血戦
『不思議なものです。農業支援のためトラクターを1000台製造すれば”発展の証”と報じられ、都市開発を推し進めれば”経済成長”と報じられる。ところが皆様の命と財産を守るために軍艦を1隻でも建造すれば、たちまち【軍国主義】と詰られる。農地も都市も、皆様の命も財産も守らなければ、その発展は、安寧はいったい誰が守るというのか?』
『古代より先人たちも書き記しております。真の平和を欲するのであれば、なおの事戦争に備えなければなりません。剣を研ぎ、鎧に身を包み、外敵に”あいつと戦うのは止めよう”と思わせる事で得られる平和もまた存在するのです。何も考えず、武器を捨てて対話をすれば相手も歩み寄るであろうというのはいくら何でも見立てが甘すぎる』
『あなたの意見は尊重いたします。軍拡に反対意見を唱えるのもまた自由』
『ですが自由には責任が伴うもの。あなたはその意見に殉じて責任を取れますか? 万が一相手が本当に攻め込んで来たら? 焼き払われる都市、殺されていく女子供たち。そんな阿鼻叫喚の地獄を生みだしたら責任が取れますか?』
『私の目を見て応えて頂きたい』
『もう一度お伺いします。あなたは責任を取れますか?』
『その思想と共に殉じる覚悟がありますか?』
ミカエル・パヴリチェンコ、マスコミとの質疑応答にて発言
同時刻
ドルツ帝国 首都ベルリッヒ
ソーキルの艦橋の窓からは、隣に停泊する空中艦の姿がよく見えた。
駆逐艦から巡洋艦へと格上げされたソーキルと同等の巨体を持ち、しかしいかにも軍艦といった趣の強いソーキルと比較すると優美な曲線が多用され、戦闘艦というよりは旅客艦、あるいは空飛ぶ芸術作品のようにも見えてしまう。
協商連合代表補佐官専用艦『ジル・ド・レ』。
ミカエル専用艦『ラ・ピュセル』の同型艦であり、彼女の補佐役たる組織の№2であるヴァシリーに与えられた専用艦だ。
ミカエルが外遊やレギオン会合などで使用するラ・ピュセルの同型艦というだけあり、その運用も主が違うだけで全く同じものだ。他のレギオンとの会合ではミカエルとヴァシリーは同じ艦には決して乗らず、お互いの専用艦で別の航路を辿り目的地へと向かうという規則がある。
これは2人が不仲だとか、そういう理由ではない。万が一敵の襲撃を受けてしまった場合や、艦がエンジントラブルで墜落してしまうような事態に陥った場合、2人とも同じ艦に乗っていては組織のツートップを同時に失う事態になりかねない。
それを防ぐため、目的地まではそれぞれ別の艦で移動する事を徹底しているのだ。
付け加えると、ミカエルとヴァシリーは親友同士である。
ラ・ピュセルが純白の船体を持ち、所々に桜色のアクセントを有するのとは対照的に、ヴァシリー専用艦ジル・ド・レは禍々しい塗装をしていた。
光沢のあるメタリックな質感の黒を基調に、船体のスリットや安定翼の端、艦橋の窓などが赤く塗装されているのだ。返り血のようにも、肌が裂けているようにも見える禍々しいカラーリングは空においてとにかく目立つ。万が一の場合を想定したのか、それとも名前の由来となったジル・ド・レの悪行を反映したカラーリングなのか。それはあの塗装をデザインしたヴァシリー本人にしか分からない。
「いやあ、悪いねヴォイテク艦長」
ソーキルの艦橋の中、まるで自分の家のように勝手知ったる調子でやってきたスーツ姿の男―――ヴァシリーはにこやかに笑みを浮かべながらそう口にした。
「別にいいさ、こっちも仕事で来てる」
あんたもそうなんだろう、と続けると、ヴァシリーは笑みを崩さぬまま、しかしそっと目を細めた。
明るく親し気で接しやすい性格のヴァシリー。ヴォイテクもこの男の事は気に入っているし、信頼もしている。ミカエルが直々に代表補佐官に任命するだけの事はある、と言ってもいいだろう。
そんな彼が帯びている任務は、間違いなく”エンゲルの魔女”絡みだ。
ミカエルの狙いは最初からこれだったのだろうな、と思っている間に、ソーキルに配属されている戦闘人形がヴァシリーに紅茶の入ったティーカップを手渡した。
「既に”姥捨ての森”での軍事行動の許可は、ドルツ皇帝ヴィルヘルム12世よりとりつけてある」
「……相も変わらず、仕事が早い」
「諜報屋だからね、俺の本職は」
走って撃つのはキミたちの仕事だよ、と肩をすくめるヴァシリー。確かにこの男は真っ向からの戦闘よりも舞台裏、とりわけ諜報の分野においては無類の強さを発揮する。情報は正確で、素早く、そして相手にその気配を悟らせない。
直接手を下さずとも相手が勝手に自壊していくという事も珍しくはないのだ。
