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第3話 華よりデート

「あー……、ちくしょう」


 俺は日差しの出迎えに応えるように、太陽に向かって愚痴をこぼしていた。


 カプセルトレインに乗り、即座に目的のユクエシティへと到着。まず、人の多さにうんざりだ。

 十月中旬、秋晴れの散歩日和、しかも休日という様々な悪条件が重なったこともあってか、午前中から家族連れやカップル、カップル、そしてカップルが多く見受けられる。ユクエシティは観光地であり、デートスポットとして有名だ。

 ハイセンスな商店に風情のある飲食店、自然公園や都市型水族館に、ヴァーチャル動物園、遊園地が併設された総合エンターテイメント施設までもある。オシャレで娯楽性溢れるシティとして名が通っており、恋人と行ってみたいシティの常連なのだ。

 俺は滅多なことがない限り、こんな活気のあるシティになどわざわざ来ない。ユクエシティはガイドブックなしでは攻略できない、『リア獣の巣』とかいう討伐難易度の高い裏ダンジョンだという話も、どこかで耳にしたことがある。


「ある意味、ここは戦場だな」


 思わず、ため息が漏れてしまう。こんなに逃げ出したくなる戦場も、そうはない。


「ユクエシティへ、ようこそ。私はユクエシティ観光案内ロボット、ユッキーです。お困りでしたら、何なりとお訊ねください」


 すぐ傍からした声に、俺は振り向いた。叩くといい音が出そうな、メタルボディの機械だ。

 三角錐型のエナジーアイが、太っちょ寸胴ボティの中央でオレンジ色に光っているが、たとえエナジーアイが付いていないとしても、コイツの正体は疑う余地もない。どこからどう見ても、ロボットだ。


 俺はコイツを見て、なぜだが少し安堵していた。おそらくコイツの存在が、これから俺が会うアレとは違い、明々白々であるからだろう。

 周りがカップルだらけということもあってか、コイツが俺の唯一の味方にすらも思える。


「ユクエシティへ、ようこそ。私はユクエシティ観光案内ロボット、ユッキーです。お困りでしたら、何なりとお訊ねください」


 目の前のロボットは俺の心を読んだかのように、同じセリフをもう一度繰り返した。


「ロボットからデートを申し込まれたのだが、どう思う?」


 俺は何気なく訊ねてみた。


「あなたは、自意識過剰です」


 結構な答えが返ってきた。


「‥…人間をデートに誘うAIは、何を企んでいる?」


「あなたは、現実世界の異性に興味を持つべきです」


 随分な答えが返ってきた。


「ロボットにナメられているのだが、俺の気のせいか?」


「あなたは、病気であると推測させます。病院を紹介しましょうか?」


「……もういい」


 どうやら、このシティに俺の味方はいないらしい。



 鉄華が現れるまでは、世界は第五次AIブームであった。当時は進化したAIロボット――特に人型AIロボットの発明開発、普及がトレンドであり、二年もすればシティが人型AIロボットで溢れ、数年後にはシンギュラリティを迎えると話題になった。

 シンギュラリティ――技術的特異点。全人類の知能を超えるAIが誕生し、それがさらに自分よりも賢いAIを作り上げ、そしてそれがさらに、自分よりも賢いAIを作り上げる。これが短期的、爆発的速度で繰り返されることで、テクノロジーの進化が人類の理解の領域を遥かに超え、人類の手に負えなくなる。そうしてAIが、人類から地球の支配者としての地位を奪い取るのだと、そう言われていたのだ。


 しかし現在、地球の覇権を人類から奪おうとしているのは、AIではなく鉄華だ。シンギュラリティを迎えると唱えていた学者や発明家たち、ロイ・カールワンズ、ジョージ・キャラメル、土浦康孝らの予言は見事に外れたわけだ。

 優秀な学者さん方も、国を担うお偉いさん方も、まさか地面から未知の侵略者が襲ってくるとは、予想だにしていなかったことであろう。まあ、人類の敵となる存在が血潮ある生命ではなく、鉄の塊だったという点では、間違いではなかったのだが。


 鉄華が何者かの手によって作り上げられた人類最期の発明であり、鉄華の誕生こそがシンギュラリティであると唱える学者もいるそうである。

 だがそれよりも、鉄華の出現が、地球を身勝手に破壊しすぎた人類への地球からの制裁、神の天罰という、非科学的主張の方が今の主流である。人類が地球上にいる知的生命体、知的存在の頂点とおごり、むやみに他の生物を殺し、環境を破壊し続けたための、自業自得だというわけだ。

 またある一部では、鉄華の出現は、人類が神の真似事として、ロボットという新たな生命の完成形を作り上げようとしたことへの、神の警鈴とも言われている。


 いずれにせよ、鉄華の出現によって第五次AIブームは終わりを告げ、人型AIロボットの話題も世間から消え去った。

 シティが人型AIロボットで溢れかえることもなく、今頃は迎えていたはずのシンギュラリティの年も、何事もなかったかのように過ぎ去った。

 現在では、人型AIロボットよりも、災害派遣ロボットや生体反応感知ロボットなど、鉄華の被害にあったシティで活躍するようなロボットの方が、世間に求められている。

 たしか、今度のミッションで俺が関わるサミハラシティも、当時、ロボットの生体反応確認によって北区の生存者がゼロという無慈悲な結果が判明したというのが、ニュースになっていたはずだ。

 結局、人型AIロボットはまるで普及することなく忘れられ、今でもシティで見かけるロボットは、鉄華が出現する以前から普及していた、清掃ロボットやユッキーのような案内ロボットくらいとなったのだ。



