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第27話 花は枯れて、また咲く

 松川三木広


『へ、メッセージ? うーん……シルバさんには茶化されたけど、母ちゃんかなぁ。……え、キミに向けて話すんだ。なんか、めっちゃ恥ずいわ。まあ、でも……イイか。……えーっと、母ちゃん、元気? 三木広ッス。母ちゃんはオレが軍人になることを、すんげー反対していたけど、なんかオレ、才能あるみたいで、期待のルーキーとか言われたりするんだぜ。今日のデビュー戦も、人類初のミッションに大抜擢だし、敵だってすんげー倒して、オレ、マジ大活躍よ。ちょい緊張するとこもあるけど、明日もめっちゃ活躍して手柄立ててくるから、楽しみにしておいてくれよな。……えーっと、母ちゃん、女手一つで俺を育ててくれて、ありがとう。早くいっちょ前になって、必ず母ちゃんを楽させてやるからな。ああ、あと、このミッションが終わったら、久しぶりに顔を見せるよ。久しぶりに、母ちゃんの作ったカレーが食いてぇや』



 佐伯葛


『うぉぉおぉおおぉっ、麻里ぃっ! 我が妻よ、観ているかァァァッ!? あのな、麻里! 人には誕生花ってものがあって、生まれた日によって、花とその花言葉があるそうなんだっ! 麻里っ、キミの誕生花はなァ、菜の花だそうだァァッ! ボクも知っている花じゃないかぁああ! さすがキミだぁあああっ! そしてぇ、花言葉は「快活」だそうだぁああっ! 素晴らしいじゃないかぁああ! キミにピッタリの言葉だぁああっ! キミの情熱と気合と根性で、元気な赤ちゃんを産むんだぞォォォッ! 麻里ぃっ! 仕事ばかりで、寂しい思いをさせて、本当にすまない! キミに言われていた、産まれてくる子どもの名前、ついに考えたぞおおぉぉっ! 子どもの名前はぁ、宇宙うちゅうと書いて、宇宙そらだぁぁぁあぁっ! 実は素敵な誕生花を教えてくれたのは、ソラという名前の、女の子のロボットなのだよぉおっ! 今、ボクの前に立ってこれを録画してくれているのも、ソラくんで、彼女のおかげで子どもの名前が閃いたのだぁぁああっ! 男の子でも、女の子でも、宇宙うちゅうのように大らかなで元気な子どもに育ってほしい、笑顔あふれる健康な子どもに育ってほしい、そんな願いを込めたぞォォォォッ! それでな、宇宙そらが産まれて来るだろう日の、誕生花とその花言葉を訊いておいたぁあっ! 十二月十日に産まれてくれば、誕生花はツバキ、花言葉は「控えめな優しさ」だそうだ! 十二月十一日産まれてくれば……ええっと、なんだ……すまん、忘れたっ! 後でもう一度ソラくんに訊き直して、直接ボクがキミに伝えるから、楽しみにしておいてくれっ! ボクは必ず、キミのもとに帰ってくるからな! じゃあな、麻里! 元気でいるのだぞぉぉぉおおおおっ!!』



 長岡志奈乃


『お父さん、お母さん、二人がこのメッセージを見ているということは、私はきっともうこの世にはいないのでしょう。先立つ不幸を、許してください。二人は、もう軍人を辞めてもいいのではと言ってくれたけれど、私には……どうしても、ここでやりたい事があったから。私よりも若い十代の子たち、将来のある子たち、帰る場所のない子たち……そんな子たちが、戦場にはたくさんいます。……今、私の目の前にいる子も含めて、ね。私はそんな子たちが戦場からいなくなるまで、戦場に立ち続けることを決めました。彼らに帰る場所を、示してあげたい。私が……お父さん、お母さんに「帰ってきてほしい」と言ってもらえたように、彼らにも生きる場所を見つけてあげたいのです。お父さん、お母さん。二人の子に生まれてきてよかった。ありがとう……心から、感謝しています。……生きてて、よかったよ』



 能代湊


『メッセージ? ソラちゃんに向かって言えば、記録してくれるの? へぇ、じゃあ……両親に一言。父さん、母さん。勝手に学校を中退して、軍人になってごめん。一度しかない人生だから、どうしても挑戦したかったんだ。だからさ、もし僕の身に何があっても、僕は絶対に後悔しないから。「やっぱり軍人になるべきじゃなかったんだ」なんて、二人は言わないでね。僕の人生は今、すごく充実しているんだから。……ああ、そうか、そういうことか。だからソラちゃんは、ここにいるんだね。……浮波、元気かい? 浮波はよく周囲に勘違いされるけど、僕はキミが、人一倍仲間思いの優しい子だと知っているよ。笑うと、人一倍かわいいことも。ハハッ、ソラちゃんの前でこんなこと言うのは、何だか照れるな。浮波……生きる、笑う、幸せになる……それだけでいい。それだけで僕は、どこにいても笑っていられるから。ねぇ、浮波……僕は、君のヒーローになれたかな? 浮波……愛しているよ。僕が、どこにいても……』





