第25話 最終決戦
サミハラシティ・北区、最奥の街。ついに俺とソラは、今回のミッションの最終目的地であり、最終目標が現れるとされる場所にまで辿り着いた。
「……何もないな」
俺は率直な印象を言葉にする。この場所も他の街と変わらず、住宅が連なる平凡で平穏な一つの街であったはずなのに、その面影は微塵も残っていない。津波や竜巻が全てをさらっていったかのように、瓦礫や木片が余すところなく散乱しており、どこに何があったのかさえも全く想像ができない。秋風を遮るものがなく、風が吹きすさぶ度に砂埃が舞い上がり、頬をざらつかせる。足元に目を向けると、荒れ狂う血潮を連想させるような烈しい亀裂が、干からびた大地一帯に走っており、端から端まで枯れ朽ちている。
――死に絶えている。
鉄華に滅ぼされた街を数々と見てきたが、こんなにも人の営みが流された光景は、今までに目にしたことがない。これだけの奈落を生み出した鉄華が、この場所に存在する。
天災をも凌駕する存在。人類が築き上げてきた景色を、一掃してしまう存在。ここはまさに、人類が滅亡する時に迎える、終末の世界だ。
――この世界で、終りを迎えるわけにはいかない。
「――ソラ」
「はい、何でしょう?」
「生きて、帰るぞ」
「はい。かしこまりました」
ソラは同意の言葉を口にした。何度も耳にした言葉であったが、その言葉には力強さを感じた。俺へと向ける硝子玉のような青い瞳が、一段と輝いて見えたからだ。
――俺たちが帰る場所は、ここではない。
俺たちには、行かなければならない場所があるのだから――。
そよぐ稲穂のように、すじ雲が漂う空。乾燥した空気のせいなのか、空を遮る建造物がないせいか、空が高く広々としている。空の端が赤みを帯びつつあり、現在の時刻は十六時十五分を少し回ったところだ。秋の日はつるべ落としとも言うので、空はあっという間に夜に飲み込まれることであろう。
当初の予定よりも二時間ほど遅れており、これ以上の遅れは許されない。日没までにミッションを終わらせる。空が暗くなる前に。星々が顔を覗かせる前に。
どんな空に出くわしても、もう俺が負けることはない。この戦いが終われば、俺の瞳に映る景色も、きっと変わるはずである。こんな気分は初めてだ。
帰りたい場所がある――ただそれだけで、よかったのだ。
「ソラ。お前のマスターの誕生花は、何だったんだ?」
俺は訊ねる。ソラの瞳が、黄昏時を迎える前に。
「はい。マスターの誕生日は十一月二十五日で、誕生花はネリネでした」
「ネリネ……もしかして、雑貨屋にあった花か?」
「はい、そうです」
ソラがにこやかに答える。彼女がフロラシオンという雑貨屋で食い入るように眺めていた、薄ピンク色の花。確かあの時、ネリネはダイヤモンド・リリーとも呼ぶ宝石のようにきらめく花だと、店主が言っていた。
俺はあの時、なぜロボットがこんなにもこの花に興味を示すのだと気になっていたが、ソラにとって、あの花は誰よりも特別に輝いていたのだ。
「……ネリネの花言葉は?」
「はい。ネリネの花言葉は『また会う日まで』です」
「……また会う日まで、か。そうか……」
それは、死後に天国で再会する時なのか。それとも、ソラ自身の心の中で、再会の花を咲かせる時なのか。
ソラにとっておそらくそれは後者であり、既に彼女は、土浦寧々と再会を果たすことができているのだろう。
「なあ、どうして俺だったんだ? どうして、デートの相手に俺を選んだ?」
俺は思い切って訊ねてみた。
長岡は言っていた。軍の命令ではなく、ソラ自身が男性とのデートを望んだのだと。長岡の持つデータの中から、自身の判断で俺を選んだのだと。
数ある男の中で、なぜ俺を選んだのか。
偶然なのか、誰でも良かったのか、別に俺である必要はなかったのか、それとも、別に理由があったのか――このことだけは、いくら考えても説明がつかなかった。
「まさか……俺の顔は、お前のマスターの好みなのか?」
