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スイッチブレード弐式


 するすると伸びていったロケット弾の噴煙が、迫ってくる巨人の胸板を盛大に殴りつけた。口径66㎜、対戦車用に用いるには非力ではあるものの、戦車のような堅牢な装甲も持たず、腐肉と死体で体表を覆われているだけの質量頼みの防御ではたまったものではないのだろう。


 ぐわん、と着弾の衝撃でゾンビ巨人が身体を大きく揺らした。大きく抉られた胸板の奥、ドクン、ドクン、と鼓動を繰り返すのは赤黒く染まった巨大な心臓だ。しかしM72 LAWを放棄してMARS-Hを構え、ドットサイトとブースター越しに見てみると、それは単なる腐肉の心臓などではなく、それすらも無数の死体を繋ぎ合わせて形成されたものである事が分かる。


 何とおぞましい―――背中に寒気が走ったその時、ドカン、と巨大な銃声が姥捨ての森を揺るがした。


 後方に控えていたフルールの狙撃だ。


 M1ガーランドに代わって渡したソ連製対戦車ライフル『デグチャレフPTRD1941』の、14.5㎜弾による一撃。対二次世界大戦初期~中期までは戦車を撃破しうる威力を持っていたそれが、剥き出しになった巨人の心臓をこれ以上ないほど正確に射抜く。


 腐ったトマトを爆竹で吹き飛ばしたような、そんな光景だった。腐肉と死体で出来た心臓が木っ端微塵に弾けるや、巨人の身体がすぐさまボロボロと崩れ始めたのである。


 まるで接着剤を洗い流されてしまったような、そんな感じだった。推定身長10mの巨体を形成していたあらゆる死体の結合が解けたようで、巨人のシルエットがあれよあれよという間に崩れていく。やがて出来上がったのは物言わぬ死体の山だけだ。


 弱点は心臓……あの”コア”の部分のようだ。


「ナイス!」


「ふんす!」


 ガギンッ、とボルトハンドルを引くフルール。薬室から巨大な14.5㎜弾の空薬莢が硝煙と共に飛び出して、代わりに新しい14.5㎜弾を薬室へと装填。ボルトハンドルを前進させ薬室を閉鎖、次の標的へ狙いを定める。


 フルールは狙撃を得意とする巫女だった事もあり、通常のスナイパーライフルから対物(アンチマテリアル)ライフル、対戦車ライフルまではひとまず扱えるらしい。もちろん機種にもよるらしいが……まさかそのレパートリーがソ連製の対戦車ライフルにまで及んでいるとは思わなかった。


 カンプピストルに信号弾を装填。中折れして露出していた薬室を閉鎖するのを見て取るなり、倒木に据え付けていたブローニングM2重機関銃で短間隔のバースト射撃を行っていたクラルテが、その巨大な銃口を上方へと向ける。


 持っている得物を見ただけで意図を察してくれたらしい。次の瞬間には押金を押し込んで、12.7㎜弾の弾雨で邪魔な枝を叩き折っては突破口を築いてくれる。


 本当に彼女には頭が上がらない―――ありがと、とウインクで感謝の意を伝えるなり、引き金を引いて信号弾を発射した。


 クラルテが穿ってくれた大穴を突き抜け、ちょうどゾンビの群れの真上で落下傘を開く信号弾。マグネシウムの激しい燃焼が、上空を舞う味方艦隊に砲撃すべき地点を告げる。


《信号弾を確認。これより支援砲撃を開始する》


「頼む、キツいの一発かましてくれ」


 くるぞ、と仲間たちに注意を呼びかけながら、MARS-Hのセミオート射撃でゾンビの頭を次々に吹き飛ばしてやった。老人、子供、そしてこの森に調査に立ち入って帰って来る事の無かったと思われる軍の兵士たち。


