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魔女の一族、孤独の歴史

魔女


 女性の魔法使いの象徴。魔法は魔術以上に適性を持つ人間がおらず稀少であり、また「時間を停止する・遡る」、「物体を空中に浮かせる(箒に跨り空を飛ぶのはコレ)、「人間を石に変える」など、魔術では到底真似できない力を操る事が可能。


 しかしその強力な力故に大昔から畏怖の象徴とされ、時には”異端”として魔女狩りの犠牲になる事も少なくなかったという。この「魔女狩り」によって多くの人材や研究資料が失われ、加えて1万年単位の長い年月の経過によりその記録はほぼ残っておらず、観測歴38000年現在においてはほぼ絶滅、お伽噺の中の存在として扱われている。


 そして魔女に対する人々の差別意識は、未だに消えていない。





 気が遠くなるほど昔の話。


 いったい何代前のお婆ちゃんの物語なのか―――考えるのも億劫になってしまうほどの大昔。ドルツのライエルンに私たちエンゲル家の始祖、【ザビーネ・エンゲル】は生まれたとされている。


 父は村の医者、母親は錬金術師という家庭に生まれたザビーネは幼少の頃から稀有な素質を持っていた。今となってはお伽噺同然の力、”魔法”への適正を。


 独学で魔法を学んだ彼女は、村の人々のためにその力を使った。農耕具にかりそめの生命(いのち)を与えて畑を耕したり、老人たちの身体を癒したり、当時ライエルン州を襲ったとされるペストから村人たちを守り、そして恐ろしい魔物を退けた。


 最初の頃は『天使』だの何だの言われ、もてはやされた。彼女は神が遣わしたもうた救済の使途、天からもたらされた星屑だ―――誰もがザビーネを褒め称え、その力を救済の力だと信じて疑わなかった。


 けれども時が経ち、その話が宗教関係者の耳に入るようになると状況は一変した。


 魔法は危険で理解不能―――下手をすれば国をも動かしかねない大きな力を個人が持つ事に、当時の為政者たちは恐怖を抱いた。


 やがて権力者たちはザビーネや彼女の娘たちに、ありもしない罪状を押し付けるようになった。


 ―――【異端者】。


 彼女たちの一族は悪魔とキスをしその僕(しもべ)に成り下がった―――そんな噂が流布されるようになると、村の人々のザビーネを見る目は変わっていったというの。


 悪魔と寝た女、人類の裏切り者、女の皮を被った悪魔。


 散々人々を救っていたというのに、気が付けばエンゲルの一族は化け物扱いされていた。


 信じていた人々に裏切られた始祖、ザビーネ・エンゲルは失意のままこの森へと逃れたの。人々の温もりが、あの愛情の全てが嘘だった―――そう確信した彼女の心は凍てつき、一族以外の人間に決して心を許さなくなった。


 それから数百年、数千年の時が流れた。


 記録によると、その時期が最も過酷な日々だったと記されているわ。なにせ、故郷の村を追われ、人々との繋がりを断ち切られ、一族以外は何も信用できない毎日。森に定住し、自給自足と魔法を活用した生活基盤の構築……それらによるリソースの管理を、外界との接触を回避しながら行わなければならなかったのだから。


 もちろん、エンゲルの魔女の首にかかった懸賞金を目当てに賞金稼ぎが森にやってきた事もあった。異端者討伐が専門の神父たちや、帝国の軍隊も。


 祖先たちは魔法で彼らを幻惑し、あるいは森の魔物をけしかけてその襲撃をしのいだ―――この頃からよ。『森に入れば魔女の餌食になる』と噂され、エンゲルの一族が畏れられるようになったのは。


 更に時は流れていった。


 永い永い時の中、幾度も戦争があった。飢餓も、疫病も。


 そのせいで森に人が捨てられるようになる。怪我人や病人、子供に老人たち。


 魔女が住み、足を踏み入れた者は誰も生きて帰って来る事の無い”魔女の森”。そこに捨てられるという事は死刑宣告にも等しかったでしょう。言葉にこそ出さなかったのだろうけれど、つまりは「二度と帰って来るな」という事なのだから。


