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帝都ベルリッヒ

どうでもいい話


 チャンさんは秋になると、産卵のために川を上ってくる鮭を捕まえに行くヴォイテクやソコロフ、機関長と一緒に出掛けては鮭を捕まえている彼らの後ろで笹を齧っている。彼はパンダなのだ。


《Vom Flugsicherungsbüro des Doltz-Imperiums an den Kreuzer Sawkil: Wir heißen Ihr Schiff herzlich im Doltz willkommen. Willkommen im „Eisernen Kreuz-Imperium“(ドルツ帝国航空管制局より巡洋艦ソーキルへ。貴艦のドルツ訪問を心より歓迎する。ようこそ「鉄十字の帝国」へ)》


 かなりのノイズが混じった通信ではあったが、お堅い感じの男性の声ではっきりとそう聞こえた……とはいっても、ドルツ語お勉強中のラウル君には部分的にしか理解できなかったが。ドルツって国名くらいしか。


 なんだよぐーてんもるげんとだんけで乗り切れるなんて言い出した馬鹿は。俺か。いやいやそんなノリと勢いで何とかなるレベルじゃなくて草生えるんだわ。


 参ったねえ、なんて思っている間に、マイクを手に取ったヴォイテクがそれはそれはもう流暢なドルツ語で航空管制官に応じた。


「Hier spricht Wojtek, Vertreter der Abenteurergilde „Bärenhaus“, die der Entente angehört. Ich bedanke mich herzlich für die Einreisegenehmigung und Ihre prompte Antwort. Das Schiff wird nun am Terminal 27 des Flughafens Berlin-Berlich landen. Bitte(こちら協商連合所属、冒険者ギルド「くまさんハウス」代表のヴォイテク。入国許可と素早い対応に心より感謝申し上げる。これより本艦は首都「ベルリッヒ国際空港」の第27ターミナルへ着陸する。どうぞ)」


《Verstanden. Bitte beachten Sie, dass der Luftraum im Umkreis von 5 km um Schloss Berlich eine Flugverbotszone ist. Flüge in diesem Luftraum sind strengstens untersagt, sofern keine Genehmigung vorliegt. Bitte fliegen Sie südlich der Stadt, um dort zu landen(了解した。なおベルリッヒ宮殿から半径5㎞の空域は飛行禁止区域となっており、許可を受けた場合を除きこの空域の飛行は厳しく制限されている。市街地南方から回り込んで着陸するように)》


「Roger(了解)―――だってよソコロフ」


「了解。取り舵20」


 操縦桿を右へと倒し、艦を左へコース変更するソコロフ。


 艦橋の窓からも、ドルツ帝国首都ベルリッヒの威容がはっきりと見えた。


 さすがに前世の世界の先進国みたく高層ビル群が立ち並ぶ摩天楼……というわけではないものの、それでも伝統的な建築様式に則って建てられた建造物が区画ごとにキッチリと整列した状態で立ち並んでおり、大都会にありがちな混沌や無秩序な乱開発の痕跡は見受けられない。


 よく見ると水路や大きな道路もしっかりと整備されており、それはまるで大きな星形の地上絵のようだ。街一つを費やして仕上げた芸術作品のようにすら思えてくる。


「すごい……」


《見えますかラウルさん! 凄いですよ街が!》


「見えてるよクラルテ。綺麗に造られてるなぁ」


 右舷の見張り台で警戒中だったクラルテの興奮気味な声に応じていると、いつの間にか後ろにいたヴォイテクが解説してくれた。


「大昔、ベルリッヒは城郭都市でな。そこからどんどん外側へ外側へと拡張していって今の姿になったんだそうだ」


「へぇー」


「だからほら、スペースに無駄がないだろ。こうして空から見てみると分かりやすい筈だ」


「え……あ、ホントだ」


 確かにそうだ。市街地をぐるりと一周している水路は日本の城で例えるとかつての堀のようなものだったのかもしれない。今は運河として、あるいは水源として用いられているようだが、かつては敵からの侵入を阻む障害の1つだったと考えると実に合理的だし、かつてのベルリッヒの姿が何となく思い浮かんでくるようだ。


「あと主砲の砲身は上を向けておくように」


「了解」


 ヴォイテクの指示通り、主砲の砲身を上へと向けておく。これは「私はあなたを撃つつもりがありませんよ、敵意はありませんよ」という意志表示だ。ちょっとした不注意が敵意と受け取られかねないので重要なサインである。


 しばらくして、向こうから1隻の小型艦がやってきた。こっちに向かって発光信号を送っている。


 やがてその小型艦は軽やかに反転すると、ソーキルの前を飛び始めた。どうやら空港まで誘導してくれるらしい。


 右舷の遥か彼方に、宙に浮かぶ黄金のリングを頂く巨大な建造物が見えた。白い彫刻のように荘厳で威厳に満ちた佇まいのそれは一目見れば宮殿である事が分かる。


 ベルリッヒ宮殿―――ドルツ帝国皇帝、『ヴィルヘルム12世』の居城だ。


 今になってさっきのコース変更の理由が分かった(ドルツ語分からないんだから仕方ないだろ)。


 皇帝の頭上を飛ぶ行為はフツーに無礼だからだろう。帝国の頂点、その頭上を飛ぶとは何事かという事だ。あと単純にテロや暗殺の可能性を警戒しての措置なのだろうな、と理解している間に、ソーキルは滑走路へのアプローチに入りつつあった。


