第14話 Sacrifice
サミハラシティの中央区に足を踏み入れて、およそ一時間半。長岡率いる俺たちの部隊は、休憩を挟みつつ、着実に北区へと行軍していた。
今日からは長岡隊のみが単独で行軍することとなっている。予定ではあと二時間ほどで北区に着き、さらにその二時間後には目的の場所――未だかつて人類が倒したことのないSS級鉄華がいる場所にまで辿り着く。鉄華は夜でも動きが鈍くなることのない、日光に対して無欲な存在なので、少なくとも日没までにSS級鉄華を倒し、ミッションを完了しなければならない。
今回のミッションはサミハラシティの鉄華殲滅、及び奪還となっているが、実質的には、全ての鉄華と全ての鉄魔を葬ることが目的ではない。今回のミッションの目的は、北区の奥地にいるSS級鉄華を倒すこと。その道中で出くわした鉄華及び鉄魔を倒すこと。そして忘れてはならないのが、土浦寧々の遺体の回収だ。
中央区に入ってからは、より一段と警戒を強めて行軍している。とは言いつつも、俺たちは道のど真ん中を堂々と歩いているので、はたから見るとそうは映らないだろう。対人間との戦闘とは違い、建物からの狙撃には気を使わなくていいので、建物の影に身を隠しつつ行軍する必要はないのだ。
ただし、音には細心の注意を払わなければならない。敵の立てる音もそうだが、自分たちが大きな音を立ててしまえば、鉄華との衝突が予定よりも早くなってしまう。素早い行軍よりも、慎重な行軍の方が優先されるのであり、所要時間も亀のような行軍を想定して組まれているのである。
だからといって、咳払いにすら気をつける行軍を常に続けなければならないのかというと、否、全くそういうわけではない。衛星から情報が一定時間毎に送られてくるため、俺たちは視覚情報よりも早く、予め危険を察知できる。そのため、極端に言ってしまえば、やる気のない接客のように、お客様が来た時にだけ私語を慎めばよい。
また今回は、独自のシステムによっていち早く敵の存在を探知できる、ソラという優秀なロボットもいるため、さらにも増して危険を回避しやすく、鉄華との戦闘を有利に進めることができるのだ。
鉄華に支配された街――それは色彩の足跡を許さない、寒々しいゴーストタウンだ。
中央区にまで来ると、不法に侵入をして、街に残されたままになっている金品を盗もうとする者たちの姿もない。野良猫や野良犬も見かけず、飛んでくる鳥さえもいない。目につく動く生き物と言えば、小さな羽虫や雑草に群がる昆虫、そして鉄魔となった鈍色の獣たちくらいだ。
周囲に目をやると、街全体が色あせて、コンクリートの粉塵や埃にまみれているのが分かる。所々で物が散乱しており、ゴミと物との区別がつかない。三年も放置されていると、生ゴミや生き物の死体は風化し、異臭も漂ってこない。
また、粉々に砕けたアスファルトの隙間からは、鉄ではない色のある植物が生えてきている場所も多く見受けられる。無造作に生い茂るそれらが目につく度に、鉄華が現れたのは植物を狩り続ける人間に対して制裁を加えるため、あるいは地球を緑あふれる惑星へと戻すためではないかとも考えてしまう。
建物としての形を保っているのは六割程度であり、その建物でさえも無傷のものは殆ど見かけられず、どこかしら亀裂が走っていたり、一部が崩れ落ちていたりしている。残りの四割は瓦礫の山となっており、鉄華に襲われる前がどのような建物であったのかも、全く想像がつかない。
だがごく一部ではあるが、原形を留めて、当時のまま荒らされることもなく残されている建物もある。家主だけがいなくなり、まるでその場所だけ、時が凍りついてしまったかのように。
「真我里さん、ちょっと訊いてもいいですか?」