「はい。真我里さんのお顔は、マスターの好みに合っています」
「……そうか。やはり、顔採用か」
つい、笑ってしまいそうになる。別に悪い気はしないが、大した理由でもなく、拍子抜けである。
「ですが、真我里さんを選んだのは、私です」
「ん? どういう意味だ?」
俺の問いに、ソラは黙り込み――代わりに、瞳で答えた。
ソラの瞳は、夕焼け色に染まっていた。
つまり、ここまでというわけだ。
『ふふっ、それを言うのならば、お前だって同じじゃないのか、シャイボーイ。お前だって「嬉しい」とか「楽しい」とか滅多に口にしないだろ? たとえ、心に抱いていたとしてもね』
――長岡に、昨晩、投げかけられた言葉。
今この時、彼女にもう一度、言われた気がした。
「――ソラ」
「はい」
「――好きだ」
俺の言葉に反応して、ソラが俺の方へと顔を向ける。互いに目を合わせるが、夕焼け色の瞳をした彼女からは、返事がなかった。
――この返事も、戦いが終わってからだな。
つい、笑みが溢れてしまう。笑うなど、緊張感を伴う鉄華との戦闘前、しかも人類が倒したことのないSS級との戦闘前には、あり得ない不謹慎なことである。
だが――悪くない。
士気が高まり、身体が熱くなる。まるで、自分の身体ではないみたいだ。
――俺もソラも、必ず勝つ。
勝って――生きるのだ。
〈こちら、F・フォース航空戦闘分遣隊。契約者・真我里、僕らからのプレゼントはお気に召したかい?〉
イヤーリンクに音声が受信される。俺たちがここに到着した際に、上空から物資を提供してくれた航空部隊の者だ。
「こちら、真我里。問題ない、注文通りで助かる」
〈そりゃよかった。ところで、F・フォースの隊員が一人も見当たらないようだけど、ソルジャーのプレゼントは必要かい?〉
「いや、構わない。どうせ要請しても無駄だろ?」
〈そんなことないさ。作戦本部に、PMCとキュートなAIだけに手柄持って行かれていいのですかとでも言えば、軍もメンツのために慌てて人材派遣するだろうよ〉
「確かに、そうかもな。だが、必要ない。待っている時間はないし、俺もロボットも給料分はきっちり仕事をするから、安心しろ」
何より、これ以上わざわざ死人を増やすことはない。もっとも、ソラ個人に対して給料は与えられていないのだろうが。
現在上空では、有人戦闘機と、無人戦闘機、無人輸送機の計三機が飛行している。今回のミッションでは、最終目的地へと到着する前に、自衛軍本部を通して航空部隊の者に連絡を入れることになっていた。彼にとって物資輸送はついでの仕事であり、これからが彼の本当のミッションだ。
〈オーケィ、じゃあそろそろ、ミッションスタートと言ってもいいかな?〉
「ああ。よろしく頼む」
〈オーケィ。アタッカー1、目標、ヤマタノオロチ震央部。距離八百、SOP―Ⅶ――ファイア!〉
彼の気合の入った掛け声とともに、一発のミサイルが地上に落とされる。それに伴い、俺たちを勢い極まりない爆風が襲い、立っていられないほどの揺れが猛威を奮う。
これはミサイル直撃による震動だけでない。この一撃は、俺とソラの最終ミッション開始の狼煙にすぎないのだから。
「警告、地中警戒。エネミー、フラワーSS級、デュエル・V9・U型。北北東、震央距離百二十。カウント15――……5、4、3――」
ソラが告げるカウントが進むに連れて、唸るような地鳴りと衝き上げる震動がますます強くなる。
「――囲まれます」
ソラの言葉とともに、地中から無数の太い鉄の蔓が姿を現した。
毛糸で編むかのごとく、メッシュ状に鉄の蔓が絡まり、あっという間に直径三百メートル、高さ百メートルくらいはあるドーム型の鉄格子の檻が出来上がる。外を飛ぶ航空部隊からは、突如として巨大なメロンパンが完成したようにでも映っていることだろう。
目ぼしい出入り口は格子の隙間だけであるが、もしそこから出ようとでもするものならば、たちまち鉄の蔓の餌食となることは間違いない。
