第396章 血戦の頂――守る者たちの覚悟
両軍の戦いは、想像を絶するほど凄惨だった。
山頂の狭い地面は、瞬く間に血で染まっていく。
こちら側の戦士たちは、最初から覚悟していた。
敵と相討ちになる覚悟だ。
だが――
相手は「強力戦闘種族」と呼ばれる連中。
その名は決して飾りではなかった。
ボアマンが巨大な斧を振り下ろす。
その一撃ごとに。
一人の部落戦士が地面へ倒れていった。
骨が砕ける音。
肉が裂ける音。
戦場は、もはや地獄そのものだった。
それでも戦いは止まらない。
両軍は、ほぼ一時間もの激戦を続けた。
やがて――
戦闘は、奇妙な形で止まった。
どちらかが崩壊したわけではない。
どちらかが逃げたわけでもない。
ただ単純に。
死体が多すぎたのだ。
山頂のこの狭い場所は、すでに屍で埋め尽くされていた。
これ以上まともに戦う場所がない。
それでも戦士たちは止まらない。
味方の兵たちは死体を踏み台にし、屍の山をよじ登る。
その上で、なおも敵と斬り合った。
血は足元で滑り、肉片が飛び散る。
戦いは、完全に狂気の領域に入っていた。
そして。
部落戦士たちが疲労しきるにつれて――
戦い方はさらに狂暴になった。
一人のジャッカルマン戦士。
彼はもう槍を振る力すら残っていなかった。
だが。
突然、槍を投げ捨てる。
そして。
目の前のボアマンを抱きかかえた。
「うおおおおおッ!」
そのまま――
崖の下へ飛び降りた。
完全な特攻。
相討ち覚悟の行動だった。
その光景を見て、ボアマンの将領は一瞬言葉を失った。
彼は多くの戦いを経験してきた。
大小さまざまな戦場。
様々な敵。
だが――
こんな戦い方は初めてだった。
目の前の連中の装備を見る限り、正規軍には見えない。
統制もない。
隊列もない。
戦い方は完全にバラバラ。
まるで狂犬の群れだ。
だが。
狂犬がここまで戦うものか?
部落戦士とは、これまで何度も戦ってきた。
あいつらは普通――
一度崩れれば、一瞬で壊滅する。
それが常識だった。
だが今、目の前にいる部落戦士たちは違う。
完全に狂っている。
半日以上包囲し続け、敵に四百名以上の死傷を与えた。
だが――
こちらの損失も三百名近い。
もはや将領は耐えきれなかった。
「撤退だ!」
ついに命令が出る。
一度山を下り、休整する。
それから改めて作戦を練る。
敵軍が山を下りていく。
その背中を見送りながら。
クルミの花は、ただ呆然と戦場を見つめていた。
まだ、さっきの衝撃から立ち直れない。
全身は血まみれ。
顔には深い刀傷が一本走っている。
痛みは感じない。
ただ、胸の奥が重い。
彼はゆっくりと歩き出した。
一人のジャッカルマン戦士のところへ向かう。
その戦士は、ボアマンの斧で腰を真っ二つにされていた。
もう助からない。
クルミの花が近づくと。
戦士は震える唇で、無理やり笑った。
「……ゲホッ……」
血を吐く。
「領主様……」
「俺……恥をかかせませんでした……」
彼は必死に言葉を絞り出す。
「さっき……敵を三匹……殺しました……」
そして、少し悔しそうに続けた。
「ただ……薪を取りに行った時……油断して……見つかっちまって……」
その瞬間。
クルミの花の目から、涙が溢れた。
声を詰まらせながら言う。
「お前のせいじゃない」
首を振る。
「人数が多すぎたんだ」
「いずれ見つかっていた」
「お前は……立派だった」
震える声で続ける。
「安心して行け」
「お前の妻と子は……領地が必ず面倒を見る」
戦士は、静かに目を閉じた。
――。
クルミの花は、長い間その場に立ち尽くしていた。
心の奥で、ようやく理解する。
なぜ。
この連中が、ここまで戦うのか。
下層の獣人。
彼らにとって、今の生活は――
夢のようなものだ。
前世で例えるなら。
借金まみれの若者。
ローンも、生活費も、すべて滞納。
そんな人間の前に、突然現れた人物がいる。
借金をすべて返済してくれる。
さらに。
家を一軒与える。
安定した仕事まで用意する。
そんな話を――
誰が拒む?
もし誰かが、それを奪おうとしたら?
この連中はどうする?
答えは簡単だ。
命を懸けて守る。
この比喩は、完全ではないかもしれない。
だが。
飢えを知り尽くした普通の獣人にとっては。
まさに天地がひっくり返るほどの変化だった。
クルミの花は、長い時間をかけて感情を抑え込んだ。
そしてようやく、悲しみから立ち直る。
低い声で尋ねた。
「敵は……どうなった?」
「どれだけ殺した?」
側近の部下がすぐに答える。
「こちらの損失は大きいですが……」
「向こうも、少なくとも三百人近く失っています」
クルミの花は眉をひそめた。
「三百……?」
部下は続ける。
「そのうち五十人以上は、我々の戦士が抱きついて崖から落ちた者です」
「生きている可能性は、ほぼありません」
さらに言う。
「敵は撃退されたため、負傷兵を回収する余裕がありませんでした」
「後でほとんど仕留めました」
そして最後に付け加える。
「三百以上の死傷のうち、三十人以上はボアマンです」
「あの鉄甲を着た連中の戦闘力は、本当に恐ろしい」
「こちらの主な損失も、ほとんど彼らによるものです」
少し間を置き、声を上げる。
「ですが!」
「奴らを倒したことで、大量の皮甲を鹵獲しました!」
「さらに鉄甲三十着!」
クルミの花の目がわずかに動く。
部下は続けた。
「この装備があれば、戦士たちの戦闘力はさらに上がります」
「それに今回の血戦で、皆かなり鍛えられました」
クルミの花は、ようやく少しだけ安堵した。
だが――
喜びは湧いてこない。
損失が大きすぎたからだ。
同時に。
彼は、部下たちに対して深い敬意を抱いていた。
これまで。
ただの部下だと思っていた。
だが今は違う。
完全に――
戦友だった。
クルミの花はしばらく考えた。
そして低い声で言う。
「まだ……老幼が大勢いる」
「ここを守り続けるのは無理だ」
決断する。
「夜になったら、レーガン守備官と話す」
「営地に避難させてもらえないか相談する」
多少窮屈でもいい。
城壁がある。
防御できる。
敵を痛打できる。
最悪でも。
老幼だけでも入れて守ってもらう。
そして部下を見た。
「お前は今すぐ負傷兵のところへ行け」
「まだ助かる可能性がある者は、絶対に諦めるな」
さらに続ける。
「戦死した兄弟たちは、きちんと安置しろ」
「それから周囲で石を集めろ」
「原木も伐採する」
「敵の二度目の攻勢に備える」
ジャッカルマンの部下は、深く頷いた。
そしてすぐに走り去っていった。