警戒しながら行軍をする最中、耳裏に手を当てながら、ルーキーが話しかけてきた。確か、名は……松……木だ。
「なんだ、大事な話か?」
俺も一応、イヤーリンクのボタンを押しながら答える。左耳の裏辺りにあるイヤーリンクのボタンを押せば、チャネルを開いたままでも、自分の発言が他の隊員に伝わらないようになっている。傍にいる人に対して、他人に聞かれたくない話をする時や、上司への愚痴を吐き捨てたい時に使う機能だ。
「真我里さん、ソラと付き合っているんッスか?」
「……は?」
思わず、松木に顔を向けていた。
「いや、だって、真我里さんとソラでデートしたって聞きましたよ。オレだけボッチなんて、さすがにへこみます」
そう言って、松木が顔を近づけてくる。その表情は真剣そのものだ。
ミッションに関わる大事な話かと思えば……とんでもない勘違いだ。
「……別に付き合っていないから、安心しろ」
「えっ、マジッスか!? そうなんスね、その言葉、信じますよ!」
松木が声を弾ませて、表情を明るくする。
コイツは、仮に俺がソラと付き合っていたとして、ロボット相手でも羨ましいと思うのだろうか。確かにソラの外見は、あどけない女の子ではあるが。
「いやあ、でも、このミッションから帰ったらオレ、モテモテでヤバイッスよね? なんたって、人類の敵をやっつけたヒーローですから」
松木がしまりのない表情をする。戦場にはまるで似つかわしくない顔だ。
「……あまり期待しないほうがいいぞ。軍人という人種は、人を選ぶ。将来性がないからな。今はお前の年齢にしては給料がいいかもしれないが、上に登り詰めるか、俺みたいに民間軍事会社にでも転職しない限り、将来的にはサラリーマンや公務員に給料は負けるし、何より、いつ死ぬか分からない軍人と一緒になりたがる奴なんて、何らかの意図を持って近づいてくる可能性が高い。だから、気をつけろ」
「……真我里さん、夢がないッス。オレと二歳しか変わらないんですよね? そうとは思えないくらい、枯れているッス」
「…………」
俺は先輩として、現実を突きつけてあげただけなのだが。
「いやいや、でも、最低キスぐらいはできることを期待しますよ。ってかオレ、今回のミッションを完クリして、ファーストキス、決めちゃいます。キスも済ませずに死ぬなんて、マジであり得ないッスからね。ねえ、真我里さん?」
「……まあ、頑張れ」
なぜか、変に仲間意識を持たれている気もするが……ソラとデートした際に、ソラと口づけを交わしたことは……言わないでおこう。
そもそもあの時のあれは、軍の命令でソラが口づけをせがんでいるのだと、俺を試すミッションみたいなものだと、そう捉えて行為に及んだまでであり、ビジネスキスでノーカウントである。
だから、あれが軍の命令ではなく、ソラ自身の何らかの意図、あるいはプログラムのバグによるものだと知った今は、もし、ソラがあの時と同じセリフを再び言ったとしても、俺が同じものを与えることは、絶対にないのだ。
……しかし、こんなくだらない話ができるということは、松木は俺の予想に反して、昨日の動物や人間の鉄魔、及び鉄華との初めての戦闘による後遺症や精神的ダメージはなさそうである。さすが期待のルーキーということか。
「……なあ、松木」
「マ・ツ・カ・ワ・です! 松林の『松』に、三本線の『川』! 数字の『三』に雑木林の『木』、広いの『広』! 松川三木広ッス!」
「……すまん」
……どうやら、また名前を間違えていたようだ。
難しい名ではないが、川やら木やら似たようなイメージの字面で、逆に覚えにくい。さらに付け加えて言わせてもらえば、本人の印象が薄くて名前が記憶に残っていなかった。
