第7話 エナジーアイ
俺とソラは今、カフェ・ポチカにいる。窓際の席で、俺の前にはモンブランケーキとカフェオーレ、ソラの前にはチーズケーキと紅茶が置かれている。もちろん、チーズケーキと紅茶は俺が勧めたわけではなく、ソラ自身が望んで注文したものだ。
今のところ、ソラは紅茶にもケーキにも全く手をつけずに、それらは人間の女の子のように見せる単なるインテリアにしか成り立っていない。今日一日で使ったカネは全て経費で落とせるので、何をどれだけ注文されても、別に構わない。構わないが、しかし、もしこのままチーズケーキに手をつけないのであれば……まあ、せっかくなので、俺がおいしく頂くことにしよう。
ソラというロボットに見られ続けることにも、だいぶ慣れてきた。彼女は、歯に青のりでも付いているのではないかと俺を心配させるくらい(一応、トイレの鏡で確認しておいたが、問題なかった)俺ばかり見ていたが、今はそれがロボットという種族ないし品物なのだと、俺の中で納得しつつある。
行動は、相変わらず理解不能ではあるが。
しかし今回、この店でのソラは、今までとは異なるところがあった。
確かにソラは、モンブランケーキとカフェオーレのハーモニーを味わう俺を、じっと観察している時間もあるのだが、それと同じくらい、窓台に飾ってある花に目線を向けていた。
小さな陶器から、名前の分からない黄色や白色の鮮やかな花々が、こんもりと顔を見せている。別段、珍しいものでもない。オシャレなカフェに見せるための、単なるインテリアだ。
「何の花なんだ?」
俺は何となく訊ねてみた。
「はい――」
すると、そっとソラが立ち上がり、一番大きな花を右手で指し示した。
「こちらの黄色の花びらをした花が、ガーベラです。ガーベラには花の直径が十センチ以上の大輪のものから、六センチほどの小輪のものまであります。花びらの形も、一般的な一重咲きだけではなく、八重咲きや、細く尖った花びらを持つスパイダー咲きなんてものまであります。また色についても、黄色や赤色、白色、オレンジ色など、様々な色の花がありまして、それぞれの色にそれぞれの花言葉があります。例えば、このように黄色のガーベラには、『究極美』『親しみやすい』『優しさ』という花言葉が、白色のガーベラには『希望』『律儀』『純粋』という花言葉が、ピンク色のガーベラには『崇高美』『感謝』『思いやり』という花言葉があります。どの色のガーベラも前向きな花言葉を持っていまして、どのガーベラも見た目が明るく、見る人まで明るい気分にさせます。種類も豊富で、どの時期でも市場に出回る花なので、自分用に飾ったり、アレンジしたり、贈り物として購入したりする人も多い、人気の花なのです」
「……はあ」
思わず、間の抜けた声が出てしまう。ソラは俺の反応に構わず、今度は違う花を指し示した。
「こちらの白い花びらの花が、マトリカリアです。白い花びらに、脚付きボタンのような丸い形をした黄色が特徴的な花ですね。マトリカリアには『集う喜び』『恋路』『楽しむ』という花言葉がありまして、直径一、二センチほどのとても小さな花が、一つの枝から寄り添うようにたくさん咲きます。そのため、花全体にボリュームを持たせる花として、購入されることが多いのです」
「……そうか」
「そして、こちらの――」
「ちょっ、ちょっと待て! ……あー、うん。分かったから、もういい。あとは……花の名前だけを教えてくれ。それで、もう十分だ」
俺は慌ててソラの言葉を遮る。これ以上語られても、内容が脳を素通りするだけだ。
「かしこまりました。では、こちらの黄色くて丸い、玉のような花がクラスペディア、こちらの蔓状の草がアイビー、こちらの整った形状の葉がレザーファンです」
ソラは器にある花や草を次々と指し示し、静かに自分の椅子へと座った。
「……やれやれ」
思わず、安堵の息が漏れる。花について興味などまるでなかったのだが、まさかここまで語られるとは予想していなかった。軽い気持ちでロボットに質問するのは、もうやめよう。
「……花について詳しいのだな」
「はい。マスターは、花が大好きな人でしたので」
「……マスター?」
いったい、誰のことなのだろう。俺にソラを紹介した、長岡志奈乃だろうか。花が好きだとは聞いたことがないし、鉄の華を燃やすことを生業としているだけ、敵を知るという意味で花に詳しいというのならば分かるが……まあ、一応は女性であるのだし、あり得ないこともない。
