第16話 Advantage
B級鉄華を倒した場所からさらに北へ進み、俺たちは区境付近でしばしの休息を取っていた。
周囲に鉄華や鉄魔の気配はなく、安全を確保できている。その証拠にソラも、戦域で見せる吸血鬼のような赤い瞳ではなく、澄み切った青い瞳で、屋敷の使用人のように両手を前に組んで突っ立っている。もし危険が迫れば、たちまちソラの瞳は赤く染まり、警備システムのような喋り方で警告をしてくれるので、人間の俺たちは神経をすり減らすことなく、安心して休息が取れるのだ。
次は北区へと行軍し、A級鉄華、そしてSS級鉄華と、鉄の華どもを殲滅する。松川三木広一等兵、佐伯葛軍曹――二人が先に逝ってしまい、残りは長岡志奈乃少佐、能代湊上等兵、筑泉浮波上等兵、SPMC所属の俺、土浦康孝博士に売られ、軍の保有物となった兵器ロボット、SORA―001VBの四人と一台である。
たとえ人数が減ろうとも、これから幾人が死のうとも、俺たちはミッションをやり遂げなければならない。
「いよいよ北区ですね、真我里先輩」
壁にもたれて休んでいた俺に対して、能代が話しかけてきた。そのまま俺の隣に腰を掛け、俺と同じように壁にもたれかかる。
「ああ。……もう、大丈夫か?」
俺は能代に訊ねた。佐伯の一件で大分落ち込んでいたようだったからだ。
「心配してくれるんですね、ありがとうございます。でも、大丈夫です。……僕の方は。先輩こそ、大丈夫ですか?」
「俺は問題ない。最初からな」
「……そうですか」
能代は何か言いたそうな顔をしていたが、俺に意見することはなかった。
能代の気がかりとは、俺が佐伯の亡骸を撃ち、額に穴を空けたことなのであろう。
いらぬ気遣いである。
あれは、俺の仕事なのだ。
「俺などではなく、スカーレットの傍にいなくていいのか? 彼女、こちらを睨んでいるぞ」
膝を抱えて座り込んでいる筑泉だが、視線だけはこちらに向け、呪いでもかけているのではないかと疑いたくなるくらい、こちらを凝視している。
「ハハッ、いいんですよ。今はせ・ん・ぱ・いと、話しておきたい気分なんで」
「……気持ち悪い」
「うわぁ、ヒドイな。僕と先輩の仲じゃないですかぁ」
「別に、大した仲ではない」
「うわっ、片想い! 傷つくなぁ」
言葉に反して、能代が爽やかに笑う。筑泉の向ける視線がますます無視できないものになり、気まずい。
嫌われたり憎まれたりするのは仕方がないが、嫉妬だけは筋違いである。変な仲を疑われていないことを祈ろう。
「先輩、覚えていますよね? 僕のお願い事」
能代が爽やかな表情のまま、俺の方を見る。ふざけているようで、目は笑っていなかった。
「ああ、覚えているよ」
「いざという時は……頼みますね」
「……ああ」
俺は頷く。能代は先日カフェで会った時も、同じことを確認してきた。そして、前の戦場でも。
こいつは女の子のような綺麗な顔をしていて、中身は――中々に、黒い。
困ったことに、筑泉浮波もそのことは知らないのだろう。
「まるで、別人ですね。ソラちゃんは」
能代が急に話題を変えてきた。能代が向く方に視線を向けると、その先にはソラがいる。ソラは長岡と何やら話をしており、見たところ、大半は長岡の方が喋り、ソラがそれに笑顔で対応しているようだ。
「ああ、そうだな」
俺はもう一度頷く。
戦闘中のソラ、デートをした時のソラ。
能代の言う通り、とても同じロボットには思えないほど、表情も声のトーンも違う。
赤い瞳のソラ、青い瞳のソラ――どちらも本物であり、どちらも作り物なのだろう。
つまりは、人でもロボットでも、外見に騙されるなということだ。
「先輩、気づいていますか? ロボットが戦場に導入される利点……兵士にとっての、最大の利点を」
「……人が死なないことか?」
「いいえ、違います。人は死にます。だって、ロボットだけで戦場に赴くのには、まだ数年を要するでしょうからね。今回のように一部隊に一台、そして二台と、徐々に増えていくのでしょうが、その間に必ず人は戦場に赴き、そして死んじゃうんです。今回のように……松ちゃんや、佐伯軍曹のように。
それに、もし鉄華との戦争が終わり、次に始まる人間同士での戦争が、機械やロボットによってのみ行われるのだとしたら、その戦争は一生終わることのない争いとなるでしょう。なんたって人間は、多くの人間の命が失われて初めて過ちに気づく、愚かな生き物ですから。
何台のロボットが壊れようとも、戦争は終わりません。人が死ななければ、戦争は終わらないのです」
「……なんとも、皮肉な話 だな」
人間の犠牲をなくすために導入された兵器、人間の犠牲が出ない限り終わらない戦争――。
自らを優れた存在だとおごる人間。にも関わらず、同じ存在の犠牲が出ない限り何も学ばない。これのいったいどこが、知的生命体、知的存在なのか。おそらく鉄華から見ても、人間は支配者気取りのバカで愚かな種族だ。
もし、人間が全ての鉄華の殲滅を終えた後も、何も学ばずに愚かな争いをまた繰り広げるというのならば、鉄華に代わる新たな侵略者が再び顔を見せ、人間というバカで愚かな種族を滅ぼそうとするのかもしれない。今度は、ダークマターでできた恐竜でも出現しそうだ。
「……で、ロボットの利点、何だと思います?」
「そうだな……」
俺は改めて考えてみる。
――ロボットの利点……。
軍事力が飛躍的に上がること。
鉄還りをしないこと。
――鉄還りをした人間を、モノとして殺せること。
ロボットは鉄魔となった人間を、人間とは認識せず、躊躇わず殺すことができる。
俺のような汚れ役の人間は、不要となるわけだ。
心臓の止まった佐伯の額を撃つ行為は、本来は俺でも長岡でもなく、ソラがすべきだったのだろう。だが、ロボットに汚れ役を任せたところで、何も感じなくなるわけでない。ソラのような、あどけない女の子の外見をしたロボットならば尚更であり、青空色の瞳の状態を知る身としては、より一層である。
だからこそ長岡も、ソラに命令をしなかったのだ。
ロボットの欠点で言えば、高価なことに尽きる。莫大なコストがかかるのに、故障やスクラップになる可能性が常に付きまとう戦場にロボットを向かわせるのは、もったいない。そういう意味では、人間の命よりも高価であり、戦場で人間の命よりもロボットの命を優先させなければならないという、皮肉が生まれる。
「……分からん。答えは何だ?」
俺は自分の考えを確かめる前に、先に訊ねてみることにした。
「真我里先輩、死ぬのは怖いですか?」
「…………」
答えられない。虚を突く質問に、喉が開かなかった。
「答えられませんか? だったら、分からないかもしれません」
「……意味が分からない。説明しろ」
だが、俺の言葉に反して、能代は首を横に振る。
「早く、気づいてくださいね。頼みますよ」
そう言って、能代は立ち上がリ、去っていく。俺に正解を教えないまま。
能代は冗談めいてウインクしていたが、俺の方は全く笑えなかった。




