第2話 Boy meets Girl ?
執務室のドアノブに手をかけようとして、俺は自分が先月で十八歳になったことを思い出した。
十八歳――つまりそれは、大人にまた一歩近づいたということであり、法律的に結婚ができ、パチンコや麻雀などのドレスコードのない風俗営業店で遊べるようになったということである。
一応、普通自動車やホバーバイクなどの運転免許が取得できる年齢であり(今の時代にわざわざそんなものを取得する者は、三割にも満たないそうだが)、一応、レベル5(完全自動運転)の自家用の乗り物に単独で乗ることが許可される年齢であり(この法律を十八歳になるまで守り続ける模範的若者が、どれほどいるのかは知らないが。俺はもちろん、十八歳になる前から当然のように乗っている)、一応、成人指定された性的なコンテンツを利用できる年齢であり(この法律を十八歳になるまで守り続ける模範的若者が、どれほどいるのかは知らないが。俺は――言わずもがなである)、一応、死刑を科される最低年齢でもある。
十八歳とは、準大人とも言える年齢であり、鉄華と戦うことを生業とする者としては、「子ども」という需要ある戦士として認められる最高年齢であり、今後の人生の岐路にある年齢とも言える。
――やれやれ。
俺は悩んだ末に、ここは準大人らしく行動してやることにした。ドアノブを掴みかけた手で、執務室のドアを二度、強く叩く。
「――入りな」
俺の紳士的行動に答えるように、女性の声が執務室から届いてきた。俺はその声に従って、部屋に入り込んだ。
「コラ、何か言って入れないのか? ロボットでも『失礼します』くらいは言えるよ」
デスクに座る女性は、腹から力いっぱい出したであろう大きなため息を、あからさまに俺へと見せつけた。
「……悪いな。そういうのが嫌いだから、俺は自衛軍には入らなかったんだ」
俺は肩をすくめて彼女に答えた。「気遣う」という言葉は、俺の辞書から削除しておこう。
俺を呼び出したこの部屋の主――長岡志奈乃は、今度のミッションで俺が参加する部隊の隊長だ。階級は少佐。身体の線が細く、腰のクビレや胸の自己主張がはっきりと現れているが、それは無駄な肉を削ぎ落とした、鉄華を殲滅するためだけに鍛え抜かれた軍人の体型である。髪は耳にも眉にもかからないほど短く、眉はナイフのように鋭く直線的。目からレーザーを放てるのではないかと疑うくらい眼力が強く、決して揺らぐことのない自信や信念が心にある、そんな印象だ。
年齢は二十代後半だと聞いているが、既に同年代の男性を圧倒する貫禄がある。抜群のスタイルに、男性すらも凌駕する威風、おまけに美貌まで兼ね備えているのだから、軍内の女性からは人気が高く、憧れの的であるらしい。
一方で、男性を寄せ付けず、同年代の男性たちにとっては、軍内では数少ない女性にも関わらず、手の届かない高嶺の花であるため、「あの女は熱線銃とデキたマグマブラッダーだ」と影で揶揄されているらしい。それはおそらく、彼女の左手の薬指に光るものがあるための、負け惜しみでもあるのだろう。
俺が長岡と戦場を共にするのは、今度のミッションで三回目となる。ちなみに以前、執務室に入室した時には、ノックをせずに入ったせいで、その時も今のように愚痴を言われた。威厳のある大人なのだから、今回はノックをしてやった分だけ、ありがたく思ってほしいものだ。
「ガキだねぇ」
長岡が感謝を微塵も感じさせない悪態をついた。「恩を仇で返す」という言葉を、俺の辞書に登録しておこう。「大人」というカテゴリーに加えるのを忘れずに。
「そう、ガキだ。ガキだからこそ、需要があって、今度のようにF・フォースから仕事が入る」
俺はデスクの前には行かず、来客用のフカフカなソファーに腰を下ろした。
F・フォース――Fired Ferrum-Flowers Special Forceの通称で、直訳すると鉄華殲滅特殊部隊である。その名の通り、鉄華を殲滅するために設けられた自衛軍の部隊であり、俺が契約している会社の得意先で、俺が毎度派遣される仕事先だ。長岡が所属するのもこのF・フォースであり、今度の鉄華殲滅作戦も、長岡率いるF・フォースの部隊と、俺は仕事を共にすることとなっている。