それとも、長岡よりもさらに上の階級――今度のミッションで、ロボットを用いることを決定した、軍の上層部の者か。
あるいは、ソラという兵器ロボットの開発者。もしくは、ソラという兵器を軍に売りつけた、会社の社長という線も考えられる。
「ところで、真我里さん。真我里さんのお誕生日はいつですか?」
「ん? 俺は九月九日が誕生日だが?」
「そうですか、ありがとうございます。九月九日だと、誕生花はシオンの花です。花言葉には『追憶』『君を忘れない』という言葉があります」
「……そうか、そんなものもあるのだな」
どんな花なのかと訊ねれば、また長々とした答えが返ってきそうなので、それ以上は黙っておく。俺はちゃんと教訓を活かす男だ。
「シオンの花は、別名『思い草』とも呼ばれ、薄紫色の花びらに――」
「まてまて! 分かったから、説明しなくていい!」
「はい、かしこまりました」
「……ったく、植物園の音声ガイドかよ」
それもボタン一つで、録音された音声を最後まで再生しようとするやつだ。ああいうのはよく観光地に設けられているが、再生ボタンを押した者の大半は、説明の途中で去ってしまう。待ち受けているのは、無人の地で音声だけが流れ続ける、虚しい光景だ。
「なあ、お前にも誕生日ってものはあるのか? 何月何日に生まれたとか」
「はい、ございます。私は八月二日に初めて起動しました」
「……そうか。起動か、なるほど」
実にロボットらしい表現である。
八月ということはつまり、先々月に起動したばかりの、赤ちゃんということだ。
ソラのような人型AIロボットが開発されたという話は、ネットやニュースでも耳にしていないので、実はソラは、極秘裏に開発されたロボットなのかもしれない。だが、もしそうであるのならば、俺がその極秘ロボットと公共の場でデートをしている時点で、極秘もクソもない。
つまるところ、俺はおそらく、試作段階のロボットを押し付けられたのであろう。
だからこそ、万年貧乏の軍でも購入することができたのだ。
「八月二日の誕生花は、キキョウの花です。花言葉には『従順』という言葉があります」
「従順か。さすがロボット、ピッタリの言葉だな」
「ありがとうございます。ですが、キキョウには他にも花言葉がありまして――」
と、ソラがそこまで言ったところで、彼女の言葉は遮られた。
「あれ、真我里先輩じゃないですか。お久しぶりですね」
声に反応して振り向くと、そこには見覚えのある顔があった。
百六十センチあるかないかくらいの短身で、銀髪、色白。それでいて、童顔で人懐っこい表情をするものだから、美少年という言葉が誰よりも似合う、爽やかな男性だ。
彼の背中には、彼と同程度の背丈をした人物が見える。肩にかかるほどの長さの赤毛が印象的な、十代後半くらいの女性だ。彼とは対照的に、無愛想に口を真一文字に結び、つまらなそうにこちらを眺めている。
「あれあれ、先輩、彼女さんですか? へーえ、《人枯》と呼ばれる先輩でも、ちゃんと人間に興味あったんですねぇ」
「バカが。デートじゃない、仕事だ。それに……よく見ろ」
俺は正面に座るソラの額を指差す。
「あー、あっ、ええっ! エナジーアイってことは……ロ、ロボット!? はーっ、じゃあ、もしかしてこの子が、今度のミッションの!?」
「うん? じゃあ、お前もサミハラシティのミッションに?」
「そうですよ、先輩。僕はまだ今度のミッションについては、誰が参加するのかと、ロボットが初めてミッションに参加するということくらいしか聞いていませんので、実物を見るのは今が初めてなんです。あっ、先輩とは、今度のミッションで二回目ですね。よろしくお願いします」
「ああ、よろしく。俺も昨日貰ったデータで、名前だけ目を通していたが……そうか、お前……確か、能代湊か。すまん、顔と名前が一致していなかった」
「ハハッ、相変わらずひどい人ですね。一緒に死線を乗り越えた仲なのに」
そう言って、能代が笑う。この童顔男とは、一年前のミッションで共に行動し、鉄華を殲滅した。彼は軍の者からは『シルバ』というコールネームで呼ばれていたため、俺は彼の本名をすっかり忘れてしまっていたのだ。
「で、そっちが……」
「ああ。……おい、ポンコツ」
俺はソラに声をかけた。
「はじめまして、ソラちゃんかな? 僕は、能代湊。再来週のミッションで、一緒に戦う同士だよ」
「はじめまして、ソラです。御用がございましたら、お気軽にお申し付けください」
「ハハッ、それはロボットギャグかな? イイね、掴みとしては最高だよ」
