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第21話 別れのBullet

 俺がソラと長岡のいる場所へ駆けつけると、そこでは既にA級鉄華との戦闘が始まっていた。


 俺は自動発電装甲車から持ってきた長物熱線銃の引き金を引く。

 放たれた熱線は、地面から勢い良く出現した巨大な鉄の蔓によって防がれた。


〈真我里、戻ったか!〉


 長岡が俺に気づいたようだ。


「すまない、遅れた」


〈構わないよ。それより……大丈夫か?〉


「ああ……問題ない」


〈……無理はするなよ〉


 長岡の呟いた一言が俺の耳に届く。俺と筑泉のやり取りは、イヤーリンクを通じて長岡やソラにも聞こえていたはずである。だからこそ、長岡はあえて能代のことに触れてこないのであろう。反省会は目の前にいる敵を片付けてからということだ。


 敵である鉄華は、A級、ベーシック・V7・TS型。一言で言うと、成長しすぎた鈍色のチューリップといった姿であり、地上に現れている部分だけでも十五メートルほどの大きさがある。A級鉄華としては小柄な部類に入るが、脅威であることに変わりはない。

 コードネームは『オロチ』。チューリップで言うところの華弁の部分が、蛇の頭のように動いている。情報によると、この華の部分から対象を狙う鋭利な棘を撃ち放つ、T(thorn)S(shooting)型のようだ。


 一つのシティを占領してしまうほどの脅威があるV(Vine)7。地中から突如対象をめがけて出現する鉄の蔓は、地に足を付けて生活してきた人間にとっては、目に映ってから避けるまでのタイムラグが一切なく、対鉄華用の装備なしでは太刀打ちできない。そのため、対鉄華用の装備を持たぬ、ただただ平和な日常を過ごしていた街の人々は、鉄華に為す術もなく殺されるか、鉄魔となるしかなかったのだ。


「戦況はどうだ?」


〈芳しくないね。私はオロチの攻撃を避けるだけで精一杯さ。熱線銃を撃っても鉄珠心に届かず蔓で防がれるし、撃った分だけ、十倍返しとでも言わんばかりに敵の攻撃が激しくなるから、下手に攻撃もできない。現状は、ソラがほぼ一人で敵と戦っていると言わざるを得ないね〉


「そうか。ならば俺が前衛に出て、囮となる。長岡は俺が持ってきた長物熱線銃で、隙を見て鉄珠心の狙撃を頼む。あくまでも可能ならばでいいから、自分の身を優先してくれて結構だ」


〈コラ、お前が仕切るんじゃない、隊長は私だ。……だが、すまない。真我里の言う通り、私のチカラではそうするのが精一杯のようだ。……ソラ、真我里のことを頼んだよ〉


〈かしこまりました〉


 ウイングアームを展開したソラが、飛び回りながら答える。頼まれるいわれはないが、反論はしなかった。


 長岡が長物熱線銃を俺から受け取り、崩れずに残っている希少で貴重な建物の屋上から、長物熱線銃を構えて位置につく。


「ソラ。鉄華の特性からすると、俺が積極的に攻撃すれば、敵の攻撃は俺に集まる。ロボットであるお前よりもな。お前は今以上に、防御よりも攻撃の方に集中できるようになる。……トドメは頼んだぞ」


〈はい、かしこまりました〉


 ソラが命令を受諾したことを知らせる。ロボットにどれほど意識というものがあるのかは分からないが――俺の意図をくみ取ることができるかもしれない、といった程度に期待して、俺は前へと出た。


 廃墟の街に我が物顔で咲くオロチは、チューリップで言うところの球根の部分が、地面からはみ出して地上に姿を見せている。事前の情報ではその部分こそが鉄珠心であるが、鉄の茎から生えた二枚の広い披針形の葉が、手のように動き、鉄珠心を守るとある。まるで、親鳥がお腹に抱える我が子を、自らの翼で守ろうとするかのように。

 二枚の広い披針形の葉は、他の部分よりも装甲が強固であり、熱線銃でも貫けない。昨日巨大サボテン鉄華を倒した、ソラの腕から放たれる高出力エネルギーならばとも思うが、ここでソラに蓄えてあるエネルギーを多く消費させるのは、極力避けておくべきである。なぜなら、ここはあくまで通過点であり、この後、これをも遥かに凌駕するSS級鉄華と対峙しなければならないからだ。


