第5話 華よりエロス
「真我里さん、こちらはどうですか?」
ソラの声に反応して顔を上げると、柄の付いたポンチョにデニムパンツを着たソラの姿が、立体映像で確認することができた。
「ああ。いいんじゃないか」
と俺は適当に答えた。
「真我里さん、こちらはどうですか?」
今度は、チェックのシャツにネイビーのロングスカートを着たソラの姿が確認できる。
「ああ。いいんじゃないか」
と俺は再び適当に答えた。
現在、俺たちの目の前にあるのは、ドレス・シミュレーターである。この機械で全身をスキャンすると、スキャンした者の姿が店で取り扱っている服を着た状態で、立体映像として表示される。これによって、実際に試着しなくても、シミュレーターのボタン一つで自分の分身を次々と着せ替えすることができ、服の選択・購入をスムーズに行うことができるのだ。
というわけで、俺はロボットに付き合い、今度はアパレルショップに来ていた。この店はレディースだけでなくメンズの服も取り扱っている。だが、俺には欲しい服など特にはない。よってすることのない俺は、ロボットが立体映像の中で繰り広げるファッションショーの観客となっているわけだ。
「真我里さん、こちらはどうですか?」
声に反応して、俺は視線を上げる。次は、全体的に青っぽい服を着た姿だ。
「ああ。いいんじゃないか」
と俺はチラリと見ただけで、顔を下げた。
女性の服装には確かに目が奪われることもあるが、自分の時間を割いてまで服選びに付き合うほど、価値のあるものだとは思えない。
現在、ソラが俺に意見を求めているのは、女性物、外行き、秋服、クラシックのカテゴリーにある服装であり、コーディネートにもチェックが入っている。俺にとっては、そのカテゴリーにある服装ならば、正直言ってどれでも構わない。どれでも構わないので、早くどれにするのか決めてほしいものだ。目を摘むって適当に選んでしまっても、全く問題ないとすら思う。
しかしまあ、ソラがクラシックスタイルをチョイスしていることについては、悪くない。今の時代、上下が同じ色、同じ柄、同じ生地で統一されたパジャマスタイル、もしくはスーツスタイルとも言われる服装が主流ではあるが、二十年ほど前までの主流である、トップスもボトムも個別で選び、より細々と服装を選ぶクラシックスタイルも、少数派として今も存在する。
クラシックスタイルを好んで着こなしていた姉の影響か、俺は着るのも見るのもクラシックスタイル派なので、その辺はこのロボットと趣向が合うのかもしれない。
「真我里さん、こちらはどうですか?」
「ああ、いいんじゃないか」
俺はもはや見ることさえせずに、機械的に答えた。
クラシックスタイルの欠点は、服を選ぶのにパジャマスタイルの二倍以上は時間がかかるという点である。それが廃れた原因の一つでもあるのだが、今回のシミュレーションではコーディネートにチェックを入れているようなので、クラシックスタイルでもシミュレーターが上下オススメの組み合わせを自動で選んでくれている。その分、時間が節約されてマシなはずなのだが……やれやれ、女というものは面倒な生き物である。
……いや、これはロボットか。現代のアパレル店での服は、このドレス・シミュレーターで購入するのが当たり前であるが、たとえ購入者がロボットでも、ちゃんとシミュレーターが機能することには感心だ。
「真我里さん、こちらはどうですか?」
「……ああ。いいんじゃないか」
俺はため息混じりに答えた。
結局このロボットは、昼食の際にオムライスを一口も口にしなかった。自ら注文をお願いしたオムライスにも、一口くださいと言って俺の皿から奪ったオムライスにも、一切に手を付けず、水すらも飲まずに、ただ嬉しそうに俺を眺めているだけであった。
まったく、とんだモノを押し付けられたものだ。
ひとまず、ポンコツだということだけは分かったが、このソラという名のロボットは、メイドロボットでもコンパニオンロボットでも、ましてやデートロボットでもなく、兵器ロボット――戦場で俺と共に行動する殺戮マシンだ。命すら預ける存在であり、今度のミッションのキーマン、いや、キーパーソン、いや、キーロボットとなるはずの存在なのだが……本当に大丈夫なのか? 今のところ、足手まといになる気がしてならないのだが。
「真我里さん、こちらはどうですか?」
「ああ。いいんじゃないか」
と俺は無意識に答える。
そもそもロボットがデートを望むなど、その時点でぶっ壊れていることが分からないものか。もはや不安しかないのだが。
もしかすると、欠陥品だからこそ、貧乏でケチな軍でも、購入できたのかもしれない。そうなると、今度のミッションに参加する存在――俺を含めた全員、ソラも含めた全兵器が、捨て駒というわけだ。
「真我里さん、こちらはどうですか?」
「ああ。いいんじゃないか」
と俺はまた答える。
――ん?
これ、いつまで続くんだ?
