表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

26/27

第26話 願い

 死に物狂いで、俺は足を動かしていた。負傷した左足を庇うことさえせず、無我夢中に。


「――ソラ……」


 辿り着いた先には――ソラの頭部が、転がっていた。彼女は鉄華に飲み込まれる直前に、身に着けていた燃焼剣で、自らの首を斬り落としたのだ。


「そん…傷……率、九十四・六パーセ……ント…。起ど……う、ロスト……まで、カウント二……百……。思考…エイ…あい…、ロス……トまで………ひゃく…八…じゅう……」


 ノイズ混じりに声を出す、柔らかな青の瞳のソラ。その瞳には、辛うじてまだ光を宿している。

 ソラの頭部は爆発による炎にこそ巻き込まれなかったが、爆風によって激しく吹き飛ばされ、損傷は免れなかった。そもそも……身体から斬り離された時点で、彼女が起動していられるのが、もはや時間の問題であることは、素人の俺でもどうしようもなく理解できてしまうのだ。


「クソっ! なぜ……なぜなんだ!!」


 嘆かずにはいられなかった。俺が犠牲にさえなっていれば、ソラがこんなことになることはなかったのだ。


 爆弾さえ仕掛けられていなければ。ソラが兵器ロボットにさえ、作り変えられていなければ、こんなことには――。



「わたし…は……死ぬ…わけには……いきま……せん」


「ソラ……」


「わた…しは……枯れない…花……です……から」


「……枯れない花?」


「はい……私は……枯れない、花…………花を…咲かせる…おおきな…鉢植え…ですから………大切な…人たち、を、咲かせ…続ける……役割を…担って…いる、のです」


 ソラの言葉を聞いて――俺の脳裏に、蘇る光景があった。


 デート中に訪れた雑貨屋での、ソラ――あの時のソラは、土浦寧々の誕生花であるネリネの花をじっと見つめていた。大きめの鉢植えに咲いた、ネリネの花を。



 ――自分と……重ねていたんだな。


 自分の中で、大輪の花を咲かせるマスター。あの時のソラは、俺の想像を超えてまばゆい金色の時を過ごしていたのだ。



 ――大きな、鉢植え……。



 ロボットは、他の生物と違って、寿命がない。


 老いを知らぬ、鉄の存在。


 鉄華と同じ、花とは言えぬ、偽物の花。作り物の、枯れない花――。


 土浦寧々がソラというロボットに『花は枯れて種となり、そして花を想う誰かのもとで、再び花を咲かせる』と話したのには、自分のことをいつまでも忘れないでほしいという、強い願いが込められていたのかもしれない。

 永遠の命への可能性を秘めた、ロボットという存在に。


「マスター、は、いま……も、私の……心の…中で、咲き続けて…い、ます。キラキラ、と、かがや…いて……温かい、です。マスター、だけでは……なく、わたし…が、出会った……たくさんの、人たちの……花、が……わた…しの中で、咲い……ています。どの……花…も……とても、大切な、花…たち、です。ですから、私は……いなく…なる…わけには、い…かないの…です。わた…しの、中で、咲き…つづける……大切な、人たち…の、花…を……どうか……枯らさ……ないで……」


 ソラの途切れ途切れの一言、一言が――俺の心臓に、深く突き刺さる。


 ソラは言っていた。俺が死ぬのが怖いかと訊ねた時、死ぬわけにはいかない、と。

 はっきりと、力強く。


 ――そういうこと……だったんだな。



 ソラが死ぬわけにはいかないと言っていたのは――自分のためではなく、マスターのため、そして俺も含めた、彼女と今まで関わった人たちのためであったのだ。


 いつまでも、大切な人たちのことを記憶メモリーに焼き付けて。いつまでも、生きた証を覚えておいて。



 ――なんて、優しいロボットなんだ……。



 ロボットは壊れる時、何も思わないのだと思っていた。

 死への恐怖も、生への願望も抱かないのだと、勝手にそう思っていた。

 だが――このソラというAIロボットは、自分が死ぬその時まで、大切な誰かのことを想い続けているのだ。



 人は死ぬ時、自らのために、死にたくないと思うのに。


 それなのに、人よりも、ずっと温かい心を持って……。



「お前は……枯れない花なんかじゃない。俺たちと同じ……立派な一輪の花だ。……だから、たとえ、お前が深い眠りについても……必ず、また……花を咲かせるから。必ず……俺が……お前の種を、受け取るから」


「……ほんとう……です、か?」


「ああ、もちろん。お前の抱える花たちも、俺が必ず、また咲かせてみせる。だから…………ゆっくり、眠るといい。眠って……また、満開に咲いてくれ」


 身体に力が入らない。顎が震えて、しゃくりが止まらない。ソラの額に咲くエナジーアイが、蛍の発光のように小休止を挟みながら点滅し、青紫色の光を失いつつある。残された時間は、もう僅かだ。



 ――涙が、込み上げてくる……。



 だが、それでも――最期は、笑顔で送ってあげたい。



 青い空の下で絶やさず咲かせ続けた、満開の花に――少しでも、近づけるように……。



「そう、です……か…………よかっ、た…………わたし、がんばり……ます…………マスターの、よう、な……キラ、キラ…した……花に、なれる、ように…がんば…り…ます。マスターの、ような……あた、たかい、花に……」


「……ああ。……頼むよ」


 俺は必死で笑顔を作った。ソラの額に咲く、キキョウの花の輝きをお手本にして。



「まが…りさん、さいご…に、一つ…おねがい、し…ても、よろしい…で…しょう、か?」


「……なんだ? 言ってみろ」



「……キス、して……くだ、さい………」



「……ああ」


 俺の言葉とともに、ソラが、俺にピントを合わせる二つのレンズを、ゆっくりと閉じる。


 それを合図に、ソラの薄ピンク色の部分に、俺は口で触れた。




 その感触は、柔らかくて――愛しい。




「あり…が………とう、ご…ざい……ま………す………わ………た…し……と…ても……と……て…も……………う…れ…し……い…………で…………す」



 ソラが俺に向けた、初めての言葉――その想いの詰まった贈り物を最期に、キキョウの花は光るのをやめた。





 花が、枯れた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