第1話 『私、とっても我慢強いんですよ』
「すごい……!」
すごいすごいすごい! 目がはっきりと見える! 身体が軽やかに動かせる!
現実では自室が世界の全てな私。
身動きの全部を支える医療用VR器具の重みから解放されたこの身体。
今までみたいなぎこちない、どこまで行っても偽物ってわかるVR世界とも違う。
小さい頃に感じていた自由な現実世界そのもの。ううん、それ以上!
「ようこそ、アーリーアクセス空間へ。俺はサポートAIの――」
「ひっ!?」
え、なんで、すぐそばからいきなり男の人の声!? や、やぁぁ。
男、嫌、怖い……!!
浮足立っていた心に冷や水が浴びせられる。
記憶の奥深くにしまい込まれたナニカが、私の心臓を鷲掴みにする。
恐怖に仮想の体と視界が震えて、冷や汗が止まらない。
《規定値以上の心的負荷を検知――状況分析中》
「失礼しました。お嬢様、担当サポートAIを変更させていただきました」
ふんわり優しい香りが鼻をくすぐる。
柔らかな女性の身体にぎゅっと優しく抱きしめられて、ちょっとずつ身体の震えがとけていく。
「い、いえ。私こそごめんなさい、とり乱してしまって……もう、大丈夫です」
「ここは事前のキャラクター作成用空間。私はプレイヤーの皆様の初期ユニーク要素作成をお手伝いする、サポートAIです」
穏やかな風の吹く草原に、白いティーテーブルと、ふかふかの大きなソファーチェアが二脚現れる。
「よろしければ、お飲み物を召し上がりながら、ゆっくりとお話ししませんか?」
誘われるまま席につくと、カモミールの優しい香りが漂うハーブティーを、そっと勧められました。
「はい、お言葉に甘えて」
ん、美味しい! 匂いに、味、全てが現実と変わりない。芳醇な甘さまで伝わってくる。
医療用VRデバイスの研究者だったママもプロジェクトチームに参加しているこのゲーム。
日本中の先端技術をかき集めた、次世代技術へのブレイクスルーを目指すテストベッドとも言われるVRMMO『U-topia~Unique World Online~』。
治験で経験したどんな最先端VRよりも、桁違いにすごい事だけはわかるわ。
「種族や装備、スキルといった基本システムとは別に、すべてのプレイヤーが最初に一つ、自分だけの『ユニーク要素』を設定できます。テンプレートから選ぶも良し、メリットとデメリットを好きなだけ組み合わせるも良し。私たちサポートAIがばっちりお手伝いします」
薄桃色のウェーブヘアをなびかせる、女神様みたいな女性(サポートAI)が向かいの椅子に座って、同じくティーカップを傾けながら語り聞かせてくれる。
さっき私を優しく癒してくれたとても大きなお胸は、私と同じくらいのサイズがあるかも。
私の目の前にはスクロールバーが小さすぎて見えなくなっているほど、膨大な設定要素が表示された半透明のウィンドウが浮かんでる。それぞれの要素には数字のプラスマイナスが書かれているから、これの合計を調整して私だけの『ユニーク要素』を作りなさいっていう事よね。
「デメリットを設定するとユニークポイントを獲得でき、そのポイントをメリットの設定に使えます。残りが0以上であれば、組み合わせは自由ですよ。同じ組み合わせを選べば、類似の『ユニーク要素』が生まれる可能性もありますので、必ずしも『完全な唯一』ではありません」
そんな私の考えを、髪と同じ薄桃色の可愛らしい瞳で読み取ったのか、説明を進めてくれる。
「参考までにテンプレートとしてこんなものも用意されていますよ」
★ ════════════════════════ ★
ジョブ・勇者:
開始時から特殊な装備やスキルを保有。特殊モンスターとの邂逅コンテンツが用意される。
ただし、魔王討伐を果たす勇者となる事は保証されていない。
★ ════════════════════════ ★
特別な物語と、そのためのキャラクター設定が用意されるのね?
勇者……は目立ちそうで嫌だけれど、私だけの特別な物語や出会い、素敵!
