第13話 シンギュラリティに咲くハナ
サミハラシティ・南区の夜。俺たちは頑丈そうな廃墟で一晩を明かすことになった。
B級巨大サボテン鉄華との戦闘の後、襲いかかる動物や人間の鉄魔を倒し、C級鉄華を三体燃やした。人間側の犠牲者はおらず、今日までのところは作戦通り順調である。
明日からは中央区、そして北区へと向かう。北区からはA級鉄華の目撃例があるため、戦闘能力の乏しい他の部隊との行軍は今日までとなる。他の部隊に残されたミッションは、動かなくなった鈍色の元人間を回収し、遺体として本土へと連れて帰ること。鉄還りをしたサミハラシティの住人は、そこで初めて人としての安息の最期を迎えることができるのだ。
「へぇ、どの誕生日にも誕生花ってものがあるんだね。そしたら、僕の誕生日、三月二十九日の誕生花は何だい?」
能代の訊ねる声が俺にも聞こえてくる。
「三月二十九日の誕生花は、ピンク色のグラジオラスです。花言葉には『ひたむきな愛』『たゆまぬ努力』という言葉があります」
答えているのは、F・フォースの隊員たちに誘われ、彼らの輪に混じるソラだ。
「ひゅー、イイ言葉! せっかくだから、浮波も聞いてもらいなよ」
能代が彼の隣に座る筑泉を促しているようだ。
「……一月二日」
「一月二日の誕生花は白色のヒヤシンスです。花言葉には『控えめな愛らしさ』『心静かな愛』という言葉があります」
「イイねぇ、浮波にぴったりじゃん」
「……うるさい」
「ハハッ、照れてる、照れてる」
能代の笑い声が聞こえてきた。
「松ちゃんは何だっけ?」
「自分は赤色のアンスリウムという花だそうです。花言葉は『情熱』ッス」
能代に松ちゃんと呼ばれて答えたのは、名前がうろ覚えのルーキーだ。
「情熱かぁ。やっぱり僕たちには、鉄華を燃やすくらいの熱い思いが必要だよね」
「そうッスね! 先輩たちの足を引っ張らないように、頑張りますよ!」
松ナントカというルーキーの気合に満ちた声が、俺の耳にも届いた。
「そうそうそう! 情熱、気合、根性! ボクらには、もっともっと、必要なんだっ! もっともっと、もっともっとォッ!!」
佐伯の気合を爆発させた大声が、俺の耳を襲った。
「佐伯軍曹、うるさい。鉄華が集まる」
「ハハッ、浮波、正直すぎ。でも軍曹、すみませんが僕からもお願いします」
「……むむうっ」
佐伯の声が若干遠のく。
「ってか、軍曹の誕生日の花言葉って『幸せに感謝』でしょ? 情熱、気合、根性とはちょっと違いますよね」
「いやいやいや、シルバくんっ! 幸せに感謝、その言葉ほどボクにふさわしいものはないっ! その言葉ほど、ボクを熱く熱く熱くさせる言葉はァァァ!」
「そ、そうなんですね……」
「そう、そうだ、そうなのだァッ!」
どうやら佐伯の声が遠のいたのは、気のせいのようだ。
「ところで、ソラくんっ! 二月六日の花言葉も教えてもらえるかな!?」
「はい、二月六日の誕生花は菜の花、花言葉は『快活』です」
「おおっ、ありがとおおおぉッ! なんていい言葉なんだ、まさしくボクの妻の誕生日にふさわしいっ! 良い土産話ができたぞ!」
「佐伯軍曹、結婚していたんッスね」
「ああ、いいぞ、結婚は! 松川くんも、明日にでもするといいぞ!」
「ええっ、ちょっと、さすがに無理ッス。自分、相手いないんで。それに、オレは十六歳なんで、法的にまだ結婚できないッス」
「何っ、それはいかんなぁ! 情熱、情熱はどうした!? もっと、もっと恋をせんかぁあぁあッ!!」
「……が、頑張ります」
ルーキーのくぐもった声が微かに聞こえてきた。
「松ちゃんは先に乳離れしないとね。寮で『母ちゃん、母ちゃん』と寝言がうるさいって有名だよ」
「ちょっ、能代先輩! それは言わないでくださいよ!」
「ハハッ、ごめんごめん」
「……ウケる」
「筑泉先輩、聞こえていますよ!」
ルーキーの声が一段と大きくなった。
「ふはははっ! それで、君たちはどうなんだ!? シルバくん、スカーレットくん!」
「どうって?」
「君たちは、明日にでも結婚しないのか!?」
「ハハッ、無茶苦茶言いますね。僕たちは付き合ってまだ半年くらいなんで、さすがに明日とかはないですよ」
「ななななにっ! 君たち、付き合っていたのかぁ!?」
「……はい? ――あっ、しまった、そういう意味か」