「頼みますよ、何度も言わせないでくださいね」と言った後で、「あっ、『何度も言う』で思い出したんスけど、そう言えば昨日、佐伯軍曹がソラにめっちゃ誕生花を聞いていましたよ。なぜか知らないッスけど、再来月分を半分近く」
と松川が首を傾げた。
「なんだ、それは?」
「さあ? 十二月中旬から下旬のを全て聞いて、その度に叫んでいましたよ。隊長に注意されたんで小声でしたけど、充分うるさかったッス。よく分からないですけど、とりあえず、あの人の熱さにはついて行けないッスね。律儀に全部答えていたソラも、めっちゃ凄いッスけど」
「……そうか」
佐伯の意図は俺も分からないが、俺だったら、そんな面倒事は完全にシャットアウトする。その辺りは、さすがロボットと言ったところであろう。
「なんか、アレですね。ロボットが人間の代わりに戦場に出てくれることで、人間の犠牲が減るのは、絶対にいいことだと思うんスけど……ソラのような子を見ると……なんか、モヤモヤっとします。上手く言えないッスけど……なんか、複雑ッス」
「……ああ、そうだな」
今回のミッションに参加する全員が、長岡から作戦内容を聞かされている以上、皆がソラの事情を知っている。
始めから兵器ロボットとして作られたのではなく、元々は花屋のロボットだったということを。
土浦康孝博士が、争いとは無縁のロボットを兵器に改造したことについては、憤りを覚えずにはいられない。あの無垢な姿をしたロボットに一日中付き合わされた身となれば、それは尚更だ。
だが俺には、土浦博士の気持ちも、痛いほど分かってしまう。彼は俺と同じ――大切な人を失い、復讐に身を投じることしかできなかったのだ。
どんなに復讐に身を焦がしても、大切な人は戻ってこないのに。
どんなに憎しみを増やしても、大切な人は喜ばないのに。
自分を保つための、復讐。哀しみから逃れるための、憎しみ。間違っているのは、分かっている。
だが、その間違いを正す術を知らない。ヒトデナシに成り下がり、憎悪の化身となる。自暴自棄に、害悪の惨禍を求めて。
ただ、どんなに堕ちぶれてしまったとしても、憎しみがあってよかったとだけは思いたくない。
そう思ってしまうところまで堕ちないように、答えの出ない自問自答を繰り返し、俺は今もなお、生き長らえている。
俺や土浦博士のように、長岡志奈乃もまた、大切な人を失った。
最愛の夫を、唯一無二の兄を。
だがそれでも、長岡は今、両親のおかげで前を向いて生きている。
長岡の真っ直ぐに見据えたあの強い眼差しは、単なる強がりなどではなく、使命の灯火を宿した本物なのだ。
何もない俺に、長岡のように灯火を手に入れる日が訪れるとは、到底思えない。
思えないが、それでも、俺だって――いつかは抜け出したい。
この果てのない、鈍色の茨道から。
――と、
〈ソラ、どうかしたのか?〉
長岡が声を上げた。
先頭を歩くソラが、不意に立ち止まったのだ。
〈警告。ここから先は、敵のアタックレンジです。エネミー、フラワーB級、ベーシック・V5V・BE型。鉄珠心までの距離、北へおよそ二千百。ファースト・VINE、北北西、距離三百十五〉
赤い瞳のソラが、機械の音声メッセージように淡々と報告する。それと同時に、ソラからの情報が地図付随の画像として、俺の目に送られてきた。
軍から支給された、コンタクトレンズ型のウェアラブルデバイス。これを両目に付けておくことによって、軍や隊員からの情報が、画像や文字として目の前に浮かび上がる。イヤーリンクと共に、情報共有の手段として欠かせないアイテムの一つだ。