俺とソラは逃げることも増援を頼ることもできない、籠の中の鳥だ。
鉄の檻が完成しても揺れが収まることはなく、檻の中央付近の地面が、丘のように盛り上がる。
地表を突き破り、姿を現したのは――鉄の檻を作り上げた張本人、今回の最終目標であるSS級鉄華だ。
現れたSS級鉄華は、つい数時間ほど前に俺たちが倒したチーリップ姿のオロチのように、蛇の頭のような鈍色の華弁を持ち、しかもそれが八つも、丸々とした鈍色の球根型胴体から出ている。先ほどのA級オロチに比べて、大きさが四倍近くもあり、さらに先ほどのとは異なり、球根が全身丸裸の状態で地上から姿を現し、まるで地面から引っこ抜かれたかのような冴えない光景となっている。鉄の華のくせに葉が全く付いておらず、熱線から身を守る部分を持たないようだ。
敵のコードネームは『ヤマタノオロチ』。今までに人類が倒したことのない、SS級のデュエル型鉄華だ。
デュエル型――人間が周囲にいない限り、いくら地表を攻撃しても攻撃の当たらない地中深くに身を潜め、V9という最高ランクの蔓による攻撃を絶対安全圏から繰り広げる。
しかし地上に人間がいる際には、鉄の蔓で脱出不可能な堅牢の檻を作り上げ、その中に人間を迎え入れる。
そうして姿を晒し、人間との正々堂々たる決闘、いや、決闘という名の人間狩りを、直に楽しむのだ。
どうやら鉄華は、人間が安全圏で機械やミサイルを扱うような、リスクを負わない戦いはお気に召さないようであり、殺す、殺されるの血湧き肉躍るデスマッチをご所望で、まさにこのデュエル型が、その象徴だ。
鉄の蔓による牢獄は三重構造のドームとなっており、破壊力抜群のミサイルや熱線でも貫通されることはできず、たとえ多少の破壊に成功しても、瞬く間に蔓が伸びて、損傷箇所を補強してしまう。そもそも、鉄の檻に攻撃が当たるよりも前に、檻から伸びた蔓の鞭によって、戦闘機もミサイルも破壊されてしまう。
最新式の戦闘機も弾道ミサイルも全く通用せず、辛うじて敵と向かい合うチャンスを与えられるのが、檻の中にいる決闘を申し込んだ人間と、その仲間たちだけなのだ。
〈契約者・真我里――幸運を祈る〉
航空部隊の者から激励の言葉が送られる。彼と彼の率いる無人機は、これ以上は攻撃に参加せず、このまま本部に帰還する手はずだ。
「ああ、任せろ。――ソラ、戦闘開始だ」
「かしこまりました。出力最大・ブラストレーザー、撃ちます」
ソラの左腕が眩しく光り、高出力の熱線が放たれる。まずはキュートなAIからの、挨拶代わりの第一射だ。
放たれた攻撃はヤマタノオロチの丸々とした胴体のど真ん中に、見事命中する。情報によると、ヤマタノオロチの鉄珠心は、球根型胴体の内部にある可能性が高いとのことだ。
しかし、巨大サボテン鉄華の時のようにヤマタノオロチを穿つことは叶わず、それどころか敵は無傷であった。これで終われば万々歳であったのだが、さすが今回のミッションにおける敵の首領。そうやすやすとはいかないようだ。
ヤマタノオロチはソラの攻撃に怒ったのか、鉄の蔓を球根からウヨウヨと伸ばし、さらに地中からも蔓の姿を見せる。加えて、八つの華弁が先ほどのA級オロチのように、無数の棘を散弾銃のように吐き出してくる。襲ってくる蔓の数は先ほどのオロチの二倍以上、華弁からの攻撃は、華弁の数からして、単純計算でA級オロチの八倍にもなる。いくら俺でも、ラビットブースターと強化レッグを駆使するだけでは、三分も経たないうちにあの世行きだ。
そこで俺は、大量に身に着けた爆竹式2B弾を常にばらまきつつ、逃げ回る策を取った。爆竹式2B弾は航空部隊に提供してもらった物資の中から持ち出したものだ。
爆竹式2B弾は爆竹のように、耳を塞ぎたくなるほどの大きな破裂音の連続とともに、燃え上がる。爆竹と違う点は、点火する必要がなく、軽く擦って投げるだけで、三秒後に爆発するという点だ。爆弾自体に威力はまるでないが、それ以上に音と熱によって、鉄華の攻撃をそちらへと逸らすことができる。