「湊、バカっ」
筑泉の声も一段と大きくなった。
「えええっ、マジッスか!? オレも知らなかったですよ!」
「おおおっ、熱い、熱いぞぉおッ! 明日、いや、今すぐにでも結婚、結婚せんかぁあァッ!」
「……ホント無茶苦茶だな、この人」
能代のため息混じりな声が聞こえてきた。
F・フォースの隊員らの談笑が、俺にも聞こえてくる。その輪に混じるソラを見ると、笑顔を絶やさず、仲間の一人として楽しそうにしている。
その瞳の色は戦場で見せた瞳とは違い、柔らかな淡い青色だ。
「どうした? 皆のところには行かないのか?」
顔を上げると、俺の前に長岡の姿があった。両手に湯気の出たマグカップを持っており、立ちながら片一方のマグカップに口をつけている。
「……遠慮しておく。俺は軍の者ではないし、明日のことを考えると、馴れ合わない方がいい」
「はーっ、真面目だねぇ。けれど本当は、あの輪に入るのが怖いのだろ?」
「……別にそう捉えてもらっても、構わない」
「ふふっ、そういじけるな。そんなシャイボーイの大志くんには、私が傍にいてやるからさ」
「……必要ない。去れ」
そう言って、俺は視線を下ろす。だが、長岡は俺の言葉を無視して、俺の隣にどっかりと腰を下ろした。
「私の誕生花は紫色の花をしたオダマキとかいう花だそうだ。誕生日は五月十四日。花言葉は『勝利への決意』だとさ」
長岡が、口をつけていない方のマグカップを俺に渡す。
「……ピッタリだな。俺たちに一番必要な言葉だ」
「ふふっ、言えているね。私にもあの植物の花言葉だけは分かるよ。鉄華の花言葉は『クソ野郎』だろ?」
「ああ、それで間違いない」
俺は一度、長岡の方に目をやり、再びマグカップへと視線を戻す。おそらくこれは、カフェオーレだ。
「さてさて、シャイボーイの大志くん。ソラとのデートはどうだったのかな?」
「……前にも答えただろ。言われた通りに、任務を遂行しただけだ」
長岡の問いに答えた後で、俺はマグカップに口を運ぶ。予想通りにカフェオーレであったが、思っていた以上に、苦い。ミルクがまるで足りておらず、これではカフェオーレではなく、ポーションミルクを入れただけのコーヒーだ。
俺はロボットとデートをした翌日も、長岡から呼び出されている。その際にも、長岡は俺に同じことを訊ねていた。
「……強いて、一つだけ言わせてもらえば、アレはポンコツじゃないのか? 俺たちはアレの性能によって戦局を左右されるわけだが、本当に大丈夫なのか?」
「ははっ、ポンコツね。でも、あながち間違いではないのかもしれないよ。なんたって、彼女の前職は、花屋さんなのだからね」
「……ああ、そうだな」
俺は苦いカフェオーレに再び口をつけた。口の中が満たされることは、決してなかった。
ロボットは目的を持って作られる。
ロボットは役割を持って生まれてくる。
ロボットは生まれる意味を、生きる理由を、あらかじめ持って生まれてくる。
ソラは、鉄華と戦うために作られた兵器ロボットである。
鉄華を殲滅するためならば自爆もいとわない、戦うために生まれてきたロボットである。
――だが、そうではなかった。
ソラは始めから兵器ロボットとして生まれてきたわけではない。
花屋のロボットとして生まれ、そして、兵器として作り変えられたロボットだったのだ。
土浦康孝――シンギュラリティの祖となるAIロボットを作り上げる可能性がある者として名が挙げられる、世界的に有名なロボット工学の権威。
偉大な発明家の一人であり、この国にその名を知らぬ者などいない。
そんな偉大な博士が、今から十年前、彼の娘である土浦寧々への贈り物、彼女の経営する花屋の開店祝いとして作ったのが、人型AIロボットのSORA―001VAだった。
俺はソラが八月二日に起動したということをソラ本人から聞き、先々月に起動したのだと考えたが、それは勘違いであり、本当は十年前の八月二日のことであった。
ソラが花について興味を持ち、豊富な知識を持っていたのも、彼女が花屋で働いていたからである。そして、ソラが俺の前で二度ほど口にした「マスター」とは、土浦寧々のことだったのだ。
ソラは彼女のマスターである土浦寧々と共に暮らし、共に働き、二人の店である花屋を、共に営んでいたそうだ。
サミハラシティ・北区――三年前、鉄華に襲われ、滅んだシティで。