「真我里さん、こちらはどうですか?」
「……いいんじゃないか」
俺は立体映像の右下に表示されている数字に注目した。女性物、外行き、秋服、クラシック、コーディネートのパターン件数を示す数字は、五百四十二件。そのうち、現在の項目は、二十番目の服装を指し示している。
――コイツ……一番目から順に、余すことなく全部、俺に意見を求めてやがる。
このままいくと、あと五百二十二回、同じ質問をされることに違いない。
――ポンコツめ。
「真我里さん、こちらは――」
「おい、おいっ! ちよっと、待て。いいから、いったん、待て!」
「こちらは、どうですか?」
「あー、うん、いいと思うぞ。だがな、つまりな……」
と俺はシミュレーターの主導権を奪う。ボタンを押し、今まで表示されたものを改めて一つずつ眺めた。
「うん、これがいいと思うぞ。おそらく、いや間違いなく、これよりお前に似合っているものは、この店にはない。これにすべきだ、うん、間違いない」
俺は何となく目に止まった七番目の服装を、褒めちぎった。
「ありがとうございます。分かりました、では、そちらを試着してみたいと思います」
「ああ、それがいいと思うぞ」
俺は大げさに頷いた。
――やれやれ……。
危うく、店の閉店時間まで服選びに付き合わされるところであった。
下手すれば、五百四十二番目の最後の服装まで見せられた後、また一番目から見せられているという無限ループにはめられていたのかもしれない。
まったく、末恐ろしいポンコツだ。
ソラがシミュレーターの試着ボタンを押す。シミュレーターの注文確定ボタンを押すことで、即座に会計を済ませることもできるが、試着ボタンを押すことで、現物をロボットに持ってきてもらい、実際に現物を手に取ったり、試着したりすることもできる。そこまでしないと購入まで踏み切れないという女性は多いと聞くが、どうやら女性の形をしたこのロボットもその部類に入るようだ。
ソラが試着ボタンを押してから一分も経たないうちに、ローラーのついた運搬ロボットがソラの要求した現物を持ってきた。
「ありがとうございます」
そう言って、ソラがロボットから現物を受け取る。ロボットからロボットへ、何だかシュールである。
もし、八年前に鉄華が現れず、シンギュラリティを迎えていれば、このような光景が当たり前のように見られる世の中へとなっていたのだろう。
実際には鉄華が出現し、今のような光景は滅多に見られるものではないが、それでもいつかは、ロボット同士でやり取りするのが当たり前となる、そんな日常が広がるのかもしれない。
人類が、鉄の命を持つモノに負けてしまえば。
俺はそんなことを考えながら、その当事者を眺めた。
ソラは服を脱ぎ、下着姿となっている。
真っ白なブラジャーとパンツだ。
ロボットでも、下着はつけるのだな。
…………。
「……おいおいおいおいおい!」
「はい」
「はい、じゃねーぞ! 何をやっているんだ!」
俺は慌てて、ソラに自分のジャケットを着させる。
「服を試着してみます」
「バカっ、試着室を使え! その場で着替えるな、このポンコツ!」
俺はソラを急いで試着室の方まで連れて行き、無理矢理に中へと押し込んだ。
「……やれやれ」
俺は額に湧き出た汗を拭い、おそるおそる周囲に目をやった。予想はしたが、店に来ていた周りの客も、店の店員も、唖然とした様子でこちらを見ていた。
周囲の視線なんてどうでもいいと思っていたが、だからといって、公衆の面前で下着姿になられるのは、さすがにマズイ。マズすぎる。
通報、グヘヘ、即逮捕、そしてプリズンライフへ――本気で現実味を帯びてきた。
「……ったく、ポンコツだけじゃなく、変態ロボットでもあったとはな」
そう嘆くとともに、なぜかソラの姿が脳裏によぎる。先ほど目に映った、あられもない姿が。
…………。
……いかん、通報される。
俺は両手で自らの頬を叩いた。ロボットの下着姿に動揺するなんて、俺もまだまだ鍛錬が足りない。まだまだ、ガギだ。
と、試着室のカーテンが開き、当事者であるロボットが姿を見せた。
シンプルな丸首のシャツの上に、ボーダーのカーディガン。オフグリーンのスキニーパンツに、ツバの広いリボン付きの帽子。帽子はアクセントとして俺が追加しておいたものだ。
「似合っていますか?」
「……ああ。まあ……似合っているんじゃないか」
俺はつい視線を逸らしてしまう。シンプルだが、秋らしく落ち着いた印象であり、子どもっぽさが抜けて幾分大人びて見える。適当に選んだつもりだが、思っていた以上に、良い。
もう一度さり気なく覗き見ると、ソラと目が合った。
「ありがとうございます」
満面の笑みを見せる彼女に、身体が熱くなり、拭った汗が再び顔を見せた。
――本当に、鍛錬が足りない。




