第19話 対峙
そこに広がるのは、文明もクソもない風景であった。
俺たちがいるのはサミハラシティ・北区。時刻は十三時半を回ったところであり、予定よりも一時間ほど遅れている。中央区で想定外の犠牲を出してしまったせいだ。
北区に足を踏み入れたのはおよそ四十分ほど前だが、北区に入った途端、俺たちを歓迎するかのように、ひっきりなしに鉄魔となった人間が襲いかかってきている。その正体は、三年前に鉄の塊と化した北区の住民だ。
そのため、北区に入ってからというもの、ソラは常に兵器ロボットとして赤い瞳のまま作動しており、ソラを先頭に俺と長岡も一塊となって行軍している。
一方で、自動発電装甲車と共に進む能代と筑泉の二人は、俺たちとは少し距離を置いて行軍している。自動発電装甲車の護衛と、先行する俺たちが取りこぼした鉄魔を討つ役割を担うためだ。
北区は街であった頃の面影が全くない。中央区とは比べ物にならないほどの数の建物が瓦礫の山と化しており、それは九割にも及ぶ。地面が穴だらけで、アスファルトがめくれ上がっており、隆起している場所や地盤沈下している場所が多々見られる。まともな道という道がなく、そこが中央区とは最も違う点だ。
これはおそらく、中央区では現れなかったA級鉄華、あるいは最終目標であるSS級鉄華による襲撃のせいなのであろう。
そもそもサミハラシティは都市開発が遅れており、建物の老朽化が問題視されていた田舎のシティの一つであったと聞いている。しかし、これほどまでに廃墟と化していると、目の前に広がる光景がいつの時代の風景なのかさえも分からない。近代的な装備をした俺たちにとっては、見知らぬ惑星にでも降り立ったような、もしくは世紀末にタイムトラベルでもしたような気分だ。
もっとも、広がる光景は紛れもなく現在の我々の星であり、目を逸らすことが許されない現実である。
この崩壊したシティには、人間の死が放置されたまま残っている――。
建物の下敷きとなり、光を見ることなく死んでいった者。鉄華に襲われ、鉄魔となり街をさまよい歩く者。顔見知りの鉄魔に襲われ、息絶えた者。
街には鉄還りをすることなく、朽ち果てた死体も見られる。雨風に晒され、土に還れず、骨のまま取り残されて。
彼らの救出は俺たちがミッションを遂行し終えた後のことであり、もう少しこのまま辛抱してもらわなければならない。街を支配する鉄華を殲滅しない限り、彼らを救うことはできず、彼が救われることもないのだ。
一人の生存者も戻って来なかった北区。三年ぶりに俺たち人間が足を踏み入れた街。地震や台風などの自然災害で崩れたのではなく、何かが現れて通り過ぎた跡、つまりは蔓が街を襲った痕跡が所々でしっかりと残されている。大穴が空いた旧型のEV車。踏み潰されたかのようにぺしゃんこのホバーバイク。食べかけのカップアイスのようにえぐられた跡の残る美術館。
そして――
「これが……土浦寧々、そしてお前が暮らしていた家か」
ソラが土浦寧々と共に働いていた職場であり、共に暮らしていた住まいであり、兵器ロボットになる前の、ソラの全てであった場所。
「はい」
虚ろな赤い瞳のソラは、今までの戦闘態勢時と同じように事務的な声を出す。
ソラにとって、三年ぶりの故郷、住んでいた家。変わり果てた街、面影のない家。そして、変わってしまった自分――。
少なくとも、兵器ロボットとしては、思うところは何もないということか。
俺たちの前にあるソラの住居の現在の姿は、家でも店でもなく、他の建物と同じように原形を留めていない。さらに言えば、鉄華の巨大な蔓に押し潰されたようであり、他の建物に比べて損害が酷い。家の中にあったであろう全ての物が、細々した瓦礫に埋もれており、本当に住居があったのかさえも疑いたくなる。唯一「Flower & Seed」と書かれた看板だけが瓦礫から顔を見せており、辛うじてここが花屋かそれに近い何かであったことが窺える。
「――あ、そうか」
「ん? どうした、真我里?」
「……いや、何でもない」
俺の中で一つ閃いたことがあったが、今はどうでもいいことだ。
ソラが死ぬわけにはいかないと言ったこと。北区に入る前に、俺はそれを長岡に話してみた。すると、
「ははっ、そりゃあ、当たり前さ。なんたって、ロボットにだって自己防衛機能が備わっているからね。でなきゃ、敵の攻撃も避けないスクラップまっしぐらの役立たずだよ」
と笑われ、俺は納得した。
つまりは、死ぬわけにはいかないというのは、あくまでプログラムとしての機能であり、そこに意志があるというわけではない。プログラムが自爆を求めれば、それに抗うことも、それを恐れることもないということだ。
だが、長岡はこうも言っていた。
「ふふっ、まあ、それだけが理由ではなく、死ぬわけにはいかない別の理由があることも、充分に考えられるけどね。特に、あの子ならば――と、お前も思うのじゃないか?」
「お前は……その別の理由に、期待しているのではないのか?」
――期待?