出港準備を進めるソーキルの艦橋に、巨大な2つの影が落ちる。
陽の光を遮ったそれを見上げ、ヴォイテクは目を細めた。
ズメイ砲の搭載が完了したのだろう―――ソーキルの運用データをフィードバックし、同様の仕様に改修された同型艦『カナレイカ』、『チャイカ』の2隻が、ソーキルの発進を待ちわびているかのように空港上空に浮遊していた。
空港の周囲ではベルリッヒの住人たちが、協商連合の巡洋艦隊を見上げては驚くような声を上げたり、写真を撮ったりしている。帝都の上空をこの規模の軍艦が飛行するのは、それこそ天地戦争以来であろう。当時を経験した人々には苦い光景に見えるかもしれない。
「既にトキはグラントリアを出港、別ルートから姥捨ての森に向かっているよ……小包を抱えてね」
「ムン艦長も仕事を選ばないな」
「まあ、彼らは我がレギオンの誇る万能選手だからね」
だいたいどこにでも居るのだ、トキは。
ヴォイテクもこの仕事を始めてそれなりになるが、体感ではあるものの8割くらいの確率で仕事中にトキの姿を見た事がある。あらゆる作戦に投入可能な汎用性と、仕事を選ばない艦長のおかげで今日も引っ張りだこなのだろう。
《艦長、機関正常。いつでもいける》
「了解―――ソーキル発進」
「了解、ソーキル発進します」
艦尾にある大型の二重反転プロペラが回転を速めるや、誘導員の合図を受けてソーキルが一気に加速していく。
ふわり、と190mの巨体が滑走路から浮き上がった。
遅れてジル・ド・レも加速し離陸。上空で待機していたソーキル級2隻と合流し、姥捨ての森へと向け進路をとっていった。
武器をMARS-LからMARS-Hに持ち替えて、7.62×51㎜NATO弾のキツい反動に耐えながらゾンビの巨人を狙う。
フルサイズのライフル弾―――フルオート射撃時の反動対策に装薬を減らし、威力と射程で妥協した中間弾薬とはそもそも威力が違う。正真正銘のライフル弾、人体を”貫く”のではなく”砕く”ほどの威力を持つそれが、しかしこんなにも心許なく見えるのは後にも先にも今回だけであってほしい、と願わずにはいられない。
弾丸自体は、ゾンビ巨人に命中するし貫通もしている。
しかし、それだけだ―――それだけだった。
マガジンが空になる勢いでバカスカ撃ち込んでも、巨人は一向に怯まない。痛がる素振りも見せなければ嫌がる気配も無く、ただただ淡々とこっちに迫ってきては腐肉の触手を伸ばして取り込もうとしたり、剛腕をぶん回して叩き潰そうとしてくる。
「クソが」
マガジンを交換、ボルトリリースレバーを掌で叩きながら悪態をついた。悪態をつかずにはいられなかった。
ゾンビ巨人はなんともおぞましく、冒涜に過ぎた姿をしていた。
人間、魔物、動物……ありとあらゆる生き物の死体の集合体。腐臭を発する腐肉が寄り添い、固まり合って、自然と巨人の姿を成した。そうとしか思えない。
脚も、腕も、その先に生える指もよく見ると無数の死体の集合体だ。腐敗した老人や子供の死体が幾重にも折り重なって、押し固められて、腐敗した指や四肢を成している。胴体にもびっしりと死体が埋まっていて、これだけでも生命という概念の尊厳を真っ向から踏み躙るが如きグロテスクな姿なのだが、最もおぞましいのは首から上だった。
ヒトのような姿をしているのは下顎までだった。
本来ならばその上に顔があるはずなのだが、しかし巨人に顔はない。代わりに下顎の内側が擂り鉢状にくぼんでいて、その内側からは腐乱した死体の腕が、まるで地獄の血の池で苦しむ咎人たちが救いを求めるかのように伸びているのである。
神や仏の救いを望んでいるのか、それとも彼らにはこの地獄のような世界の空から垂れ下がる、一筋の蜘蛛の糸でも見えているというのだろうか。
無数の人間が一斉に呻き声を発したかのような、ヒトの尊厳さえも踏み躙るような咆哮を発しながら、巨人は剛腕を薙いだ。死体の繋ぎ目、肉と肉の接合部から苗のように腐肉の触手が伸びてきて、まだ生きている者を取り込もうと迫ってくる。
腐肉の触手をセミオート射撃で叩き落し、とにかく距離を取った。
こんな時にユリウスがいてくれれば……。
重火器のスペシャリストの不在。こんなにも心細い事はない。
「仔犬ちゃん!」
こっちだよ、と大きく手を振るクロエ。クラルテの機銃掃射に援護してもらいながら後退、攻撃に参加してゾンビ巨人の誘因を試みる。
射撃の合間に巨人に向かってケツを向け、セルフでお尻ペンペン。ついでに舌まで出してやると、それに怒ったのかは定かではないが巨人が咆哮を上げた(クロエには「子供かな?」とツッコまれた)。