 誘導してくれた小型艦に手を振ると向こうの艦橋でも若手の観測員が手を振り返してくれた。


 戦車の履帯みたいに武骨で幅広なランディング・ギアを展開して着陸態勢に入るソーキル。エンジンポッドが稼働してVTOL機みたくホバリングの体勢に入るや、190mの巨体がウソのように減速。滑らかに滑走路に降り立つなりそのままターミナルの方へと進んでいった。


 その近未来的な外見と、巨体に見合わぬ急制動に目を奪われたのだろう。格納庫や滑走路で作業中だった作業員たちや他の艦の乗組員たちからの注目を浴びながら、ソーキルはターミナルへと停泊。ゆっくりと錨を下ろして機関を停止した。


 さて、これから配達の仕事だ。冒険者の仕事はそれからである。


















 クレーンでヴェロキラプター6×6(※アメリカ製の6輪ピックアップトラック)の荷台に荷物を積み込んでいると、フルールとクロエ、クラルテがやってきた。配達に同行するメンバーだ。


 いつもだったら真っ先にロザリーが名乗りを上げるのだが、今回は浮遊大陸ではなく地上である。天地戦争終結から8年、獣人の竜人に対する敵愾心や差別意識はソフトドリンクの原液の如く微塵も薄れていない。


 塩対応されるくらいは序の口で、酷い場合なんか竜人だからという理由で暴行(性的暴行含む)を受けたり、最悪の場合そこから殺人事件に発展してしまう事もある。おまけに警官も見てみぬふりをするどころか竜人に冤罪を吹っ掛けたりと、まあそういう扱いを受ける可能性が高いのだ。


 ロザリーとユリウスは竜人である。そんな嫌がらせにはびくともしないとは思うが、しかしドルツには初上陸なので現地で竜人がどのような扱いを受けているのか分からないし、そもそもあの2人は地上での生活に慣れていない。5年前、あの廃村で過ごしたくらいである。


 なので今回はロザリーとユリウスはお留守番だ。代わりに色々と経験しているクロエがやってくる事になった。


「やあやあお待たせ、仔犬ちゃん」


「おう……今日は服装違うな?」


 クロエの服装を見て素直に述べた。


 いつものクロエといえば、紺色のテイルコートに派手な赤いマントと頭の上の王冠という、どこからどう見ても「王子様」といった感じの服装をしている。服装が派手なのもそうだがクロエがかなりの美貌の持ち主という事もあり、決して服に着られる事なく着こなしてみせている。いずれにせよ、彼女が普段の格好で外に出れば周囲の視線を瞬く間に独り占めにしてしまうのである。


 しかし今日の服装はどうか。テイルコートもマントも王冠もない。その辺を歩いている労働者みたいな落ち着いた色合いの上着にスラックス、そして頭にはケモミミを入れる袋がついたハンチング帽を被っている。


 ちょっとファッション事情の話になるのでお付き合いいただきたいのだが、獣人の頭にはケモミミというチャームポイントであると同時に曲者となる存在がある。


 これは飾りではなくれっきとした聴覚器官で、これにより人間の耳よりも鋭敏に周囲の音を聞き分けたり、動物たちとの意思疎通が可能となる重要なものだ。


 なので人間と全く同じデザインの帽子やヘルメットにしてしまうとケモミミを中に収容せざるを得なくなってしまい、聴覚に大幅な制約を受けてしまう。


 これを受け、獣人用の帽子やヘルメットはケモミミを防護するための袋か、ケモミミを通すための穴が開けられているのが一般的である。


 クロエが被っているハンチング帽も袋がついているタイプだが、あれは頭に生えている竜人の角を隠すのにうってつけだったりするのだ。クロエの角は比較的小ぶりな方なのである。


「ふふふっ、ドルツはちょっと竜人が出歩くには危ないからね」


「そうなのか」


「さすがにポルスキーやノヴォシアほどではないけど」


 ポルスキーとノヴォシアは大陸落としの被害を受けた国家だ。死傷者も膨大な数に上っているので、そりゃあ竜人に対する敵愾心も凄まじいものなのだろう。


 よく見ると目にも特殊なコンタクトレンズをはめ込んでいるらしい。一般的に竜人の瞳は爬虫類のような形状(トカゲとかワニとかヘビの目を想像してもらえば分かりやすいか)をしており、角を見なくても一発で竜人だと分かる身体的特徴の一つである。


