黒い魂たち
『もし仮に今の第27文明が滅び、新たに第28文明が生まれるのだとしたら、それは国家が統治する世界ではなくレギオンが”管理”する世界でありましょう』
ミカエル・パヴリチェンコ、記者から「もし第28文明が生まれるとしたらどのような世界になると思われますか?」と質問された事に対しての回答
随分と多様性に富んだゾンビ共である。
比較的新しくゾンビになったのであろう腐敗が進んでいない個体の頭を12ゲージのスラグ弾で吹き飛ばしながらそう思った。大口径のスラグ弾が鼻先を直撃するなり、腐敗により肉が柔らかくなっていたゾンビの頭はゼリーさながらに砕け散ってしまう。上顎から上が吹き飛んで、でろんと赤黒く変色した舌に血まみれの歯が顕わになる。
ジャキン、とフォアエンドを引いてコッキング。エジェクション・ポートから役目を終えたショットシェルが硝煙を纏いながら排出されていった。
襲ってくるのは人間のゾンビばかりではない。
ゴブリンやオーク、狼のゾンビもいた。ゾンビに噛まれる、引っ掻かれる、あるいは体液が粘膜に触れてしまうなどの方法で”感染”し、人間、魔物、動物関係なくゾンビ化してしまう。だからそもそもゾンビが発生しない環境を作る事が大切で、そのためにも死体の処理を怠ってはならない。
口減らしのために子供や老人を森に捨てたところで、結局そのしっぺ返しは自分にやってくるものなのだ。明日の食事のために子や老人を間引いても、いつの日か飢えて死んだ子や老人のディナーにされてしまうかもしれないのだから(実際そうなってゾンビ化被害が拡大化した事例はいくつもある)。
なぜ学ばないのだろう。
なぜ改めようとしないのだろう。
そこまで考えて、やめた。
だってどうあっても、根本的な原因はあの忌むべき天地戦争に行きついてしまうからだ。資源を、資金を、そして尊い人間の命を湯水のように使い、喰らい尽くしたあの戦争が全てを変えてしまったのだ。あんな戦争さえなければこんな地獄は生まれなかった筈である。
バンバンバン、と軽快に、しかし重々しい銃声が響いた。
フルールがM1ガーランドMk2 Mod1を立て続けに発砲し、地面から隆起した樹の根を潜って接近してきたゾンビゴブリンたちの眉間を正確に撃ち抜いていく。
バンバン、と発砲したところで、キーンッ、と甲高い金属音が響き渡った。
M1ガーランドの特徴でもある”エンブロック・クリップ”の排出機構だ。
通常、クリップを用いて弾倉へ弾薬を装填するボルトアクションライフルやセミオートライフルは弾薬だけを装填するのが一般的である。しかしM1ガーランドや一部のボルトアクションライフルは、装填に用いるクリップごと弾倉内部に押し込む機構を持っている事がある。こういったクリップごと装填する方式のクリップを『エンブロック・クリップ』と呼称する。
M1ガーランドは弾倉内部の弾薬がなくなると同時にクリップが排出され、今のような金属音を奏でるのだ。これは射手に弾切れを知らせる一方で敵にもこちらの弾切れを悟らせるのではないか、と危惧されたが、銃声に砲声が常に響く殺意と火薬のワンダーランドこと世界大戦ではそれほど問題化しなかったらしい。
フルールがポーチから新しいクリップを引っ張り出している間に俺がカバーする。
犠牲者の骨を固めて作ったのであろう、骨の棍棒を振り上げて突っ込んでくるゾンビオークの頭にスラグ弾を一発。右眼から頭の右半分を大きく抉り、でろん、と黒ずんだ脳味噌がまろび出る。しかしゾンビオークは痛みに錯乱する様子もなく、野蛮な咆哮を響かせながらなおも突っ込んできた。
チッ、と舌打ちしながらもう一発発砲。そのまま引き金を引きっぱなしにしてフォアエンドを前後させる。
スラムファイア―――いわゆる一種の”暴発”だ。それを意図的に起こす事で疑似的なフルオート射撃が可能となる。
ドカドカドカ、とウィンチェスターM1897から立て続けに吐き出されるスラグ弾。ストックが肩にめり込み、重量級の選手の正拳突きでバカスカぶん殴られているような衝撃を感じながらも歯を食いしばって耐える。
ゾンビオークの頭が首から千切れてぶっ飛び、腐った肉片が周囲に飛び散った。歩く死体とはいえ首から上を捥ぎ取られればやっと未練も消え失せるのであろう、ゾンビ化したオークは仰臥するなり二度と動く事はなくなった。
「リロード!」
「了解!」
クソがよ、と悪態をつきながら腰のベルトにあるホルダーからショットシェルを引き抜いてチューブマガジンへと装填していく。カチカチカチ、と慌てながらも1発ずつ押し込んでいる俺の傍らでは、地面に片膝をついたフルールがM1ガーランドをぶっ放し、前に出たスタッグハウンド装甲車が機銃を掃射して、押し寄せてくるゾンビウルフの群れを薙ぎ払っているところだった。