なお、眼球への負担を軽減させるためと、戦闘中にレンズが外れてしまわないようにするために、人工眼膜を形成する目薬を事前に点眼することも欠かせない。形成した人工眼膜は、対応する特殊な点眼液で成分を変質させ、無害の液体として落とすことができるので、ミッション完了後は、その結果に関わらず誰もが作り物の涙を流すのだ。
〈よし。これより、フラワーB級の駆除を開始する。選抜メンバーは私、松川、ソラ、真我里の四人だ。斥候は真我里、順に松川、私と縦に並び、ソラがしんがりを担当する。軍曹、シルバ、スカーレットはここで待機。想定される鉄魔の襲撃から、発電装甲車を守ってくれ〉
長岡の司令とともに、隊員たちが表情を引き締める。その中で唯一、変わらず無表情のままであるソラは、背中から飛行手段となるウイングアームを出し、飛べる体勢へと入っていた。
足並を揃えて進んでいた俺たちの背後には、武器のエネルギー補充と武器・隊員の輸送を主な目的とした自動発電装甲車が、オートパイロットでお利口に付いて来ていた。
今日は鉄魔となった動物らと数体出くわしたくらいなので、肉体の疲労や武器の消耗は最小限に抑えられており、今のところは発電装甲車には世話になっていない。しかし昨日とは違い、補給支援部隊に頼ることはできず、しばらくは発電装甲車が唯一の回復役なので、俺たちは純真無垢なそれを護衛することもミッションに加味する必要があるわけだ。
「長岡、待機組の三人とのリンクは切ってもいいか? VタイプのV5とは言え、なるべく集中したい」
〈……分かった、許可する〉
俺は長岡の同意とともに、イヤーリンクに命令を通す。
同じ隊でも、このように二組、三組にと分かれる作戦においては、作戦に集中するためにイヤーリンクのチャネルを制限しても構わない。同じ組の者と隊長にさえ、リンクが繋がっていれば。
〈じゃあ、軍曹。そちらは任せたよ〉
長岡の言葉に、佐伯が無言で親指を立てて同意を表す。ここで大声を上げることが非常にマズイことは、さすがに分かっていたようだ。
〈真我里、頼む〉
「……ああ。行くぞ――」
俺は慎重に一歩を踏み出した。
長岡に名を呼ばれた俺たちは、見通しの良い広い道を選び、俺を先頭に一列となって、ゆっくりと前進する。
五メートル、十メートル、十五メートル……
〈――来ます〉
ソラの抑揚のない声とともに、俺たちは一斉に駆け出し――跳び上がった。
鉄の巨大な蔓が、俺たちをめがけて襲い掛かってきた。B級鉄華の攻撃だ。
丸太のように太く、そして長い。それでいて、一本一本がうねうねと個別に動く。まるで大王イカの手足、まるで大蛇の群れだ。
俺たちは大王イカの怒りを買ってしまったのか、それとも大蛇の巣に潜り込んでしまったのか、巨大な蔓たちが、建物の間をぬって、休みなく次々と突進してくる。
鞭のようにしなる動きで、俊敏で、ドリルのように先端が尖った、怪物。蔓による攻撃は鉄華の攻撃手段として最もメジャーであり、最も厄介な攻撃としても挙げられる。鉄華の蔓によって、多くの人々が命を落とし、多くの鉄魔が生まれ、そして多くのシティが鉄華に奪われてきたのだ。
俺たちは鉄の蔓を、強化レッグによる跳躍と、ラビットブースターによるブーストで避けながら、蔓が向かってくる方向へと進む。より攻撃が激しくなる方へ、時に熱線銃で焼き、時に燃焼剣で薙ぎ払い、四方八方に跳び、そして飛びながら、それでも着実に、目的の鉄珠心へと進む。
鉄華の蔓による攻撃には1から9の段階が定められており、数字が大きくなるほど脅威が増す。一般的に、一部隊で対処できると言われるC級鉄華には、V(Vine)1からV3が多く、複数部隊で対処すべきとあるB級鉄華にはV4からV6、一つのシティを占領してしまうほどの脅威があり、大規模な作戦を組んで対処すべきとあるA級鉄華には、V7かV8、その上を行くS級はV8かV9、さらにその上を行くSS級はV9であることが多い。