三年前の鉄華襲撃の際、ロボットの生体反応確認によって、北区の生存者がゼロだということが判明したと、俺は聞いている。人間の生存者は誰もおらず、北区にいた人間全てが、死に絶えたのだと――そう俺は聞いている。
生体反応確認を行ったそのロボットとは、ソラのことであり、人間の生存者がいない中、唯一の生存者とも言える存在が、ロボットのソラだったのだ。
当時、サミハラシティ・北区にいた存在の中で、唯一救助されたソラは、土浦康孝博士のもとへと運ばれた。娘のもとへと贈った自分の作品が、娘が死んだという事実だけを持って、帰ってくる――土浦康孝博士は、言葉にならないほどの哀しみと怒りに包まれたに違いない。娘のために自らが作ったロボットを、娘を亡き者とした鉄華に復讐する、そんなチカラを備えた兵器ロボットへと作り変えてしまうほどに。
博士がそれに費やしたのが、およそ三年。博士のもとへと帰還した後、すぐに改造されて眠りについたSORA―001VAは、つい一ヶ月前、SORA―001VBとして新たに起動した。
起動したSORA―001VBは、すぐさま軍に破格の値段で売られた。鉄華によって支配された、彼の娘の生きた証が残るサミハラシティを取り返すミッションに、それを参加させることを条件として。
今回のサミハラシティ鉄華殲滅・奪還作戦には、ある一つの任務が課せられている。それは土浦康孝博士からの要求であり、その内容は、未だ滅んだシティで放置され続けている、彼の娘でありソラのマスターである、土浦寧々の遺体の回収である。
俺たちが今回のミッションで遺体の回収と鉄華の殲滅に成功したあかつきには、土浦康孝博士と自衛軍の両者が契約を交わし、ロボットが鉄華殲滅作戦へと本格的に導入されることとなる。もしそうなれば、軍事力は飛躍的に上がり、人類が地球の覇権を取り戻す日が近づくことは間違いない。
今回のミッションに成功すれば、博士は軍を信頼し、軍はロボットの力を確信するわけだ。
俺はこれらのことを、ソラとデートをした翌日に聞かされた。そして、回収対象となる土浦寧々の画像も見せられた。若くハツラツとした女性が、ソラと一緒に笑顔で映る画像を。
「真我里、知っているか? 土浦康孝……人型AIロボットの権威である彼は、娘を失ってからというもの表舞台から姿を消したんだが、その七年前……娘のためにソラを作り出したちょうどその年に、こんなことを言っていたそうだよ。『シンギュラリティが訪れる時、人類よりも優れた知能を持つAIロボットは、人という劣等生物に対して愛情と友好を持って接する。それができるということこそが、人類よりもより優れているということであるからだ』とね」
「……そうか。土浦博士は……優しい人、だったんだな」
「……うん、お前の言う通りだ。『だった』という、その表現は正しい」
「ああ。今でも優しいやつが……女の子を兵器に変えたりはしない」
――身体に自爆用の爆弾を仕掛けることも、決して。
「土浦康孝は『ロボットは人とは違い、他の生物を食らう必要がないため、人という劣等生物に対して愛情と友好を持って接することが可能である』とも言っていたそうだよ。『先天的に、他の命を奪う必然性を持ち合わせていない』ってね」
「……だとしたら、鉄華はロボットよりも人に近い存在だな」
なぜなら、鉄華はロボットとは違い、生命を殺すから。意味もなく、むやみやたらに。
「確かにそうとも言えるね。でも私は、鉄華とロボットは切り離して考えるわけにはいかない、似た存在だと思うよ」
「……なぜ?」
「鉄華は食のために生物を殺しているわけではないからさ。支配権を広げるため……一般的にはそう言われているけれど、私はむしろ、殺しを楽しむため、殺戮の快楽を味わうために、鉄華は人類の前に現れたのだと思っている。私は、鉄華がそんな残虐性を先天的に持ち合わせている気がしてならない。他の生物を食らう必要がないのに、他の命を奪う残虐性を先天的に持ち合わせている、鉄華という前例がいる限り、ロボットが人という劣等生物に対して、愛情と友好を持って接するとは限らないということさ」
「……つまり、シンギュラリティの先にあるロボットとは、鉄華のような存在かもしれないと、アンタはそう言いたいのだな」