★ ════════════════════════ ★
職業・王族:
王族としての立場と専用コンテンツが用意される。
住民(NPC)に対する来訪者特権が一部無効化され、適切なロールプレイが必須となる。
★ ════════════════════════ ★
わ、詳細を開いてみたら、インベントリを使えなくするなんていうデメリットもあるんだ。あれ? でも、すごく大変になるはずなのにポイントが10,000しかもらえないの? って思ったら、住民用の似たシステムが使えるのね。
なりきりプレイ、本当の異世界冒険みたいで面白そう。
けれど偉い人になるだなんて、人付き合いに問題がある私には無理。想像するだけで鳥肌がたっちゃった。
「貴女はこの世界で、どんなことがしてみたいですか?」
あまりにたくさん提示された情報に、目を白黒させている私をおもんぱかってか、そんな風に優しく問いかけてくれる。
「私は……私は、自由にこの身体で動き回りたいです。自分の足で歩いて、走って……ううん、それだけじゃもったいないわね。いろんな武器も使って、物語の中で読んだみたいな冒険をして。できれば、空を自由に飛んで、魔法も使ってみたいです!」
そんな、私のありきたりかもしれない、でも切実な願いに彼女は目元をほにゃって優しく緩めて。
「うふふ。もちろん、それはどれも叶えていただけます。『U-topia』はまさに、皆様が思い描くようなファンタジーの世界。ユニークポイントを消費しない通常種族でも、はじめから空を飛べるものがありますよ」
天使に妖精、ゴースト。いろいろな種族が表示される。
あ、でも天使を指先でちょんっておしてみたら内包要素に、『制約:信仰』とか『制約:魔法属性制限(闇系統習得不可)』なんて書いてある。ユニーク要素の設定リストと見比べてみると、それぞれの制約を加えれば、+1,000UPと+5,000UPが獲得できるのね。
プレビュー画面に映る白い翼を広げて自由に空を飛ぶ私の姿に、良いかもって思ったけれど、さらに『制約:服従(上位存在)』……これはさすがに嫌かな。
「お気に召した通常種族があれば、デメリット含めてカスタマイズしてユニーク設定にもできますよ。ですが、そうですね。例えば先ほどとは逆、こんなことは絶対に嫌。そんな想いはお持ちですか?」
元々はママが私の治療にも役に立つからって、関係者特権まで駆使して用意してくれた最高級機材と、このゲームへの第1陣(最初期プレイヤー)参加権利。私が医療用VR技術の治験にずっと協力してきたのも、追い風になったの。
VRMMOだから、多人数参加型ゲームなのはわかってはいるけれど……。
「できれば、あまり人と……現実の人間、プレイヤーとは深く関わりたく……ないです。特に男性は……無理。それと、医療上の理由で現実と同じ体型じゃないとだめ、です」
一瞬薄桃色の瞳を閉じて考えこんだ後、サポートAIさんがそっとほっそりとした手を差し伸べると、私の前にいくつかの選択肢が表示される。
それぞれの横には数字があって。
★ ════════════════════════ ★
・パーティー枠占有(解除不能)
[+1/+10,000UP] [+2/+50,000UP] [+3/+200,000UP]
[+4/+600,000UP] [+5/+1,200,000UP]
※警告:一部公式イベントへの参加不可
※警告:相反する後付けの効果は無効化されます
・キャラクターカスタマイズ制限
※外見カスタマイズ指標累計3%未満 [+1,000UP]
・キャラクターネームお任せ設定 [+1,000UP]
★ ════════════════════════ ★
「パーティーは通常6人が上限です。枠占有を増やすとその分、パーティーを組める人数が減りますので、パーティープレイは現実のお知り合いか、よほどの理由でもなければ不可能になるでしょう」
「是非。是非これで! +5でいいです」
ソロプレイ万歳。それにもらえるポイントもさっきチラ見したリストのどれよりも桁違いに膨大!
「ちなみに、テイムモンスターや、住民(NPC)とのパーティーもこの制限にかかりますが、大丈夫ですか?」
あ、もふもふな動物さんとか可愛いパートナーを仲間にして、一緒に冒険したりもできるの?
そ、それは……う~ん。現実の人間が中身じゃなければ問題ないし。
+5だと私一人だけ。+4なら、もう一人だけ一緒に冒険できるのよね。
でも、獲得できるポイントが60万も減っちゃう……。
うぅ……でもでも、癒しは大事!
「では、+4……で?」
「はい。他はそうですね――」
ゆったりとしたティータイムを過ごしながら、私のキャラクターメイクは進んだわ。
――そうして最後、いよいよ大詰め。
ゲームのことだけじゃない、プライベートなこともいっぱい話し込んじゃったけれど、様々な調整を加えて。
本当に大丈夫かな? っていうデメリットもたくさん選んで。
もらえた膨大なポイントなんと160万超え!
