37 花の宴(三)
花の宴(二)より続き
垜小屋の裏は、しんと静まり返っている。
それでも、春はここまで来ているようで、草陰にカタバミの小さな黄色が隠れていた。そよぐ軟風に、野襤褸菊の葉がふるりと震える。
手に持っていた自分の矢を、シャフトが曲がりませんようにと念じつつ、地面へと突き刺す。矢の先から三センチほど。ほんの浅くしか土に刺さっていないが、何故か矢は倒れることはない。
「野襤褸菊。案内を頼む」
榊先輩の声に、音もなく人形の野襤褸菊が現れた。腰を直角に折る最敬礼をして、ボロボロの着物の袖を振う。
ざあ、と風が起こり、野草たちが一斉に葉を裏返す。
凛とした森気が辺りに満ちる。
瞬きする間に、古木が悠然と並ぶ森の中に立っていた。
見上げれば、二十メートル、もしくは三十メートル頭上で、枝葉が揺れている。木々の上、天上では風が渡っているらしい。ほろほろと、白い春光が、木漏れ日となって顔に降り注ぐ。
絹布を擦るような、幽き羽音が聴こえた。草叢の間を白く細長い物が飛んでいる。目で追えば、太い樹の幹に隠れて消えた。
「次代。ぼうっとしていると、おいて行くぞ」
振り向きもせず、当代書記係の榊先輩が歩き出す。
〈紫苑の森〉で名を呼ばないのは、どこで何が聞いているかわからないから。名を知られてしまうと、いろいろと厄介とのこと。
前を向けば、榊先輩より先にいる野襤褸菊と目が合った。軽く頭を下げ、くるりと踵を返して〈紫苑の森〉の奥へと進む。
その後に続く。
森の中に道などない。
それでも、野襤褸菊が先導すれば、生い茂る野草たちが行く手を空ける。その小道を、右手に一升瓶を下げて通れば、さやさやと、草葉が瓶に触れた。
野襤褸菊に先導されて、〈紫苑の森〉を行く。
枝打ちをしていない、人の手が入っていない森だったが、木々の枝葉からほどよく光が通る。おかげで、頭上を緑で覆われていても、真っ暗ということはない。
ほろほろと、春の陽が降ってくる。
光が、幾つもの白い筋となって、森の中に差し込んでいた。足元に茂る野草の上に光は落ちる。ひっそりと咲く菫の花が、スポットライトを浴びたように、草々の中から凛と浮かび上がった。
〈紫苑の森〉というけれど、紫苑の花は少ない。
その季節の草花が、そこかしこで咲いている。黄色い花のノゲシが群生をつくっていたり、ヒトリシズカの白い花が木の幹に隠れていたり。
時折、思い出したように、さわりさわりと微風が吹く。
風に乗って、何処か遠くから、ざわめきが聞こえた。
花の宴(四)へ続く




