく声が聴こえてくるが、コーリア語は未履修なのでラウル君分からないの……ごめん、イーランド語かスパーニャ語か竜人語でお願いします。


「君の異名だよ。活動開始間もなくバシリスクを討伐し序列30位の転生者を撃破。おまけに空中艦の通算撃沈数が31隻。文句なしのスーパーエースじゃないか……肩を並べて戦った我々も鼻が高いよ」


「ありがとうございます、光栄です」


「異名付き(ネームド)として、その名に恥じぬ活躍を期待しているよ」


「はい!」


 異名付き(ネームド)、という概念がある。


 仕事で活躍したり大金星を挙げたりと、界隈に名が知れ渡るような活躍をした冒険者に異名がつき始めるとそう呼ばれる。ギルドや管理局公式の称号ではなく非公式のものである事に留意が必要だが、異名で呼ばれるほどの腕利きとして評価の指標となりうる概念だ。


 よもや俺も異名付き(ネームド)の仲間入りか……。


 ちなみにミカエルには【雷獣(ライジュウ)】とか【串刺し公】、【竜殺しの英雄(ドラゴンスレイヤー)】といった数々の異名があるらしい。複数の異名で格の違いを見せつけてくるのホントやめてもろて。


 挨拶を終え、案内役の兵士に個室まで連れて行ってもらった。


 案内してくれた彼に「ありがとう(カムサハムニダ)」とコーリア語で礼を述べ、荷物を下ろして一息つく。


「凄いじゃないのラウル!」


「そうだよ仔犬ちゃん。異名付き(ネームド)の仲間入りなんて大した事さ!」


 興奮気味でベッドに寄ってくるクロエとロザリー。隣ではクラルテが「まあ私が担当してる転生者ですし」と得意気に言ってる。まあ確かにこの中で誰のおかげかと言われたら真っ先にクラルテの名前が挙がるので当然だろう(彼女のサポートスキルなしにここまでは来られなかった)。


 いやぁどうも、と照れつつ一通りチヤホヤされたところで、艦内のスピーカーが《이보다 본함은 도르츠 제국을 향해 출발한다. 각원 보유에 붙여(これより本艦はドルツ帝国に向かい出発する。各員配置につけ)》と命令を発した。


 どたどたと通路を駆け回る乗員たちの足音。それを聴きながら部屋に運び込んでもらった武器ロッカーを開け、中にMARS-Hやらグロックが収まっているか確認しておく。弾薬とクリーニングキット、その他諸々の装備品と一緒に何故かK1A(※韓国製カービン)とかK2C1(※韓国製アサルトライフル)まで詰め込んであるんだが何か、使えってか。そうだよね良い銃だよねぜひ試し撃ちしてみたい。


 圧が強いよ圧が。


 でもまあせっかくだし道中で試し撃ちしてみようかな。


 それはさておき、今回の仕事だ。


 初期不良の解消のため短期のドック入りが確定したソーキルに代わり、トキで俺たち新人6名はこれからドルツ帝国へとんぼ返りする。


 目的はやはり、”姥捨ての森の掃討”―――新人の練度向上のため、ヴォイテクが俺たちもその任務にアサインしたのだそうだ。


 まあ、強くなるためならば手段は選ばない。キッチリ仕事をさせてもらおう。







 

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― 新着の感想 ―
神に愛されている…ですか。しかし当のミカエル君はそのことを全く有り難く思ってないし、あらゆるパラレルワールドの観測にうんざりしてそうだなとも思ってしまいました。 前作を思い出しますね。ミカエル君、前…
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