 俺は能代湊の映る映像を、筑泉浮波と共に見ていた。


 俺がソラから受け取った種――額のエナジーアイに隠された、メモリーチップ。そこには、あの戦いで命を落とした仲間たちのメッセージが残されていた。


 能代が言っていた、戦場にロボットが導入されることに対しての、兵士にとっての最大の利点。それは、兵士の生きた証を、ロボットが記録に残してくれることだったのだろう。戦場での生存率が、人間よりも遥かに高いロボット。生きていた証を永遠に忘れず、記録として残し伝えてくれるロボットは、兵士にとっての最期の希望だったのだ。


「……ミナト……私も……ずっとずっと、愛しているから。ずっと……忘れない……」


 涙に咽ぶ筑泉。薄暗い部屋で、映し出されたメッセージの下、泣き伏せている。俺は彼女の邪魔にならないように、そっと部屋を出ようとした。


「――待って」


 筑泉に呼び止められて、俺は振り返った。彼女は顔を上げて、俺の方に目を向けていた。


「ありがとう……生き残ってくれて」


 暗がりで表情は窺えなかったが、それでも、彼女の瞳に映る光る雫は、はっきりと分かった。


「ああ……こちらこそ、ありがとう」



 筑泉と俺はあの戦いで生き残った、たった二人である。あの戦い以降、彼女は寮の自室に引きこもり、ずっと塞ぎ込んでいたようだが――きっと、もう心配ない。

 彼女があの戦場で涙をこぼした時には、俺を見たくもないと言いたげに、俺に目を向けなかったが、今回は違う。

 筑泉も俺も、少しずつでも前に進めるということだ。

 これも全部、共に戦った仲間たち、そして、ソラのおかげだ。





 ソラのメモリーには、仲間たちのメッセージだけでなく、彼女が生きてきた十年間の想い出がしっかりと残されていた。


 サミハラシティ・北区の唯一の生き残りであった、ソラ。そのメモリーの大半は、花屋で働くロボットとして、街で暮らす多くの人々と関わってきたことが分かる内容だ。花を買いに来る者、挨拶を交わす者、ソラを目当てに訪れる常連客、街を行き交う数多の人々、ソラのマスターである土浦寧々。彼らとの他愛もない日々、当たり前であった朗らかな日常が、そこにはあったのだ。

 俺はソラの目を通して、あの瓦礫だらけの街とも言えない廃墟で、かつて人々が生きていたこと、活気に満ちた明るい街であったこと、確かな命の息吹がそこにあったことを感じることができた。


 俺はソラのメモリーに残された、ソラのサミハラシティの人たちとの日々の記録を、インターネット上に公開した。あの街で確かに人々が生きていたことを、知ってもらうために。サミハラシティで生きていた住民、彼らと関係のあった人々のために。彼らの亡骸と未だに対面できずにいる、彼らを愛する人々に届けるために。亡くなった彼らが、少しでも報われるように。空の上において、誰かの中で花を咲かせたくて、地上を見守る――そんな種たちが、咲くことのできるように――。




 俺たち長岡隊がサミハラシティ鉄華殲滅・奪還作戦を成功させたことで、サミハラシティで亡くなった人々の遺体や、鉄魔となった人々の救出という名の回収が、既に開始されている。それが終わり、街から完全に鉄の魔物がいなくなれば、街自体の復興も、一歩ずつ進行することだろう。


 だが、鉄華と人類との戦いはまだ終わっていない。世界には、鉄華に支配され続けているシティが数多く存在する。つまり、今後も戦場にロボットが導入されることは、確実である。あの戦いはロボットであるソラの功績なしでは、決して勝利を掴むことができなかったのだから。

 俺たちの戦いは、鉄華と人類とロボットの戦いの幕開けに過ぎなかったのだ。



 あの戦いでは、記録上、六名の者が殉職したことになっている。

 F・フォース第一F中隊陸上戦闘グループ(第一小隊)所属の、松川三木広一等兵、佐伯葛軍曹、能代湊上等兵、長岡志奈乃少佐。ヤマタノオロチに喰われた、航空F中隊航空戦闘グループ(第一小隊)所属の芦田あしだ広司ひろし少尉、第一F中隊陸上補給支援グループ(第二小隊)所属の大和田おおわだ公汰こうた二等兵。