 だからそれを隠すために、猫っぽい瞳に偽装するためのコンタクトレンズを付けているのだ。


「出しますよ」


「頼む」


 運転席にクラルテが、助手席にフルールが座り、後部座席に俺とクロエが座る。シートベルトをきっちり締めてからクラルテに頼み、荷物を満載したピックアップトラックがいよいよベルリッヒへと踏み出していった。


 一見すると、ドルツの市街地は栄えているように見える。しかしイライナ、ノヴォシア、ポルスキーに並んで真っ向から竜人軍と殴り合った軍事大国というだけあって、その後遺症は街のいたるところに見られた。


 食糧配給のトラックに群がる人々に路肩に座り込むボロボロの軍服姿の兵士たち。おそらくは天地戦争の帰還兵なのだろうが、よく見ると彼らの中には手足を失った者も含まれていて、傍らには『Ich habe hart für das Imperium gekämpft(私は帝国のために一生懸命戦いました)』と記載されたプラカードがある。


 ここも同じだな、というのが正直な感想だった。


 いずれにせよ、天地戦争では人が死に過ぎた。


 まだ転生前の感覚が残っていたのだろう―――異国の地、と聞くとどんなものがあるのか、どんな出会いがあるのかと期待に胸を膨らませてしまうが、しかし今は戦後である。どこもかしこも戦争の爪痕と怨嗟が深く刻まれて、”異国の旅を楽しむ”という感覚を持つこと自体がナンセンスである。


 喫茶店の前を通りかかった。


 店内では裕福そうなスーツ姿の男性が、コーヒー一杯を飲むためにスーツケースいっぱいに敷き詰められた紙幣(マルクブルク紙幣)を支払っているのを見て我が目を疑った。大量の札束で得られるのがコーヒー一杯だけなんてこの国の物価はどうなっているのか、と。


 あれじゃあまるで第一次世界大戦後の……。


「―――天地戦争の後遺症だよ、仔犬ちゃん」


 街並みを眺めていたクロエが、真面目な声でそう言った。


「ドルツは大陸落としこそ受けなかったけれど、あの戦争で経済に大きな損害を受けた。戦後になってそれを立て直そうとしたけれど、如何せん兵士が死に過ぎたせいで男女比が狂っていてね……事業の立て直しも上手くいかず、国債で賄い続けた結果がこれさ」


「……!」


 言われてみれば、街を出歩いている人は体感で8割が女性と子供、年寄りばかりだ。若い男性はほとんどいない。


 クロエが竜人である事を隠した理由も頷けた。そりゃあそうだ、そうである筈だ。このインフレと戦後の経済の惨状を見て、「浮遊大陸から来ました!」なんて堂々と言えるわけがない。


 多くの人がこう思う筈だ―――「今の混乱は竜人たちのせいだ」と。「息子や夫を殺したのは竜人たちだ」と。


 敵愾心が消えない筈だ。差別意識が薄れぬ筈だ。


 本当に、戦争はろくでもない。





 

ドルツ帝国


 西欧に君臨する列強国の1つ。統治者はヴィルヘルム12世。天地戦争以前に統一が果たされるまでは中小国の集まり(ドルツ諸国)であり、何度も統一を巡った議論が行われては意見がまとまらず空中分解し白紙化を繰り返した経歴がある。しかし観測歴37769年、ドルツ統一後の主導権を巡った神聖グラントリア帝国との戦争に勝利し見事統一を成し遂げた。その後は工業の近代化や最新の軍事技術の導入、優れた戦略と合理的なドクトリンの徹底により頭角を現し、新参者ではあれど列強国の仲間入りを果たしている。


 天地戦争前はベルギア王国への軍事侵攻に端を発しフランシス、及びイーランドと戦争状態であったが、やがてそれが『世界大戦』と呼ばれる戦争に突入するよりも前に天地戦争が勃発。かつての敵と手を組み竜人と全面戦争を繰り広げており、大陸落としこそ受けなかったものの大きな損害を被っている。

 なお、天地戦争中盤からの反転攻勢の際、彼らが開発した新兵器『マシーネンピストーレ』とそれを装備した突撃歩兵、空中艦と戦車を連携させた新戦術【電撃戦】が領土奪還に大きく貢献しており、戦後の軍事的影響力は計り知れない。


 痛み分けで終わった天地戦争ではあるがドルツは主に経済面において致命傷を受けており、戦後8年が経過した現在では深刻なインフレに悩まされている。コーヒー1杯を呑むだけでもスーツケース1つにぎっしり詰め込んだマルクブルク紙幣が必要になると言われれば、その異様なインフレの深刻さが理解できるだろう。


 古来より保存食が発達した地域であり、ライ麦を用いたパンやドルツソーセージ(ヴルスト)の他、ドルツビールが有名。

 

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― 新着の感想 ―
ヴォイテクはデスヒグマな外見から騙されそうですが、ギルドの責任者にして艦長なだけあって教養豊かですよね。ベルリッヒ…都市としての美しさは健在ですが、戦時国債と大量の戦死者による後遺症は、ノヴォシアやポ…
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