ドタタタタ、ドパパパパッ、と激しい銃声が響き渡る。
ジャキンッ、とフォアエンドを引いて初弾を装填。追加でマガジン内に1発装填し5発+1発の状態へ。
戦列に復帰するなり、こんなところにワイルドでキュートな狼獣人男の娘が居るというのにガン無視を決め込んで装甲車へ向かおうとする不躾なゾンビゴブリンの側頭部をスラグ弾で吹き飛ばしてやった。
ぐしゃあっ、と、まあ原始人程度の知識しかないのも頷けるほど小さな頭を吹き飛ばし、その隣をふらつきながら走っていたゾンビゴブリンのこめかみに銃剣を突き立てゼロ距離で発砲。上顎から上が吹き飛び、腐敗した小さな身体が力なく倒れ伏す。
《主砲撃つよ》
「了解!」
フルール、と短く告げるなり、俺も彼女も耳を塞いで口を大きく開け衝撃に備えた。
どう、と重々しい砲声が響き渡り、向かってくるゾンビの一団が木っ端微塵に砕け散る。下半身を捥ぎ取られてもなお這いずり回る子供のゾンビがいて、それを見たフルールが息を呑んだ。
けれども彼女の葛藤に決着がつくよりも早く、パパパ、と主砲同軸の7.62㎜機銃が火を噴いて、哀れな犠牲者のかりそめの命を今度こそ終わらせた。
「……大丈夫か」
「平気」
強がっているな、というのはフルールの仕草と口調で分かった。俺たちに心配をかけまいとしているのか、それとも戦力外通告を受けるのが怖いのか、あるいはまた以前のように良心の呵責に苛まれているのか。
仮にいずれの理由だとしても、フルールに非はない。
非があるとすれば、この世界だ。
こんなクソッタレな世界にしやがった戦争そのものだ。
そしてそんな戦争を始めやがった連中たちだ。
どいつもこいつも地獄に落ちやがれ、クソッタレが。
銃剣を外し、停車したスタッグハウンド装甲車の砲塔へと滑り込む。それと入れ違いにロザリーとユリウスが出ていった。随伴歩兵のローテーションである。
「兄貴」
「はいよ」
ユリウスにウィンチェスターM1897と銃剣を渡して、彼が出ていくのを見送ってから砲尾へ榴弾を装填。砲手の座席に座ったフルールが、いつでも発砲できるよう備える。
今は装填手の仕事はないな、と見るや砲塔から顔を出した。装填手用のハッチに据え付けられているブローニングM2重機関銃を素早くチェックして、周囲の警戒にあたる。
―――やはり、ゾンビの数が多い。
いったいどれだけの数の子供が捨てられたのか。いったいどれだけの数の老人が家族から見限られたのか。
まるで戦争の黒い部分を見ているようだった。華々しい戦果を挙げた兵士たちの英雄譚では決して語られぬ闇の部分―――飢餓、貧困、絶望の中で狂ってしまった民衆の、人間の、醜い本性の全てがここにあるような気がした。
「……これは」
「どうしたクロエ?」
休息していたクロエが、スマホを見たまま凍り付いていた。
彼女のスマホの表示がおかしい事になっていた。画面の文字という文字が文字化けを起こし、今の時刻が【999:999】とおかしい事になっている。日付も【9999999/13/32】と絶対に訪れる筈のない表記になっており、画面にはひっきりなしにノイズが走っているのだ。
「ロザリー、ユリウス、止まれ」
《どう……たのラウル》
《ノイ……が酷……電波……》
こっちだ、と2人にハンドサインを送りつつ、周囲を警戒した。
―――寒気がする。
怪談を聞いた時とかホラゲをやっている時、身体中に冷たい感覚が走る経験が皆さんおありだろう。今、それが常時全身を走っている。まるで氷水の中に放り込まれたかのように。あるいは身体中の血液が全てドライアイスに置き換えられてしまったかのように。
本能が叫んでいる……逃げろ、と。
「わうっ!」
さっき保護した仔狼が、副操縦手席で吼え始めた。
クラルテが「ああ、ええと……どうしたのワンちゃん?」とおどおどしながら声をかけているが、きっと彼も感じ取っているのだろう。この異様な雰囲気を。
「……怪異空間」
「まさか」
「いや、間違いない。この寒気は……」
思い出す―――浮遊大陸メルキアの旧市街地カエサリアでの出来事を。
ロザリーたちと再会を果たした直後、俺たちは怪異空間へと入り込んでしまった。あの世とこの世の狭間、死者の魂が彷徨う場所に。
あの時と全く同じ感覚だ。
いつの間にか、目の前の道には”何か”が浮かんでいた。それはまるで闇を凝り固めて作ったヒトガタのようで、まるで水の中に浮かぶ水死体の如く宙を漂っている。
ヒトの姿をした影。しかしその首からは鎖のようなものが伸びていて、地面と繋がってしまっているのが分かる。
地縛霊……だろうか。
よく見るとその姿は、ヒトに限らないようだった。
狼やゴブリン、オークもいる。熊も鹿も鳥もいる。この森に生息していたであろう生き物たちの”影”が自然に繋がれて、風船のように宙に浮かんでいるのだ。