爆竹式2B弾は、対鉄華用に多少改良されてはいるが、そもそもはどこかのシティで用いるお祭り用のアイテムとして生まれたものであり、子どもでも購入できるレトロな玩具である。これをとあるPMCの者が試しに鉄華との戦闘で用いてみたところ、音や熱に敏感に反応する鉄華に対して、思いの外有効であったというわけだ。
つまり爆竹式2B弾は、軍の正式な装備ではなく、一部のPMCの者が生き残るために好んで使う、対鉄華専用の誘導爆弾なのだ。
これが今回の俺の仕事である。鉄華からの攻撃の囮役が俺であり、鉄華にとどめを刺すのが、内蔵熱線銃――我々の攻撃手段の中で二番目に破壊力のあるそれを持つ、ソラだ。
ソラは現在、第二射を撃つためのエネルギーをチャージしている最中である。ソラの方にも、いくらかヤマタノオロチからの攻撃が及ぶが、A級オロチとの戦いの時と同様に、大半は人間である俺を狙うものばかりだ。
ソラが内蔵熱線銃を撃てるのは、エネルギーの備蓄量からして最大で三射目までであり、三射とも通用しなければ、彼女は我々の攻撃手段の中で最も破壊力のある、自爆特攻を仕掛けることになる。一射目はノーガードのヤマタノオロチに対して、まるで通用しなかった。よって、ただ撃つだけでは、二射目も無駄弾になる可能性が非常に高い。
――何か、糸口を見つけなければ……。
と、ここでヤマタノオロチが、驚くべき行動を取った。
鉄の檻の中で、のそのそと動き、ゆっくりと俺の方に向かって来ているのだ。
「――なんて野郎だ……」
巨大サボテン鉄華の時のように、鉄の根っこを動かして歩いているのではない。球根型胴体の下部に目を向けると――無数の鉄魔が、生えている。鉄還りをした、人間だ。
数え切れないほど多くの、鉄還りをした人間――その鈍色の上半身が、ヤマタノオロチから根っこのように生え、這うように両腕を動かし、ヤマタノオロチの身体を運んでいるのだ。
おそらくそれらは、サミハラシティの住民の成れの果てなのであろう。だがしかし、鉄華と融合した鉄魔など、今までに一度も聞いたことがない。ましてや、鉄魔となった人間と鉄華の融合など。
「……人間を、食べたのか?」
鉄華は食のために人間を殺すわけではないはずだ。鉄華とは、日光も水分も養分も必要としない、枯れない華なのだ。
と――鉄の檻を形成する蔓のうち、一本が檻の外へと伸び、勢いよくどこかへと向かう。
「――おい、おいっ! やめろっ!」
叫ばずにはいられなかった。一本の鉄の蔓が、航空部隊の者が乗る戦闘機を撃墜したのだ。
「クソっ!!」
イヤーリンクに本部からの報告が入る。アタッカーワンロストという、無情な報告が。
航空部隊は攻撃には参加せず、ヤマタノオロチが姿を現した時点で、すぐに本部へと帰還するはずであった。だがおそらく、彼は自分にもまだ何かできることがあるのではないかと考え、上空で待機していたのだ。無謀な戦いに身を置く、俺やソラのために。
「……ちくしょう」
俺たちの勝利を祈ってくれた、顔も知らぬ仲間。せめて名前くらいは、聞いておくべきであった。
「――――」
言葉が出なかった。
悪夢が始まるのは、これからであったのだ。
戦闘機を襲い、檻の方へと戻ってきた蔓は、手ぶらではなかった。
蔓の先端には、鈍色の人間が突き刺さっていたのだ。
俺と会話のやり取りをした、航空部隊のパイロットに違いない。
伸びた蔓は、そのまま檻の中へと入り、ヤマタノオロチの方へと向かう。
そして、ヤマタノオロチの球根部分が、ゼリーのように歪み――鉄魔となったパイロットを、喰らった。
鉄魔となった人間が、ヤマタノオロチの胴体下部付近に、鈍色のまま這い出るのが、俺の目に入った。
「――……ふざけてやがる……」