と能代が口を大きく開けて笑う。ロボットギャグというよりは、単なるポンコツなだけであるが。
「……それで、お前はデート中か?」
「お前はって、やだなぁ、先輩もでしょ? 恥ずかしがらないでいいんですよ、ロボットとデートだなんて、時代の最先端じゃないですか」
「うるさい、黙れ。とっとと失せろ」
「ハハッ、待ってくださいよ。僕の方も紹介させてもらわなきゃ、なあ、ウキハ?」
そう言って、能代の後ろで隠れるように立っている女性を、前へと促す。彼女はあからさまに嫌そうな顔をしていた。
「彼女はチクゼンウキハ。年齢は、えっと、十七歳……僕と同い年ですね。それでいて、僕と同じく、F・フォース所属の軍人です」
「軍人?」
「ええ、そうです。ウキハの名前、聞いたことあるでしょ? だって、今度のミッションに参加する一人なんですから」
「……ああ、なるほど。確かに、そんな名前があったな」
昨日長岡から渡されたデータに、そんな名前が書かれてあったはずだ。確か、筑泉浮波と書くはずだ。
「……ジンコ」
筑泉浮波がボソリと呟いた。能代が先ほど口にした、俺の二つ名を。
「……SPMCの真我里大志だ。よろしく」
「――死ねばいいのに」
彼女は吐き捨てるようにそう言うと、こちらを一度も振り返ることなく、奥の席へと去っていった。
これはまた、見事な挨拶だ。
「……すみません、先輩。内気なやつで……」
能代が申し訳なさそうに頭を掻く。内気とか、そういう問題でもない気がするが。
「はじめましてで、死ねばいいのにと言われるとはな。十八年の人生で、初めての経験だ」
だが、言葉とは裏腹に、腹立たしくは思わなかった。むしろ、すがすがしい。PMCに対する態度が、仲間殺しに対する態度が、とても分かりやすい。
「どうもすみません。……実は、浮波の同期の女の子が……あっ、浮波は僕の一年後に入隊したんですけど、その同期の女の子がですね、初陣でSPMCの《華摘》とのミッションだったそうなんですよ」
「ハナヅミ? ああ、なるほど……そういうことか」
俺はその名を聞いて、舌打ちせずにはいられなかった。
《華摘》、《華酔》、《鉄拒絶》など、SPMCの契約者には二つ名をもつ者たちがいる。二つ名のある者たちは、数多くの鉄華と戦い、燃やし、殲滅し、そして生きて帰還した実力者であるが、二つ名とは決して名誉のある名などではなく、むしろその悪名高さ、頭のイカレ具合でつけられた、マッドソルジャーの称号である。
その中でも、話に出た《華摘》について言えば、実力も頭のイカレ具合もSPMCで紛れもなくナンバーワンだ。
《華摘》はその名の通り、鉄華を華弁部分で切断する戦い方をする。それだけであればまだ何も問題がないのだが、奴は鉄還りをし、鉄魔となった動物、そして人間までも、華を摘むように首を切断して無力化する。鉄魔となった人間は、脳を破壊しない限り動き続ける。たとえ、脳を破壊する前に、胴体を切り落とすなどして無力化したとしても、とどめとして脳を破壊しない限り、その物体の機能は停止しない。そのため、鉄魔となった人間への対処は、脳を破壊し、機能を停止させること――ただその一点につきる。
だが、《華摘》はそのセオリーを守らない。つまり奴は、生首だけで動く鈍色の人間を、あえて大量に生み出すクレイジー野郎なのだ。
確かに、俺たちSPMCはガキばかりの集まりであり、《華摘》は俺よりもさらに二歳年下のガキであると聞いてはいるが、十六歳にしては道徳心が欠けているにもほどがある。おそらく奴は、それよりもさらに幼い、昆虫の四肢を切り取って遊ぶ残忍な子どもと同じところで、精神年齢が止まっているのだろう。
純粋な無邪気さほど、末恐ろしいものはないということだ。
「浮波の同期の子は、首だけで動く大量の鉄魔となった人間に囲まれたらしいです。そんなのに出くわしたら……僕でも、気が狂いますよ。想像しただけで、吐き気がします。彼女はそのミッションの後、対人恐怖症になって、今も部屋から出られないそうです。人間を見ると、その時の光景……地面を這う生首を、思い出すそうで……」
「……だから、筑泉浮波は俺が気に食わないのだな。《華摘》と同じSPMCで、同じ役割を持つ俺が」
「ええ……すみません。《華摘》、《華酔》、そして真我里先輩……《人枯》の三人は、軍内でも特に有名ですから。今度のミッションまでには、浮波に態度を改めるように言い聞かせておきます」