 自分でもびっくりするほど冷静だった。子供のゾンビの頭を吹き飛ばし、緑色っぽく変色した脳漿が湿った地面の上にぶちまけられても、最初ほど顔をしかめる事はなくなった。


 慣れてしまったのかな、と思う一方で、これもしや後になって罪悪感とか一気にくる奴なんじゃね、と思い少し身構える。格闘技やってたから分かるが組手でエキサイトした後、アドレナリンが引いていくにつれて痛みに気付くあれだ。


 それのメンタルバージョンなんてやめてくれよ、と思いながら老婆のゾンビの頭を吹き飛ばす。


《だんちゃーく―――今》


 倒木の影に身を屈め、両耳を塞ぎ口を開けた。ぎゅっと耳を閉じている筈なのに当たり前のように土足で入り込んでくる轟音が鼓膜を揺るがして、突き抜けていく衝撃波が空気という空気を揺さぶった。がさがさと樹の枝が揺れ、中には衝撃波に耐えかねてぶち折れるものも見受けられる。


 パチパチと砲弾の破片が周囲の物体全てを穿った。巨大な樹の幹に、倒木に、地面に、そして爆風と衝撃波の魔の手から逃れたゾンビの体表に、ナイフみたいなグラファイト色の破片が深々とぶっ刺さる。


 20.3㎝連装砲の榴弾による砲撃―――それも1隻ではなく3隻による集中砲火だ。その火力は歩兵が携行できる武器をどれだけ足しても追い付ける気がしない。


 ヴー、とポケットの中でスマホが振動した。何だよ戦闘中に、と思いながら取り出して画面をタップしてみると画面にはAK-47を抱えたヒグマのアイコンがあった。ヴォイテクからだ。


「もしもし?」


《取り込み中スマン、動きがあった。現在トキがユリウスとロザリー、それから”エンゲルの魔女”と彼女が保護していた民間人を収容中との事だ》


 いやいや本当に何があった、と小一時間ほど問い詰めてみたいというのが本音だった。いつになったらユリウスと合流できるのかと思って進軍してたらいきなりユリウスとロザリーをトキが回収中で、しかも目標である”エンゲルの魔女”まで確保していたというのだから驚きだ。


《収容作業が終わるまでそこで時間を稼いでほしい、との事だ。大半のゾンビ共がお前らの方へと向かっている》


「人気者は辛いな」


《いいじゃねえか。握手会でも開いてやれ》


「了解。んじゃあ会場のセットアップを頼もうか」


《了解した。特大の花束をくれてやる》


「―――みんな聞いたな、デカいのが来るぞ!」


 特(・)大(・)の(・)花(・)束(・)が何を意味するのか。


 考えるまでもない事だった。


















 ソーキル級の主砲は、前部甲板に2基搭載されている。


 第一砲塔の後方に、一段高い位置に第二砲塔が背負い式で搭載居されているのだ。一般的な配置ではあるものの、しかし巡洋艦級の主砲を2基も搭載している前部甲板と比較すると、後部甲板はややのっぺりしていて寂しい印象を抱く。


 後方に砲塔が存在しないのだ。一応、船体両舷の上下に4基ずつ、合計8基搭載された37㎜単装速射砲が後方も指向できるようになっているが、しかしそれを”副砲”と呼ぶにはあまりにも貧弱であり過ぎた。


 本来、後方にも1基は配置するべきであった主砲。それを削いでまで後部甲板に搭載した代物が、今まさに牙を剥こうとしている。


 前部甲板よりも数段盛り上がった後部甲板。その一角のハッチが解放されるや、まるで潜水艦に搭載されているSLBMの如く巨大な物体が、その弾頭部を陽の光に晒す。


 ソーキル級に搭載された新兵器である。


 自爆ドローン攻撃システム【スイッチブレード弐式】。歩兵が携行可能な自爆ドローンであり、対人、対戦車用のバリエーションが存在する『スイッチブレード』をそのまま対艦ミサイル級のサイズに大型化し、それ相応の炸薬を搭載する事で威力を飛躍的に高めた『対艦自爆ドローン』とでもいうべき代物だ。


