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森の中へ

ラウル「尊厳破壊!」

ヴォイテク「尊厳破壊!」


スク水ミカエル君「お前ら俺の前でもそんな事言えんの?」


狼&熊「すいませんでした」



「Nun, nun, Eure Majestät. Ich hatte gehört, dass du sehr beschäftigt warst, deshalb freut es mich zu hören, dass es dir gut geht(これはこれは、皇帝陛下。ご多忙と聞いておりましたが、お元気なようで何よりです)」


 流暢なドルツ語で受話器の向こうの相手―――ドルツ帝国皇帝【ヴィルヘルム12世】に応じるミカエルの隣では、クラリスが静かにミルクティーを淹れているところだった。イーランドから取り寄せた高級茶葉とミルクのまろやかな香り。


 角砂糖は5つ、ミカエルが好きな甘さ加減だ。


 彼女は何でも知っている。ミカエルの事ならば、何でも。


《Sehr geehrter Herr Michael, ich danke Ihnen aufrichtig für Ihre Vermittlung der Wirtschafts- und Nahrungsmittelhilfe an das Fürstentum Ilaina. Dank Ihnen scheint unser Reich nun wieder seine Stellung behaupten zu können(ミカエル殿、この度のイライナ公国との経済支援と食糧支援の仲介、心より感謝申し上げる。貴殿のおかげで我が帝国は今一度踏み止まる事ができそうだ)》


「Das sind sehr freundliche Worte, Eure Majestät. Angesichts der aktuellen globalen Lage ist ein Geist der gegenseitigen Hilfe wichtiger als Konflikte(もったいないお言葉でございます、陛下。このような世界情勢であります故、必要なのは対立よりも助け合いの精神でありましょう)」


《Du hast mir diesmal wirklich den Tag gerettet. Ich sage danke. Wenn wir mal etwas Zeit haben, lass uns zusammen Tee trinken(この度は本当に貴殿に救われた。礼を言う。いつか時間があったら、共に茶でも)》


「Ja, ich freue mich darauf. Bis zum nächsten Mal, Eure Majestät(ええ、楽しみにしております。ではまた、皇帝陛下)」


 相手が受話器を置くのを待って電話を切り、ソーサーの上に乗ったティーカップを口へと運んだ。まろやかな口当たりと優しい甘み、そしてイーランド産高級茶葉の鼻腔へ突き抜けていくような爽やかな風味が実に心地よい。


 夫の相変わらずのマルチリンガルぶりには、クラリスももう驚かなくなった。


 主要な取引のある相手の国の言語はほぼすべて網羅している―――まるで歩く言語研究所のようだ、とクラリスは評しているほどだ。他のレギオンや政府要人との会談でも通訳を付けず、すべて自分の知識と語学力だけで応じているのだから凄まじいものである。


