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Ode an die Freude(歓喜の歌)

ゾンビ討伐


 その名の通りゾンビの討伐を行う仕事。依頼の種別としては討伐系統の依頼に分類される。この世界では人間が死ぬと概ね36~48時間でゾンビ化してしまう(※頭部、心臓を激しく損傷している場合はゾンビ化しない)ため火葬が鉄則とされているのだが、火葬が間に合わなかった、または死者がいる事に気付かなかった等の理由でゾンビが発生してしまう事も珍しくない。


 こうした状況を打開するためにゾンビ討伐依頼が冒険者管理局へと通達され冒険者に依頼される事があるが、しかし仕事のジャンルとしては誰もやりたがらない、というのが現状である。


 理由としては「見返りが少ない」、「リスクが高い」、「生前の生活感を色濃く残した個体を殺す事への忌避感」が挙げられる。


 しかし放置すればゾンビの犠牲者が増えてしまい大惨事になるため重要度は高く、各国政府や自治体は報酬金額の増額などで対策しているが依然として依頼受注率は低い傾向にある。

 なお、こういったゾンビ討伐依頼を率先して受ける冒険者もいるが、多くの場合彼らは『葬儀屋』『掃除屋』と揶揄されている。







 ―――神は人を愛しているだろうか?





 信仰心の篤い人であれば、考えるまでもなくYesと答えるだろう。神は人を愛している。故に人は神の存在を肯定する。世界は神の慈愛に満ちており、信じる者は救われる。信じぬ者は地獄へ落ちる。


 ―――本当に?


 前世の世界であればそうだったのかもしれない。神様は人間が大好きで、だからこそ乗り越えられるであろう試練を与え人間を試し、時にはその慈悲で信者を救ってみせたのだろう。遥か過去に記された歴史の通りに。


 けれどもこの世界ではどうだろうか。


 アパートの部屋から出てきたゾンビのこめかみを5.56㎜弾で撃ち抜き、黒ずんだ脳味噌を吹き飛ばしながらそう思う。


 ヒトが生命(いのち)の炎を燃やし尽くして天に召され、身体が21グラム軽くなってからたった36~48時間の空白で、この世界の人間はゾンビと化す―――自我も何も無く、ただ衝動のままに生者を襲い肉を喰らう”歩く死体”に。


 こんなクソのような仕様のせいで、火葬を良しとしない文化は皆滅びるか、死者の処分を炎へと委ねる形に変化を余儀なくされた。そうしなければ、死者のディナーになるのは自分たちなのだから。


 撃ち殺したゾンビの心臓に、背面からさらに2発。実は生きてて噛まれました、引っ掻かれましたなんて事になったら洒落にならない。だから標的の死亡確認は徹底して行う必要がある。


 俺がゾンビに管理射撃している間に前に出たフルール。パススッ、と空気の抜けるような銃声を響かせながらゾンビの頭を吹き飛ばし、確実に撃ち殺していく。


 が、しかし。


 唐突にその手が止まった。


 まるで金縛りにでもなったかのように、あるいは彼女だけ時間が止まったかのように―――ガスマスクのバイザーの中、大きく見開かれたフルールの紅い瞳。


 その視線の先にいたのは、小さなゾンビだった。


 子供だった。


 子供のゾンビだった。


 肉体の腐敗はそれなりに進行していて、顔の右半分が溶けたように崩れ、残った左側の顔もうっすらと緑色に変色している。眼球は飛び出し鼻は削げ、頬が裂けて奥歯と歯茎が剥き出しだった。口の中に並んでいるのはまだ永久歯に生え変わる前の、丸みを帯びた乳歯だった。


 歯が生え変わるという事を知らないほど幼い、子供のゾンビ。


 今しがたフルールが撃ち殺したのはその母親だったのだろう。まだ人間だった頃の自我が残っているかのように、5.56㎜弾を数発頭に撃ち込まれ、真っ赤なチューリップみたくぱっくり開いた頭を晒しながら動かなくなった母親のゾンビにしがみついている。