 俺はオロチの鉄珠心を狙って熱線銃を撃つが、二枚の葉で防がれる以前に、地中から姿を見せている複数の鉄の蔓によって防がれてしまう。

 そしてお返しと言わんばかりに、オロチが華弁を口のように開けて、棘を俺へと連続して撃ってきた。


「さて、ダンスを始めようか」


 俺は棘の乱れ撃ちを、地面を蹴ってかわした。


 華弁からの攻撃だけでなく、地中からはいくつもの鉄の蔓が、怒涛の勢いで俺へと襲いかかってくる。俺はそれを最小限の動きでかわし、軽やかにステップを踏む。


 強化レッグには、地に脚底を付けることで、地中で蠢くものの音をイヤーリンクに伝える機能があり、訓練された兵士ならば、伝わる音を聞き分けることによって、地中からの攻撃を予測して避けることができる。もっとも、生身の人間の動きでは、たとえ攻撃が予測できても避けることはほぼ不可能であり、強化レッグによる跳躍とラビットブースターによる飛行技術は欠かせない。

 しかし、それらを駆使したとしても生き残る確率が限りなく低いのが、A級以上のランクの鉄華の実力であり、やはり鉄華による攻撃で最も猛威を振るうのが、鉄の蔓なのだ。


 オロチは蛇の体のような細い胴体、チューリップで言うところの茎の部分が活発にクネクネと動いており、そこに熱線を当てるのは難しそうである。さらに時折、モグラのように地中へと素早く姿を消し、異なる場所から再び顔を出す。その際には、華弁の部分から棘をマシンガンのようにお見舞いするのを忘れていない。

 できれば棘を放つ頭を潰したいのだが、他の鉄華同様に鉄珠心を破壊しない限り、際限なく咲くのだろう。鉄華は鉄珠心がある限り咲き続ける、枯れない華なのだ。


「――チッ」


 オロチの蔓による攻撃が一層に激しくなる。

 鉄珠心を破壊するには、蔓による攻撃と華弁からの棘のマシンガンを避けつつ、威力のある熱線を蔓に当てずに、二枚の葉の盾が構えられるよりも早く鉄珠心に通さなければならない。

 さすがに燃焼剣一本で鉄珠心まで斬り込むのは無謀であり、熱線銃で地道に隙きを窺うしかなさそうだ。


 オロチの攻撃は、先に戦っていたソラを狙うものよりも、俺に対するものの方が多い。鉄華にとって脅威なのは、俺よりも能力の高い兵器ロボットのソラであるはずなのに。


 鉄華が航空部隊やミサイルによる攻撃だけで始末できない理由が、この点だ。

 ランクの高い鉄華、特にA級以上の鉄華に多く見られるのが、音や熱よりも、人間に反応する鉄華である。人間が地上にいる場合にのみ弱点を露わにし、それ以外の際には地中深くに鉄珠心を潜らせる。本来であれば、地中に鉄珠心を潜らせつつ攻撃すれば無敵に近いはずであり、人が地上にいる際にも、弱点を露わにする必要などないはずなのに。

 実際にランクの高い鉄華が、戦闘機や弾道ミサイルが近づくと、鉄珠心を安全な地中に深く潜らせ、俊敏で広範囲に及ぶ攻撃によって対象を打ち落とすケースが多く報告されている。人間が直接討伐に出向いた時には、待っていましたと言わんばかりに顔を見せるのにも関わらず。無人機や弾道ミサイルの開発は前時代に終えていると言うのに、いつまでたっても人の犠牲が減らないのはこのせいだ。

 鉄華にこの特性がある限り、ロボット部隊だけで鉄華を焼き払う日はやって来ないのかもしれない。奴らは生き残るための防衛本能により人間を襲うのではなく、ただ単に、人間との殺し合いを楽しんでいるのだから。鉄華が現れるまでは生命の頂点として敵なしであった、知的生命体、知的存在である人間との、生存をかけたゲームを。


 鉄華が出始めたばかりの頃は、鉄華を戦闘機やミサイル攻撃のみで破壊できていた。だがしばらくしてから、街を占領するランクの高い鉄華の大半が、地中深くに潜り、鳴りを潜めようになった。

 これには、鉄華が独自のネットワークを持ち、鉄華同士で情報を共有しているのではないかという仮説がある。奴らは人間との争いを繰り返す毎に学び、進化している。それも、殺し合いの快楽を求めるジャンキーな存在へと。


 ――だったら、狂ったもの同士、楽しもうじゃないか。


 俺は視覚できない場所からの攻撃にも気を配りながら、空中で踊るように敵の攻撃を避ける。俺が他の兵士や他のPMCの契約者よりも特化した部分、それがラビットブースターによる敵の攻撃の回避だ。


 背中の両肩甲部のラビットブースターで宙に浮き、両踵と両肘に取り付けた四つのラビットブースターを細かく使い分けることによって、身体の重心を変える。両肘を前方に突き出して両肘のブースターを出力すれば、前方に加速し、左肘だけブースターの出力を上げれば、左旋回する。両踵のブースターの出力を調整すれば、宙返りも意のままだ。