 レギオンの最高責任者という地位についてこそいるものの、世界各国の要人や王族、財界の大物にレギオンの代表たちと独自のパイプを持つのもミカエルの強みだ。


「……ラウルたちはドルツだったね、そういえば」


「ええ。予定通り”エンゲルの魔女”の下へ向かったようで」


「トキの現在位置はグラントリアだったかな」


「はい、ご主人様。いつでも急行できる位置に待機しております」


 トキの乗員たちやムン艦長にはいつも迷惑をかけているな、とミカエルは思う。


 彼らは協商連合の誇る万能選手だ。ズメイ砲艦隊の整備で身動きがとりにい艦隊にとってはまさに”痒い所に手が届く”存在であり、その利便性ゆえに重宝されている。


「彼女ら、大丈夫でしょうか」


「大丈夫さ」


 ミルクティーを啜りながら、自信満々に答える。


 なぜならば、”エンゲルの魔女”は―――。



















《―――了解した、無理はしないように》


「了解。ラウル、アウト」


 さて、行きますか。


 これから”姥捨ての森”へ突入する、とヴォイテクたちに連絡して、報告が済んだ事を操縦手のクラルテに告げる。


 エンジン音を響かせながら、スタッグハウンド装甲車が前進を始めた。防弾タイヤが湿りに湿った腐葉土を踏み締めて、装甲車を森の中へとゆっくり進めていく。


 車体正面の覗き窓を解放したまま正面を警戒。いつでも戦えるように備える。


 昼下がりのマルレブルク。天気は快晴で空は蒼く澄み渡り、頭上では太陽が燦然と輝いて、総ての生命(いのち)に等しくその光を送り届けている。


 等しく、というのは語弊があるかもしれない。


 少なくともこの”姥捨ての森”に住む者たちは、その恩恵を受けているとは言い難い状況にあるようだ。


 森の中は暗い。一瞬、もう日が沈んでしまったのかと錯覚してしまったほどだ。


 樹々は高く、巨人さながらに聳え立っている。目測で10~20m、個体によってはもっとだろうか。樹齢が何年なのかは不明だが、100年単位で生きているような高齢の樹が多いという事だけは分かる。そしてそれらは争うかのように枝を広げに広げて葉を茂らせ、緑の天蓋を形作っていた。


 さながら巨木と緑が織り成す宮殿……そう例えるならば聞こえはいいが、しかしそれは日光の独占に他ならない。


 太陽の光は地上までほとんど届かず、この巨大な樹たち以外の植物はどれもこれもが背の低いものばかりだ。一応は木漏れ日(おこぼれ)にあずかって強かに成長している草木も見受けられるが、地面で目立つものといえば草花よりは菌類の方だ。


 雨が降ればあの樹々の天蓋が水分の蒸発を妨げる。おまけに直径で5~10mくらいはあるであろう樹の群れが城壁をなすせいで風も満足に入り込んでは来ず、空気は淀み、じっとりと湿り切っている。だからなのだろう、地面は菌類の独壇場のような有様で、倒木の影や巨大な樹々の根元には蒼かったり紅かったり、何とも奇抜な模様を浮かばせたキノコが生えては胞子を放っていた。


「臭うぞ」


「え、私の体臭そんなにひどいです?」


「違うって」


 違う違う、と首を振る隣で真面目に体臭を気にし始めたクラルテ。後ろからは「仔犬ちゃん、それはちょっとデリカシーがないんじゃないかい?」とか「ラウル酷いわよそれは」なんて声が聴こえてくるが、ごめんなさい主語を付けなかった俺が悪かったです。述語オンリーで会話が成り立つわけないもんねそうだよね、ごめんなさいね。


「腐臭が凄い」


 腐臭、という言葉だけで一気に緊張の糸が張り詰めた。


 ユリウスが主砲の照準器を覗き込み、ロザリーが榴弾砲の装填準備をし、車長役のクロエがハッチから身を乗り出して周囲を警戒。ジャキンッ、とフルールが装填手用のハッチに据え付けたブローニングM2重機関銃をコッキング、射撃準備を始める。


 俺も息を呑みながら、M240の押金に指をそっと押し当てた。


 命のやり取りをする直前―――緊張した身体が、勝手に汗を分泌し始める。指の表面が微かに湿り、脚の膝から下に重々しい寒気が走る感覚。


「……ん?」


「どうしたんです?」


「……」


 助けを求める声。


 ぴん、とハイイロオオカミのケモミミが立つ。


 聞こえたのは確かに”声”だが、人間の声ではない。動物の鳴き声―――犬、いや狼だろうか。キャンキャンと甲高い声で鳴き、それが俺の耳には必死に助けを求める声に聴こえているのだ。


