第4話 華よりご飯
『いや、これはだな、仕事でな。機械が正常に動くかの臨床試験なんだ』
『ん? お前たちにはこれがロボットに見える? ハッ、何を言っているのやら。もしかしてお前たちは、悪霊に取り憑かれているのではないか? 我が教団に入信すれば、身も心も浄化されて、幻覚も見なくなるぞ』
『グヘヘ、俺の嫁。グヘヘ、グヘヘヘ……』
俺は通報された時の言い分を、頭の中でシミュレーションしていた。思いついたのは、今のところ三パターン――無難、危険、即逮捕の三つだ。
場所はプラン・オムライスとかいうオムライス専門店。店にいる客の八割が、男女二人組のカップルである。俺とその連れも、その内の一組として数えることができるのかもしれない。だが、俺と連れを正しく表現すれば、男一人と女の形をした一台の、お一人様だ。
周囲の人たちが俺の方を見て、何やらひそひそと話をしている。不審者がいる、女の子の形をしたモノを連れている変態がいると通報されるのも、時間の問題なのかもしれない。
いっそ開き直って、『グヘヘ』でいくことにするか。生まれて初めて『グヘヘ』という言葉を発するのも、きっと立派な大人への第一歩なのだろう。
俺はそんな現実逃避をしつつ――俺の目の前に座る悩みの根源へと、ふと目をやった。
3Dメニューをタッチし、一つ一つの品をじっくり眺める、人型AIロボット。その行動は、どれがおいしそうかを吟味する、人間そのものだ。
ロボットは食事をする。ロボットには空腹があり、味覚があり、食の好みがある。
――いや、そんなわけがない。ロボットは食事をしない。ロボットに必要なのは電力であり、人間とは違い、他の生物の命を奪って栄養を補給することなど決してしない。そんなことは、幼児でも知っている当たり前のことだ。
おそらく、ロボットのとった今回の行動は、空腹という概念のある人間、つまり俺に対しての配慮なのだろう。今このロボットは人間のようにメニューを眺め見ているが、ただ眺めているというだけで、結局は何も注文しないに違いない。
まあ、今の状況を、ロボットに「一緒に電池を食べましょう」と言われなかっただけ、マシだと思えばいい。さすがにそれだけは、勘弁してくださいとしか言えない。
「このお店のオムライスは、卵の焼き加減が絶妙でおいしいそうですよ。卵が口の中でとろけるそうで、とても口当たりが良いそうです」
と目の前の存在が、ウェブ雑誌を見た女性のようなことを言う。
「ケチャップは自家製のオリジナルのものを使っているそうです。今では珍しいオーガニックのトマトで健康によく、卵にもとても合っているそうですよ」
と目の前の存在が、健康志向の高い女性のようなことを言う。
「……人気の品とかあるのか?」
「はい。バターライスを使ったプレーンオムライスが一番の人気です」
「そうか。じゃあ、俺はそれで構わない」
「分かりました。では、私はチキンオムライスにします」
「ん。了解」
俺はボイスオーダーに話しかけ、手際よく二人分の注文を済ませた。
「…………」
――食べるのかよ。
目の前の存在があまりにも人間の女性のようなことを言うものだから、つい流れのまま、二人分を注文してしまった。
なぜ食事をとる必要などないはずのロボットまで、当然のように品を選んだのかは、全くもって理解できないが……まあ、食べる機能が備わった、最新式のロボットなのだろう。正直もう、考えるのも面倒くさい。このまま成り行きを見守ることにしよう。
「ところで、お前。腹は減るのか?」
「申し訳ございません。私はお腹が空きません」
「…………そうか」
もう本当に、わけが分からない。
ソラという名の、年頃の女の子。どこかの家の一人娘、子宝に恵まれない夫婦の養子。そんな存在を目指し、あるいはそんな願いを託させて作られたかのような、人間の女の子の姿をした、人形AIロボット。
それなのに――これは、兵器だ。
――なぜ、こんな外見をしている?