「別に、構わない。さすがにあの二人ほどではないが、俺だって奴らと同じ、狂人であることには変わりないからな」
「狂人ですか……僕にとっては、頼もしい、の一言ですよ」
そう言って、能代が人懐っこい笑みを見せる。
――頼もしい、ね。
この童顔美少年が笑顔の裏に抱えるものを、俺は知っている。結局正しいのは、筑泉浮波の方なのだ。
「それにしても……よくできていますね、彼女」
能代がソラの方に目を向けた。
「ああ、見て呉れだけはな。もしエナジーアイがなければ、人間なのかロボットなのか、判断がつかないだろ?」
接していると、ロボット、それもかなりのポンコツだと分かってくるが。
「先輩の言う通りです。そうですよね、僕は今の今まで、エナジーアイなんて必要のないただの飾りだと思っていました。
確かに、エナジーアイの形は、そのロボットがどの世代に作られたのかを表すという点では意味がありますけど、色や立体構造は、特に何かを表すものではなく、エナジーアイがなくなればロボットが動かなくなるというわけでもない。結局、エナジーアイの役割は、ロボット自身の個性、オシャレみたいなところにありますよね。
本来のエナジーアイの役割は、ロボットと人の区別がつかなくなる未来のため、ロボットにつけることを義務付けた証明書です。けれど、僕も含めて大半の世論が、そんな証明書なんていらない、そんな時代なんて来るわけがない、そう思っていたわけですが……彼女を見ていると、それは意味のあることだったんだなって、納得させられちゃいます。もし、エナジーアイがなければ、彼女は本当に人間にしか見えませんよ」
「ああ……そうだな」
だがそれはつまり、人間がロボットを真似してエナジーアイのようなものを付ければ、ロボットのふりもできるということだ。
おそらく、ソラを目撃した半数くらいの者たちが、ソラのことをロボットのふりをした人間だと判断していることであろう。
二十年ほど前、ロボット開発が進み、ロボットにエナジーアイの付加が義務付けられるようになってから、第一世代のロボットには円形ベース(立体形状としては半球型が大半を占める)のエナジーアイが、第二世代には楕円形ベース、第三世代には三角形ベース、そして現在の第四世代には、四角形ベースのエナジーアイが付加されるようになった。
例えば、今日駅前で見た案内ロボットは、三角錐型で第三世代であり、先ほどの清掃ロボットは、半球型で第一世代のロボットだ。
しかし、ソラの額に付くエナジーアイは、どの形にも当てはまらない星の形である。図形の頂点が五つあるということで、第五世代なのかもしれないが、第五世代が作られたという話を、少なくとも俺は聞いたことがない。
確か、エナジーアイの形については、世代による束縛は絶対ではなく、個人向けのロボットの中には、世代に関わらず個性的な形のエナジーアイが付けられたロボットもあるという話だが……このソラという名の兵器ロボットも、それに当てはまるというのだろうか。
「では、僕は浮波のところに行きます。そろそろ行かないと、ご機嫌斜めになりそうですからね」
そう言って、能代が軽く敬礼をする。
「ああ、そうしろ」
俺は早く失せろと、手で促した。筑泉浮波は、最初から機嫌が悪そうに見えたが、あれが素なのだろうか。
「あっ、そうそう。先輩、一年前のお願い事、ちゃんと覚えていますか?」
既に背中を俺へと向けていた能代が、ハッとしたように手を叩き、振り返った。大事なことを言い忘れていたと言わんばかりに。
「……そっちは覚えているよ。今でも、聞かなかったことにしたいのだがな」
「えーっ、ダメですよ! 今度のミッションでも、あのお願いは継続ですからね。頼みますよ、真我里せ・ん・ぱ・いっ」
そう言って、美少年がウインクをする。別に、ドキリとなんてしない。ソラに「交際中の男性はいませんか」と、もう一度訊ねられる心配もない、はずだ。
「ああ、分かっているさ。だから、さっさと行け」
「さすがっ! やっぱり先輩は、頼もしいですね。僕、惚れちゃいそうです」
「気持ち悪い、やめろ。勘弁してくれ」
目の前に座るソラの視線が、痛い。彼女のAIが、これまでになくハイパワーで稼働しているような気もするが……きっと、気のせいだろう。
「では……お互い、生きているうちに人生を謳歌しましょうね」
「……ああ、そうだな」
俺は能代の背中を見送りながら、頷いた。
俺、能代湊、筑泉浮波、ソラ。
今度のミッションで生きて帰れる保証など、誰一人として、ロボット一台としてどこにもない。