なお、このF・フォースだが、鉄華の殲滅に携わる者たちには、Fired Fucking-Flowers Special Forceの略称だと認識しているものが多く(実際に、Ferrumだけがラテン語でおかしいということで、そのように名前を変えようという会議があったとか、なかったとか)、俺自身、つい最近まで後者の方が正式名称なのだと捉えていた。何しろ、戦場で鉄華のことをフェルムフラワーと呼ぶことの方よりも、ファ×キンフラワーと叫びながら燃やすことの方が、圧倒的に多いからだ。
自衛軍への入隊可能最小年齢が十八歳であるのに対して、F・フォースだけは例外として十五歳からの入隊を認めている。その理由は、鉄華の最大の脅威と関係している。
「これだからSPMCの連中は扱いに困る。どうせ、私よりも高い給料を貰っているのだろ? だったら、少しは大人に気を遣いな」
「悪いがその言葉は、先ほど俺の中から永久追放した。それに高給取りのガキってものは、自然と嫌なガキになるものだ。なんたって、大人に媚びを売らなくても、カネが貰えるからな」
そう言って、俺はテーブルに置いてあるチョコレートへと手を伸ばす。カカオの分量が少なくて、十八歳の準大人には甘すぎる。喉が渇いたが、飲み物はまだだろうか。カフェオーレでも飲みたい気分だ。
鉄華の最大の脅威、それは生物の脳に種を植え付け、動く鉄の手駒にしてしまうことだ。「鉄還り」と呼ばれるこの現象は、鉄華の攻撃手段である巨大な蔓などによって身体を傷つけられることで起こる。鉄華の表皮に付着した微細な種が傷口から入り込み、たちまち身体が鉄に侵食されてしまう。そうして全身が鉄へと姿を変え、種が脳まで行き着いた時、それは鉄できたモノ以外の生物を襲い出す。魂を失った動く鉄の屍――「鉄魔」と化すのだ。
鉄華のこの脅威によって、人類は鉄華に支配された多くのシティを取り返せないでいる。大部隊で鉄華に挑めば、その分だけ「鉄還り」をする者が増え、鉄の屍となった仲間と殺し合う地獄絵図が出来上がる。実際、鉄華が出現して間もない年にそのようなことがあり、『鉄血の悪夢』として今も人々の記憶に焼き付いている。
しかし、この「鉄還り」という悪夢は、手の打ちようがないというわけではなく、ある一つの特性を持っている。未成年は「鉄還り」をしないのだ。未成年、つまり満十九歳以下の人間は、鉄華に傷をつけられても傷口から種が入り込もうとせず、鉄化も全く進行しない。戦場で傷を負っても、敵の手に落ちる心配がなく、戦場から人として帰還できる可能性が、成人よりもぐっと高いのである。
この理由については未だ解明されておらず、謎に包まれている。一つの仮説として、生物が鉄還りをした時点でその生物の成長は止まるため、「熟れる」まで待つという鉄華の生物としての特性が自然と働くという説があるが、その真偽は定かでない。
ただ、鉄還りをするのが成熟した生物に限られるということは、判明している事実だ。鉄華自身が既に成熟しきった生物であることからもこの事実は当てはまり、成長段階にある生物では鉄化を進行させる種が体内に入り込もうとせず、未成熟の生物は人間以外の他の生物も例外なく鉄還りをしないのだ。
鉄華が初めて目撃された八年前から現在に至るまで、十代の者が鉄還りをしたというケースは一度も報告されておらず、鉄還りをした最年少としては、二十歳の者が鉄還りをしたというケースが数十件報告されているのみに留まる。
そのため、軍は十八歳までが絶対に鉄還りをしない人材であると定めており(十九歳が鉄還りをした前例はないが、万が一のため、一歳だけ若く上限を定めているそうだ)、鉄華殲滅を専門とするF・フォースだけが、義務教育の終わる年齢である十五歳からの入隊を許可しているのである。
だがしかし、軍のこの年齢設定が全ての問題を解決するというわけではなく、全く問題がないというわけでもない。
一つは、モラルの問題。自立していないあどけない子どもたちを、国の一機関である自衛軍が働かせ、死と隣り合わせの戦場へと送ることに、異議を唱える者は多いのだ。
特に、子どもを持つ親にとって、自分の子どもが戦場へ行く可能性があるということは、黙って見過ごすことができないことなのだと聞く。
そのため国には現在、十五歳から成人にしようという動きがある。そうすれば、F・フォースへの入隊が十五歳という成人になってからだと、堂々と主張することができるようになるからだ。
だがこの動きは、世論だけでなく政治家たちからの批判も多く、実行されることはないだろうと言われている。それは今から二十年ほど前に一度、成人の年齢を二十歳から十八歳へと引き下げたが、様々な問題が生じて、結局はその数年後に、成人の年齢をまた二十歳へと戻したという経緯があるからだ。
