第8話 Eyes
「真我里さん、見てください。目覚まし時計です」
「ああ、そうだな」
俺は答える。だが、次の言葉は返ってこない。
「真我里さん、見てください。招き猫の貯金箱です」
「ああ、そうだな」
俺は答える。だが、次の言葉は返ってこない。
「真我里さん、見てください。木彫りの猫です」
「……ああ、そうだな」
俺は大きなため息を、お魚くわえたドラ猫の置物に吹きかけた。
俺とソラは、カフェ・ポチカと同じ通りにあるフロラシオンという雑貨屋に来ていた。
フロラシオンはこぢんまりした一軒家の店であり、どうやら個人経営のようである。最新の家具や電化製品などは見受けられず、大半は昔からあるような物を中心に取り扱っているようだ。
多くの商品が壁の隅々にまで陳列してあり、限られたスペースを有効活用しているのがよく分かる。それでも狭苦しさは覚えず、日差し溢れるウッドテイストの店内には、心地よい開放感があった。
ソラは一つ一つの物に対して、同じ調子で俺に声をかけてくる。声高らかに「可愛い」とか「オシャレ」とか「欲しい」とか言うわけでもなく、単に物があるという事実を告げるだけだ。
おそらく、何かしら欲しい物があるというわけではなく、アパレルショップで服を選んだ時のように、俺の方から強く勧めない限りは、永遠に物の紹介をやめないのだろう。
しかし、アパレルショップの時でも感じたことだが、ロボットというモノが、モノを選び購入するというのは、何とも言えない違和感がある。
ソラのような進化したモノが、旧時代からあるモノを選ぶ光景を目の当たりにすると、進化したモノが、旧時代から何も学ばないヒトを選ぶ時代、ヒトがモノを選ぶ時代から、ヒトがモノに選ばれる時代に移り変わるのもそう遠くない未来なのだと、どうしても思ってしまう。
――と、俺はあることに気づいた。いつの間にか、傍にいたはずのソラがいないのだ。
あんなにうるさく俺に話しかけてきていたのに……まあ、ありがたいことこの上ないのだが、一応俺には、あのロボットの監督義務がある。
仕方なく、俺は狭い店の中を探してみることにする。すると思いの外、ソラはすぐに見つかった。彼女は店の出入り口の方で、突っ立っていた。
いったい、何に興味を持ったのか――気になって、俺はソラの方へと歩み寄り、覗き込んでみると、そこには名前の分からない花が、Lサイズのピザほどの口径がある大きな植木鉢で、数本咲いていた。
すらりと真っ直ぐに伸びた細い茎の先に、ユリに似た薄いピンク色の花がいくつも咲いている。花びらには光沢があり、日差しを眩しく反射している。値札がついていないので、おそらく売り物ではないのだろう。
ソラは薄いピンク色の花が咲く大きな鉢植えを、ただじっと見つめている。まるで、人間が花の美しさに魅了されているかのように。
鉄華の出現のせいで、花に対して憎しみを抱く人たちが出てきている。花を飾るのは自粛すべきだと言い、故意に踏みつけたり、燃やしたりする者までいる。一方で、こんな時だからこそ、血の通った花、生きている花を見ることで、希望が湧くと言う人たちも多い。
憎悪の対象であり、畏怖の対象であり、悲哀の対象であり、苦痛の対象であり、絶望の対象であり、不幸の対象であり、愛情の対象であり、安息の対象であり、喜色の対象であり、平和の対象であり、希望の対象であり、幸福の対象でもある、ハナ。
そんなハナを――なぜ、生物ではないロボットが見る?
その瞳とも言えぬ青いレンズには、何が映っている?
「その花はネリネと言ってね、つい先週、咲いたばかりなんだよ」
と、いつの間にか俺たちの後ろに立っていた、店主の中年女性が話しかけてきた。
「ネリネはダイヤモンド・リリーとも言ってね、見てごらん、花びらが日を浴びて宝石のようにキラキラと輝いているだろ? 綺麗だよね」
店主の女性が、身をかがめて花を眺める。
なるほど、ダイヤモンドとは花にしては贅沢な表現だが、花が輝くというのは、神秘的で見ごたえがある。
「なんかね、本当だと植木鉢の大きさは、もう少し小さいサイズの方が良かったみたいなのよね。アタシ、そんなこと知らずに植え替えしちゃったものだから、花がちゃんと咲いてくれるか、すごく心配だったのだけど……ほんと、よかったわぁ」
店主の女性は満足気に頷き、腰を上げる。
すると、ソラが振り向き、店主の方に顔を向け――そして、ニッコリと微笑んだ。
「ありがとうございます」
それは、とても作り物とは思えない無類の輝きを放っていた。
――花が、好き……なのか?
