姥捨ての森
スタッグハウンド装甲車(くまさんハウス仕様)
アメリカが開発しイギリス軍が第二次世界大戦で運用したスタッグハウンド装甲車をベースに独自の改造を施したもの。ベースとなっているのは3インチ榴弾砲を搭載したMk.Ⅱ。改造したと言っても武装の一部差し換え程度に留まっており、設計を弄るほどの改造は行っておらず現地改修の域を出ない。
主な変更点は以下の通り。
・砲塔上にブローニングM2重機関銃を追加
・車体右前方、及び主砲同軸の機関銃をM240に変更
・砲塔両側面にチューリップ・ロケット発射機を追加。弾数4発
・車体後方に貨物用カーゴを牽引可能(※主に配達の際に使用)
大人になってくると、物事の見え方が変わってくる。
子供の頃はただお父さんが居て、お母さんが居て、お爺ちゃんとお婆ちゃん、それから兄弟がいて、家族みんなで仲良く暮らしていましためでたしめでたし……”家”という小さな世界だけで全てが完結していたからなのだろう、何もかもが単純だった。
毎日遊んで、学校に行って、ご飯を食べて寝て。それが大多数の子供にとっての”世界の全て”なのであろう。
けれども成長するにつれ、物事を知る領域とその解像度がどんどん上がってくる。
そうして見たくないものまで見えてくるのだ……近所のトラブルや家庭内、職場での人間関係。なまじ知恵がついてくるが故に余計な事を考え、重苦しい現実が心の奥底へと沈殿していく。
ヴォイテクが言っていたヘンゼルとグレーテルのお話も、その物語が生まれた背景を知らなければ『よくお母さんが読み聞かせてくれた童話』で終わっていただろう。
それが、遥か昔の飢饉の時代に横行していた口減らしのための子捨てを描いたものであったなど、あの頃は夢にも思わなかった。
そして実際、子捨てや姥捨てがこの世界では横行している。
ドルツだけじゃあない、どこの国でもそうだ……ノヴォシアでも、フェルデーニャでも、イーランドでもアメリアでもグラントリアでも。そして俺の祖国スパーニャでもそうだ。
食べ盛りの子供も、働けない老人も、どちらも家計を圧迫する。食料は毎日のように消え、しかし新しい食料が手に入る保証などどこにもない。
本当はもっと、子供はたくさん食べて遊び、学んで大人になり、老人はその豊富な経験と知恵で若者を救い、敬われるべきなのだ。それが世界のあるべき姿であると俺は思うし、はっきり言ってこの世界は歪んでいる。
常人の尺度で物事を図るなというならば、どうすればいいのか。どこかから狂人の尺度でも引っ張り出して図れというのか。
スタッグハウンドが路肩に停車した。ドアを開けて副操縦手の席を降り、運転席から降りてきたクラルテとバトンタッチ。運転席に腰を下ろし、クラルテが副操縦手席に座ったのを確認してからアクセルを踏み込んだ。
え、免許持ってるのかって?
持 っ て る わ け な い じ ゃ ん 。
というわけで無免許で装甲車を運転しながらベルリッヒを離れ、道中で配達しながら件の”姥捨ての森”を目指しているというわけだ。
「はーっはっはっは! 仔犬ちゃん、ちょっとスピード速いんじゃないかい!?」
「えー、そうかな」
「ラウル、上にフルールも乗ってるんだから振り落とすなよ」
「うっす」
「やん♪ ラウル激しい♪」
何を想像してるんですかロザリーさん。
今回の仕事はベルリッヒからマルレブルクまでの遠征になる。仕事の難易度的にも4人では心許ないし、交代で仕事ができるよう6名での出発となった。管理局では原則として1パーティーは4人までという規定を用いており、特別な許可が下りた場合はその限りではないのだが、今回はその”特別な許可”が下りなかったため止むを得ず『4人+2人の2パーティーが組んでの仕事』という名目での出発となった。
メンバーは俺、クラルテ、ロザリー、ユリウス、クロエ、フルール。
くまさんハウスのベテラン勢は艦に残り、維持管理や貨物の積み込み作業にあたるとの事だが―――おそらくヴォイテク的には「このくらいお前らでやってみろ」とでも考えているのだろうな、と薄々思う。
まあいい、キッチリやってやるさ。
エンゲルの魔女だかなんだか知らないが……害をなす存在なのであれば蜂の巣にしてやるまでだ。
ベルリッヒがそうであるように、エルレ川流域に位置するマルレブルクもハイパーインフレと食糧不足で喘いでいた。