「ああ、そういうことだね。だから、このミッションが成功し、殺しのためのロボットが大量に作られ、戦場に送り込まれ続けることになれば……そっちの暗い未来の方が、必然的に待ち受けているのだと、私はどうしても考えてしまうんだ」
そう言って、長岡が視線を俺から移す。俺は長岡につられて、視線をソラの方へと向けた。
F・フォースの隊員たちと接するその姿は、とてもロボットには見えなかった。微笑みを振りまき、他者を和ませるその姿は、決して兵器ロボットなどではなく、殺戮とは無縁の一人の女の子だ。
それでも――ソラも鉄華も、金属の身体で構成された、生物とは言いがたい鉄の血が流れるモノである。どちらも同じ、枯れない華なのだ。
「けれど、私はね……争いのためではなく、花を愛でるように、人を愛するように……生き物を慈しむ優しいロボットがたくさん作られて、かつて土浦康孝が言っていたような、明るくて優しい未来が私たちを待ち受けていることを、切に願うよ」
「……人類の行末は、人類次第。そういうことか」
「うん。そういうことさ」
そう言って、長岡が大人びた儚げな笑みをこぼした。
人が愛のためのロボットを作り続ければ、ロボットも人を愛する存在となる。
人が戦いのためのロボットを作り続ければ、ロボットも人を殺す存在となる。
人類はロボットの親となる存在であり、子となる存在でもあるということを忘れてはならない。
人がロボットにさせたことは、いずれ人がロボットにされる、あるいは、させられることとして返ってくる――おそらく、そういうことなのだろう。
ソラ――お前はいったい、何を思う?
花を愛でるために作られたロボット。
鉄華を殺す兵器として作り変えられたロボット。
身体に爆弾まで埋め込まれたロボット。
もしソラが、シンギュラリティ――人類最期の発明となるのならば、彼女は人類をどうするのだろうか。
かつての土浦康孝が言ったような、愛や友好を築き上げる?
それとも、鉄華のように人類を殺し、支配する?
太陽の昇る日中の爽やかな空のような、青い目の彼女。
太陽の沈む黄昏時の焼け空のような、赤い目の彼女。
この戦いが終焉した先、立ち尽くす彼女の瞳の色が何色なのか――それは、人類の行末を現しているのかもしれない。
「ソラのエナジーアイが星型だったのも、アイツが土浦博士のオリジナルだったからなんだな」
俺は独り言を言うように呟いた。
見たことのないタイプのエナジーアイ。それはソラが量産型でなく、世にあふれていない無二の存在であることの証だ。ただしそれは、今回のミッションが終わるまでの話なのかもしれないが。
「ん、星? ……ああ、なるほど。あれは、星ではないよ」
「……違うのか?」
「ああ、違う。あのエナジーアイは、キキョウの花をモデルにしているそうだ」
「キキョウの花? どこかで、聞いた気がするが……」
と俺の中で、映画のワンシーンのようにパッとある一面が過ぎった。
そうだ。キキョウの花は、ソラが起動した日――生まれた日の、誕生花だ。
「そうか……確か、花言葉は『従順』だったか」
俺の中で、カフェでにこやかに花のことを語るソラの姿が浮かぶ。
あの時はまだ、ソラが花屋で働いていたロボットだということを知らずに、単にロボットだから何にでも詳しいのだと思い込んでいた。
「なに、従順? うーん、そんな花言葉もあると聞いた気もするが……私が印象に残っているのは、そっちじゃないな」
「そうなのか? 俺はそれしか知らないが……」
……そう言えば、カフェでは、ソラが何かを言いかけていた気がする。
確か、能代が話しかけてきたタイミングと重なって――結局、聞かず仕舞いだった。
「キキョウの花言葉と言えば……やはり『永遠の愛』だよ」
長岡が自らの手、左手の薬指に光る指輪に目をやりながら呟いた。
――永遠の愛……。
「……本当に、人のために生まれてきたのだな」
俺の口から漏れた言葉は、そんなものだった。
人のため――どちらとも捉えられる、卑怯な言葉だ。
だが少なくとも、ソラというロボットが、強い願いのもとで生まれてきたことだけは確かである。
青紫色に光る、星のような花に託されて。
「ふふっ、その愛はお前にも向けられているのだろうね。何しろ、自らお前とのデートを望んだのだから」
「……は?」
……ちょっと待て。
今、何と言った?