戦場とは無縁、兵器とは真逆の愛らしい姿。もし、これが対人間用兵器ならば、相手を躊躇させるという点で、女の子の外見をしていることは意味を成すが(それでも、世間の批判は避けられないだろうが)、対鉄華用兵器となれば、そのことは全く意味を成さない。
そしてこれは、こんな女の子の外見をしながらも、鉄華を殲滅するための兵器を内蔵し、鍛え抜かれたF・フォースの軍人やPMCの精鋭を遥かに凌ぐ、圧倒的戦闘能力を持つという話である。
しかも、これには――あるとんでもない機能も備え付けられている。
――悪趣味にもほどがある。
「ところで真我里さん。いくつか質問してもよろしいでしょうか?」
と、注文の品を待つ間の暇を持て余してか、ロボットが俺に話しかけてきた。
「ああ、構わない」
「ご趣味は、何でしょうか?」
――お見合いかよ。
「別に、何も」
俺は話を終わらせるつもりで、つれない返事をする。だが、ロボットは表情を変えることなく、じっと俺を見つめ続けている。どうやら、俺の次の言葉を待っているようだ。
「……じゃあ、仕事が趣味ということでいい」
俺は視線に耐えられなくなり、答え直した。
「ご家族は誰がいらっしゃいますか?」
「……いないな。両親の顔は覚えていないし、俺を育ててくれた姉も、五年前に死んだ」
「ご友人 は誰がいらっしゃいますか?」
「いない。仕事上、作らないようにしている」
俺が愛想なく答えても、それは変わらず、淡い青色の瞳を俺へと向け続けている。まるで、俺に何かを期待しているかのように。
「……悪いな。俺は仕事以外に何もない、つまらない人間だ」
仲間殺しの、マッドソルジャー。
それ以外、俺には何もない。
――何もないのだ。
「ありがとうございます」
それはなぜか、嬉しそうに笑顔を作っていた。
「……何が?」
「私の質問にお答えくださり、ありがとうございます」
「――はっ、何だそれ」
俺は呆れて、思わず笑ってしまった。
普通ならばこんな会話をしていると、霜が降りてきそうなくらい場が冷えて、気まずい雰囲気になる。
昔、SPMCの先輩が仕事ばかりの俺を心配してか、俺に女性を紹介し、食事の場を無理矢理セッティングしたことがあったが、その時も、今回と同じような質問を女性からされ、俺は同じような返事をした。すると、女性は心が折れてしまったのか、みるみるうちに泣き出してしまった。
あの時は悪いことをしたなとも思うが、俺はただ本当のことを言っただけであり、そこを嘘で塗り固めて生まれる関係なんて、ただ面倒なだけである。
だが、このロボットにそのような心配はいらないようだ。図太いというよりは、根本的に何かが違う。
――変なヤツ。
もしかすると、人間失格の俺には、ちょうど良い話し相手なのかもしれない。
「交際中の女性はいらっしゃいますか?」
「いない。面倒だからな」
「では、交際中の男性はいらっしゃいますか?」
「……いるように見えるか?」
それは口を閉じ、ピクリとも動かず、じっと俺を見つめ続けた。
おい、黙るな。
自慢の人工知能を、ちゃんと使え。
「――います」
「いねぇよ」
俺はソラの言葉に対して、被せ気味に声を上げていた。
本当に、変なヤツである。
ついつい、笑ってしまうくらいに。
そうこうしているうちに、注文していた品が二人同時に届いた。そろそろ腹が鳴り出しそうだなと、思い始めた頃合いだった。
「じゃあ、いただきます 」
そう言って、俺はスプーンを掴む。
「いただきます」
俺に続いて、ソラも声を上げた。彼女の方は、ご丁寧に手を合わせて。
――さあ、今時のロボットの機能とやらを、見せてもらおう。
俺はオムライスを口に運びながらも、ソラの方を凝視し続けた。
だが、ソラはというと、一向に手を動かそうとしない。
彼女の目の前にある、ほんわりと湯気の出るチキンオムライスを、彼女は見ることもなく、スプーンを掴むことすらせずに、ただ真っ直ぐに俺の方へと顔を向け、ニッコリと微笑んでいる。
「……食べないのか?」
俺はたまらず訊ねた。
「申し訳ございません。私は、食物を消化することができません」
「……食べる機能はないのか?」
「はい」
「そうか……。そりゃ、そうだよな」
まあ、当たり前である。当然、分かっていたことである。
――いやいや。
だったら、なぜ、頼んだ?
チキンオムライス、誰のだよ?
「……食べないのならば、俺が貰ったほうがいいか? もったいないし」
「ありがとうございます。では私も、真我里さんのプレーンオムライスを少し頂いてもよろしいでしょうか?」
「……は? まあ、いいが……」
「ありがとうございます。では――」
ソラが自分のスプーンを握り、俺のオムライスへと手を伸ばす。俺のオムライスが、スプーン山盛り一杯分、彼女のチキンオムライスの皿へと移る。だが、ソラはそれを口に運ぶことはせずに、スプーンを置いて、またニッコリと、ただ俺を見つめるだけになった。
「……もしかして、お前は、宇宙人か?」
「いいえ、私はロボットです。アンドロイド、ヒューマノイド・ロボットとも呼ばれます」
「……そうか。なるほど、そういうことだな。よし、よーく、分かった。これでやっと、はっきりした」
そうだ、もう間違いない。一つだけ、これだけは、はっきりとした。
「お前は……ポ・ン・コ・ツ・ロボットだ」
俺は犯人が分かった探偵のように、腕を振りかぶってソラを指差した。
「はい。ありがとうございます」
嬉しそうに満面の笑顔で返事をする、ソラ。そんな彼女を見て、やはりコイツはポンコツだと、俺の推理は確信づいたのであった。