 艦内のドローン制御センターで遠隔操作できる他、このスイッチブレード弐式には1発1発に無制限戦略指揮AI【ルシフェル】の端末AIが搭載されており、艦からの誘導が切断されるやAIが独自に周囲の状況や戦況から総合的に判断、最も脅威度の高い標的へと突入していく制御となっている。


 無論、前線に味方の兵士がいる場合は協商連合性のスマホアプリを用いる事で終末誘導を行う事も可能だ。


 威力は一般的な対艦ミサイルの多くを上回るほどであり、空中戦艦でさえも被弾すれば致命傷となり得る破壊力がある。


 開発中は【サジタリウス】のコードネームで開発が進められ、ソーキル級に初めて搭載されたものだ。それを合計16セル―――ソーキル級の後部甲板、前部甲板よりも一段盛り上がった区画に装備されている。


 本来は砲雷長が遠隔操作を行うのだが、生憎くまさんハウスの誇る砲雷長は戦闘中である。よって、今回は最初からAIルシフェルによる自立制御モードで発射し、終末誘導は現地で戦闘中のラウルにやってもらう手筈となっていた。


「発射準備ヨシ」


「スイッチブレード、発射!」


「発射!」


 ボシュ、と高圧ガスで発射管から撃ち出されるスイッチブレード弐式。後部にあったカバーが外れるや、素早く展開した二重反転プロペラが高速回転を開始。特徴的な金切り音を発しながら重い弾頭を持ち上げるようにして加速していく。


 やがて高度を落とし、先ほどの砲撃で焼け野原となった姥捨ての森の一角へと急降下していった。


















「来るぞ来るぞ、デカいのが!」


 ガガガガガ、と歯を食いしばりながらブローニングを撃ちまくるクラルテの隣で、MARS-Hの狙撃でまた1体のゾンビの頭を叩き割るなりスマホの画面を見て叫んだ。スマホ画面の通知の欄には搭載されているAI【ルシフェルミニ】が『ソーキルよりスイッチブレード弐式が発射』という通知を出しており、終末誘導のためのアプリを開くよう勧告している。


 言われるまでもない。


 ちょっと頼む、とクラルテに敵の足止めをお願いしてMARS-Hを倒木に立てかけ、スマホを横にして画面をタップ。ドローンの終末誘導や遠隔操作に使うためのアプリ『どろーん☆ですとろい』を立ち上げるとAIが自動でスイッチブレード弐式との回線を確立。画面にドローンから見た映像が表示される。


 スイッチブレード弐式―――前世の世界でも運用されていた自爆ドローン『スイッチブレード』を更に大型化、対艦ミサイル級のサイズにした大型自爆ドローンである、と聞いている。


 その威力たるや空中戦艦を一撃で瀕死に追いやり、当たり所が悪ければ竜骨(キール)がぶち折れ轟沈させる事も可能という恐ろしい代物だ。任務次第では核弾頭も搭載可能だそうだが……そんなものを使う任務なんか考えたくもない。


 しかし当然、欠点はある。


 それは巡航速度の遅さだ。ミサイルと比較すると安価な分弾速が遅く、迎撃されてしまう恐れがある。また空中艦は通常の機関を搭載した艦でも200~300㎞/h弱、対消滅機関を搭載している空中艦に至っては当たり前のように650km/hオーバーを叩き出すほどのスピードを誇る。そのためこのドローンでは標的をヘッドオンで狙わない限り、「そもそも標的に追い付けない」という問題が生じるのだ。


 というわけでもっぱら標的は地上目標、空中艦を狙うにしても停泊中を狙うしかない。


 しかし対艦ミサイル級の一撃を支援砲撃でぶっ放してもらえるのだから、メリットの方がはるかに大きいと言えた。


 キュゥゥゥゥゥ、と金切声のような飛翔音。


 来たぞ来たぞ、と小声で連呼しながら、画面に表示されたレティクルの中心線をゾンビの群れのど真ん中に合わせる。





「―――総員衝撃に備え!!」





 仲間たちに警告を発した3秒後、スマホの画面がゾンビの群れを至近距離で映した状態で一瞬フリーズ、その後砂嵐へと変わる。


 それと同時に、先ほどまでの砲撃がただの小火(ボヤ)に思えてしまうほどの大爆発が森の中を、樹という樹を、空気という空気を揺るがした。ぶわっ、と空気が膨らむ感覚。炸裂の瞬間、真っ白な衝撃波がしっかりと目視できた。