U-topia運営さんの事前想定では、デメリットを積むことで獲得できるユニークポイントのプレイヤー平均は10万くらいかなーって考えていたみたい。
その全部を、オリジナル制作の『ユニーククエスト(シナリオ)』っていう選択にぽーんって、投入することにしたの。
私の希望や嫌なことはもう伝えたもの。細かな設定とかは、優しくってほっとできるサポートAIさんにお任せ!
実際にU-topia世界に降り立ったら、シナリオの進め方や、私自身の選択によってクエストが生成、分岐されて種族や装備、スキルまで変わっていくんですって。私の行動や想い次第で無数に枝分かれする、私だけのための特別な物語! 現実ではできることも、行ける場所も限られていたんだもの。だからこそ、ね?
どんな『特別』に出会えるのか、私自身にもわからない。リボンを解くまで中身がわからないプレゼントみたい。
最高じゃない?
★ ════════════════════════ ★
代償に対するユニークメリット段階付与 [高難度:200,000UP獲得]
ゲーム開始時点のユニークメリット付与無し。
メリット解放にはゲーム内コンテンツ遂行が必要。
★ ════════════════════════ ★
なんていうのも選んだけれど……うん、わくわくって大事でしょう?
《生成される種族・スキル・特性等は事前に指定・調整できず、ゲーム進行が極めて困難になる場合があります》
《得られる『特別』は、クエストの進行・選択・達成結果によって変化します。何も得られなくなる場合もあり、消費ポイント相当の報酬は保証されません》
《ゲーム開始後にキャラクターリセットした場合、初期ユニーク要素の再設定は大幅に制限されます》
とかとか、最後の決定をぽちってさせてもらえるまでに、いろんな警告が何度も出たけれど……。
そんなことにならないよう、一生懸命考えて、工夫すればいいの。
私のあんなことやこんなこと、願いも、怖いのも、全部全部。
サポートAIさんは、一つ一つ、嫌な顔もせずに聞いてくれて、
「しっかりと、伺ったご希望を取り入れて、ご満足いただけるよう頑張りますね」
なんて、可愛らしく両手を胸の前で握りながら微笑んでくれたの。
うん。こんなにも優しい女神様みたいな人が、私のために一生懸命考えてくれているんだもの。
ええ、きっと大丈夫よね。
「あ……これはまずいかしら。あらあら……でも、これなら。う~ん、けれどこうしないとお空を“どこまでも自由”には……それに物語、いろんな“特別な”武器に、魔法も使えて……」
なぜかいつの間にか、彼女のお膝の上でぎゅって抱きしめられながら、さくさく甘くて美味しいクッキーを頬張っている私。
早速何かをしてくれているらしい、安心するような良い匂いな彼女から不穏な言葉が聞こえてくるよ?
「あの、ですね? 希望も全部叶えられるけれど、初めがとても……と~ても大変になってしまうのだけれど、どうしましょう。ちょこっと妥協、する?」
んー、どれほど大変なのかは想像もつかない。
でも、これだけ心配してくれるのだもの。きっと、本当に難しいんだろうな。
ちらりと、この身体を見下ろしてみる。
私の思いどおりに動く手に、足。本来あるべき現実と、何一つ劣る事のない感覚。
少し前まで、そんな当たり前のことさえ、私にとっては夢物語だったのよね。
だからこそ。私の方から諦めたくはない。
現実よりもつらい状況なんてそうそうないだろうし、なにより。
「大丈夫です! 私、とっても我慢強いんですよ」
日本サーバーだけでも第5陣までに分かれた累計1,000万ユーザー分が完売して。
さらに増枠が決まっている、このゲームのプレイ権利。
サービス開始までの1年。この間に全プレイヤーが設定したユニーク要素も取り入れて、初期状態のU-topia世界が構築されるらしい。
それまではこのアーリーアクセス空間で設定を調整しながら、初期スキルとかの練習がいくらでもできるの。
あぁ、この温かい日差しに照らされた草原も素敵だけれど。
現実の私を縛る枷から解き放たれて自由に生きられる世界が、1年後のサービス開始が、待ち遠しいわ。
……それにしても、サポートAIさん。最後まで、ほんのちょっぴり心配そうだったのよね。
うん。きっと気のせいよね!
◆◆◆ ◆◆◆ 作者後書き ◆◆◆ ◆◆◆
第2話では早速、サービス開始直後、ゲーム開始から!
事前期間の様子や日常は挟まりませんので、どうか、お楽しみに♪




