51 夜雀(よすずめ)
冊子を開く。
ある晩の、帰り道だった。
ばあちゃんの家へ向かう途中、ふいに気づいた。
チッチッチ、と雀の鳴き声がする。
夜なのに。
振り返っても、もちろん何もいない。人通りもない夜道。
チッチッチッ、と雀のさえずりが重なって聴こえる。一羽ではない。複数だ。
早足で振り切ろうとするが、運悪く、目の前で踏切の遮断機が下りてしまった。走ればよかった。
チッチッチ。
遠く、近くで雀が鳴く。
がたたん、がたたん、と列車が通過する。踏切が開き、線路を渡る。チッチッチ、と雀の声がついてくる。
振り返っても、姿は見えない。
雀の声だけが、ついてくる。
ついてくる。
チッチッチッ。
前も後ろも、道が夜闇に沈んでいる。電柱の小さな明かりが、おぼろげに町名のプレートを照らす。
雀の姿はどこにもない。
チッチッチッ。
鳴き声だけが、闇から滲んでくる。
月もなく、風もない夜。雀の鳴き声だけが、響く。
「……田村だったら、びびるかな」
ついてくる雀の鳴き声は不気味だったが、不思議と怖くはない。向こうに害意がないのか、もしくは俺が怪異に慣れ過ぎたのか。
とはいっても、気持ちの良いものではない。
このまま、ばあちゃんの家までついて来られても困る。でも、榊先輩のように、解決する方法はわからない。
「うーん」
弓も矢もないし、有り難い呪文やら何やらを唱えることも出来ない。身ひとつで、どう対処するか。
「――あ」
ふと、思い付いた。
簡単な厄除け。道具も呪文も何もいらない。
両の手の平を合わせる。少しだけ右手を下げて、僅かに膨らみを作る。この隙間がコツなのだと、いつぞや榊先輩が言っていた。
柏手を二回、打つ。
チヂヂッ。
無数の羽ばたく音が過ぎれば、しんと静寂が戻った。
「おぉ」
さすがは当代書記係直伝、効果はてきめんだった。目の前に広がる闇の中に、何の気配もない。
それでも、ばあちゃんの家まで全力で走った。
「あぁ、捕まらなくて良かったな。鳥目になるぞ」
「鳥目?」
翌日の朝練で、榊先輩に訊ねれば、あっさりと返事が返ってきた。
「夜盲症のことさ。目の網膜にある桿状体の働きが弱まって、光を感知する力が減衰する。暗さに順応しにくくなる」
うっかり捕まえなくて本当に良かった。
「昔はあの辺りに夜雀の大群が出たんだ。そのせいで道が通れなかったり、しっかり触れられて鳥目になったりした。ちゃんと地名にもなっているぞ」
はた、と気がつく。
「連雀町ですか」
「そう」
「てっきり、レンジャクって鳥が関係しているかと思っていました」
「残念。地名の由来は歴史が重なってこんがらがる場合もあるが、今回は何の捻りもなく素直な名付けだ」
連なる雀の町。字面もそのままだ。
「ストレートに夜雀町とかじゃないんですね」
「昼はひとの領分だからな」
さらっと言われた。そうなのか、と納得しそうになる。
だが、微かに何かが引っ掛かった。榊先輩の返答は、俺の質問から微妙にズレている。
――ひとの領分に何故、夜雀の名前を付けてはいけないのか。
「地名や歴史に関しては古谷の方が詳しい。気になるのなら、ヤツを訪ねてみろ」
にやりと榊先輩は嗤った。
『夜雀』