 眼球が飛び出して虚ろな眼孔が、ゆっくりとフルールを見つめた。


「……っ!」


 子供を手にかける事に抵抗を覚えたのか、それとも母を殺してしまった罪悪感に苛まれてしまっているのか。


 人間としては当然の反応だった。


 思わず罪悪感に打ちひしがれてしまうフルール。しかしそんな彼女を突き飛ばし、代わりに子供の頭に5.56㎜弾をダブルタップで撃ち込んだのは、まだ乳歯が生え変わってすらいない子供のゾンビを殺しても顔色一つ変えないクラルテだった。


 まるで「仕事だから」と割り切っているかのように、仰向けに崩れ落ちた子供のゾンビの心臓に2発弾丸を撃ち込んで、何食わぬ顔で小部屋をクリアリングしていくクラルテ。そんな彼女に少し驚きながらも、クラルテの死角を補う形で後に続く。


 無理もない―――今のフルールに、”マザー”の庇護はないのだ。


 マザーはあのメダリオンを介してすべての巫女とリアルタイムでリンクしている。巫女が見聞きした情報は全てマザーの元へと送られ、巫女の感じたストレスや任務遂行を妨げる感情的ノイズはフルールのような例外を除き”調律”によって除去される。


 今だってそうだ。


 このアパートの中のゾンビを殲滅するという仕事をやり遂げるためには、ゾンビ化した人間―――特に年端も行かない子供を殺す罪悪感はノイズでしかない。だからクラルテはマザーからの”調律”というバックアップを受ける事でそれを感じずに、淡々と撃った。


 それに対してフルールには、もう巫女のメダリオンはない―――マザーからの”調律”は受けられず、任務遂行の過程で生じた精神的負荷をダイレクトに受ける羽目になる。


 それが代償だった。


 カシウスという暴君の下から解放された、フルールの代償。


 自由とは決して無償で手に入るものではないのだ―――自由民主主義を謳歌する西側の人間が、往々にして忘れがちな現実である。


「フルール」


 ガスマスク越しに言うと、クロエに寄り添ってもらっていたフルールは瞳を震わせながら顔を上げた。


「……辛いなら、外で待っててもいい」


 無理すんな、というニュアンスで告げた言葉。


 しかし言葉とは相手の受け取り方によって表情を変えるものだ。


 フルールはそれを戦力外通告と受け取ったのか、それとも「こんな事も出来ないのか」というニュアンスで受け取ったのかもしれない。


 歯を食いしばって立ち上がるなり、俺の後についてきた。


「フルール」


『……まだ、やれる』


「……俺から離れんな」


 ぽん、と彼女を安心させるように頭をそっと撫で、クロエに最後尾を任せて前進。「603」というプレートの貼り付けられた部屋へと向かう。


 扉には鍵がかけられていた。ゾンビから逃れるために内側から鍵をかけたのだろうか。もしそうならば住人は生存している可能性も……。


 武器を『サーブ・スーパーショーティー』に持ち替えた。スラグ弾を装填したそれでドアの蝶番を吹き飛ばすなり、扉を豪快に蹴破るクラルテ。


 彼女のMARS-Lにマウントされたシュアファイア製のフラッシュライトが薄暗い部屋の中を照らし出す。


 淡い期待は、すべて覆った。


 天井の梁(はり)に括りつけられた太いロープと、埃がうっすらと堆積した床に転がる木製の椅子。


 その上でぶらぶらと、風もないのに揺れている肉の塊。


 腕があって、脚があって、首があって。


 血の気が引いて青ざめた肌に白濁し視力を失った瞳。


 俺たちの気配を察知するなり、首を吊っていた死体の片方―――おそらくは子供と思われる方の死体が、腐敗してぐずぐずになった歯茎を剥き出しにしながら唸り声を発した。それに触発されたように母親のゾンビも首の骨を鳴らして、明らかに折れているであろう奇々怪々なアングルでこちらを睨みつけてくる。


 MARS-Lに持ち替え、引き金を引いた。


 




 ―――今一度、問う。










 ―――神は、人を愛しているだろうか?


