死体で出来た両足に力を込め、一気に距離を詰めてくるゾンビ巨人。やっべ逃げろ、と全力で突っ走るが、しかし歩幅が違い過ぎる。
推定で身長10mにもなる巨人である。その一歩の連なりは人間にとって自動車に乗っているスピードにも等しく、俺たちとの距離はどんどん詰まっていった。
肩から腐肉の触手が伸び、枝から飛び立とうとする鳥たちを絡め取る。甲高い鳥たちの断末魔。振り向いている余裕はない―――今はとにかく逃げなければ、俺たちも命はないのだから。
「―――フルールぅ!!」
《起爆ッ!!》
来るぞ、と仲間たちに合図して、両手で耳を塞ぎながら口を大きく開けた。聴覚の保護と、圧力で内臓をやられるのを防ぐためだ。これをするのとしないのでは生存率がだいぶ違う。
生き残るために出来る事は何でもする。少しでも怠った奴から死んでいくのだ……死神の鎌から逃れるために、尽くせる手は全部尽くすべきであろう。
ドムンッ、と文字通り腹の奥底を、内臓を揺さぶるかのような大爆発が地面から生じた。先ほど装備を変更した際、一緒に召喚した爆発物が一斉に起爆したのである。
対戦車地雷を5枚重ね、火炎瓶やらクレイモア地雷やら余った手榴弾やグレネード弾やら、爆発しそうなものは全部詰め込んだ。飛散する事を期待して空薬莢も一緒に埋めた。そしてそれらの底に起爆用のC4爆弾を敷き詰めて起爆したのである。
いわゆる即席爆発装置だ。
なるほどこの爆発は癖になる―――変な性癖に目覚めそうになりつつも、恐る恐る後ろを振り向いた。
さすがにあんな大爆発をぶちかまされて、巨人もたまったもんではなかったらしい。足元で生じた大爆発に尻もちをつくような格好で転倒した巨人。その右脚は太腿の辺りからぱっくりと吹き飛んで、輪切りの大根みたく断面を晒している。それ以外にも飛び散った破片やら衝撃波やらが身体中にぶっ刺さって赤黒い血でぬらぬらと濡れているが、しかし生憎相手は死体の集合体だ。痛みも無ければ恐怖も無い。
しゅるしゅると断面から腐肉の触手が伸びるや、周囲に飛び散った自分の肉片や、その辺をふらふらと歩いているゾンビを引きずり込んで、吸収し、自分の身体の一部に再構築して再び立ち上がろうとしているのである。
「なんて奴だ」
「どうします? 対戦車兵器で釣瓶打ちにでもしますか」
「ああ、それが良さそうだが……それで死ぬかな」
クラルテの武器をMG4KからMG5に交換してもらいつつ、召喚した弾薬箱とベルトを支給しながらちょっと不安になった。
攻撃は通用する。しかしここには再生の素材になり得るゾンビや他の生物がまあそれなりにいるし、こっちの火力で相手の再生能力を上回るダメージを叩き出せるかと言われるとちょっと厳しいと言わざるを得ない。
せめて空爆による支援があれば……。
ポケットの中でスマホが振動する。ソーキルとの通信圏外になってるはずだが、と訝しみながらもスマホを取り出すと、そこに表示されていたのはAKを抱えたヒグマのアイコンだった。ヴォイテクである。
「もしもし? 今取り込み中なんだけど」
《ああ、もしもしラウル君?》
「え、ちょ、誰?」
《俺だよ、俺。ヴァシリー》
ヴァシリー……はて誰だっけ、と思ったところでヘラジカの獣人男性の顔が脳裏に浮かんできた。スーツ姿で頭にエルクの立派な角が生えている御仁だ。レギオン『協商連合』の代表補佐官。ミカエルの右腕として組織の運営を補佐しつつ世界中の裏側で暗躍しているやべえやつである。
組織の№2がどうして、と思っている間に、ヴァシリーは言葉を続けた。
《今ねぇ、こちらは”エンゲルの魔女”を確保するために動いてるんだけどね。その様子じゃあゾンビ相手に苦戦してるでしょ、ぶっちゃけ》
「……その通りで」
《やっぱりねぇ、ミカの言ってた通りだ。まあいいや、援護するよ。今ソーキル級3隻でそっちに向かってる。支援砲撃が欲しかったら信号弾なり発煙筒なりで目標を指示してほしい。できるよねそのくらい?》
「侮ってもらっちゃあ困る」
仲間たちの方を振り向いた。
「―――最強の仲間がついてるんでね」
《何よりだ。それじゃあ頑張ってくれ。俺は俺で動くからさ》
それじゃ、と通話を切られた。
やれやれだ……どうやら今回の作戦、最初から最後まで全部ミカエルの手のひらの上だったらしい。支援を要請するまでもなく改装したばかりのソーキル級を3隻も差し向けてくるあたり、このゾンビ巨人との遭遇も織り込み済みだったって事か。
なんだかやるせねえな、と複雑な心境になりつつも、俺たちは作戦を継続した。
そうするしか生き延びる道はない―――前に進むしかないのだ。
どうでもいい話
ミカエルはこの世界の人類の正体を既に知っている。