十八歳の大人認定に一度失敗しているというのに、十五歳など、昔の二の舞いになるに決まっているということだ。
もう一つは、PTSDの問題だ。そもそも、十八歳以下の者が入隊を希望するケースは、限りなく少ない。それに加え、たとえ十九歳になる前にF・フォースへ入隊したとしても、戦場で隊を仕切るようになる頃には、とっくに十九歳を迎えている可能性が高い。
軍は常に人手不足であり、鉄華との戦いで、鉄還りしうる年齢の者を戦場に出さないというわけにはいかない。むしろ戦場は成人した大人で溢れており、鉄還りをし、鉄魔となった仲間を撃ち殺す役目を負う者が、絶対に必要となる。
同じ組織内で仲間殺しの役目を負う者を出すことは、軍としても心苦しく、その立場になった者は、PTSDや心身に過大な支障をきたす可能性が高いので、軍自体もその負荷を担いたくはないというわけだ。
そこで軍から必要とされるのが、PMC(Private Military Company)と呼ばれる、民間の軍事会社だ。
PMCは国とも軍とも関係のない外様の組織なので、軍はPMCから派遣された者に何をさせても、負い目を感じる必要はない。また、殆どのPMCが年齢制限を設けていないため、夢精も終えていない少年の頃から戦闘訓練を受けたスペシャリストを、戦線に加えることもできる。
つまり、軍はPMCを利用すれば、未成年であろうと、ガキであろうと、戦火の真っ只中に送ることも、鉄魔となった仲間を撃ち殺す役目を負わせることもでき、それは確実に戦力アップへとつながるのだ。
俺が所属するSPMC――篠田民間軍事会社(Shinoda Private Military Company)は篠田左義長を社長とする大手民間軍事会社であり、俺は十三歳の頃からそこに所属している。
鉄華との戦闘において、軍は一部隊に一人以上、PMCの人間を加えることを義務付けている。そのため、俺はSPMCの門を叩いてから、食い扶持に困ったことは一度もない。
PMCから派遣された者は、必ずと言ってもいいほど、鉄還りをした者を殺す、仲間殺しの役目を担う。それは汚れ役であり、憎まれ役であり、遺恨の矛先だ。
そのためPMCの者は、軍の者たちからはマッドソルジャー呼ばわりされる。だが、これは的を射た表現だと、俺は思っている。
実際、こんな仕事を生業にできる奴は、俺も含めてイカれた兵士だけだ。
「しかし、お前も来年で十九歳じゃないか。どうするんだ? SPMCの契約者を続けるつもりなのか?」
二つ目のチョコレートに手を伸ばしかけた時、長岡が訊ねてきた。
「……ああ。もちろん、そのつもりだ」
俺はチョコレートを掴まずに、伸ばした手を引っ込めた。
本当は、決め兼ねていた。
いや、決め兼ねているというのは正しくない。それしか選択肢がないのだ。
戦場は、十三歳から、姉が死んでから、行き着いた場所だから――今更、他に帰る場所など、どこにもない。俺はどこまでいっても、マッドソルジャーなのだ。
「……それで、今日はどうして、俺だけが呼ばれたんだ? ミッションまで、まだ日があるだろ?」
俺は長岡に本題へ入るように促した。おそらくここで催促しなければ、世間話でも始められていただろう。さっさと要件を済ませて、カフェオーレでも飲んで帰ろう。
「ふふっ、そう急かすな。……そうだね――よし、入って来な!」
長岡が、俺が入ってきた扉とは異なる、デスクに近い方の扉に向かって叫んだ。
「――失礼します」
聞き覚えのない女性の声とともに、ゆっくりと扉が開いた。
「こいつは……驚いたな」
俺は思わず立ち上がり、声を漏らしていた。
扉から顔を見せたのは、背の低い小柄な女の子――十四、五歳くらいだろうか、背筋が伸び、凛とした姿勢で入室してきたが、それに似合わない、あどけない顔の少女だ。
二つ結びされた若葉色の長い髪が特徴的で、年頃の女の子にしては、太陽を知らないかと思わせるほど肌が白い。しかし、不健康そうには見えず、どことなく雪原で飛び回る雪兎のようなイメージを抱かせる。それは彼女の表情がとても明るく健康的で、表情だけは生気で溢れているからであろう。
表情だけ、と俺が含みを込めた表現をしたのは、彼女――いや、それの額に、星の形をした、青紫色に光る「エナジーアイ」があるからだ。