 獣人にはこのような特性がある―――自分と同じタイプの動物と、意思の疎通ができるのだ。


 例えば俺の場合、ハイイロオオカミと言語で心を通わせる事ができる。相手の鳴き声や遠吠えが言語として聴こえるのである。


 しばらくして、暗闇の中から何かが走ってくる音が聴こえた。M240を構え、発砲準備をする。


 車体正面の覗き窓を閉鎖、潜望鏡(ぺリスコープ)で正面の状況を確認。やがて随分と狭くなった視界の向こう側から小さな泥にまみれた影が現れて、一目散にこっちへと走ってきた。


 必死に逃げてきたのだろう、体毛が泥だらけでめっちゃくちゃになっていたが、しかし体格や外見的特徴、耳の形状や尻尾の長さから辛うじてそれが狼である事が分かった。俺と同じくハイイロオオカミだ。しかもまだ子供である。それこそ仔犬と見分けがつかないくらいの。


【たすけて、たすけて!】


 キャンキャン、と親犬を探す仔犬のような弱々しい鳴き声を発する狼の仔。やがてその小さな姿を追うように、暗闇の向こうからよろめきながらも走ってくる影が見えてくる。


 ゾンビたちだった。


 腐敗した死体たち―――老婆のゾンビもいれば子供のゾンビもいるし、ゴブリンやオークのゾンビもいる。身体の一部が欠け、腹が裂けて黒ずんだ臓器がびろびろと伸び、眼球はすっかり白濁していて視力がないのは明白だ。


 なのにまだ生きている相手を見つけては無差別に追いかけ回し、喰らおうとする。もう死んでいて食事など必要ない筈なのに。


「撃ち方始め!」


 ドタタタタ、とフルールが50口径で射撃を始めた。遅れてユリウスも主砲同軸のM240で射撃を開始し、12.7㎜弾と7.62㎜弾の弾雨がゾンビたちの腐敗した肉体を完膚なきまでに打ち砕く。腐ったカボチャを爆竹で吹き飛ばすかのように、手足が面白いくらい弾け飛び、やがて肉体を激しく損傷したゾンビたちは物言わぬ肉塊へと成り下がっていった。


 副操縦手のドアを開け、走って逃げてきた狼の子供に向かって叫ぶ。


「聞こえるか、こちらに逃げ込め!」


「ちょっとラウル!?」


 仰天するロザリーの声が聴こえた頃には、すっかり怯え切った狼の仔が進路を変更してこっちにやってきた。小さな身体のどこにそんな力があるのか、と思ってしまうほどの大ジャンプで俺の胸に飛び込んでくるなり、まだ小さな身体をぶるぶると震わせる。


 ドアを閉め、狼を優しく撫でた。


 何歳くらいの仔なのだろうか。いずれにせよ、まだ母親と一緒に暮らしているべき年齢なのにあんなゾンビに追いかけ回される経験をしたのだから怖いに決まっているだろう。


 よしよし、と泥まみれになるのも厭わずに狼の仔を撫でると、小さな舌を出して指をちろちろと舐め始めた。


「どうするのさ、その子」


「ゾンビじゃないみたいだし、保護してもいいんじゃないかなって」


「保護って……仔犬ちゃん、その子は犬じゃなくて狼なんじゃないかい?」


「俺の同胞だ。意思の疎通は出来るし森の中の情報を教えてくれるかもしれない。保護するメリットはある」


 水飲むかい、と水筒の中の水をいくらか手のひらに垂らして口元へと持っていくと、狼の仔は舌を使って水を飲み始めた。


 よしよしいい子だ。


「仔犬ちゃん、フルール。悪いけれど随伴歩兵をお願いするよ」


「了解」


「ん、わかった」


 戦車や装甲車は恐ろしい火力と防御力を持つ地上の王者である。ドローンが普及した今も、然るべき戦術と装備さえあればその地位が揺らぐ事はないだろう。


 しかし、かといって戦車だけで無双できるかと言われれば決してそうではない。戦車や装甲車の視野は見た目以上に狭く、だから歩兵の待ち伏せ(アンブッシュ)に対しては脆弱なのだ。それを補うため、車長が時折車外に身を晒して周囲を警戒したりする必要があるが、それにも限度がある。


