第10話 Solid night
見上げた空は、実につまらない。
残紅なき後の空には、何もない。
何もない、電源の落ちたディスプレイ。ブラックアウト。完全なる宵。
地上はシティの明かりで包まれるため、夜の空は命が絶たれる。
命ある地上。命見えぬ天の空。
戦場の夜空は、真逆だ。
誰も生活しておらず、何も生きていない、鉄華に滅ぼされたシティ。そんな息吹なき地上に対して、戦場の夜空は、星々で溢れかえる。
人の支配が行き過ぎた今の時代、戦場でしか見られない光景。
命なき地上でしか現れない、皮肉な輝き。
別に、戦場でのあの光景が好きなわけではない。
ただ、戦場の夜空は、俺が空の上にある星を見るように、空の上にある星も俺を見ている――そう思うと、生きているのが、嫌になる。
輝きに魅了されるほど、辛くなる。
――やめてくれ。
こんな俺を、見ないでくれ――。
人の生きる夜空は、単なる暗闇で、誰もこちらを見ていない。どの星々も眠りにつき、久遠の虚ろを決め込んでいる。
だからこそ、思う。
もし、俺が戦場ではない所で、空の上にある星と出会った時――俺は何を思い、何を感じるのだろう。
――下を向かずには、いられないのだろう。
つまらない黒天井の下、俺はロボットと対峙している。
場所は駅近くの時計台。時計は十八時四十五分を示しており、待ち合わせの光景から八時間以上経ったことが分かる。
「今日はありがとうございました」
ロボットが感謝の言葉とともに、ニッコリと嬉しそうに微笑む。しかしこれは、あくまでそういうプログラムであり、心を持たない偽物の笑顔にすぎない。
そんなことは、とっくに分かっていた。
「……ああ」
だが俺は、一つ大事なことを理解していなかった。
デートを望み、オムライス屋で食事をしたい、アパレルショップで服を選びたい、カフェで休憩したい、雑貨屋で品物を見たい、遊園地で観覧車に乗りたい、ジェットコースターに乗りたい――そんな年頃の女の子らしいことを言う、それらも全て、プログラムにすぎないということを。
そこに、ソラの意志はないということを。
なぜ、ロボットであるソラがデートを望んだのか。
それは、軍が命令したからだ。
俺の、兵士としての商品価値を見極めるために――。
俺は今、十八歳であり、十九歳となる来年の今頃には、鉄還りをする可能性のある契約者と認識される。そうなるとPMCでの商品価値は一気に落ち、軍からは仕事の依頼が殆ど来なくなる。そのためPMCに所属する多くの契約者が、十九歳となる年を境に、転職や自主退職を促され、退職金と共に去っていくのが現状だ。
つまり俺は、テストされているのだ。今回のミッションを達成した後でも、鉄還りをする可能性のある年齢を迎えてでも、PMCの契約者として価値があるのかどうかを。
今後も、PMCの契約者としての役割、情に流されず、仲間の死に動じず、仲間殺しを躊躇なくやってのけることができるのかどうかを。
そして、戦場とはかけ離れた、あどけない女の子の姿をしたロボット、体内に爆弾を埋め込まれた哀れなロボットに、情を抱かず、兵器として使うことができるのかどうかを。
確かに、俺がロボットとのデートを承諾したのには、ロボットに爆弾が仕掛けてあるというのを聞いたからというのが、無意識であれ、理由にあったのかもしれない。
ロボットの定められた使命に、少なからず同情していたのかもしれない。
俺はこの時点で、軍の思惑通りに動いていたということだ。
ロボットがデートの場所として遊園地を選んだのも、軍の指示なのだろう。何しろ遊園地は、俺の姉が倒れた場所、鈴の最期の言葉と関係のある場所である。そのことを軍は調べ、俺に遊園地という思い出――いや、因縁のある場所で、ロボットと無理矢理にデートをさせることにより、俺とロボットとの仲をさらに深めようとでもしたのだろう。
俺が、唯一の肉親であった鈴の話を、ロボットにすることを期待して。
――だが、逆効果だったな。
ロボットが、俺に近づく。俺とロボットの間に、半歩ほどの距離しかなくなる。
「……どうした?」
俺は声をかける。事務的に、軍の望む通りに。
ロボットは俺の問いには答えず、何か言いたげに、俺を上目遣いでじっと見つめていた。まるで、想い人との別れを惜しむ乙女のように。
――たがこれも、空虚なプログラムにすぎない。
俺の目の前にあるこの存在も、俺の上に広がる景色と同じ、真っ黒で何もない命なきモノなのだ。
「真我里さん、最後に一つ、お願いしてもよろしいでしょうか?」
「……なんだ?」
俺は答える。覗かせる星型のエナジーアイに、視線を合わせながら。
「キス、してください」
「……ああ」
俺の言葉とともに、ロボットが、俺にピントを合わせる二つのレンズを、ゆっくりと閉じる。
それを合図に、ロボットの薄ピンク色の部分に、俺は口で触れた。
機械に、口をつけるだけ――こんなことは、造作もない。
こんなことで、俺の心は揺らがない。
己の役割が鉄華を殺すことならば、鉄還りをした仲間を殺すことならば、女の子の姿をしたロボットを犠牲にすることならば――俺は何の躊躇いもなく、執行者になることができる。
そもそも、人間らしい心など、とうの昔に失っているのだから――。
口とクチとが離れ、俺の吐息が、ロボットをそっと撫でる。
だが俺には、風一つ返ってくることはない。
「ありがとうございます」
ロボットが笑顔で礼を言う。汗をかくこともなく、頬を赤く染めることもなく、目を潤ませることもない。代わり映えのない光景の、創造物。
その感触は、柔らかい――ただ、それだけだ。