鉄華に吸収されたパイロットは、鉄華を運ぶ鈍色の人間らの、新たな一員となった。つまり他の人間たちも、パイロットと同じように球根部分に喰われ、今もなお、鉄華の足として強制労働させられているのだ。
ヤマタノオロチ――この最強クラスのSS級鉄華が、人間を好んで襲うのは、決して食のためではない。もちろん、移動手段の確保のためでもない。これは、コレクションのためだ。収集癖のある人間のように。富豪が己の欲を満たすため、何の利用価値もない動物の剥製を集めるかのように。
――やはり、鉄華は人間に似ている。
自分たちとは異なる生物をモノとみなす、バケモノ。俺もこのバケモノとの殺し合いに負けると、敵のコレクションの一つとなるわけだ。
ヤマタノオロチの悪行は、止まらない。さらにもう一本、鉄の檻から蔓が外へと伸びる。方角からして――中央区の方角、俺が筑泉に向かわせた方向だ。
「いい加減にしろ! 人間を舐めるな!!」
俺は外へと伸びる蔓の方に向けて、熱線銃を撃つ。だが、檻を成す他の蔓に阻まれて、届かない。俺に対する蔓の波状攻撃も、未だ止むことなく続いているため、場外への攻撃の方には、これ以上は手が向かない。
俺の些細な抵抗も虚しく、檻の方へと戻ってきた蔓の先端には、先ほどと同じように何かが突き刺さっていた。一名が犠牲となってしまったようだが、球根部分に勢いよく吸収されたため、姿は分からない。筑泉浮波なのか、補給支援部隊の誰かなのか、既に鉄還りをしていた者の遺体なのか――。
誰が殺られたのか分からなかった理由は、もう一つあった。
ヤマタノオロチに何者かが喰われるタイミングで、ソラが二射目のブラストレーザーを放ったからだ。
出力最大のブラストレーザーは、ヤマタノオロチの球根部分が、液体金属のように歪んだタイミングで放たれた。球根内部にあると推定される鉄珠心を貫通させるならば、その時しかないと思えるほどの、ジャストタイミングだ。
――しかし、
〈フラワーSS級、ダメージ、皆無。エネルギーチャージ、開始します〉
ソラの強弱のない言葉が耳に届く。彼女の言う通り、俺の目から見ても、敵の胴体には依然として傷一つ付けられていなかった。
タイミングがほんの僅かに狂ったのか、それとも外部からの攻撃ではどうしようもないのか。
人類が未だかつて倒したことのないU(Unknown)型なので、鉄珠心が球根内部にはない可能性も考えられることではあるが、これまでの鉄華の趣向からして、地中に鉄珠心を埋めているケースは考えにくい。人間とのデスマッチを嗜好するこのヤマタノオロチに関しては、特にだ。
ソラは自分の言葉通りに、既に第三射に向けてエネルギーチャージを開始している。強固な外殻がゼリーのように柔らかくなる時でも、熱線が鉄珠心へと届かないのならば、残された手段は一つだけである。
球根内部で、ダメージを与える――つまり、自爆だ。
――させるかよ。
ヤマタノオロチの俺への攻撃が、より激しくなってきている。敵の攻撃の矛先を変えるために使っていた爆竹式2B弾も、徐々に敵の注意を引かなくなってきた。
A級以上の鉄華に多く見られるのが、音や熱よりも、人間に反応する鉄華である。知的生命体、知的存在である人間に。
俺が航空部隊の提供物資から持ち出したのは、バッテリー満タンの新品のラビットブースターと、大量の爆竹式2B弾、それともう一つある。俺の心臓が止まると同時に、爆発へのタイマーが作動する、自爆用の爆弾だ。
自爆という選択肢をソラだけ持たせる自分を、どうしても許せなかったのだ。
俺よりも、人間の誰よりも、優しい心を持つ、一人のAIロボット。彼女がロボットだからという理由で、優先的に死を押し付けるのは、間違っている――。
俺の身に着けた爆弾では、ヤマタノオロチを仕留めるには至らないだろう。だがしかし、俺が鉄珠心のある球根内部で自爆すると同時に、ソラが最後の三射目を撃ってくれれば、この戦いを終わらせる可能性は充分にある。