 その問題を解消するのが随伴歩兵である。


 戦車の周囲に展開し死角を補う事で、戦車が不意打ちでやられるのを防ぎつつその火力が最大限に発揮できる状況を生み出す。そして戦車は脆弱な歩兵を守るために盾となりつつ、その絶大な火力で進むべき道を切り開く。


 兵器とは「これが最強!」みたいな小学生のような話で完結するものではない。複数の兵器や兵士が互いの欠点を補うよう連携して初めて真価を発揮する。


 ごめん、ちょっと行って来るよ、と仔狼を撫でながら告げると、悲しそうに「くぅん……」と鳴いた。


 座席のすぐ近くにスタンバイしていたポンプアクション式ショットガン―――【ウィンチェスターM1897”トレンチガン”】を引っ張り出し、長いM1917銃剣(バヨネット)を着剣。接近戦に備える。


 第一次世界大戦の塹壕戦において、おそらくはドイツのMP18と並んで猛威を振るった得物だろう。銃身を切り詰めてバレルジャケットをかぶせ、銃剣を装着できるよう改造を受けたこの”トレンチガン”は塹壕戦で頻発した接近戦でその破壊力を遺憾なく発揮し、ドイツ帝国をして『その武器を使うな』と言わしめたレギュレーション違反散弾銃である。


 しかも俺が装填したのは通常の12ゲージの散弾ではなく、1発の弾丸が飛んでいくスラグ弾。大型の猛獣を仕留めるためのもので、弾頭の形状ゆえに空気抵抗が大きく狙撃には適さないが、至近距離ではヒグマをも仕留める威力を誇る。


 ゾンビは人間と違って痛覚がなく、撃たれても「怯んで苦しむ」という事がない。だからこういう大口径の得物の方が確実に仕留めるにあたっては効果的であろう。


 砲塔の上から飛び降りてきたフルールの手には、同じく着剣した【M1ガーランド Mk2 Mod1】がある。


 旧式の米軍の銃を携え、俺たちは森の中を進んだ。


 


 

ウィンチェスターM1897”トレンチガン”


 言わずと知れたアメリカ製のポンプアクション式ショットガン。第一次世界大戦の塹壕で頻発した接近戦を受けてアメリカ軍が採用した。銃身の切り詰めやバレルジャケット、着剣装置の追加などの改修を受けており、期待通り接近戦では凄まじい破壊力を発揮。加えて引き金を引いたままフォアエンドを前後させコッキングする事で意図的に暴発させ、それを用いた疑似的なフルオート射撃『スラムファイア』も使用できた。そのためドイツ軍はこの銃を使用しないようアメリカに要請したほどであったという。しかしアメリカはその要請に応じずトレンチガンを運用し続けた。戦争は地獄である。


 本編ではラウルが銃剣付きのこれにスラグ弾を装填し装備している。





M1ガーランドMk2 Mod1


 第二次世界大戦でアメリカ軍が正式採用していたセミオート式ライフル、M1ガーランド。朝鮮戦争でも用いられた他、続くベトナム戦争においてもM14の不足分を補うために相当数が投入された。一部のM1ガーランドはM14と同じく7.62×51㎜NATO弾に対応するための改修を受けて配備されたが、このM1ガーランドMk2 Mod1もそれらのモデルのうちの1つである。主に海軍で運用されたとされているが、それでも改修を受けた個体数は少数に留まる。


 本編ではフルールが銃剣付きのものを装備。

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― 新着の感想 ―
あれ?俺ガ島に迷い込んだかな?
やはりエンゲルの魔女についてもミカエル君、何か観測していましたか。トキを非常時のバックアップとして準備していますが、何か成功の目算はちゃんとついてそうですね。ドルツへの食料支援と将来の軍事同盟、ノヴォ…
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