第20話 偽りの共犯、約束の代償
「誰に対しても、強気な態度をとるのですか?」
能代湊が俺に対してそんな言葉を投げかけたのは、一年前の鉄華との戦場だ。
当時十七歳の俺は能代と同じ部隊であり、俺の役目は相変わらず鉄魔となった仲間を殺す処刑人であった。
「シルバ、どういう意味だ?」
「言葉の通りです。上司でも、先輩でも、年上でも」
「……ああ。悪いが、ガキの特権は最大限に利用させてもらっている」
「ガキの特権! なるほど、さすがSPMCのエリートですね。F・フォースの軍人では、そんな特権を使っている人なんて誰もいませんよ」
「ふん、嫌われ者としてはちょうど良いだろ? それに、俺よりもガキであるお前に、とやかく言われる筋合いはない」
「僕は、あなたよりも年上ですよ」
「……は?」
「僕は今年で、二十歳になります」
「……年齢を偽っているのか?」
「はい。見えないでしょ?」
「……なぜ?」
「最前線で戦って手柄を立てたかったからです。僕が軍に入隊したのは昨年ですけど、その時既に、僕は十九歳。軍では、戦場で絶対に鉄還りをしない戦士としては扱われない年齢です。F・フォースに配属される可能性が低くなり、たとえ運良く配属されたとしても、鉄華の攻撃が及ばない後方支援が主な任務となる可能性が高まります。
幸いにも僕は、実年齢よりも幼く見える外見をしていたので、四歳ほどサバを読ませてもらいましたよ。一昔前までの戦争では、若者が年齢を上に偽って入隊していたらしいのですが、今の時代は逆で、若いほど重宝されますからね」
「……そこまでするほど、前線に価値があるか? 誰よりも早死にするだけだぞ」
「えっ、だって……誰でも少年の頃は、ヒーローに憧れるでしょ? 軍には、僕のように人類としての使命を果たしたくて戦っている人も多い。そして、最前線で鉄華と戦う人こそが、世界を滅ぼそうとする怪獣を直接やっつけられる、一番のヒーローなんです。
……でも僕は、憧れを実行できるほどの勇気を持つのが、遅かった。でも、それでも、憧れを諦めきれなかった。ただ、それだけのことです」
「…………」
「だから、もし僕が……鉄魔となった時は……きっとみんな動揺するでしょうけど、あなただけは、冷静に僕を殺してください。その態度を、これからも貫いて」
「……そうか。分かったよ」
「ありがとうございます。頼みますよ、真我里せ・ん・ぱ・い」
――あの時の会話が頭をよぎる中、俺は自動発電装甲車のある場所へと駆けつけた。
そこには――熱線銃を構えることなく立ち尽くす、筑泉の姿があった。
頬に涙を走らせながら、唇を震わせて。
そしてそんな筑泉と対峙するのは、俺たちの仲間であり、筑泉の恋人でもある、能代湊。
――鉄還りをした、鈍色の姿だ。
銀色の髪はメッキが剥がれた針金のようになっており、肌も毛も目も歯も唇も、全てがベタ塗りの鈍色だけに染まっている。目を見開いたまま鉄還りをしたようであり、顔が不格好なまま硬直して、そこに美少年の面影はない。
鉄魔は瞬きをしない。
乾きそのものが、既に染み付いているのだ。
『頼みますよ、真我里せ・ん・ぱ・い』
……頼まれてはいたが、本当は――このような事態に陥らないことを願っていた。
――だが、
「……約束を果たすぞ」
俺は、熱線銃の引き金に指をかける。
錆びついているかのように――重い、引き金だった。
鈍色の能代は、膝をつくこともなく、ガキンと鈍い金属音を立てて倒れた。
目を見開いたまま、苦悶の表情を作ることさえもなく。
「……どう…して……?」
動くものがいなくなり、静寂が辺り一帯を支配する中、筑泉がうわ言のように呟いた。
「……あいつは今年で二十一歳だった。年齢を偽っていたんだ」
俺は能代が鉄還りをした理由を淡々と説明した。やはり能代は、年齢のことを筑泉には秘密にしていたようだ。
先日のカフェにおいて、能代が俺に筑泉を紹介した際には、能代自身は筑泉と同い年の十七歳なのだと主張していたので、彼女もその嘘を信じていたのだろう。
たとえ鉄華に傷を負わされても、恋人が鉄還りをすることはないのだと。
辺りを見渡して見ると、モンキー型鉄華の姿は見当たらず、どうやら筑泉か能代かが既に始末した後のようである。おそらく能代は、モンキー型鉄華が死滅する際の棘の拡散によって負傷してしまい、鉄魔となってしまったのだろう。
他にも、頭を撃ち抜かれて動かぬ鉄となった数体の鉄魔が、辺りに倒れている。そしてもちろん、能代もその内の一体として倒れている。紛れもなく、俺の手によってだ。
「……スカーレット」
筑泉がフラフラと歩き、動かぬ鉄となった能代の遺体の傍に寄る。
そして――地面に落ちていた能代の小型熱線銃を拾った。
「……人殺し」
その銃口は、俺へと向いていた。
鉄還りをした能代にも向けなかったものだ。
「ヒトゴロシ……っ!」
玉水越しの、猛火の眼差し。握るその手は、小刻みに震えている。
――動けない。
もし筑泉が引き金を引けば、熱線が俺の身体を穿ち、俺は焼けるような激痛に襲われ――死ぬ。彼女の大切な人であった能代湊、同様に。
――あいつも……痛みを感じたのだろうか?
俺のせいで味わうことになった、威烈の炎を。
――分からない。
だが、少なくとも、あいつは俺と違い、死後も目を瞑ることができない。
瞼が鉄の塊となったあいつは、目を閉じることも、安らかに眠ることもできないのだ。
「……どうして」
怒気を剥き出しにした、筑泉の視線。みるみるうちに、俺を捉えなくなり――彼女は地に伏せて、獣のように慟哭した。
「どうして……どうして、仲間を殺せるの!? 一緒に戦った仲間でしょ? それなのに、どうして、どうして……っ!」
彼女が俺に向けるのは、俺が今までに、何度も浴びせられた言葉――もう、慣れた言葉だ。
「……すまない」
けれども、何度言われても……言われる度に、俺の視線は地に向いてしまう。
「俺は《人枯》だ。人を枯らすのが……俺の仕事だ」
そして、俺自身は――既に枯れた、生ける屍なのだ。
〈――警告、地中警戒。エネミー、フラワーA級、ベーシック・V7・TS型。ファースト・VINE――来ます〉
耳に入るソラの声。どうやら、ソラと長岡のいる場所に、目当ての鉄華が現れたようだ。
「俺は行く。自分の身はしっかりと守れよ。……あいつのためにも」
俺は――筑泉が俺の言葉で顔を上げるのを確認してから、再び駆け出した。
筑泉と視線を合わせることなく、彼女の言葉から、逃れるように。