 当初は皆、彼らを見て見ぬふりをしていた。人間社会から切り離された哀れな落伍者たち……けれどもやがて、一族の中にも彼らに救いの手を差し伸べる者たちが現れ始める。


 そのうちエンゲル家の魔女たちは捨てられた人々を家へと招いた。そこで病人を治療し、子供を保護し、老人を介護して、それと引き換えに外界の事を色々と教えてもらった。


 中には成長した子と結ばれたエンゲル家の娘もいた。


 やがて文明が幾度も滅び、国も滅び、新たな文明が産声を上げた。


 第5文明から第10文明、第15文明、第20文明……そして今の第27文明へ。


 時代は移ろい、世界情勢が変わっても、けれどもエンゲルの血脈だけは変わらない。


 それはそうでしょう。


 外で戦争が起ころうとも、文明が滅びようとも―――私たちは、大昔からずっとここに居たのだから。


















 ティアナの話が終わった。


 パチン、と指を鳴らすティアナ。すると台所の方からティーカップが意思を持っているかの如くふわふわと浮かんできて、チョコレートのテーブルの上に置かれたソーサーにふわりと着地。ソーサーの上に降り立ったティーカップへ、ティーポットが熱々の紅茶を注いでいく。


 角砂糖が3つ、まるで水泳選手みたいな飛び込みを決めて溶けていくのを見守ったティアナは、「失礼するわね」と笑みを浮かべて言いながら紅茶を口へと運んでいく。


「”ヘンゼルとグレーテル”―――この国の童話、ご存じかしら」


「……子供の頃、母がよく読み聞かせてくれた」


 森の中に迷い込んだ兄妹、ヘンゼルとグレーテルの2人が、お菓子の家に住む魔女と出会う物語。そして本性を顕わにした恐ろしい魔女を、妹のグレーテルが竃(かまど)に突き飛ばして対峙し、兄のヘンゼルと共に家族の下へと帰っていく……。


 意外と覚えているものだな、と自分の記憶力に少し驚いた。幼少の頃の記憶というものは存外消えないものだ。脳裏に焼き付いたそれはずっと、身体が覚えているのだから。


 懐かしい……眠る前、今は亡き母は子供部屋を訪れては絵本を読み聞かせてくれた。天地戦争末期、迫ってくる戦争の気配。先の見えない不安な時代の中にあって、しかしその時間だけは恐怖と不安を忘れさせてくれた。


「あの童話、モデルになってるのは私の祖先なの」


「そうなのか」


「ええ。実際にヘンゼルとグレーテルという兄弟がこの家を訪れた記録があるわ。ひどく痩せていて、兄の方に至っては栄養失調寸前で……だから当時のエンゲル家当主、”クラウディア・エンゲル”は哀れに思ってたくさん食事を与えたんでしょうね。けれどもそれは妹のグレーテルにとって、兄を太らせて食べようとしているように見えた」


「まさか……竃に突き飛ばされた魔女って」


 ぎょっとしながら問うと、ティアナは笑った。


「ええ、そうよ。私の祖先の1人。グレーテルに竃に突き飛ばされて火傷を負っただけで済んだわ……【勇気のある娘だった】って褒めてたそうよ、グレーテルを」


 魔女、と聞くと悪人というイメージがついて回る。


 この世界で出回っている童話のヘンゼルとグレーテル……もしやあれは魔女の家から帰ってきたヘンゼルとグレーテルが、森に居た魔女とお菓子の家という自分たちの見たものを伝えた結果生まれた童話だったのではないか。


