第11話 真我里鈴
俺にとって真我里鈴は、唯一の肉親であり、育ての親であり、生きる全てであった。
物心ついた時から鈴だけが俺の傍にいた。十四歳年上の姉であり、俺が覚えた最初の顔。俺は生みの親の顔を知らない。写真でも画像でも見たことがない。両親は俺が一歳の時に交通事故で死んだのだと、そう鈴から聞かされている。その事故以来、タイゼンシティに生活の拠点を移したため、両親や自分たちのことを知るものは、周囲に殆どいないという話だ。
正直言って、俺と鈴は本当に血が繋がっていたのかどうかも分からない。自分は捨て子で、何かの巡り合わせにより鈴が拾ってくれたのかもしれないと考えたこともあるし、本当の生みの親は鈴なのかもしれないと考えたこともある。だが、その疑問を確かめたことも、確かめようとしたこともない。鈴の言葉が全てであり、鈴がいてくれるだけで、俺の生活は満ち足りていたからだ。
鈴は甘いもの、中でも特にプリンが大好きだった。
クラシックスタイルの服が好きで、料理が得意で、運動が苦手であった。
身体が弱く病弱で、度々体調を崩し、寝込んでしまうことも多かったが、どんな時でも明るく前向きであり、生き生きとした弾ける笑顔で、傍にいる俺まで晴れやかな気持ちにさせる、芯の強い女性だった。
鈴は全てを犠牲にして俺を育ててくれた。貧しい生活の中、幼い俺を養うために働き、生活費を稼いでくれた。身体が弱いのに、休みもあまり取らず、女としての生活を満喫したい年頃であっただろうに、遊びもせず、節制し、女手一つで生活を支えてくれた。鈴は俺に人生を捧げてくれたのだ。
俺にとっての生きる意味は、そんな鈴に恩返しをすることであった。
素直になれず、鈴に対して乱暴な言葉を向けながらも、心では鈴に深く感謝していた。
大きくなったら自分の稼ぎで、鈴に楽をさせたい。鈴に幸せになって欲しい。
それが唯一の俺の夢であり、いつかその夢を叶える日が必ず訪れる、そう信じていた。
だが、その夢は、夢のまま終わってしまう――。
五年前の四月、俺が十二歳の時、俺は鈴に初めて遊園地へと連れて行ってもらった。
鈴は元々体調を崩しており、数日前から時折咳き込んでいた。鈴は、風邪気味だが大丈夫だと、いつものことだから心配ないと、そう言って笑っていた。
その日は曇の多い天気で、太陽が一度も顔を出さなかった。四月にしては肌寒かったことも、よく覚えている。初めての遊園地でわくわくする一方、雨が降り出して鈴の身体が濡れないか、寒さで鈴の体調がさらに悪くならないか不安だった。
始めに乗ったのは観覧車であった。俺は鈴と二人で乗ることが何となく恥ずかしく、気が進まなかったが、観覧車に乗る代わりに次はジェットコースターに乗るという約束で、俺は承諾した。
「大志も、次はかわいい女の子と乗るのかな?」
「はぁ? 乗らねーし!」
「ふふっ。照れちゃって、かわいい」
「うっせー!! 鈴のほうこそ、オレなんかじゃなくてイイ男と乗らねーのかよ!」
「うーん、そうねぇ。いつかは素敵な男性と、って思うけど……今はいいかな? だって、目の前に素敵な色男がいるからね」
「はぁ? バカじゃねーの! そんなんだから、いつまでたっても売れ残っているんだよ!」
「あっ、ひどーい! いいもん、もしこのままオバサンになったら、大志に買い取ってもらうんだから!」
「はっ、はぁ? バっ、バーカっ! ダレが買うかっつーの!!」
他愛もない会話。観覧車での景色や、乗り心地などは一切覚えていないのに、そんなやり取りだけは、しっかりと覚えている。
この後、鈴と二人でジェットコースターの列に並び、やっと自分たちの番が回ってきたという時――鈴は激しく咳き込み、血を吐いて倒れた。
鈴はそのまま入院し、そして三ヶ月後、この世を去った。
享年二十七。
あまりにも突然で、あまりにも無情な死だった。
鈴の最期の言葉は、今でも覚えている。
混濁する意識の中、鈴が俺にかけた言葉――。
「ごめんね……ジェットコースター、一緒に……乗ってあげられなくて」
「私も……ジェットコースター……乗りたかったな……」