《アノ……リ……!?》
《待……物理……くとは限……!》
「ユリウス、ロザリー、音を立てずにそっと戻ってくるんだ。迂回路を探す」
前回遭遇した幽霊は物理が通用したが、今回のはどうだろうか。
前回同様に物理が効くとは限らない―――不用意に攻撃して事態を悪化させる事だけは避けたい。
「わうっ、わうっ!」
「しーっ、静かに……!」
【だってアイツ!】
「気持ちは分かるが静かにしてくれ、いい子だから」
足音を立てないよう、静かにこっちに戻ってくるユリウスとロザリー。2人ともこの異常事態の中、冷や汗でびっしょりだった。
ロザリーの頬から伝った汗が、地面に滴り落ちる。
影がロザリーを見た。
「―――!!」
ぐわっ、と幽霊の腹が裂ける。
肋骨のような突起が大きく露出したかと思うと、それが無数の触手となってロザリーの方へと伸びていった。
背に腹は代えられない―――ブローニングの押金を押し込んだ。
ドガガガガガ、とブローニングM2が吼える。12.7㎜弾が幽霊の触手を断ち、上顎から上を吹き飛ばし、身体を抉っていく。
よし、効いてる……そう思えたのも束の間だった。
ずずず、と影が地面から集まるなり、すぐに元通りになってしまう幽霊。あくまでも物理攻撃は一時的に怯ませるだけで、前回遭遇した幽霊とは違って撃破には至らないらしい。
対抗手段―――なし。
「くそ!」
「2人とも、すぐにこっちへ!」
ユリウスとロザリーを回収して迂回しなければ。
フルール、と言うまでもなく主砲同軸の機銃が火を噴いていた。7.62㎜弾が幽霊たちの身体を砕くが、しかしやはり除霊するまでには至らない。
主砲でまとめてぶっ飛ばそうにも、射線にユリウスとロザリーがいるせいで爆発力が自慢の榴弾砲が使えない。機銃で応戦するほかないのだ。
「!」
べたん、と砲塔に黒い手形がついた。
べたべたべた、と砲塔の表面を伝って俺に近付いてくる手形。息を呑みながらカランビットナイフを引き抜いた直後、目の前にまで迫ってきた地縛霊が掴みかかってくる。
誰の許しを得て化けて出てやがるんだこの野郎、とナイフで喉元をかき斬った。苦しむように喉元を押さえながら離れていく幽霊。その隙にブローニングを旋回、12.7㎜弾を1ダースほど叩き込んで吹き飛ばしてやる。
「ロザリー、ユリウス! 急げ!」
2人はどうなってる、とブローニングを撃ちながら視線を向けた。
ロザリーとユリウスはお互いに背中を守るようにショットガンで応戦を続けていた。スラグ弾を放って幽霊を怯ませ、その隙にスタッグハウンドへ向かい合流を図るも、しかし別の地縛霊が目の前に立ちはだかるせいで迂回を余儀なくされる。
いくら熊をも仕留める火力が自慢でも、物理が効かないのが相手である上に無数に現れるとあってはなにも対抗策がない。
仲間との距離を詰めるどころか、むしろ逆に分断されつつあった。
「クラルテ、2人を何とかして回収できないか!?」
《無理です、なんだかエンジンが咳き込んでます!》
なんだって、と視線を後ろへと向けた。
スマホや通信機が影響を受けているように、装甲車のエンジンもアノマリーの影響を受けているというのか。先ほどからクラルテも前に進ませようと努力しているようだが、エンジンが空回りしているような音がするばかりで装甲車が一向に進まない。
げほげほ、と排気口から煙が噴き出た。
《ラウル!》
ユリウスの声だ。
《装甲車を放棄…脱出、迂回……俺たちは2人…このまま……中心を目指す》
「しかし!」
それじゃあ2人が、と続けたところでユリウスが即座に遮った。
《このま…じゃ全滅………奥……合流……!》
「……クロエ」
どうする、と縋るように彼女に問うた。
このまま2人を救出する事にこだわれば、殺しても死なない相手に浪費を続けることになる。弾薬も体力も、集中力も有限ではない―――このまま続ければ共倒れだ。
ユリウスの言う通り、一旦別れて別の場所で合流するべきなのだろう。
「各員降車!」
クロエの鋭い声が飛んだ。
「2人とは森の中心部で合流する! 各員直ちに装甲車を放棄、離脱!」
了解、と返答するなりクロエを先に行かせた。クラルテもエンジンを切って仔狼を抱えて脱出、クロエにも脱出するように促す。
仲間たちが脱出するまでの間、ブローニングを撃ちまくって援護した。
「仔犬ちゃん!」
「っ!」
ブローニングが弾切れになったところで俺も砲塔を出た。走りながらメニュー画面を展開、スタッグハウンド装甲車を召喚中の兵器一覧から解除する。
タイヤの轍を残して消失するスタッグハウンド。背後から響く幽霊たちの呻き声に急かされるように、俺たちは走った。
また合流できる事を信じて。