たった今、俺たちへと襲いかかってきているB級鉄華は、蔓の太さや長さ、広範囲に渡る規模といった面での脅威から、V5なのだろう。
もっとも、複数部隊で対処すべきとあるB級鉄華に対して、一部隊、しかも半数で対処しようとするのには、俺たちに優れた能力や実績があるから、もしくは将来有望である精鋭揃いであるからというのも一理あるのだろう。事実、俺は過去に一人でB級鉄華を倒したこともあり、今回も、俺一人だけで挑んでも別に問題はない。
しかし今回、少人数でミッションに当たる一番の理由は、ソラという実戦初の人型兵器ロボットが帯同しているからだ。
兵器ロボットの有用性を明白に証明するため。兵器ロボットがあれば、一部隊だけでもSS級鉄華をも滅却できることを証明するため。あるいは、誰にも期待されていない、無謀なミッションであるため。格安の兵器ロボットなど、ものの試しでしかないため。殉職者の数を、最小限に抑えるため。鉄還りという兵士の寝返りが起こる鉄華との戦場において、兵の量よりも質が重要となることを示す象徴として。鉄還りをすることのない兵の質の最高峰である兵器ロボット、それらだけで鉄華と戦う、いずれ迎える時代の礎として――俺たちは、捨て駒とされたのかもしれない。
――と、
〈松川、建物から離れな!〉
長岡の叫ぶ声が耳に入ってきた。
その直後、鼓膜をつきさすような轟音が一帯に広がる。鉄華の蔓が廃墟と化したタワーマンションを貫き、倒壊させたのだ。
地鳴りを伴い、巻き上がる砂塵。背後から襲いかかるそれに飲み込まれないように、俺は速度を緩めず一気に前進する。
〈真我里、松川が巻き込まれた! 戻れ!〉
長岡の声に、俺は一瞬だけ背後に目をやった。だが、案の定、砂塵で様子が窺えない。
人工眼膜のおかげで砂塵の中でも目は開けていられるし、赤外線ゴーグルを装着することで、鉄華の蔓も問題なく視覚できるのだが――
「……このまま先行する! 俺一人で充分だ! 鉄珠心を破壊しない限り、敵の攻撃は止まない。一秒でも早く、鉄珠心を破壊すべきだ!」
俺は依然として襲い掛かってくる蔓を避けながら答えた。鉄華はこちらの都合になど構ってはくれないのだ。
〈……分かった。真我里、そのまま進み、フラワーB級の駆除を頼む。ソラ、私と共に松川を救出するよ〉
〈かしこまりました〉
二人の声が俺の耳に届く。俺は言葉を返さず、迫り来る鉄の蔓をかわした。
俺の脳裏には、松川の姿がちらついていた。ファーストキスを済ませるまでは死ぬなどあり得ないと言い、歯を見せて笑う、松川の姿が。
――真我里さん、冷たいッス。
そんな言葉が聞こえてきそうだが――これが、俺のすべきことだ。
……悪く思わないでくれ。
俺は鬱陶しく迫りくる蔓どもを燃焼剣で薙ぎ払い、やむを得ない蔓による攻撃のみを避けながら、デバイスが示した鉄珠心の場所を目指した。
一切に振り返らず、前だけを見据えて。
「――見つけた……」
俺は立ち止まり、頭を上げた。
蔓よりも一回り太い鈍色の木が、鉄塔に寄り添うように生えている。傍にある鉄塔よりもやや高さがある、ひょろ長い鉄華だ。
鈍色の幹からは無数の蔓が伸びており、鉄塔に絡みつきながら蠢いている。それらがこちらへと襲いかかってくる気配は今のところないが、それらの蔓は、ブドウの房のような鉄の塊を複数つけており、不気味である。
「…………」
鉄華の全身を見ると、幹のある一部だけが、瘤のように不自然に膨らんでいた。一軒家ほどの大きさもある膨らみであり、おそらくそこが鉄珠心だ。
「クタバレ――」