 子供の記憶は脳裏に焼き付いて消えないものだ。しかし第一に、子供の記憶である。多くを経験し多角的な視野で物事を見る大人と違って、子供に見えている世界は驚くほど単純なものなのだ。グレーテルの行動から推察するに、彼女らの経験談が森の魔女に親切にしてもらったという真相ではなく、兄を太らせて食べようとしたという形で広まってしまったのではないだろうか。


 当時の事情を考慮に入れても、魔女に対する恐怖や偏見は今よりも色濃いものである事は想像に難くない。童話が変質するには余りにも十分すぎるほど材料がそろっている。


「知らなかった」


 本音が口からこぼれ出た。


 俺たちにとって、童話として伝わった伝承が全てだった。幼少の頃から当たり前だった認識を疑うなど、いったい誰が思いつくだろうか。


「無理もないわ。あなたたちは竜人、空の住人ですもの」


 信じても良いのではないか。


 好意で食事まで用意してもらい、自分の話も(本当かどうかはさておき)包み隠さず話してくれた。理性的に話し合いをする姿勢を見せているこちらに対し、これ以上ないほどの誠意を見せてくれている。


 しかし―――とまだ躊躇していたその時だった。


 部屋の向こうから子供がやってきた。手には絵本があり、ティアナを見るなりまるで自分の母親に向けるような笑顔を向けている。


『Hey, Hexe, lies mir ein Bilderbuch vor!(魔女のお姉さん、絵本読んで!)』


『Oh je, das ist schon in Ordnung. Aber sei brav und warte noch einen Moment, ja? Große Schwester, ich habe mich gerade mit einem Kunden unterhalten(あらあら、いいわよ。でも良い子だから少しだけ待っててくれる? お姉さん、今お客さんとお話してたの)』


 うふふ、と柔和な笑みを浮かべて子供の頭を撫でるティアナ。まるで自分の子供と接しているような自然な仕草に、総ての疑念が吹き飛んだ。


 ―――この人は良い人だ。


 ラウルほどではないが、俺も人の自然な仕草からその人がどういう人物なのかをある程度は推し量れる。この人は本当に、この家を訪れた人の事を大切に思っているのだ。捨てられた子や老人ならば救いの手を差し伸べ、迷い込んだ旅人には食事と寝床を提供してくれるような、そんな慈愛に満ちた聖母の如き人なのだ。


 絵本に描かれている子供を食べてしまうような魔女とは違う。


 子供が去るなり、鹿肉のスープに手を付けた。


 兄さん、と隣でロザリーが目を見開く。


 すっかり冷めていたけれど、それでも鹿肉の旨味と野菜の風味がしっかりと溶け込んでいて、香辛料が癖のある臭いをすっかり消してくれている。確かにちょっとしょっぱいけれど、これくらい濃い味付けの方が疲れた身体に染み渡るような気がする。


「……おいしい」


「そう、お口に合ったようで何よりだわ」


 もしよければここでゆっくりしていきなさいな、と言いながら、ティアナは先ほどよりも柔和な、まるで心の底から喜んでいるような裏表のない笑みを浮かべた。







 











 ここは地獄だろうか。


 ホロサイトの赤いレティクルの向こう側に、腐敗してぐずぐずになった老婆の頭が入り込む。でろんと飛び出した眼球に、腐敗しきってちょっと緑色っぽく変色している脳味噌。手足の肉は腐り落ちて骨が見えており、まさに「歩く死体」以外の表現が思いつかない。


 せめて安らかに、と祈りながら引き金を引いた。5.56㎜弾が腐敗して柔らかくなった老婆の頭の上顎から上を吹き飛ばして、生前はきっと穏やかで、しかし苛酷な生活を生き抜いてきた強さを持っていたのであろうお婆ちゃんの肉体に永遠の眠りを与える。


