第9話 ロボットクイズ
気が進まないこと、この上なかった。
だがしかし、結局俺は、ロボットと二人っきりで乗ってしまった。
観覧車に、だ。
場所は、ユクエシティ最大のデートスポットである、ユクエ・ディンシャンアトラクションズの大観覧車、フラワーリング。
ユクエ・ディンシャンアトラクションズは総合エンターテイメント施設に併設された中規模の遊園地であるため、気軽に出入りしやすく、長時間過ごす人たちから、一つのアトラクションだけを楽しんで帰る人たちまで見受けられる、都市型遊園地だ。
「しまったな……」
俺は頭を抱えながら、無意識に後悔の言葉を口にしていた。フラワーリングは、既に二人――いや、一人と一台を乗せて動き出していた。
「しまったとは、どのような意味ですか?」
「いや……何でもない」
不思議そうに瞬きをするソラに対して、俺は言葉を濁す。これも単なる表面上だけのプログラムなのだろうが、実によくできている。共に行動するのがロボットであることを、忘れてしまいそうになるほどに。
俺が後悔していることは、ここまでロボットに付き合う必要はなかったのではないかということだ。観覧車に乗ろうというソラの提案に対して、仕事だから、長岡にチキンと馬鹿にされるからと、渋々同意をしてしまったが、今となっては、どうして乗車してしまったのかという後悔しかない。
もし、今の状況が恋人同士でのことならば、間違いなく盛り上がるのだろう。そうでなくても、男女で観覧車に乗れば、それなりに良いムードにもなるのだろうし、たとえ乗る者が、人間の女性ではなく女の子の形をしたロボットだとしても、相手が俺でさえなければ、何か春めくものが生まれるのかもしれない。
だがしかし、俺はそもそも、遊園地そのものが駄目なのだ。
もちろん、乗り物が怖いというわけではない。閉所恐怖症でなければ、高所恐怖症というわけでもない。
ただ、俺は――本来ならば、遊園地というこの場所にすら、来てはならないのだ。
――これも、気の緩みか。
ロボットであれ誰であれ、観覧車に二人で乗るなど、二度と起こり得ないことであったはずなのに――。
「ところで、真我里さん。クイズを出してもよろしいでしょうか?」
「……クイズ?」
ロボットらしからぬ予想外な発言に、つい俺は訊き返していた。
「はい。マスターが私に出題したことのあるクイズです」
「……まあ、構わないが」
俺は不審に思いながらも、ソラの提案を受け入れる。
マスターという言葉が出たのは、これで二回目だ。別にそこまで気になるわけではないが、彼女の中でマスターとは、いったいどのような存在なのだろう。
「ありがとうございます。では、出題させていただきます」
目の前の存在が一度目を瞑り、間をおく。まるで、人間が大事なことを言う時のように。
「ソラの上には、何があるでしょう?」
「……ソラ? ソラって……この空のことか?」
俺は観覧車の窓から見える空を指差す。しかし、ソラという名のロボットは、こちらを見ながらニコニコしているだけで、何も言わない。
「……雲か?」
「いいえ、違います」
「……星」
「いいえ、違います」
「……そうか。まあ、答えが雲や星だと、クイズにはならないからな。じゃあ、何だろうな……」
俺は仕方なく、一応、改めて考えてみる。
――まさか、ソラとはロボット自身のことを言っていて、答えは衣服とか空気とかいう、そんなつまらないオチではないだろうな?
