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46 裏道、抜け道、回り道

 

 冊子は続く。

 暑さ残る、夜のことだった。



 地面に転がった竹の柄を拾う。

 ついでに、放り投げた竹の枝の束――竹箒だったものも回収する。留める針金が切れ、柄と穂先が別々になったので、あとは捨てるしかない。


 可燃ごみに掛けられた獣除けのネットを、榊先輩が持ち上げた。


「それは化けて出ないから、安心しろ」

「……怖いこと言わないでくださいよ」


 打ちっぱなしのコンクリートの上、可燃ゴミの袋たちと一緒に、竹箒だったものを屈みこんで置く。声を出さずに呟けば、彼女が微かに笑った。


「なんですか」

「うん? なんでもないさ」

 榊先輩が手を離す。ばさっ、と獣除けネットが中腰の姿勢だった俺に掛かる。


「ちょっと!」

「鳴海確保」

 けらけらと笑いながら、さっさと木々が茂るほうへ歩いて行く。獣除けネットから抜け出して、榊先輩の後を追う。


「榊先輩、どこに行くんですか!」

 弓道場とは違う。ましてやグラウンドとは正反対の方向で。

 外灯もなく、周囲は真っ暗。

 榊先輩が向かっているのは、正真正銘、夜闇に沈む森の端だ。


「どこって、裏道」

 そんな道があるなんて知らない。

「そりゃそうだ。裏道だから」

 さらりと思考を読まれた――のは、もう慣れたからいいとして。


「答えになっていませんよ。それに、真っ暗で危なくないですか? 転んだら、絶対に怪我します」

 雪駄の足元には、太い木の枝や石が転がっている。暗くてよく見えない。


「このルートは一瞬で着くから、大丈夫」

 あっけらかんと榊先輩は言う。

 が。

 意味がわからない。

「一瞬で着くって……どういうことですか?」

 にやり、と榊先輩が嗤った。


「百聞は一見に如かず」

 来い来い、と彼女の手招きに従い、傍まで駆け寄る。


「視えるか?」

 榊先輩が木々の隙間を指差す。

「何がですか?」

「道」

 目を凝らしても、夜風に揺れる木々の間には何もなかった。


「見えません」

 だろうな、と彼女は頷いた。勝手に納得している。

「じゃ、行こうか。百見(ひゃっけん)は一行に如かず」

 躊躇なく、榊先輩が足を踏み出した。


 ざくざくと地面に落ちる枝を踏みながら、闇に沈む木々のほうへ歩き出す。

 榊先輩のひとつに結った長い髪が、尻尾のように揺れている。

 その背中を、追えば。


 たった数歩で地面が無くなった。


 高所から落下するような、臓腑が持ち上がる浮遊感。ぐにゃり、と目の前が歪む。

 身体が拒絶する吐き気が込み上げる。ぶわっと冷や汗が噴き出す。

 長時間は耐えられそうもない――。


「着いたぞ」

 頭上から降る榊先輩の声に、地面の固さを感じた。


 気がつくと、弓道場の外にある倉庫の裏で尻もちをついていた。

 横を見上げれば、榊先輩が嗤いながら立っている。


「なんだ、だらしないな」

「……いや、これ、なんですか」

 胸の中で、吐き気が渦を巻く。


「裏道、抜け道、回り道。〈あっち〉の領域をちょっと通ったから、最初はそうなる。すぐに慣れる」


 深呼吸を繰り返し、息を整えれば、やがて吐き気は消えていった。ゆっくりと立ち上がる。手と袴に付いた落ち葉を払う。


「お、早い。流石、次代書記係だな」

 褒められ要素二割、からかい要素八割だと思う。

「素直に受け取れよ」

「どっちをですか」

「さぁね」

 弓道場の軒下の明かりが平らな地面を照らす。軽い足取りで、榊先輩は女子部室のドアを開け、中に入って行った。


 ばたん、と閉じたドアと同時に、男子部室の窓が開く。

「おっ鳴海。無事に帰ってきたな――って、どうした?」

 顔を出した田村が、眉を寄せる。


「顔色悪いぞ」

 田村の言葉に、ひょっこりと松永も顔を覗かせる。

「なにか、あったのか」

 松永の表情は淡々としているが、それでも、声から心配そうな気配は感じ取れる。


「あー……うん。ちょっと、いろいろあって、消化不良だ」

「珍しい」

 田村が茶化す。

「拾い食いでもしたのか」

「おい、怒るぞ」

 男子部室のドアを開ければ、温かな明かりが零れた。



『裏道、抜け道、回り道』





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