俺は熱線銃の照準を鉄珠心に合わせようと、腕を上げた。
――その時、
〈BE、来ます〉
ソラの声だった。
俺はとっさに、後方へと跳び上がる。その直後――ブドウの房に似た鉄の塊たちが、破裂した。
鉄華の防衛行動。実の中に含んだ種のような鉄の弾丸を、釘爆弾のように拡散的に飛ばしてきたのだ。
俺はこれを、跳び上がった先にあった瓦礫の壁を盾にすることで、全て回避した。
「…………」
俺は軽く首を傾ける。俺の背後には、いつの間にかソラが立っていた。
実が破裂することは予想の範疇であったが、鉄珠心の部分に少し気を取られていた。もしソラが警告してくれていなかったら、敵のB(bullet)がかする程度のことはあったかもしれない。
「……ソラ。もう、いいのか?」
〈はい。援護します〉
「……そうか」
俺はそれ以上、何も言わなかった。
耳には、イヤーリンクからの音声――長岡の松川に呼びかける声が、絶えず届き、そして松川の声は――一言たりとも、届いて来なかったからだ。
鉄華は通常の植物ではあり得ないスピードで、再び鉄の実を付け始めている。もしこれが本物のブドウの木ならば、食糧問題とは無縁となるのだろう。
だが当然、実が熟れるまで待つわけがなく、俺とソラはほぼ同時に、膨らむ幹へ熱線を打ち込んだ。
「――枯れろ」
鉄の実の成長が止まり、蛇のように蠢いていた蔓も動きを止め、一部は地面に力なく叩きつけられた。
そしてそれ以上、巨大な鉄の木が動くことは、一度たりともなかった。
俺とソラは勝利の余韻に浸ることもなく、長岡のもとへと集まった。
そこには、険しい顔つきの長岡の姿と、横たわる松川の姿があった。
「松川……」
体中が土煙と血で汚れ、口には血を吐いた後が残っている。何より、顔が真っ青で血の気がない。臓器の殆どが瓦礫で潰されたのだ。
「……マツカワッス、マツカワ……ミキヒロ……ッス……」
イヤーリンクでは拾えないほどの、風のそよめきのようなかすれ声であった。
「ああ、分かっている。……合っているだろ?」
「……そう……ッスね。………覚えて…‥おいて……くだ…さい……」
「ああ。もう、間違えない。……絶対に」
――俺の言葉に、松川三木広が答えることは、なかった。
――もう、一度たりとも。
「……こちら、長岡。敵フラワーの破壊に成功。こちらの位置情報を送る。……能代上等兵、合流できそうか?」
長岡が待機組の三人に呼びかけている。一見すると、松川の一件があったすぐ後なのに切り替えが早いのではないか、情がないのではないかとも捉えられそうだが、俺には、押し寄せる感情に流されまいと、自らの仕事に徹しているように見える。
昨晩、長岡は言っていた。今は、一人でも多くの仲間や部下を、その人を想う人たちのもとへ生きて帰すために、私は戦っている――と。
この場にいる誰よりも、長岡が一番、悔しくて仕方がないのだ。
「……そうか。分かった、すぐ戻る」
話を終えたであろう長岡の表情は、一段落したといった安堵に溢れる表情などではなく、一層に思い詰めた苦い顔つきであった。
「真我里、発電装甲車の位置まで後退する。ソラは松川を抱えてくれ」
「かしこまりました」
ソラが何の疑いもなさそうに、無表情で答える。
一方で俺は、そうはいかない胸騒ぎがしていた。
「……何か、あったのか?」
俺は顔を上げないままでいる長岡に話しかけた。
長岡は俺が鉄華と戦っている間も、待機組の三人とリンクが繋がっていた。長岡の様子からして、彼らも不測の事態に見舞われた可能性が高い。
長岡が俺の言葉に反応して、俺に顔を向ける。硬い表情を崩すことなく、唇を結んだまま、俺と数秒目を合わせたが――おもむろに、口を開いた。
「軍曹が、やられた」