自ら、だと?
「……デートは、軍の指示じゃないのか?」
「ん? いいや、違うよ」
「……俺を試すために、仕組んだのでは?」
俺が今後も、SPMCの商品として、心を持たない冷酷な兵士として、役に立つかどうかを試すために。
「ははっ、そんなわけないさ。私がソラと初めて対面した時、彼女自身が男性とデートをしたいと言ったのだよ。あまりにも突拍子もない話で故障かとも思ったけど、興味深かったから、私のデータベースにある男性の顔写真を彼女に見せた。そして、彼女が数ある写真の中から、お前を選んだのさ」
長岡がニヤニヤしながら言う。
「……ウソだろ」
俺は呟かずにはいられなかった。
デートが軍の指示ではなくて、ソラ自身の提案によるもの――ロボットの意志、しかも兵器ロボットの意志によるものだった。
にわかには信じがたいことだが……俺とデートをすることと、兵器ロボットとしての役割に、いったい何の関連性があるというのだ?
……うん?
「……おい、ちょっと待て。ならば、今回のミッションで俺が選ばれたのは……」
「うん、顔採用」
「……マジかよ」
これまた、呟かずにはいられなかった。
「ははっ、いいじゃないか。安心しな、たとえソラがお前を選んでいなくても、私は今回のミッションに、お前を推薦していたよ。実力は折り紙付きだし、気も狂っていないからね」
「……俺も狂っている部類だろ。俺は……《人枯》なのだから」
鉄魔となった仲間たちを容赦なく殺してきた、ヒトデナシのマッドソルジャーだ。
「《人枯》ねぇ。果たしてそれは、枯れた人を表すのか、枯らす人を表すのか。まあ私は、トラと書いて人虎だと捉えているけどね」
「……なんだそれは?」
思わず、聞き返していた。
「人にもなれず、虎にもなれない。人として生きればいいのか、それとも虎として生きればいいのか。どう生きていけばいいのか分からず、戦場をうろつき回る孤高の虎、孤独な人だよ」
「…………」
何も言い返せない。
虎などと言われたのは、初めてのことである。
だが、的を射ている。
長岡の言う通り、俺はどう生きればいいのか分からない。
何のために生きればいいのか、自分がなぜ、未だに生き残っているのかも。
「私はソラがお前を選んでくれたことに、とても感謝しているよ。お前たちは、似ているからね」
「似ている? どこがだ?」
「孤独なところさ。お前は帰る場所がなくて、戦場をさまよい続けている。まるで……昔の私のように……」
そう言って、長岡が目を瞑る。そして、何かを決意したかのように、ゆっくりと目を開き、顔を上げた。
「私の前職が何か、知っているか?」
「いや、知らないが?」
「私の前職は……主婦だ」
長岡は落ち着いた口調で語り出した。
自衛軍の兵士であった夫が、当時設立されたばかりであった、鉄華殲滅を専門とするF・フォースに転属されたこと。
戦場で、夫が鉄華に攻撃されて、鉄魔となったこと。
夫と同じ部隊で共に戦っていた夫の親友が、鉄魔となった夫の額を撃ち抜いたことを。
「私は夫を失った哀しみを、夫を撃った夫の親友にぶつけることしかできなかった。私は罵倒した。『どうして、助けてあげられなかった』『アンタが殺したんだ』『夫を返して』『人殺し』――と」
――ヒトデナシ、心が枯れている、悪魔、人殺し……。
俺もぶつけられたことのある、容赦のない言葉。
襲いかかってくる鉄還りをした人の額を撃ち抜くことは、戦場で生きる者にとっては、自らの命を守るための仕方がないこと、敵の手に堕ちた仲間を解放することだと、たとえそう捉えたとしても、その者の家族やその者を愛する人たちにとっては、決してそうではない。
彼らにとって俺たちは、大切な人の命を奪った、人殺しなのだ。