航空部隊に対して、ヤマタノオロチが攻撃したのは有人機のみであり、無人機である二機は未だに無傷で上空を飛行している。ヤマタノオロチの一番の狙いが、人間であることは間違いない。
ロボットであるソラよりも、人間である俺を好んで攻撃し、そして、喰らうはずだ。
手持ちの爆竹式2B弾も、残り僅かである。何より、左足の強化レッグが上手く作動せず、左足首に装着したラビットブースターを使う度に、激痛で意識が飛びそうになる。地中からの鉄の蔓による攻撃を、貰ってしまったせいだ。
俺が敵のコレクションの一つになるのは――もう、時間の問題だ。
「……ソラ。ブラストレーザーのチャージは、今どのくらいだ?」
〈ブラストレーザー、チャージ率、百パーセント。第三射、いつでもいけます〉
「そうか……ならば、俺の合図で放ってくれ」
〈かしこまりました。どのような合図でしょうか?〉
「……俺が鉄華の中で、花火を上げる。だから――――頼んだぞ」
――生きて帰るつもりであったが……仕方がない。
一矢報いて、誰かを――ソラを救えられるのならば。
大切な存在を、守ることができるのならば――。
「ソラ……ありがとう。お前の中で、俺の花を…………咲かせてくれ」
俺は、満足して――――目を瞑った。
悔いは、なかった。
――笑って、死ねるのだから。
――――…………。
俺は、死ななかった。
ソラが、俺をかばったのだ。
俺に迫った鉄華の蔓は、俺の代わりに、ソラの左腕を貫いていた。
ソラは左腕を損傷した。血は流れなかったが、肩が外れたかのように腕をダランとし、さらに金属部が剥き出しになっていた。
「――ソラっ!」
俺は叫んでいた。状況が分からず、ただただ心音の高鳴りが、耳元まで響く中で。
――なぜ、俺をかばった?
――なぜ、俺の命令を無視した?
〈損傷率、七・二パーセント。内蔵熱線銃、ロスト。起動、クリア。思考AI、クリア。他機能、オールクリア――〉
「そうか。よかった……」
俺は少なからず安堵する。どうやら、ソラの損傷は左腕だけであり、起動には、そして命には、別状はないようである。
〈――内蔵熱線銃のロストにより、フラワーSS級の破壊手段は、自爆による破壊のみと判断されました。これより、SORA―001VBは、自爆モードへと移行します〉
言葉とともに、ソラの瞳の赤が、一層に濃くなる。
血のように、鈍く赤い。
――ウソだろ?
「おい、待てっ! ソラ、今すぐ自爆をやめろ! お前が犠牲になる必要はないっ!!」
〈その命令は、受諾できません。SORA―001VBは、鉄華を殲滅するために作られた兵器です〉
「違うだろ、ポンコツ! お前は……お前は、マスターのために、人を想うために生まれてきた、優しいロボットだろうがっ!!」
〈SORA―001VBは、鉄華を殲滅するために作られた兵器です〉
「ちがっ――」
〈SORA―001VBは、人類を助けるために作られたロボットです〉
この時――ソラは俺に対して、微笑んだ。
血塗られた瞳のままで。
そして――ソラの瞳は、一瞬にして澄み切った青色に、姿を変えた。
兵器ロボットではなく、戦いを知らぬ、純粋に人を想える、優しいロボットに。
人よりも真っ直ぐな心を持った存在に。
シンギュラリティの祖となる、ロボット――それは、人間よりも優れた知的存在。
人間よりも魅力的な生命体。
人間よりも上位の種。
A級以上の鉄華に多く見られるのが、音や熱よりも、人間に反応する鉄華。
それは人間が、地球の頂点に立つ知的生命体、知的存在であるため。
――ならば、人間よりも優れた、知的存在は……。
神秘的な蒼の瞳のソラに、ヤマタノオロチの蔓が襲いかかる。
彼女の身体を――蔓が貫いて――ソラは、あっという間にヤマタノオロチへと飲み込まれた。
そして――ヤマタノオロチの身体は、限りない閃光に包まれ、破裂した。
人類はSS級鉄華に対して、ソラという人型AIロボットの自爆によって、初めて勝利を収めたのだった。