『Vielen Dank für eure Hilfe! Wie von einer Gilde der Entente-Allianz zu erwarten, war es definitiv die richtige Entscheidung, euch um Hilfe zu bitten!(おかげさまで助かりました! さすがはあの協商連合所属のギルド、あなた方に依頼して正解でした!)』


 この地区の憲兵隊長なのだろう、長身痩躯の憲兵隊制服を身に纏った男性がやってきてそう言うなり、俺たち全員と握手をしてから部下と共に踵を返していった。


 担架に乗せられて、二度も死んだ人々が運び出されてくる。


 酷い腐臭に顔をしかめる憲兵もいた。


 その凄惨極まる姿に、思わず昼食を吐き戻してしまう憲兵もいた。


 運び出された死体たちが、担架ごとトラックの荷台に搭載された移動型焼却炉に放り込まれていく。重油か石炭を燃料にしてごうごうと燃え盛る炎の中で、放り込まれた死体が動くさまを俺は確かに視た。まるでそれはまだ生きているようにも見え、実際そういう光景を見た事がないのであろうフルールは驚いて火葬をやめさせようとしたほどだった。


 けれども違う、あれは生き返ったわけじゃあない。


 ただ単に身体中の水分が抜けて、筋肉や皮膚が収縮する事で手足が動いているように見えただけの事だ―――やがて燃え盛る死体たちは胎児のように身体を丸くして、骨と灰だけを残して消えていく。


 転生する前―――幼少の頃、曾祖父の葬式に参列した事があった。


 何となく覚えている。よく近所の公園とかに散歩に連れて行ってくれたし、スーパーのフードコートでアイスクリームを食べさせてくれた優しい爺ちゃんだった。まだ”死”という概念も理解できないくらい幼かったから、曾祖父は眠ってしまったものだと思っていたし、火葬場から出てきた遺骨が曾祖父のものだと信じられなかった。


 というよりも、第一印象が『人間ってこんなに小さくなるのか』というものだった。


 だって俺を抱っこして連れ歩いてくれた老人が、あんな両手で抱えられるくらいの納骨箱に収まってしまったわけだから、その違和感はすごかったし、「あ、もうあの爺ちゃんはいないんだ」と直感的に理解した。母の胸の中で声を上げて泣いたのは、その時が初めてだった気がする。


 近所の教会からやってきたのだろう、シスターたちが鎮魂歌(レクイエム)を奏で始めた。


 意味も理解できぬ異国の鎮魂歌(レクイエム)。それをアンビエントなBGMのように聞き流しながら、俺はしばらくぼんやりと火葬の様子を見守っていた。


















 車内のラジオからノイズ交じりに聴こえてくるのは、ベートーヴェンの『歓喜の歌』だった。


 こってりとビブラートに塗れた男性の美声が、高らかに神々への賛美と全人類へ呼びかけるような歌詞をドルツ語で紡いでいる。


 多分、俺はその歓喜の輪には入れそうにないな―――マルチカム迷彩のベースボールキャップを目深に被りながら、そう思った。


 降車、とフルールの代わりに仕事に来たソコロフが指示を出す。こんな仕事でトラウマ(PTSD)を発症されても困るし、彼女の心を壊すわけにはいかない。というわけで彼女と入れ替わりになるかたちで、我らがくまさんハウスの誇る万能選手ことソコロフがやってきた、というわけだ。


 ゾンビ討伐、本日2件目。


 内容はベルリッヒ北部にある村落の制圧―――住民は全てゾンビ化しており生存者はナシ、という地獄のような有様だった。依頼を受けた際、この地区の治安を任されている憲兵隊長は泣いて喜んでいた。


 KS-47を手にヴェロキラプター6×6から降りてきたソコロフ。その後ろではクラルテがM224迫撃砲の準備をし、60㎜榴弾を砲口から今まさに放り込まんとしているところだった。


 ポンッ、と撃ち出される砲弾。ヒュルルルル、と花火みたいな音を発しながら着弾したそれは、粗末な造りの木造住宅を粉砕。今まさに倒壊せんとしている家の中から、追い立てられるようにゾンビたちが飛び出してくる。