馬鹿なことを言う。
俺は何にも期待などしていない。俺はただ、知りたいだけだ。ロボットという存在が何なのか。生物なのかモノなのか、ココロというものが存在するのか。
別の理由――もしそんなものが本当にあるというのならば、是非教えてもらいたいものだ。
「……どうする? この残骸の海を引っくり返すのか? さぞかし、デカイ音が出そうだが?」
土浦寧々の住まいの成れの果てを前にして、俺は長岡に訊ねる。
この周辺は既に敵の領域である。そのことはソラの瞳が赤く染まっていることからも言えることであり、大きな音を立てることが敵をおびき寄せることに繋がるのは間違いない。集まってくる敵が雑魚ならば問題ないのだろうが、敵がA級以上の鉄華である可能性があるからには、用心に越したことはない。
だが、俺たちに与えられた任務には、土浦寧々の遺体、もしくはそれに通じる遺品の回収がある。彼女が住んでいた場所を調べるのは、必須事項だ。
「そうだね……まずは、戦士としての役目を果たしてから――」
「警告。エネミー、フラワーB級、モンキー・TE型。数五体、ファースト・エネミー、北北東、距離四百七十。来ます」
もはや聞き慣れた、ソラの警告。戦闘開始のゴングだ。
「……言っているそばから、役目を果たす時が来たみたいだよ、真我里」
「ああ。おかげで悩まなくて済む」
そう言ってソラが告げた方角を見ると、猿のように飛び跳ねながらこちらへと迫ってくる存在があった。
全長が五メートル近くある、藁人形のような形をした鈍色の鉄華。ざっくり言うと、その姿はまさに動く「大」の字だ。
茎や根、葉や華と言ったものが見当たらない異色の姿をしており、唯一、全身が棘で覆われているところだけが植物らしいと言える。動きからして、一体と表現するよりも、一匹と表現した方が良さそうだ。
「モンキー型か。初めて相手にするな」
俺は後方に跳びながら、向かってくる一匹に対して、熱線銃を打ち込む。人間で言う、左腿の辺りに命中したが――左足が鉄華の身体から離れるとともに、破裂し、鉄の棘が辺り一帯に飛び散った。
〈皆の者、気をつけな。モンキー・TE型は五肢のどれかを鉄珠心から切り離すと、破裂するからね〉
「長岡、戦ったことがあるのか?」
〈ああ、一度ね。モンキー・TE型の鉄珠心は五肢の中心、人間で言うところ胴体の部分だ。だけどくれぐれも、敵との距離を充分に取ってから熱線銃で撃ち抜くんだよ。鉄珠心を破壊した際にも、五肢全てが破裂するからね〉
「なるほど。下手に攻撃はできないというわけか」
しかも五肢はすぐに再生するようであり、俺が撃った鉄華は、既に五体満足の元の姿へと戻っている。しかもそいつに闘争心でも植え付けてしまったのか、その一匹はスピードを上げて俺の方へと迫ってきた。
「――おっ、と」
そいつは俺に対して、人間のように両腕のようなものを振り被って攻撃してきた。蔓による攻撃やT(thorn)の拡散よりは容易くかわせるものであったが、敵自身の動きも素早い。二足または四肢で体をバランスよく支え、時折、猿のように跳躍するため、熱線銃の標準を合わせるのも、敵との距離を取るのも難しい。すばしっこく、しかも下手に攻撃できない厄介な敵だ。
さらに周囲からは、どこに隠れていたのか、鉄魔となった人間たちが俺たちへと一斉に襲い掛かってくる。北区で誰からも迎えに来てもらえず、鉄の塊と成り果てた住民たちだ。
〈シルバ、スカーレット! そっちにも一体、行ったよ! 気をつけな!〉
長岡の警告とともに、五匹のモンキー型鉄華の内、一匹が能代たちのいる後方へと通り抜ける。加えて数体の鉄魔も、俺たちの間をすり抜けて行く。なんとか動きを止めてやりたかったが、俺の方へは一匹のモンキー型鉄華が、追加で寄ってきた。
「――面倒だな」
どうやら最初の一手のせいで、猿たちの恨みでも買ってしまったようだ。
ソラと長岡がモンキー型鉄華を一匹ずつ相手にし、後衛の二人が通り抜けた一匹を、そして俺が残りの二匹を相手にする形となっている。加えて長岡隊の全員が、鉄魔となった人間とも戦う形だ。
ソラのことはまず心配いらないとして、モンキー型鉄華の攻撃を一撃でも受けると、たちまち鉄魔の仲間入りをしてしまう者にとっては、かなり不利な状況である。