「……莫大な開発費」
「いいえ、違います」
「大人の事情」
「いいえ、違います」
「ポンコツ」
「いいえ、違います」
「変態」
「いいえ、違います」
「……分からん。降参だ」
面倒なので、さっさと諦めることにする。少なくとも、クイズの「ソラ」がロボット自身のことを言っているわけではないことだけは、理解した。
「かしこまりました。では、分かるまで、答えを考えておいてくださいね」
「……は?」
俺は思わずソラを見返す。しかし彼女は、ご機嫌そうに微笑んでいるだけで、次の言葉を言わない。クイズが上手くいって内心ほくそ笑んでいるのかもしれないが、ロボットジョークを言っているわけでもないようだ。
「……ああ、うん。まあ……覚えていたらな」
俺はとりあえず言葉を返す。答え教えないのかよと、一言、言ってやりたかったが。
もしかすると、俺が正解を言わない限り答えを教えないという、そんなプログラムが組まれているのかもしれない。
さらに言えば、そもそもソラ自身も、クイズの答えを知らないのかもしれない。
……まあ、クイズの答えなど、別に知らなくても問題ないのだが。
俺は退屈を覚え、視線を外へと向ける。観覧車はもうすぐ頂上を迎える位置にまで来ており、ユクエシティが一望できる。今日一日で辿った道のり、アリのように細々と動く人々、六角形の形をしたイベントドーム、見下されることのない超高層ビル、龍のようにうねるジェットコースター。
時刻は十六時を過ぎ、空がうっすらと紅を差している。今日の空は、一日を通して雲を寄せ付けず、白粉を崩していない。
――あの日の空は、曇っていたな……。
「観覧者に乗るのは初めてですか?」
ソラの言葉に、俺は目を向ける。
彼女は表情を変えずに、俺の答えを待っている。
興味津々というわけでも、悪意を持っているようにも見えない。
「……さあ、どうだったかな」
俺は視線を逸らして乱暴に答える。
初めてではない。
俺の姉――真我里鈴と乗った日のことを、今でも忘れることができない。
『大志も、次はかわいい女の子と乗るのかな?』
――鈴……。
――俺が、女の子の形をしたロボットと乗るとは、さすがに予想していなかっただろ?
「では、ジェットコースターには乗ったことがありますか?」
「…………ない」
「私もありません。次は、一緒にジェットコースターに乗りましょう」
俺は目の前の存在へと顔を向けた。
「――――」
ほんの一瞬――鈴の面影が重なった気がして、言葉が出なかった。
――気のせいだ。
「……悪いが、それだけはできない」
「それは、どうしても、ですか?」
「……ああ。ジェットコースターにだけは、俺は乗らない」
「そうですか。かしこまりました」
ソラはがっかりした様子を見せるわけでもなく、微笑んで答えた。
「……悪いな」
俺は呟くように言葉を吐き出す。
まったく――実に、馬鹿げている。
「では、次の機会に乗りましょう」
ソラはそれが当然であるかのように、笑顔で答えた。
「次の機会? ……ああ、そうだな。考えておく」
俺はもう一度、外へと視線を向ける。
目に映る景色は、いつの間にか、地上に近づくものに変わっていた。
次の機会など、あるわけがない。
次はいくらカネを積まれたとしても、断るつもりであるし、ロボットも俺も、次の機会まで生きている保証はない。
それに、もし万が一、再びロボットとデートをすることになったとしても、俺は絶対に、ジェットコースターにだけは乗らない。
たとえそれが、ソラではない人間だとしても。
乗ることなど、できるわけがない。
なぜなら、鈴の最期の言葉は――今でも俺の心に、深く刻まれているのだから。
――それにしても、
「なあ、お前――」
俺は言いかけたところで、自らの言葉を紡いだ。
あることに、気づいてしまったからだ。
――このロボットは、俺のことを知らないはずなのに、どうして、観覧車やジェットコースターを提案した?
忘れることなど絶対にできない、消せない傷が残る場所を――。
遊園地と言えば、デートスポットの定番であるし、単なる偶然であるのかもしれない。
だが、もしこれが、偶然でないのだとしたら――。
――そうか、そういうことか……。
俺は自分の正面に座るソラへと改めて目を向ける。
彼女は観覧車からの景色を楽しむわけでもなく、ただ向かい合い、俺に視線を送り続けている。
性懲りもなく、笑顔を俺へと振る舞いながら。
俺は分かったつもりでいただけで、本当は理解していなかった。
今、俺の目の前にいるのは、ロボットだということを。
軍が用意した、従順な機械だということを。