 それが通過した後、ワンテンポ遅れる形で地面が抉られる。湿った土も、ゾンビも、肉片も樹の根も全てが吹き飛ばされ、舞い上げられ、炭化した有機物の欠片として無意味に散らばってゆく。


 俺にしたって正直ビビった。盾にしている倒木ごと遥か彼方まで吹っ飛ばされるんじゃないか、今日が俺の命日なんじゃないかという縁起でもない事を馬鹿真面目に考えてしまったからだ。


 それほどまでに”死”を想起させるほどの混乱を、その一撃はもたらしたのだ。


 衝撃波を受け、3分の2くらいまで抉られた倒木の影からゆっくりと顔を出す。


 もう、ゾンビも巨人もどこにもいなかった。


 あるのはぽっかりと口を開けたすり鉢状のクレーターだけである。


「終わった……?」


 クラルテが恐る恐る口を開く。


 ぽた、と彼女の頬に腐敗した血が付着した。


 雨……? そんな呑気な事を考えた次の瞬間、クラルテが血相を変えて俺の身体をぐいっと引っ張るや、近くにあった巨大な樹の根のトンネルの中へと引きずり込む。何を、と抗議の声を上げようとする俺の口を(わざとかどうかはさておき)Jカップのおっぱいを押し付けて塞ぎつつ、「クロエさん、フルールさん、樹の根の下に逃げて!」と叫ぶ。


 2人が唖然としながらも指示通りに樹の根のトンネルに滑り込んできた直後だった。


 ぼとっ、とゾンビの手が空から落ちてきた。


 え、なんで―――と困惑していると、今度は壊死した眼球が、腸の切れ端が、人間の脚が、と次々に小分けにされた人体のパーツが雨のように降り注ぎ、文字通りの血の雨が降った。


 この世のものとは思えない、おぞましい光景。


 クラルテのおっぱいの感触なんか、もう眼中になかった。


 さっきの一撃で吹き飛ばされたゾンビたちの残骸―――空高く舞い上げられたそれが重力の赴くがままに降り注いできたのだと理解した瞬間、俺は昼食を思い切り嘔吐しそうになった。




 

 

スイッチブレード弐式


 ソーキル級に初めて搭載された『対艦自爆ドローン』。一般的な対艦ミサイルのおよそ2.7倍の破壊力を持ち、空中戦艦であろうと一撃で大破、当たり所によっては轟沈に追い込んでしまうほどの威力を持つ。ソーキル級の後部甲板に16セル搭載されたVLSに装填されており、高圧ガスで発射された後は飛翔体後部の保護カバーを分離、二重反転プロペラを駆動させながら標的へと加速していく。


 誘導は母艦からの遠隔操作の他、弾頭部に無制限戦略指揮AI『ルシフェル』の端末AIを搭載しており、戦況や母艦からの指示を総合的に判断し、最も脅威度の高い標的へと突っ込んでいく自律モードも搭載している。それ以外にも前線の兵士がアプリを用いる事で、スマホを使った終末誘導にも切り替える事が可能。


 恐ろしい威力を誇るソーキルの”第二の切り札”とも言える兵器だが、しかし飛翔速度が遅く空中艦に「追い付けない」という欠点を有している事から、標的をヘッドオンで狙うか、停泊している標的や地上目標への攻撃に用いるのが主な用途となる。


 なお、弾頭を換装すれば対消滅弾頭や核弾頭の搭載も可能となっている。



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― 新着の感想 ―
最初は相当戸惑ってましたが、一度支援を受けたり勘所を掴むとラウル君たち。やはり戦い慣れていると言うか…冷静ですね。こういう時にウィットに富んだ会話を行う精神的余裕というのは強いものです。 対艦ミサイ…
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