 MARS-Hの引き金を引いた。


 20インチバレルから放たれた7.62×51㎜NATO弾が、頭をふらつかせながらもつれるように歩いていた老婆のゾンビをぶち抜いた。頭が割れ、ぱっくりと開いて、黒ずんだ肉がラフレシアの花さながらに開く。


 頭の中でまだベートーヴェンの歓喜の歌がリフレインしていた。


 対ゾンビ戦では武器の選択が対人戦と比較して変わってくる。とにかく撃てば怯み、苦しみ、容易に足止めできる人間とは違い、ゾンビは痛みを感じず怯まず苦しまない。


 だから小口径の高初速弾をガンガン撃つよりも、大口径の弾丸で一撃で仕留める事を心掛けた方がいいのだ。それこそショットガンのスラグ弾やハンティングライフルの大口径ライフル弾といった得物が輝く瞬間である。


 ソコロフもKS-47を撃ち始めた。ツキノワグマの第一世代型獣人ということもあって、7.62×39㎜弾の強烈な反動を完全に抑え込むソコロフ。全く跳ね上がらない銃口からレーザービームの如く飛んでいく7.62×39㎜弾が村井の井戸から這い出てきたゾンビの頭をかち割って、再び井戸の中へと落下させた。


 クラルテの迫撃砲も止まらない。次々に砲弾を射出しては、村落の建物もろともゾンビを吹き飛ばしていく。


「前進!」


 一気に制圧するぞ、とソコロフの命令が下る。聞いたろ、とクロエの方を振り向くなり、彼女も頷いて俺の後に続きながらタボール7を構えた。


 ガンガン、と7.62×51㎜NATO弾のキツい反動を肩で受けながら射撃。生者の気配を察知しこっちに殺到してくるゾンビたちを次々に神々の下へと送っていく。


 短距離ランナーみたいな勢いで走ってくるゾンビ。クロエのタボール7から放たれた7.62×51㎜NATO弾で右足の脛を砕かれ、腐敗した肉の断面を晒しながら勢い余って派手に転倒。そこに俺が顔面に弾丸を叩き込んで黙らせ、人間の尊厳を踏み躙るようなかりそめの命を終わらせる。


 ―――きっとこの世界の神は、人間が嫌いなのだ。


 そうでなければ、こんなゾンビ化という仕様は採用しない筈だから。


 頭の中でそう結論付け、村落へと足を踏み入れた。


 





 村落の制圧が完全に完了し、憲兵隊の死体処理班がやってきたのはそれから30分後の事だった。







KS-47


 AR-15の亜種の1つ。かつてのSR-47がそうであったように、7.62×39㎜弾(AK-47の弾薬)を使用する。またマガジンも専用のものではなくAK用のマガジンが流用できる点においてユーザーに優しく、7.62×39㎜弾の近距離におけるパワフルさとAR譲りの命中精度を両立した銃と言える。

 しかし他のAR-15のようなボルトリリースレバーが存在しないため、再装填の際にはチャージングハンドルの操作が必須になるなど少々癖の強い面が存在する。


 本編ではソコロフが使用した。





タボール7


 イスラエル製のブルパップ式アサルトライフル、TAR-21『タボール』の派生モデルの1つ。本来5.56㎜弾仕様だったそれを、7.62×51㎜NATO弾仕様に改めたブルパップ式バトルライフルであり、ブルパップ式ゆえの取り回しの良さとフルサイズライフル弾の破壊力を両立したマスターピースと言ってもいいだろう。

 マガジンはSR-25と同じものが使用できるのでユーザーにも優しい。


 本編ではクロエがFA-MASに代わって使用。



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― 新着の感想 ―
覚悟も経験もある他のメンバー、調律を受けているクラルテと違って今のフルールは、技能はあるけれど精神性は年齢相応の少女なんですよね。自由の代償といえばそれまでですが、確かにこの現場が辛いですわ。 いっ…
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