 まったく――生への執着がないのに、生き残ることに特化した能力を持っているという矛盾、皮肉、不条理である。


 ……いや、生への執着がないからこそ、痛みへの躊躇いがないからこそ、死への現実味がないからこそ、ゲームのように迷いなく動けるのかもしれない。



 かつて、俺がSPMCに所属したばかりの頃、俺が担当教官に言われたこと――。



『強くなりたいか? だったら、死を恐れるな。死を恐れると、一瞬の判断に躊躇いが生まれる。だからそのために、生きる理由を戦場以外で作るな。友を作るな、愛する人を作るな。誰からも嫌われる、孤高の兵器となれ。強くなるために、弱くなる要素を捨てろ。生きるために、生きることを捨てろ』


 

 ――俺は、別に強くなりたかったわけではない。


 ただ、友も愛する人も作れなかったから、強くなっただけだ。


 それも、肉体だけが。


 ――心はきっと、SPMCの兵器となる前と変わらず……弱い。



 俺は鉄珠心に向けて攻撃しつつ、敵の攻撃をかわす。敵の攻撃は激しくなる一方で、かわすだけではなく、燃焼剣で蔓を薙ぎ払なければ攻撃が当たってしまう。まさに、首の皮一枚の綱渡りだ。

 俺の熱線銃による攻撃はというと、噴き上がる間欠泉のように現れる蔓にことごとく防がれてしまっている。蔓ではなく鉄の葉で鉄珠心への防御をさせたのは、たったの二回だけであり、鉄珠心まではまるで遠い。

 オロチを挟んだ俺と反対側では、ソラも攻撃をかわしつつ、攻略の糸口を探しているようだ。


「……クソ、ファ×キン」


 さすがに蔓の数が多すぎる。ここは一旦退いて、態勢を立て直した方が良さそうだ。



 ――だが、



「なっ――」


 俺の判断は、一瞬遅かった。


 左肩甲部のラビットブースターのバッテリーが切れ、俺は空中でバランスを崩したのだ。



 ――避けきれない。



 オロチの蔓が、目の前に迫る。





 ――別に……構わないか。




 俺は――覚悟を決めた。












 ――――その蔓が、俺に届くことはなかった。


 長岡が、長物熱線銃で撃ち抜いたのだ。



「――長岡っ!」


 俺は叫んでいた。オロチの攻撃が長岡の方にも向けられ、彼女が陣取っていた建物が音を立てて崩れたからだ。


〈……心配するな。ちゃんと逃げたよ〉


「……そうか。…………すまない」


〈そういう時は、ありがとう、だろ?〉


「……ああ、そうだな」


 俺は地上に降り立ち、熱線銃を構える。敵の注意が分散したこの機を、逃すわけにはいかない。



 ――ありがとうとは、思えない。


 ――だからこそ、すまない……。



 俺は熱線銃の引き金を引いた。



 熱線は蔓をすり抜けて――華弁の付く細長い茎へと命中した。


 鉄珠心の僅かな上、二枚の葉がつく部分よりも下部だ。


〈ソラ、今だ!〉


 チューリップのようなオロチが、茎ごと宙へと浮き、鉄珠心だけが地面に取り残された。


 俺とは反対側で飛んでいたソラが、熱線銃を撃ち――熱線は蔓の群れをすり抜けて、鉄珠心へと命中した。


「よし――」


 と、俺が声を上げた、その刹那――オロチの華弁部分が破裂し、目に捉えることのできない猛烈な速さで、棘が放たれた。



「――くっ……そ」


 俺の頬を、焼けるような痛みが襲う。


 頬を血が伝い、ポタポタと滴り落ちるのが感覚で分かる。


 だが、俺は拭わない。


 血を拭うよりも、手当てをするよりも、何よりも先に、確認しなければならないことがあったからだ。




 俺が――振り返ると――――そこには、左腕から血を流す、長岡の姿があった。


「……なが…おか……――」


 長岡の皮膚は――鈍色に染まりつつあり、鉄還りは既に進行し始めていた。




 俺は―― 長岡に対して、熱線銃を構える。


 今までしてきたように。


 能代湊の額を、撃った時のように。



 ――だが、




 ――手が震えて、銃口が定まらない……。



『ヒトゴロシ』



 ――筑泉浮波の言葉が、どうしても耳を離れない……。



『ヒトゴロシ……っ!』



「――黙れ……っ!」


 俺は震える手を、反対の手で押さえる。だが、変わらず震えは収まらない。


 長岡の鉄の侵食は止まらず、長岡の首元を無機質な鈍色が包み、頬へと鉄還りが進みつつある。



 ――早く、撃たなければ……っ!





 



 と、その時――、


 長岡が、俺と視線を合わせ――――微笑んだ。



「真我里……それでいい」





 長岡は――ホルスターから拳銃を取り出し、そのまま、自身のこめかみを撃ち抜いた。


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