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傭兵から商売を始めたら、いつの間にか領主になっていた件  作者: 篠ノ目
第四巻 商人から領主へ ――選ばされた支配

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第225章 時間を買う者、刈り取る者

フィルードは大黒の背に座りながら、眼前の光景を見つめ、胸の奥が重く締めつけられるのを感じていた。

――数字は、あまりにも残酷だ。

敵の弓箭手は、少なく見積もっても数千。

対して、前進を強いられているのは、粗末な皮甲を身につけただけの農奴兵たちだった。

(防げるはずがない……)

あれでは、矢を受け止めることなどできない。

これは戦術でも戦略でもない。

人命を使って、時間を稼いでいるだけだ。

エドモンも、その現実を理解していないわけではなかった。

だが、この農奴たちには選択肢が存在しない。

彼らの家族は、すでに貴族の手の中にある。

全面崩壊なら、まだ救いがある。

だが――誰が最初に逃げたか。

それだけで、戦後の扱いは天と地ほど変わる。

逃げた者だけでなく、家族までもが連座で苦しむことになる。

だから彼らは、残り少ない悍気をかき集めるようにして前進するしかなかった。

降り注ぐ矢は、まるで死神の鎌だ。

一振りごとに、命が刈り取られていく。

農奴の大群は、無数の死体を背後に残しながら、ようやく敵陣の最前線へと辿り着いた。

だが、そこに待ち構えていたのは、鋭く研ぎ澄まされた長槍と、最精鋭の部隊だった。

敵の精鋭兵のほとんどは鉄甲を纏っている。

農奴兵の長槍では、ほとんど効果がない。

そもそも、彼らの多くは体が弱く、鉄甲を貫く膂力を持っていなかった。

対照的に、敵の精鋭兵は力を持て余している。

一瞬の交錯で、最前列の農奴兵はまとめて突き倒されていった。

エドモンは、その光景を表情一つ変えずに見つめていた。

彼は理解している。

一瞬でも引き延ばせば、それだけ多くの農奴が死ぬ。

命そのものに価値はない。

だが、皆殺しにすれば、畑を耕す者がいなくなる。

だからこそ、彼はわずか十数分の間を置いただけで、精鋭兵への攻撃命令を下した。

全軍は扇形に広がり、ゆっくりと、しかし確実に敵陣へと歩を進める。

フィルード配下の軍団は、大軍の最右翼を進んでいた。

指揮を執るのはライドン。

この時点で彼はすでに中級見習いへと突破し、領地にいた比較的小柄な黒牛も完全に手懐けている。

今はその黒牛に跨り、堂々と前線に立っていた。

敵将も、この動きに気づいていないわけではない。

だが、手を打てなかった。

突っ込んでくるのが、捨て駒の農奴部隊だと分かっている。

しかし、少しでも後退すれば――その瞬間、農奴兵は功績を求める豺狼へと変わる。

功を立てれば、農奴の身分を脱する可能性がある。

それだけで、十分すぎる理由だった。

大軍が迫るにつれ、敵将はついに焦りを見せ、精鋭兵の一部を右翼へと回した。

さらに弓箭手にも射線変更を命じる。

だが、それは同時に、陣形を薄くする選択でもあった。

距離が八十メートルに詰まった瞬間、エドモンは命じた。

「弓箭手、射て!」

破空音が連なり、両軍の矢が空中で交錯する。

兵士たちは次々と射抜かれ、鉄甲兵ですら四肢を貫かれて倒れていった。

距離がさらに縮まった、その時。

ライドンの声が戦場に響いた。

「投矛手、準備!

前列は防御に専念!

第二列のみ投擲!

投げ終えたら即座に後退、新しい兵を前へ!

弓箭手は射撃継続!」

兵士たちは腰の投矛を取り出し、投矛器へと装着する。

その奇妙な動作に、周囲の友軍は目を見張った。

なぜ投矛に取っ手を付けるのか――理解できない者も多い。

一時、フィルードの部隊は戦場の注目を集めた。

両軍の距離が十数メートル。

ライドンが吼えた。

「放て!」

千を超える投矛が、唸りを上げて飛翔した。

最前線の鉄甲兵には致命傷にならなくとも、後方の軽装兵は違う。

この距離こそ、投矛の最適射程だった。

しかも、フィルード領の投矛には破甲能力がある。

敵右翼は一瞬で大量の兵を失い、激しい混乱に陥った。

その瞬間、両軍の先鋒が激突した。

鉄甲同士、長槍同士が正面からぶつかり合う。

だが、練度が違った。

フィルード配下の兵は、鉄甲を前提とした戦い方を知っている。

狙うのは胴ではない。

四肢だ。

一瞬で敵陣は歪み、大きな穴が穿たれた。

そこへ、後方の投矛手が交代で前進し、再び矢の雨が降り注ぐ。

敵兵は、この戦い方を知らなかった。

連続五回の投擲で、前線の薄い鉄甲兵を除き、後方はほぼ空白となった。

射殺された者もいるが、多くは恐怖に駆られ、他所へと押し流された。

その結果、別の地点が過密になる。

残された数列の鉄甲兵も、訓練された長槍兵の前では、皮を剥がされるように削られていった。

四肢を刺され、もはや武器を握れない。

敵将は、この時ようやく気づいた。

――数千人に過ぎないこの部隊が、戦場を破壊している。

彼は慌てて、超凡者の投入を命じた。

その様子を、エドモンは最初から最後まで見ていた。

これまで、部下の報告を誇張だと疑っていた。

フィルードは策謀家なだけで、功績は二人の侯爵が分け与えたものだと。

だが、今は違う。

(なるほど……戦争は、こうも戦えるのか)

この戦いが終わったら、必ず話をしよう。

あの投矛器と、その訓練法を。

これは、無敵の兵器だ。

敵の超凡者が動くのを見て、エドモンは冷笑し、ウェインに告げた。

「ウェイン侯爵、配下の超凡者を率いて支援に入れ。

向こうは超凡者同士の勝負を望んでいるらしい。

ならば――何で勝負するか、教えてやれ」

ウェインは待ちきれない様子で頷き、数十名の超凡者を率いて前進した。

上位だけでも十数名。

王都近辺の密度は、他地域とは比較にならない。

フィルードとエレナも、その中にいた。

フィルードは内心で舌打ちする。

――少し、目立ちすぎたな。

ライドンに、後で釘を刺しておく必要がある。

大戦場で狙われるのは、危険だ。

フィルード自身は、まだ上位ではない。

上位超凡者相手には、大黒との連携が不可欠だ。

数を見れば、味方は八十。

敵は五十にも満たず、上位はさらに半分以下。

その現実を悟った敵の超凡者リーダーは、顔色を失い、即座に撤退した。

ウェインも追撃せず、フィルード軍団の側で遊弋し、護衛に徹した。

そして――

フィルード配下の精鋭兵による、狂気じみた突きが続き、

残された敵の鉄甲兵も、間もなく地に伏せることになる。

PS:ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

今回は「数と装備の差」をどう戦術でひっくり返すか、という点をかなり意識して描いてみました。

フィルード配下の戦い方も、ようやく“普通じゃない軍”として形になってきたかな、と思っています。

もし「この戦い方、好きだな」「この先も見てみたい」と感じていただけましたら、

ブックマークや評価で応援していただけると、とても励みになります。

続きを書く原動力になりますので、どうぞよろしくお願いします。

次章からは、戦場の結果がそれぞれの立場にどう影響していくのかを描いていきます。

引き続き、お付き合いいただければ幸いです。

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