第6話 横断歩道にて
アパレルショップを出たのは、十四時を少し過ぎた頃であった。
俺の傍を歩くソラは、今にも鼻歌を歌い出しそうな満足気な表情をしている。しかし、出会った時から変わらず、ずっとこんな表情をしているような気もする。おそらく、機嫌の良し悪しがあるわけではなく、人間に好印象を与える顔を作りなさいといった、そんなプログラムが組み込まれているのだろう。
「次はどうするんだ?」
「はい、ここから三百九十二メートル先にあるカフェ・ポチカという喫茶店で、一休みしましょう」
「……ティー・タイムというわけだな」
「はい、そうです」
ソラが当然のことのように、きっぱりと返事をする。彼女自身は、何も飲まないし、何も食べないのにも関わらず。
アパレルショップで俺が選んであげた服も、彼女は試着するだけ試着して、結局は購入しなかった。女性が昔から大好きなウィンドウショッピングといったところなのだろうが、女性の形をしたロボットまでそれをするのかと思うと、嘆かずにはいられない。
――いったい、本当に何なのだ?
喫茶店で一休みとは言うが、どうせロボットには、疲れという概念もないのだろう。疲れも空腹もなく、あるとすればバッテリーの消耗くらいである。疑問はますます深まるばかりだ。
交差点で信号が赤となり、俺たちは立ち止まった。
「あとどのくらいで着きそうか?」
「はい。真我里さんの歩速と信号が青に変わるまでの時間を考慮しますと、四分三十二秒ほどでカフェ・ポチカに到着します。距離にして、残り二百十三メートルです」
「そうか……もうすぐ、ということだな」
さすがの理系女子な答えだ。
ソラが何を考えているのかは、さっぱり分からない。だが、別に腹が立つわけでもない。今日一日分のカネは貰えるわけだし、ロボットのワガママにとことん付き合ってやるつもりだ。
と、信号待ちをする俺たちの横に、一台の清掃ロボットが近づいてきた。清掃ロボットはまるで人に気を遣うかのように、自らの出すモーター音を下げて、遠慮がちに道路の隅を掃除する。もちろん、気遣いという言葉を知っているわけではなく、俺が今日一日面倒を見ている人型AIロボットと同じように、ただそのようにプログラムされているだけだ。
清掃ロボットにはどこかの企業の広告が貼り付けてあるだけで、顔も頭もついてはおらず、俺の傍で信号待ちをするソラとは、共通するところなどまるっきりなさそうに思える。だがそれでも、唯一の接点として、ソラと同じ分類ないし種族であることを示すエナジーアイが、硬そうなボディの中心に見られる。
清掃ロボットのエナジーアイは、エメラルド色の光を放つ半球状の形をしたものであり、色も形もソラのそれとは全く異なるが、人間にとって、そんなことは大した差ではない。エナジーアイが付いているのならば、それは生物ではなく、ロボット――ただそれだけだ。
「ママ、このロボットは、ずっとおそうじだけをしているの? かわいそうだよ」
俺たちと同じく、信号待ちをする親子。彼らの会話が、俺の耳に入ってきた。
「ゆうくん、ゆうくんはサッカー好き?」
「うん、大好き!」
「サッカー、いっぱいしたい?」
「うんっ!」
「そうだよね。ゆうくんはサッカーが大好きだもんね。あのね、ゆうくん。このロボットさんにとってはね、お掃除はゆうくんのサッカーと同じなの。ロボットさんは、お掃除が大好きなの」
「えーっ、ウソだぁ。おそうじが大好きだなんて、ロボットって、ヘン!」
「ふふふ、そうだね。でも、ゆうくん。ゆうくんはサッカーだけじゃなく、お勉強もしなくちゃいけないよね?」
「勉強、キライっ!」
「ふふっ、知っているわ。それでね、ゆうくん。ロボットさんにはね、ゆうくんのお勉強のようにしなくちゃいけないことがあるんだけど、それがお掃除なの。ロボットさんの、大好きな」
「えーっ、どういうこと?」
「ロボットさんは、大好きなこととしなくちゃいけないことが、一緒なのよ」
「えーっ、いいなぁ。なんだぁ、ロボットなんか、ぜんぜんかわいそうじゃないや」
「ふふっ、そうね。だからロボットさんはね、みーんな、とっても幸せものなの」
母親が子どもの頭を撫でながら笑う。その隣で、清掃ロボットはただ黙々と掃除をこなしていた。
人間とロボットとの本質的な違い。それはカラダでもココロでも、ましてやエナジーアイの有無でもない。
ロボットは目的を持って作られる。
ロボットは役割を持って生まれてくる。
ロボットは生まれる意味を、生きる理由を、あらかじめ持って生まれてくる。
エナジーアイに宿るのは、魂などではなく、決して破壊することのできない、レゾンデートル――存在理由だ。
親子の話していた通り、働き続けるロボットを、かわいそうだという理由で休ませたり、仕事を代わりにしてあげたりすれば、それはロボットの尊厳を奪うことになる。
なぜならそのロボットは、その仕事をするために生まれてきたのであり、その仕事をこなすためだけに、生きることを許されているからだ。
ソラは、鉄華と戦うために作られた兵器ロボットである。
そして、ソラの心臓部には、自爆用の爆弾が仕掛けられている。
今度のミッションの最終目標である鉄華は、未だかつて人類が倒したことのないSS級の最強鉄華であり、五体満足は無論、生きてミッションを成功させる保証は、俺も含めて誰にもない。
そのため、もし作戦の要であるソラが重大な損傷を負った場合、最終手段として殲滅対象に特攻し自爆することが自動プログラムされているのだ。
ソラが鉄華と戦い、そのせいで自爆することになるのだとしても、それをかわいそうだという理由で止めることは、彼女の尊厳を奪うことになる。
なぜならソラは、SORA―001VBというロボットは、鉄華と戦うために生まれてきたのであり、鉄華を殲滅するためだけに、生きることを許されているからだ。
たとえ、ソラがあどけない女の子の外見をしていようとも、よく笑う明るい女の子に見えようとも、これは決して生物ではない。
喜んで鉄華を燃やし、喜んで自爆する、死を恐れないモノなのだ。
「どうかしましたか?」
気がつくと、ソラが不思議そうに俺の方をじっと見ていた。
いや、これはそういうプログラムを実行しただけだ。
「別に……なんでもない」
そう言って俺が前を向くと、ちょうど信号が青に変わるところであった。
「行くぞ」
俺は一人歩き出した。
躊躇うことなく、真っ直ぐに。