 死者とは本来、そうあるべきだろう。


 墓標の下で安らかに眠り、時折遺族たちに思い出してもらう。それこそが死者の特権である筈だ。死者の尊厳である筈だ。


 それが何だ、勝手に歩いて生者の肉を喰らう怪物になり果てるなんてどんな仕打ちか。


 FA-MASのフルオート射撃で接近してくるゾンビウルフの一団を薙ぎ払うクロエ。その隙を補完するようにMARS-Lのセミオート射撃でゾンビゴブリンの頭を砕き、ゾンビの一団の接近を許さない。


「手榴弾行くぞ(フラグアウト)!」


 安全ピンを引き抜いて安全レバーを解放、M26手榴弾を力いっぱい投げつける。ドパンッ、と炸裂するなりその辺をぞろぞろ歩いていたゾンビの一団が腐肉で出来たスムージーみたいに弾け飛んだ。


 ドタタタタタタ、とクラルテのMG4Kのフルオート射撃がゾンビを薙ぐ。毎年夏ごろになると日本にやってくる台風みたいな勢いで5.56㎜弾をぶちまけ、被弾したゾンビが黒ずんだ血を流しながら面白いくらいにバタバタと倒れていった。


 やっぱり歩兵戦で火力を出すのは機関銃なんだな、と痛感しながらシュアファイア製の100発入りマガジンを装着。まさかこんなとんでもない代物を使う日が来るとは、と自分のチョイスに驚きながらもボルトリリースレバーを掌で叩いて初弾を装填、フルオート射撃で弾幕を張りながらクロエの後退を支援する。


 彼女も後退したところで俺も射撃を中断、背を向けて一目散に突っ走る。


 キーン、とエンブロック・クリップが射出される音。スコープ付きのM1ガーランドを装備したフルールの支援を受けつつスライディングでクラルテの隣へと滑り込んだ。トントン、と彼女の肩を叩いて撤退が終わった事を伝えると、クラルテはひとしきり機関銃をぶっ放して森の奥へと後退を始める。


 油断していた―――森の奥へ行けば空気が澄んでいるからゾンビもやって来ないだろうと思っていたのだが。


 コイツら風下から接近してきやがった!


 狙ったのか、偶然なのかは分からない。しかしイヌ科の動物の弱点である嗅覚に頼った索敵の死角を突いてくるとは恐れ入った。おかげさまで今、森の中心部に向けて全力で撤退中だ。


 クレイモア地雷をセット、信管もスタンバイする。これはくまさんハウスの団員に支給されているスマホのアプリで起爆できるものだ。ワイヤーを展開したりして本当の意味での地雷として使う事も出来る。


 ガガガガン、とMARS-Lのフルオート射撃でゾンビ共の足を撃ち転倒させ、仲間たちの方へと突っ走る。


「起爆しろぉ!」


「行くぞ!」


 スマホを手にしたフルールが、画面を素早くタップした。


 起爆用のスマホアプリから発せられた電波を受信したクレイモア地雷が起爆。キャンプで使う飯盒みたいな形状の内側にたっぷりと詰まった小型の鉄球がショットガンさながらに拡散して、散布界の中にいた連中を文字通りの挽き肉に変えてしまう。


 追ってくるゾンビの一団がごっそりと数を減らしたところで、俺は見た。


 暗闇の奥―――こっちに向かって歩いてくる、異形の”巨人”の姿を。








「お前……ありゃあレギュレーション違反だろ」






クレイモア地雷(くまさんハウス仕様)


 クレイモア地雷。威力に関しては通常のタイプと変わらないため割愛するが、状況に応じて鉄球ではなくガソリンを詰め込み火焔爆弾として使ったり、硫酸を充填したりとえげつない使い方も想定しているようだ。


 本来の仕様のようにワイヤーを伸ばして使用する事も出来る他、スマホのアプリを使って遠隔で起爆する事も可能となっている。



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― 新着の感想 ―
何とも悲しいお話ですね。人のために魔法で様々な善行を成し遂げ、多くの人々を救ってきたのに宗教関係者等にとって邪魔という理由だけで、あっという間に差別と暴力の対象になってしまうとは。セイレムの魔女狩りも…
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