「……その親友は?」
「……死んだよ。私が罵倒した数日後、実家の自室で、首を吊って死んでいた」
「…………」
「自殺だった。彼は、親友を助けられなかったのは自分のせいだと、自分が……妹の大切な人を、撃ち殺したのだと……そう自分を責めて、罪悪感に耐えられなくなり、そして、自ら首を吊った」
「……妹?」
「うん。夫の親友とは……私の兄のことだ。彼の最期の姿を発見したのは、私だよ」
長岡が話を続ける。俺はかける言葉が見つからなかった。
「どんなに辛かったことだろうね。親友であり、妹の婚約者でもある者を、自らの手で撃たなければならなかったことは。私は兄の心をいたわり、『ありがとう』と声をかけるべきであった。だが、私は自分の哀しみを、どうしようもなくぶつけることしかできなかった。私は夫の魂を解放してくれた兄を、あろうことか、人殺し扱いしてしまったのだよ」
「……だが、それは……」
仕方のないことだ――そう言おうとしたが、言えなかった。
大切な人を失った哀しみは、何かに投げなければ、押しつぶされてしまう。
俺が鈴を失い、鉄華に復讐を誓ったように。
土浦康孝博士がソラを兵器ロボットに作り変えたように。
「私の夫を殺したのは、私の兄ではない。でも、私の兄を殺したのは、間違いなく私だ」
長岡は、はっきりとした口調で言い切った。
「私は哀しみと罪悪感から逃れるように、軍に入隊した。夫と同じように、F・フォースへと入り、兄と同じように、戦場で幾人もの鉄魔となった人の額を撃ち抜いた。そこに、善意も使命も復讐心もなかった。ただ私は、そこしか行く場所がなかったから、そこにいたのだ。私は、戦場でしか生きていくことができなかったのだよ」
「……今でも、そうなのか?」
「……いいや。確かに、最愛の夫を失った哀しみは一生癒えることはないし、兄を殺した罪も決して消えることのないものだ。あれから七年経った今でも、時折、胸がどうしようもなく苦しくなるよ。
けれども、今はね……一人でも多くの仲間や部下を、その人を想う人たちのもとへ生きて帰すために、私は戦っている。私自身もミッションを終えた後は、必ず両親のもとへ帰るようにしている。最初の数年は、兄を殺した私が、実家に帰るわけにはいかない、父や母に合わせる顔がないと、そう思っていたのだけれどもね……ある時、鉄華との死闘から帰ってきた後に、私のもとに両親からの手紙が届いていた。そこには、繰り返し書かれてあったよ。『たまには顔を見せてほしい』『帰ってきてほしい』『いつでも待っている』『会いたい』って。その時、私は初めて思えた。ああ、私は……戦場から、生きて帰ってきてもよかったんだ。私には帰る場所があるんだ――ってね」
そう言うと、長岡が俺の方へと顔を向けた。
「真我里。お前には、お前の帰りを待ってくれている人はいるのか?」
「……知っていると思うが、俺には親も家族もいない。親戚もいない」
俺は長岡から顔を背けずにはいられなかった。
「恋人や親友はいないのか?」
「いない。仕事上、作らないようにしている。俺の仕事は……仲間を殺すことだから」
「お前の仕事は、仲間を助けることだろ。お前が一度でも仲間を殺したことなんてないのは、私も分かっているよ」
「……すまない。悪いが、俺はそんな風に考えることはできない」
鉄還りをした人間を、鉄還りをした仲間を撃つ時、長岡のように捕らわれた魂を解放するだなんて、とても思えない。
いつも残るのは、人を殺したという事実だけだ。
「……真我里」
「……なんだ?」
「戦場を帰る場所にするな」
長岡の力強い言葉が、俺の胸を締めつけた。
「……俺に帰る場所なんて、どこにもないよ」
胸の痛みを飲み込むように、俺は唇を噛み締めていた。