鈴は肺を悪くして死んだ。
悪くなった原因は、鉄華による鉄粉が肺に入り込んだせいだった。
鉄粉――一部の鉄華が花粉のように撒き散らす、文字通りの微細な鉄の粉。
俺たちの暮らしていたタイゼンシティの隣、鉄華に支配されたフマクシシティから舞う鉄粉によって、身体の弱い一部の者たちは肺に支障をきたし、ひどい者は命を落とした。鈴もその不幸な一人だったのだ。
俺はとめどなく押し寄せる哀しみを、憎しみで堰き止めることしかできなかった。
俺は十三歳の誕生日にSPMCへと入った。
鈴のいない現実から逃れるために。
鈴を殺した鉄華に復讐するために。
だが――本当は、それだけのためではなかった。
俺がチカラを求め、戦場を求めたのには、哀しみから逃れるため、憎しみをぶつけるため、復讐を果たすため、生きるため、カネを稼ぐため、死ぬため、戦場という死に場所を求めるため――おそらく、その全てがあった。全ての答えがごっちゃになり、俺が求める本当の答えなど、遥か底に沈んでしまっていた。沈んでしまって、もう二度と手が届かない、もう二度と会うことはできない――それだけは、理解していた。
俺がSPMCの契約者となってからの、初めての出陣。
鈴の死から九ヶ月経った十三歳の四月のことであり、くしくもそれは、鈴と遊園地に行ったあの日から、ちょうど一年経った日であった。
作戦内容はフマクシシティの鉄華殲滅及び、奪還。シティを支配する全ての鉄華の殲滅であり、何より、俺の復讐の矛先である、鉄粉を撒き散らすA級パラン・V7型鉄華、コードネーム『スノーライオン』を地獄へ葬ることであった。
このミッションはF・フォース主体のミッションであり、他部隊との合同で、俺の部隊はF・フォースの四人とSPMCの俺による五人編成であった。
全員が俺よりも年上であり、全員が二十歳以上であった。
赤城陸。部隊の隊長で身体が大きく、『チャンプ』というコールネームで「俺がお前たちを守ってやる」と、豪快に笑いながら言う人であった。
伊勢崎希美。部隊唯一の女性で、いつか絶対に寿退社するんだと意気込み、俺みたいな子どもがほしいと言って、俺にベタベタしてきた。
室戸真。無口で無表情であったが、度々俺に視線を送り、俺のことを気にかけてくれていた。
田原五郎。酒臭いオッサンで、俺にしょっちゅう絡んできた。
俺以外の四人全員が鉄還りをし、俺は全員、殺した。
容赦なく、俺が殺した。
復讐という目的を妨げるモノは、全て――。
俺は自分の部隊の者たちを動かないモノにした後、他部隊の生き残りと合流し、そして復讐の相手である鉄華を、燃やし尽くした。
俺はこの初陣の後から、《人枯》と呼ばれるようになった。
俺が目的の鉄華を倒してから、もう四年が経つ。
それなのに俺は今も生き、マッドソルジャーとして、戦場をさまよい歩いている。
どこに行くのが正しいのか、どうすればいいのか、未だ答えを見つけられず。
夢を失い、生きる意味を失い、生まれた意味を失い、それでも鉄華に復讐をするという終わった目的に逃げて、戦場に残る。
俺はいったい、何がしたいのだろう。
いったい、どうすればいいのだろう。
どんなことをしても、戻ることのない日々。
何をしても、もう鈴に会うことはできない。
何をしても、もう鈴が笑ってくれることはない。
何をしても、もう鈴を幸せにするという夢を叶えることはできない。
生きていても、もう何もできやしない。
――それなのに。
《人枯》と呼ばれ、仲間殺しを行い、十八歳となり、鉄還りをしない商品として認められる最後の年齢となった今も、俺は生きている。
無駄で、空っぽのまま、理由も分からず、亡霊のように、無生物のように、鉄魔となったモノのように、戦場を徘徊している。
鈴を救えなかった俺が、笑って生きるわけにはいかない。
鈴がすることの叶わなかったことを、俺がするわけにはいかない。
俺は、幸せになるわけにはいかない。
――そんな揺らがぬ業を、コンパスとして。
そして、俺はまた、戦場へと足を運ぶ。
答えを求めて。
終わりの空を求めて。