「エナジーアイ」の光は、電気による発光であり、その光はそれが生物ではなく、ロボットであるということを示す証だ。
「今回のミッションに加わる、彼女だ」
「……彼女? これではなくてか?」
自分の認識が間違っていないことを確かめるように、俺は口を挟んだ。
「おはようございます。ソラです。御用がございましたら、お気軽にお申し付けください」
それは人間の女の子の声で、流暢に機械的な言葉を口にした。透き通る青空色の瞳と、車のテールランプのようにほんのりと光るエナジーアイを、真っ直ぐにこちらへと向けながら。
「そうか。じゃあホットのカフェオーレを、一杯頼む。ミルク多めでな」
「コラ、今回のミッションに加わる、と言っただろ。彼女は生ゴミに集るハエのような、お前たち腐れ男どもの欲求を満たすロボットではない。鉄華を焼き尽くす、兵器ロボットだ」
長岡が俺を叱りつけながらも、はっきりと「ロボット」という単語を口にした。どうやら、俺の認識は間違っていなかったようだ。
「兵器……ロボットか。ミサイルを出すよりも、カフェオーレを出してくれる方が、よっぽど現実味があると思うぞ」
俺は皮肉を言いながら、それをもう一度盗み見た。
エナジーアイがなければ、普通の人間の女の子にしか見えない。ロボットだと分かった今ですら、目に映るそれが何なのか、判断しかねる次第だ。
「正確にはアルファベット表記でSORA―001VBと呼ぶそうだけどね、ここは親しみを込めて、ソラと呼んであげな」
そう言って、長岡がロボットへと顔を向ける。一方で、ロボットの方はというと、時折瞬きをしながらも、俺から視線を一切に逸らそうとしない。
「……なるほど。今度のミッションは、いつもとは違う特別なものだと聞いてはいたが、まさかロボットとはな。よく万年貧乏の軍に、そんな高級品を用意できたものだ」
俺は体を壁の方へと向けながら呟いた。ただでさえ人の目を見て話すのが得意ではないのに、こうも視線を送られると、ものすごく気まずい。もしかすると、このロボットは冗談抜きで、目からレーザーを放とうとしているのかもしれない。
鉄華との戦いにおいて、AI を搭載したロボット、しかも人型のロボット を投入したというケースは、間違いなく前例がない。人工知能を搭載したロボットは大抵が高級品であり、しかもそれが人型――人間と見間違えそうなほど精巧なものとなると、大手企業のマスコットや、一部のセレブの高級嗜好品としてしか見られないほど、希少で高価なものである。
俺自身、実際に生で見るのは、初めてのことだ。そんなご立派なモノを、破損や故障をする可能性、再起不能なスクラップに陥る可能性が高い鉄華との戦闘に実装するなど、軍は宝クジにでも当たったのだろうか。それとも、生の牡蠣にでもあたって、トチ狂いでもしたのだろうか。
「まあ、その経緯や詳しい事情については、後日にするとして……真我里、前もって話していた通り、明日は空けておいてくれたな?」
「ああ。別に言われなくても、元から問題ない」
俺は頷きながら答える。長岡からは、今日の呼び出しとともに、明日のスケジュールを空けておくようにと言われていた。
「はーっ、寂しいやつだねぇ。せっかくの整った顔が台無しじゃないか、ロンリーボーイ。けれどまあ、今回はそれでいい。好都合、そして予想内。お前のような寂しい室内イケメンに、私が眩しい任務を言い渡してやろうじゃないか。ありがたく思いな」
そう言って、長岡が得意気に微笑む。どうやら俺は、馬鹿にされているようだ。
これは失礼極まりない。カネにもならない余計なことをするほど、俺はヒマではない。大した要件でなければ、明日は当初の予定通り、昼寝でもさせてもらいたいものだ。
「真我里大志、契約者。明日、ソラに付き従いな」
「……付き従う? なんだ、メンテナンスか? どこの工場だ?」
「ふふっ、そんなんじゃないさ」
長岡がニヤニヤと笑みを浮かべ、視線をロボットへと向ける。すると、ロボットが笑顔のまま口を開いた。
「真我里大志さん。明日、私とデートをしてください」
「……は?」
それは人間の女の子の声で、流暢に恋する乙女的な言葉を口にした。恥じらいもなく、さも当然のように。
――このロボットは、いったい何を言っているのだ?
だがこれは、俺がソラというロボットに対して、これから幾度となく抱く疑問符の序章に過ぎなかった――。