路肩に座り込んでいる手足の無い帰還兵たち。道行く人々の目に活気はなく、伝統的なドルツ様式の建物は(国土が戦地にならなかったので)良好な状態で残っているというのに、街を残して人だけが死んでいるかのような、そんな雰囲気すら感じられる。
配給のトラックの前には長蛇の列ができていた。年配の女性たちや子連れの母親たちが受け取っているのはパン3斤とジャガイモが8~10個ほど。ドルツソーセージやチーズなんてものは無く、ベルリッヒで俺たちはなんて贅沢をしていたんだと罪悪感に駆られる。
空腹が我慢できなかったのだろう、母親から与えられたパンをちぎって食べる子供の姿が痛々しい。あんなボロボロで、パン生地の中に黒ずんだ異物が混入しているようなものでも、とにかく腹に収めて飢えをしのぐ事ができれば嬉しいのだろう。無垢な笑みで母尾の顔を見上げていた。
「見るのは初めてかい、仔犬ちゃん」
”エンゲルの魔女”がまず何者なのかを調べるため、街へと調査に向かった俺とクロエ。隣を歩いていた彼女が俺の視線に気付いたようで、さらりと教えてくれた。
「あのパン、おが屑が入ってる」
「……いや、孤児院にいた頃食べた事がある」
「そうだったのかい」
「ああ。昔を思い出すよ」
やっぱりそうだ、おが屑入りのパンだ。
小麦粉を節約し、少しでも満腹感を得るために小麦粉ではなくおが屑を練り込んでいる―――そんな代物はもうお目にかからずに済むだろうなと思っていたのだが、どうやらこの世界からこのレベルの貧困が消え去らない限りは末永いお付き合いになりそうだ。
街の中心部にある図書館に足を踏み入れた。受付で入場料を支払おうと財布を取り出すと、受付にいた初老の女性が『Nein(ああ、駄目)』と現金での支払いを拒否しようとする。
「え、なんで?」
『Tut mir leid, aber ich vertraue Bargeld im Moment nicht. Haben Sie sonst noch etwas?(ごめんなさいね、今は現金が信用できないの。何か他のものは持ってないかしら?)』
「なんて?」
「今は現金が信用できないから物々交換だって」
「んー」
内ポケットから取り出したチョコレートをそっとカウンターの上に置いた。
こんな有様である。食料ならばいざ知らず、チョコレートだなんて滅多にお目にかかれるものではないのだろう。受付の女性は目を丸くしながらチョコレートの包み紙(イーランド語で”チョコレート”と記載されている)を手に取って表面を指でなぞると、『Oh mein Gott! Meine Enkelkinder werden sich heute so freuen(ああ、なんてこと。今日は孫たちが喜ぶわ)』とドルツ語で嬉しそうに言い、俺とクロエを中に入れてくれた。
図書館に足を踏み入れるなり、古典や歴史書のコーナーからそれっぽい記述の本を探す。といっても、マルチリンガルなクロエに対して俺はドルツ語が勉強中という酷い有様だから、何て書いてあるかも全然分からない。はっきり言って人選ミスだと思う。
スマホの翻訳アプリを立ち上げてページをめくり、とりあえず手当たり次第にスパーニャ語に翻訳して……という作業を繰り返していたのを見かねたのだろう、クロエが苦笑いしながら言った。
「はっはっは。仔犬ちゃん、ドルツ語できないのに何でついてきたんだい?」
ボク1人でも良かったんだよ、と呆れたように言うクロエ。
確かにそうだろう、彼女はドルツ語も出来るし窮地を自力で切り抜けられるだけの力も持っている。調べ物は彼女1人で事足りるのだ。なぜ俺までついてきたのか、と彼女も疑問に思っていたのだろう。
「……このご時世だ、不安じゃあないか」
「ふふっ。でもキミだって知っているだろう? ボクはミカエル様のご子息、ラファエル様の剣術指南役。チンピラに絡まれようと、ボク1人で―――」
「それでもだ」
彼女の言葉を遮るように、本音が溢れ出た。
思いのほか語気を強めてしまった事に自分でもびっくりして、「いや、ごめん」と謝罪の言葉を口にする。
けれどもクロエは、口元に小さな笑みを作った。
「ふふふっ……優しいんだねぇ、仔犬ちゃんは」
「……」
「ん、ありがとう。その好意、素直に受け取らせてもらうよ。さぁて……もうひと頑張りしようか」
よっしゃ、と小さく答え、分厚い歴史書のページをめくった。