「若者は若者らしく、大胆に――か」
俺はモンキー型鉄華の振りかぶる一撃を、左足で軽く地面を蹴ることでかわし、地につけた右足に最大限の力を込めて、勢い良く垂直に跳躍した。
跳躍の勢いを利用し、左手に持つ燃焼剣でモンキー型鉄華を股から斬り裂くことを忘れずに。
「大」の字の形をしていた鉄華は「北」という字の形に裂け、長岡の情報通り、死滅とともに大量の棘を拡散させた。
多少の傷は覚悟していたが、幸いにも飛び散った棘は一つも俺に当たらない。残されたもう一匹のモンキー型鉄華はというと、俺の動きについて来られず、地上で動きを止めている。
「――じゃあな」
俺は続けて、右手に持つ熱線銃で二匹目の鉄華の鉄珠心を撃ち抜いた。
二匹目の鉄華も同様に破裂したが、それもまた俺にかすりもせず――無傷の完勝だ。
「さて……加勢が必要なのは、長岡か、シルバたちか――」
俺はラビットブースターのブーストによって、束の間だけ空中に留まり、辺りを見渡す。
――いの一番に俺の視界に入ってきたのは、目を疑う光景だった。
「……ソラ?」
そこには――既にモンキー型鉄華を倒し、一体の鉄魔と向かい合う、ソラの姿があった。
「……まさか――」
ソラが向かい合うのは、汚れた布切れをまとう、鉄の人間であり――俺にも見覚えがある顔の鉄魔。ミッション前、画像で見せられた――土浦寧々だ。
土浦寧々は、他の住民と同様に鉄還りをし、そして鉄魔となっていたのだ。
〈――マスター……〉
ソラは熱線銃を構えたまま、動かない。機能が停止したかのように、固まっている。
――撃つのを、躊躇しているのか?
――兵器ロボットのお前でも。
佐伯は、死んだ。
妊婦の鉄魔を殺すことに対しての、一瞬の躊躇によって。
最愛の人と、鉄還りをした人との姿がかぶり、敵に喉を裂かれ、最期の言葉を伝えきれずに。
土浦寧々――ソラが花屋のロボットとして働いていた頃の、大切なマスター。
俺とのデートの時にも、笑顔で語っていた、大切な存在。
兵器ロボットに作り変えられる前の、大切な人。
――撃てるのか、ソラ?
鉄還りをした土浦寧々が、獲物を視界に捉えたのか、ソラに向かって猛進する。
「おい……っ!」
俺は熱線銃を構える。
ソラに迫る鉄魔を、鈍色の土浦寧々の頭を――熱線が貫いた。
――俺が放ったのではない。
ソラだ。
俺は地上に降り立ち、ソラのもとへと急いで駆け寄る。
ソラの前には、回収対象である鉄の塊――土浦寧々の姿をした寒々しい鈍色のモノが横たわっていた。
「…………」
俺は、ソラの顔を覗き込んだ。
ソラの瞳は――淡い青を宿していた。
「……大丈夫か?」
俺はじっと動かないでいるソラに話しかける。
ソラは、土浦寧々を、かつてのマスターを終わらせた。
兵器ロボットとしてではなく、花屋のロボットとして。
ソラは俺の問いには答えず、淡く青い硝子玉の瞳を俺へと向けて、微笑んだ。
気のせいかもしれないが――その表情は、今までに見せたものとは違って見えた。
「土浦寧々……やはり、鉄魔となっていたようだね」
声がした方を振り向くと、いつの間にか長岡も俺の近くにいた。どうやら彼女も、無傷でモンキー型鉄華を倒したようだ。
「……回収は、辺りを片付けてからにするよ」
「ああ……そうだな」
俺は長岡の言葉に同意した。無防備に向かってくる鉄魔の額を、撃ちながら。
モンキー型鉄華は能代たちの方へと向かった奴を除き、始末し終えたが、鉄魔については未だ周囲に複数見られ、今もなお、俺たちを襲わんと構えている。
「……ソラ、まだやれるか?」
長岡が立ち尽くすソラへと声をかけたが、ソラは返事の代わりに、熱線銃で鉄魔の脳を撃ち抜いた。
ソラの瞳はいつの間にか唐紅を粧い、ソラは無表情な兵器ロボットへと戻っていた。
「問題……なさそうだな」
と、俺が呟いた――その時だった。
〈なんで……ミナト――っ〉
筑泉の叫び声が、俺の耳に入ってきた。イヤーリンクからの音声だ。
「スカーレット、どうした!?」
長岡の声に筑泉は答えず、ただ動転した声のみが聞こえてくる。
一方で、能代の声は、全く聞こえてこない。
――まさか……、
「……すまない。――行ってくる」
「真我里、待ちなっ!」
俺は長岡の静止を無視して、能代たちの方へと足を動かした。