ソラは先ほどのカフェでも、花について詳しく説明してきた。
自身が、枯れないハナ――不老であり、栄枯盛衰とは無縁の、鉄の命を持つロボットなのにも関わらず。
――いや、花が好きという表現は間違っている。
ロボットに、感情などというものはないのだ。
その証拠に、ソラは常にニコニコしているだけで、嬉しいとは言わない。
声を荒らげて怒りを露わにしたり、呆れてため息をついたり、焦って汗をかいたり、恥ずかしがって顔を赤くしたり、悲しんで涙を流したり、死を恐れて怯えたり、愛情を抱いて好意を伝えたり――そんな人間らしい色が、ソラには欠けている。
たとえ人間のような外見をしていても、ソラはモノクロの人形――決して、人間のように心から笑うことはできないのだ。
――何だか、癪だな。
俺はソラの傍から離れ、一人で雑貨屋を見て回る。
紙媒体の本、個性的な食器類、いくつものアクセサリー、アロマキャンドル、使い勝手が悪そうな形をした照明器具、コーヒーサーバー、手乗りサイズの観葉植物、何をモチーフにしているのかよく分からない置物、用途が想像つかない謎の物体――。
このままだと、長岡に冷やかされるに違いない。
男のくせに、何もしてあげられなかったのかと、女の子を喜ばせることもできないのかと、そんな風に馬鹿にされる光景が、容易に目に浮かぶ。
だから、仕方なく、仕方なくだ。
決して、ロボットのためなどではなく、自分のためだ。
――よし、これでいい。
目についた物を手に取り、そのまま店主の女性に会計を頼む。
ソラはオムライス屋で注文したオムライスを一切口にせず、アパレルショップでも、選んであげた服を試着するだけで購入はせず、カフェでも、紅茶もケーキも全く食べなかった。何を考えているのは見当もつかないが、どうせここでも、ソラ自身は何も買わないのであろう。
だから――何も買ってあげなかったのかと長岡に呆れられるのも癪だから、仕方なく、購入、しかも自腹でプレゼントしてやる。
会計を済ませた足で、俺はソラのもとへと向かった。
ロボットは目的を持って作られる。
ロボットは役割を持って生まれてくる。
ロボットは生まれる意味を、生きる理由を、あらかじめ持って生まれてくる。
ソラは、鉄華と戦うために作られた兵器ロボットである。
鉄華を殲滅するためならば自爆もいとわない、戦うために生まれてきたロボットである。
――なのに、
なのに、ソラというロボットは、俺にデートをしてくださいと頼んだ。
どう考えても、鉄華と戦うという役割とは、全く関係性のないことを。
なぜ、デートを望んだのか、さっぱり分からない。
何らかの意図があるのかもしれないが、全く検討がつかず、今のところ、ポンコツだからとしか言いようがない。
だが、あり得ないことではあるが、ソラという人型AIロボットに、何らかの感情らしきものが、欠片でもある――もし、そうなのだとしたら。
――だったら、試してみるのも、悪くはない。
――俺のチカラで、喜ばせてやってあげてもいい。
「おい、ちょっと来い」
俺はソラの手を取り、彼女の全身が映る大きな鏡の前にまで、彼女を連れて行く。
そして――先ほど購入した、名も知らぬ白い花の髪飾りを、彼女の艶のある髪に付けた。
「どうだ? 気に入ったか?」
俺はソラに訊ねる。一応、ソラに似合うだろうという物を、わざわざ選んだ。ちゃんと選んだのは、適当に選ぶと俺のセンスが疑われるからであって、あくまでも、あくまでも俺のためであり、決して、ソラのためではない。
――さて、ソラというロボットはどんな反応をするのか?
気に入ったという俺の言葉に、同意するのか?
嬉しいです、そんな感情を言葉にするのか?
――それとも、
「ありがとうございます。大切にしてくださいね」
ソラは、鏡に映る己自身を見ながら答えた。
「……おいおい、大切にするのはお前の方だぞ、ポンコツ」
俺は、鏡に映る俺自身、顔をひきつらせた自分を見ながら答えた。
成功したのか、失敗したのか、よく分からない。
おそらく、ソラというロボットは感情を言葉にしなかったので、俺の魂胆は失敗に終わったのだろう。
だが、なんとなく、なんとなくではあるが――今日で一番、透き通る瞳を嬉しそうに輝かせたように見えた。