俺には戦場しか居場所がない。
そして、いずれは戦場から去る日が来る。
十九歳となり、鉄還りをする可能性がある戦士となり、商品としての需要がなくなった時、俺は行き場所を失う。
いや、今ですら、戦場が俺の居てもいい場所なのかどうか、分からない。SPMCの《花摘》のような、本物のマッドソルジャーとは成り切れない俺に。
「そうか……。ふふっ、そう言うと思っていたよ」
長岡の声のトーンが急に変わり、思わず俺は、長岡に顔を向けた。
「真我里。お前に、頼みたいことがある」
「なんだ?」
「ソラの帰る場所になってあげてくれ」
「……は?」
意味が分からず、間の抜けた声が出てしまった。
「覚えているか、私が言ったこと。ソラがお前を選んでくれたことに、とても感謝していると。お前たちは似ているからと」
「……ああ、そんなことを言ったな」
「ソラには、お前と同じで、帰る場所が戦場にしかない。たとえ、この戦いで生き残ることができたとしても、また次の戦場へと駆り出されるだけだ。なぜなら、今のあの子は、鉄華と戦うためだけに生きる、兵器ロボットだから。あの子のマスターは、もう既に亡くなっていて、あの子の帰りを待ってくれている人は、誰もいないのだよ」
長岡が言葉を続ける。
「でも、あの子とデートをしたお前ならば、兵器ロボットとしてではない、あの子の一面を知るお前ならば、あの子の帰る場所になってあげられる。同じく、戦場にしか帰る場所のない、似た者同士のお前ならば」
長岡と目が合い、彼女が頬を緩めた。
似た者同士……俺と、ロボットが?
――いや、違う。
俺は自ら戦場を求めたが、ソラは違う。彼女は無理矢理に戦場へと連れ込まれた、可哀想なロボットだ。
「……何を言い出すのかと思えば。そもそも、あのロボット自身が、そんなことを望んではないだろ?」
「まあ、そうだね。確かに、ソラが何を望んでいるのかは私にも分からないし、全ては私の余計なお節介なのかもしれない。だが、お前は一つだけ勘違いしている。そもそも、あの子が先にお前を選んだのだよ。デートをする相手として、数ある男の中から、お前をね」
「それは……」
俺は言葉に詰まる。
ソラが俺を選んだ理由以前に、そもそも、デートが軍の指示ではなかったと判明した今となっては、なぜソラが男性とのデートを望んだのかも、さっぱり分からない。
「……だが、アレはあくまでも、ロボットだ。アレはデート中、一度たりとも『嬉しい』とか『楽しい』とか、そんな感情の言葉を口にしなかった。全てがプログラムで、心というものがないのではないか?」
「ふふっ、それを言うのならば、お前だって同じじゃないのか、シャイボーイ。お前だって『嬉しい』とか『楽しい』とか滅多に口にしないだろ? たとえ、心に抱いていたとしてもね」
「……別に、俺は……」
「それに、口にする言葉が全てではないだろ? あの子が何を思い、何を考え行動しているかなんて、私たちには分からない。でも、その『分からない』ということこそが、心があるという証拠じゃないのか? 全ての行動や言動の意図が分かってしまう――それが、プログラムというものさ」
「……だが――」
「ほら、現にお前が言っていたじゃないか。ポンコツ――とね。それこそが、心を持っているという証拠だよ」
長岡の言葉に俺はハッとして、思わずソラに目をやる。
――あるのか?
――お前の中にも……心というものが。
――笑顔の下に……大切な人を失った、哀しみというものが。
ソラと目が合い、彼女がニッコリと俺に微笑みかける。
作り物の笑顔、プログラムの表情――そう思いたかった。
だがもう既に、アイツをポンコツだと――そう思ってしまう自分が、そこにはいた。