 殉職者の名に、SORA―001VBの名前は書かれていない。それが自衛軍の定めた、戦場でのロボットという存在の立ち位置なのだろう。ロボットの犠牲が増えるほど、記録の上での殉職者は減るというわけだ。それは人類にとっては喜ばしいことなのだろうが――俺はもう、そんな戦場に立ち続けることはできない。

 俺は、あの戦場にいた者として、決して忘れない。

 もう一つの尊い命が犠牲になったことを。

 人類のために戦った優しき存在が、そこにいたことを。


 俺はSPMCを辞めた。あの戦いを、俺の戦士としての最期とすることにしたのだ。


 もう俺は、戦場に帰らなくても、生きていけるのだから。











 筑泉と会った、翌日。俺はとある場所に来ていた。

 あの戦場から帰還できたあかつきに、行くことを固く誓っていた場所だ。



 ソラのメモリーに残された映像には、あるものが殆ど映っていなかった。それは、撮影者であるソラ自身の姿だ。

 ソラのメモリーには、彼女の生活の全てが記録されていたわけではなく、人の映らない場面は記録されていなかった。つまり、ソラの記録に映るのは、ソラの目を通して彼女と接した人たちであり、ソラは音声ばかりで、ロボットである自身の姿、特に表情はまるで映っていなかったのだ。


 だが、十年間のメモリーの中で、彼女の姿が映る貴重な場面を、俺は見つけ出した。


 それは――俺とソラがデートをした時。雑貨屋で、俺がソラに白い花の髪飾りを付けた時だ。



『おい、ちょっと来い』


 俺の言葉とともに、ソラの残した映像の中に、俺が写り込む。映像の中の俺は、これが記録されていることを知らない。


 そんな俺は、映像を記録するカメラマンを――鏡の前にまで、連れていく。


 映像を記録するカメラマンである、ソラ――彼女の目には、俺とソラの全身がしっかりと鏡越しに映っていた。


 映像の中の俺が、名前も分からない白い花の髪飾りを、ソラの若葉色の髪につけた。



『どうだ? 気に入ったか?』


 映像の中の俺が、ソラに訊ねた。



『ありがとうございます。大切にしてくださいね』


 ソラは鏡越しに――映像を見る俺に向かって、笑顔で呼び掛けた。




 ――ああ、大切にするよ。



 あの時のソラは、自分の姿が自分の瞳に映ったことを、心から喜んだに違いない。


 ソラのことを想う誰かのもとで、花となる――そんな願いを託して、ソラは鏡に映る自分へとメッセージを残したのだ。



 ――さあ、約束を果たそう。



 俺は歩き出す。人で賑わう、遊園地の中を。これから俺は、ジェットコースターに乗るのだ。


 真我里鈴の最期の願いを、叶えるために。


 優しいロボットとの約束を、果たすために。



 俺が鈴と遊園地を訪れた時は、太陽が一切に顔を見せない、花冷えの季節であった。それに対して俺がソラと訪れた時は、雲一つなく晴れ渡る、秋麗しゅうれいの候であった。


 今日は広大なあめの海を雲の切れ端が足早に流れている。爽やかな木枯らしが吹き、少し肌寒い。


 もうすぐ冬が来る。秋に咲く花たちは次々と散り、眠りにつく。冬を好む花たちと、バトンタッチだ。


 会いたい気持ちがないと言えば、嘘になる。

 寂しさがないと言えば、ただの強がりとなる。

 目を閉じて、暗闇と視線が合ってしまえば、戦場に戻らなければという衝動にかられてしまう時もある。


 それでも――瞼に映る光景は、いつだって咲き誇る満開の笑顔で、俺は敵わないなと、つられて微笑んでしまう。



 嘘でもいい。


 ただの強がりでもいい。


 まずは、笑顔になれることから始めれば。


 

 周囲は人々の活気で溢れ、家族連れやカップルが多く見られる。男一人が単独で遊園地を歩き、ジェットコースターに乗れば、周囲から奇異の目で見られるに違いない。


 だが俺には、そんなことは一向に気にならない理由がある――。


 俺はポケットから、あるものを取り出す。手の平に目を向けると――そこには、エナジーアイの欠片。青紫色に輝く、かけがえない花びらだ。



 ――俺はもう、ひとりではない。



 木枯らしの冷たさを忘れるほど、俺の身体は温かい。


 足取りも、はっきりとしている。




 俺は歩く。


 陽だまりに咲く、大輪の花と共に。


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