「―――で、分かったのがそれか」
情報がまとめられたメモ帳を仲間たち全員で回し読みしながら言うユリウス。目を細め、自分の母語である竜人語で記載された情報を頭に叩き込む彼の目つきは狩人のそれだ。
―――”エンゲルの魔女”。
今では『姥捨ての森』と呼ばれている森林地帯。大昔からそこには子供が、そして老人が捨てられてきた忌むべき場所。ドルツの飢餓の歴史、その縮図とも言える場所に、まだこの世界に『ドルツ』という国が誕生するよりも以前から住んでいた一族が居たという。
その一族の名は―――【エンゲル】。
起源は定かではないが、記録が確認されている中で最も旧いものでは第5文明の辺り……およそ32000年前から一族の活動が確認されている。
エンゲルの一族には、類稀な”素質”があった。
―――魔術の上位存在、”魔法”への適正である。
魔術は扱うには生まれつき持っている適性が必須となり、それはこの世に生まれ落ちた時点で概ね決定されてしまう。先天的な要素が全てであり、努力による後天的要素による変動は一切が有り得ない。だからこそ魔術師は生まれつきの素質が全てを決めてしまう。
そしてその魔術の適正よりもさらにシビアなのが、上位存在たる『魔法』に対する素質である。
魔術が炎や水、雷に氷といった属性の力を操るのに留まっているのに対し、魔法は文字通りそれらの枠組みから大きく逸脱した力を有している。
【時間停止】、【空中浮遊】、【精神掌握】……挙げればキリがないが、いずれも魔術では決して到達できない高みにある力である。
そしてその魔法の適正を持つ者たちは女性が多かった事から『魔女』と呼ばれ、第8~第13文明の辺りに盛んに行われた記録の残る『魔女狩り』で大きく数を減らしたとされており、現代においては実在するかどうかも怪しい伝説上の存在という扱いになっている。
エンゲルの一族は、その魔女狩りを逃れてあの森に住んでいるのだという。
戦前、幾度か皇帝が軍を派遣したが誰も帰って来る事はなく、いつしかエンゲルの一族の住処は子供と老人を捨てるのにうってつけの場所とされ、『姥捨ての森』へと変貌した……というのが、事の真相のようだ。
「魔女、ねえ」
「そっちは?」
何か収穫はあったのか、とユリウスに問うと、フルールがプラスドライバーでドローンのネジを締めながら成果を報告してくれた。
「森の中はゾンビだらけ……人間だけじゃない、動物や魔物のゾンビもわんさかいた」
「うへぇ……」
フルールがドローンからケーブルを伸ばしてスマホに接続し、画像フォルダを見せてくれた。ドローンが撮影したのであろう映像には森の中を徘徊するゾンビや動物の死体に群がり肉を貪るゾンビたちの姿が写っていた。
そして襲われた動物や魔物たちもまたゾンビとなって、他の獲物を襲う……ゾンビはこうやって数を増やしていくのだ。
「……なんだか、変じゃないですか」
「何がよクラルテ?」
映像を覗き込みながら疑問を呈するクラルテ。のしっ、と俺の上にのしかかるようにスマホを覗き込むものだから、Jカップの超弩級おっぱいが頭の上に乗せられケモミミがつぶされる。おいこの重さは海軍条約違反だろコレ。
「森と市街地はそれなりに近い筈ですが……こんなにゾンビが居るというのに、なぜゾンビたちはこの森に留まり続けているんでしょうか?」
「あっ、確かに」
ぼよんっ、と今度はロザリーがのしかかってくる。何なのこの人たち。人の頭の上におっぱい乗せながら作戦会議するのが現代のトレンドなんですかってそんな事はないよね。
「そうよね、人口密集地がすぐそこにあるのに襲ってこない……これは明らかにおかしいわ」
「エンゲルの魔女の影響なのか?」
狭いスタッグハウンド装甲車の砲塔内部。胡坐をかく俺の膝の上にちょこんと乗りながらスマホの画面を見上げるフルール。ねえちょっとキミたち近くない?
「魔女が引き寄せているのか……あるいは」
むにゅんっ、と胸を押し付けながらクロエが核心を突くような発言をする。
「―――魔女が封じ込めているのか」
やべえ、美少女のおっぱい×3とフルールの距離が近すぎて全然頭に入って来ねえ。
だがまあ、それも含めて森を調べてみる必要はありそうだ。
当局からの依頼はこの姥捨ての森と”エンゲルの魔女”の調査。万が一、帝国に脅威をもたらす場合は―――。
―――射殺も許可されている。