 俺は駅を出て、早足で待ち合わせ場所へと向かった。待ち合わせの場所は、駅からすぐの時計台だ。


「おい――」


 と手を挙げかけたところで、俺は足を止めていた。


 待ち合わせの時計台の下。そこにいたのは、一人だけ明らかに漂う空気の違う、女の子。決して悪目立ちしているわけではなく、一人だけ季節の違う、それも山笑う春に包まれた佐保姫のような女の子だ。


 ――いや、アレは女の子ではない。


 俺は気を取り直して、改めてそれ(・・)に近づいた。


「……悪い、少し遅れた。待たせたな」


 俺の声に反応して、それ(・・)がゆっくりとこちらに顔を向けた。


「おはようございます、真我里さん。御用がございましたら、お気軽にお申し付けください」


 遅刻した俺に不快感を見せることもなく、俺の到着を喜ぶように、ニッコリと微笑んだ。


「そいつは昨日も聞いた。それに用があるのは、お前の方な」


 俺はつい意地の悪い返答をしてしまう。先ほどの案内ロボットのようなことを、これも口にする。これ(・・)もやはり、ロボットということだ。


「いつから、そこにいるんだ?」


「はい、私は午前十時二十二分三十二秒に、この場所へ到着しました」


 これもまた、ニッコリと言われる。


「……そうか。なんか、すまん」


 どうやら、ざっと二十分ほど待たせたようだ。待ち合わせの時間は十時半であったので、俺は十分ほどの遅刻であるが……もしこれが人間の女性相手であれば、ここまで正確に時間を言われると、ものすごく怒っているようにしか思えない。



 俺は改めて、目の前のロボットと目を合わせる。何がそんなに嬉しいのか、昨日のように、笑みを絶やさず、俺をまじまじと見つめている。……なぜだか、昨日以上に、目を合わせていられない。


 昨日のロボットの服装は、黒服にエプロンと、屋敷の使用人やカフェ店員のような仕事着風の格好であり、女の子らしさを感じなかった。額のエナジーアイを見せられた上で、屋敷や店で働くために作られた美少女風ロボットとでも言われれば、納得できないこともなかった。


 だが、今日のロボットの格好は、昨日とはまるで違う。ゆったりとした桃色のブラウスに、風になびく柔らかそうなロングスカート。小さなリボンがアクセントに付いた、ヒールのない丸っこい靴。昨日よりも一段と人間の女の子らしい格好であり、正直、ロボットのくせになかなか似合っていると言わざるを得ない。


 このロボットにほんの一瞬だけでも心を奪われたのは、きっと服のせいである。全部服のせいだ、とキメ顔で断言してもいい。人間の女性相手でも、服装や髪型が変われば、生理的に視線が移るように男という生き物はできている。要はそれと一緒だ。


 服装だけ見れば、それ(・・)はどう見ても人間の女の子だが、それ(・・)にはロボットの象徴であるエナジーアイが付いている。そのため、それさえ目に映れば、俺以外の人間でもそれ(・・)がロボットであると気づいてしまう。先ほどから周囲の視線がこちらを捉えていることは、俺も分かっている。皆の視線がそれ(・・)に集まるのは、それ(・・)が可愛らしい女の子だからではなく、珍しい人型ロボットだからだ。

 人の形をした、風変わりな物質。さて、そんな存在とデートをする俺は、人の目にどう映るだろう。少なくとも、人間同士のカップルから見れば、俺はラブドールと戯れるヤバイ奴として認識されているに違いない。別に、他人にどう見られても構わないが、面倒事だけはほんと勘弁だ。神様だけは俺の味方をしてくれると信じて、どうか通報されませんようにと、祈りを捧げておこう。


「それで、俺はどうすればいい? 長岡からは、とにかくお前の指示に従えだの、お前の言うことは絶対だの何だの言われているが?」


 俺は視線を逸らしながら、ロボットを促した。ちゃんとしたデートならば、エスコートなり何なり、男の俺がすべきなのだろう。だがこれは、日給もきちんと出る、れっきとした仕事である。クライアントからロボットに従えと言われているのだから、俺はそれを履行するだけだ。

 それに相手は、人間の女性ではなく鉄の塊、モノなのだから、ジェントルマンになる必要もない。


「どこへ行く? 整備工場か、電気屋か、それともガンショップか?」


 ロボットが意見を出しやすいように、一応、候補くらいは挙げる。ロボットが行きたがりそうな場所。その中でも、できれば、人気のない場所を所望する。


「真我里さん、お昼ごはんは食べましたか?」


「ん? いや、食べていないが?」


「では、食事にしましょう」


「……食事?」


 まあ、朝から何も食べていないし、腹が減ったといえば、そうなのだが……。


 ――コイツ、食べられるのか?


 ――食事ができるロボットなど、今までに一度も聞いたことがないぞ?


「……ああ、そうか。やっぱり、電気屋だよな? 電池でも食いに行くのだろ?」


 そういうことならば、納得だ。俺はコンビニでパンでも買おう。


「いいえ、違います。プラン・オムライスという、恋人たちに人気のお店です」


「……は? オムライス?」


 ん?


 聞き違いだろうか?


 何やら、卵っぽいワードが聞こえた気がするが?


「プラン・オムライスは、ここから時速四キロメートルの速さで進んだ場合、十七分二十三秒で到着する場所にあります」


「いや、そうじゃなくてな……」


「プラン・オムライスで、一緒にオムライスを食べましょう」


 そう言って、それ(・・)が自信満々に笑みを見せつけてきた。疑うことを知らない、眩しい笑顔だ。


 どうやら今日の俺の仕事は、ロボットの作る笑顔に対して、四の五の言わずに首を縦に振ることらしい。

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