第15話 Red bullet
自動発電装甲車のもとまで戻ると、そこには、険しい顔つきの能代と筑泉の二人の姿と、横たわる佐伯の姿があった。
先ほどの光景とまるで同じ――出迎えるのは容赦のない結末だ。
辺りに散らばる、発電装甲車から持ち出したであろう何枚ものタオルは、白い部分が見えなくなるほど、どれも赤く染まっている。処置をしたであろう能代と筑泉の二人も、両手が血で真っ赤だ。
佐伯の首には、斧で斬られたかのような肉をえぐる傷があり――彼の顔は、既に穏やかな表情をしていた。
「松ちゃんは……」
疲れきった様子で座り込む能代。彼がソラの抱える松川を見て、声を上げる。この問いには、長岡が答えた。言葉ではなく、首を横に振ることで。
「そんな……松ちゃんまで…………クソッ!」
能代が拳を振り上げ、地面に叩きつけた。やり切れないと言った表情で、唇を噛みしめながら。
「シルバ、何があった?」
「…………鉄魔となった人間たちが、襲ってきて……」
長岡の問いに、能代がうなだれたまま答える。
能代の言う通り、確かに周囲には、鉄還りをした動物や人間が複数転がっている。その数は三十近くにもおよび、激しい戦闘であったことが想像できる。だがそうは言っても、佐伯は軍の中で剣豪とまで言われる剣の凄腕であり、そう簡単にはやられないはずだ。大声を上げて自ら敵を寄せ付けるのは、相応の実力があってこそなのだ。
「佐伯軍曹は……躊躇ってしまったんです。鉄還りをした……子どもに……」
能代の言葉に、俺は長岡と顔を見合わせた。鉄還りをするのは成人してからだと言われており、十九歳以下の鉄還りをした人間は、今までに一人も目撃されていないからだ。
「子どもだと? 馬鹿を言うな、そんなことが――」
と、俺はそこまで口にして――納得した。
佐伯のすぐ近くに倒れている、鈍色の物体――それは、お腹が膨らんだ女性の形をした、鉄の塊であった。
――妊婦の鉄魔だ。
その妊婦の鉄魔には、他の鉄魔にはない鈍色以外の色がある。
妊婦の鉄魔は ――口元が真っ赤に染まっており、それが佐伯の喉に喰らいつき致命傷を負わせたことは、もはや疑いようがなかった。
「佐伯軍曹はおしゃっていました。奥さんが妊娠していて、再来月、産まれる予定なんだって。念願の……第一子が産まれるって……すごく、嬉しそうに……」
能代の言葉に、松川との会話が蘇る。松川は、佐伯がソラに十二月の誕生花を片っ端から聞いていたと話していた。その理由は、戦場から帰還して、産まれてくる子の誕生花とその花言葉を、妻、そして産まれてくる子自身に教えてあげるためだったのだ。
「佐伯軍曹は……最期に、僕に伝言を頼みました。産まれてくる子の名前を考えたから……奥さんに、伝えてほしいと」
「……子どもの名は?」
「……すみませんっ、聞き取れませんでした……ッ!」
能代の声は震えていた。そんな彼に対して、筑泉が寄り添い、長岡も彼の背中をやんわりと叩く。
喉をやられた佐伯の言葉は、さぞかし聞き取りにくいものだったに違いない。喋られる状態ではなかったであろうに、それでも最後の言葉を伝えようとした佐伯の強い意志――それも、察することができるが。
俺は能代に駆け寄ることはせずに、俺と同様に立ち尽くすもう一人の存在に目をやった。
ソラは松川の亡骸を抱えたまま、じっと次の命令を待っているようだ。
「ソラ。松川を車内に運ぶんだ」
「かしこまりました」
ソラは俺の言葉に反応して、ゆっくりと発電装甲車のもとへと向かう。ソラが松川の亡骸を車に乗せ終え、戻ってきたら、俺はソラにまた一仕事頼まなければならない。
だが、その前に――俺には、俺たちには、やらなければならないことがある。
――と、その時、
「……何を?」
筑泉が声を上げた。
長岡が佐伯の亡骸に、拳銃を突きつけていたからだ。
俺よりも先に動いたのは、長岡だったということだ。
「鉄還りをしていない十九歳以上の遺体は、脳を撃たなければならない。それが、軍規だ」
そう言って、長岡が佐伯の額に銃口を向ける。
かつて鉄華との戦場で、兵士の遺体を運んだ装甲車が襲われ、遺体が鉄還りをする事件があった。その一件以降、十九歳以上の遺体は脳を破壊してから回収することが、軍の規則で定められているのだ。
脳が損傷していなければ、死後十数時間は鉄還りをする可能性がある。鉄還りをした生物は脳を破壊しない限り、たとえ脳だけになったとしても動き続け、人間を襲おうとする。そのため、鉄還りをする恐れが絶対にないとされる十八歳以下の者を除き、軍の者は自殺用の拳銃を携帯することが義務付けられているのである。
たった今、長岡が佐伯の亡骸に向けている拳銃がまさにそれだ。
「ダメです。佐伯軍曹をこれ以上傷つけるのですか?」
これまで無口であった筑泉が、予想外に食い下がる。ドライな印象の女の子であったが、兵士に成り切れない若さ、兵器にはない人間らしさが彼女にはまだあるのだ。
「我々のためだ。仕方のないことだよ」
「隊長には心がないのですか? ついさっきまで笑い合っていた、仲間ですよ」
「仲間だからこそ、我々の手で終わらせなければならない。それが軍人の使命だ」
長岡が痛烈に言い放つ。鋭い目つきで筑泉を睨みつけ、威圧しており、まさに部隊を一任された長の顔だ。
――だが俺は、誰よりも長岡が無念に思っていることを知っている。
――誰よりも、傷を背負ってしまうことを。
だから――、
「いや。その役目は、俺だ」
俺は佐伯の腰に付けられたホルスターから拳銃を抜き取り、そのまま銃口を、佐伯の額に向けた。
「よしなっ! 私が――」
俺は長岡に最後まで言わせなかった。
引き金を引くとともに、血が飛び散る。
鉄の塊を撃つ時にはない生暖かい感触が、俺の頬に張り付いた。
「……真我里……」
長岡が俺の名を口にする。皆に目をやると、長岡と能代の二人が哀れむような視線を俺に向け、筑泉が身体を震わせて俺をきつく睨みつけていた。
――これでいい。
――恨まれるのは、俺の仕事だ。
ソラの方にも目をやると、ちょうど車から戻ってきたところであり、ソラは真っ赤な瞳を俺に向けていた。
まるで、俺の次の命令を待つかのように。
「ソラ。佐伯を車内に運ぶんだ」
「かしこまりました」
ソラは迷いのない返事とともに、ゆっくりと佐伯の亡骸に近づき、彼を抱えた。筑泉の射るような鋭い視線はソラにも向けられたが、ソラは気にするような素振りなど一切見せずに、自らの仕事に徹した。
ポンコツとはほど遠い、兵器ロボットとしての見事な仕事っぷりだった。




