第9話 森の襲撃者
翌朝。
ルカとハルトは宿場村を後にした。
本来なら東へ向かう予定だった。
だが世界樹の手掛かりはまだ何も見つかっていない。
まずは情報を集める。
それが今の旅の方針だった。
二人は森沿いの街道を歩く。
昼過ぎ。
突然、前方から怒鳴り声が聞こえた。
「離れろ!」
続いて獣の唸り声。
そして悲鳴。
ルカとハルトは顔を見合わせた。
「行きましょう!」
二人は声の方へ駆け出した。
街道の先では荷馬車が止まっていた。
数人の商人達が必死に棒や槍を構えている。
その周囲を三頭の獣が取り囲んでいた。
狼に似ている。
だが普通の狼ではない。
肩までの高さは人の腰ほどある。
牙は異様に長く、赤い目がぎらついていた。
「野獣だ!」
誰かが叫ぶ。
一頭が商人へ飛び掛かった。
男は尻餅をつく。
避けられない。
ルカが息を呑んだ。
その瞬間だった。
ハルトが駆け出していた。
「ハルトさん!」
考えるより先に体が動いていた。
地面に落ちていた太い枝を拾う。
飛び掛かる野獣。
次の瞬間。
ハルトの体が反射的に動いた。
自分でも理由は分からない。
ただ気付けば体が横へ流れていた。
牙が頬のすぐ横を通り過ぎる。
「っ!」
思わず枝を振る。
狙ったわけではなかった。
枝は偶然、野獣の鼻先へ当たった。
野獣が短く悲鳴を上げる。
鼻先を押さえるように後退した。
「今だ!」
商人の一人が叫ぶ。
他の男達が一斉に槍を突き出した。
野獣はさらに後退する。
だがまだ逃げない。
残り二頭も唸り声を上げていた。
ルカは咄嗟に石を拾った。
「こっち!」
力いっぱい投げる。
石が一頭の肩に当たった。
大した威力ではない。
だが気を逸らすには十分だった。
商人達が必死に武器を振るう。
誰も余裕はない。
その時だった。
「どけ!」
低い怒声が響いた。
森の奥から一人の男が飛び出してくる。
肩幅が広い。
日に焼けた肌。
頭には灰色の獣耳。
腰には大きな剣。
ビースト族の戦士だった。
男は迷いなく前へ出る。
一頭の野獣へ剣を振るった。
鋭い一撃。
野獣は慌てて飛び退く。
その隙に商人達も体勢を立て直した。
三頭の野獣は不利を悟ったのか、やがて森の奥へ逃げ去っていく。
静寂が戻った。
誰もが大きく息を吐く。
「助かった……」
一人の商人がその場に座り込む。
「本当に助かった」
荷馬車の持ち主らしい中年の男が深々と頭を下げた。
「あと少し遅れていたら死人が出ていた」
「無事でよかったです」
ルカはそう答えた。
その時だった。
先ほどのビースト族の男がハルトを見る。
「お前が飛び出したのか?」
ハルトは少し考えた。
「たぶん」
男は眉を上げる。
「たぶん?」
「自分でもよく分からない」
正直に答えた。
「気付いたら体が動いていた」
男は数秒黙った。
やがて豪快に笑った。
「変な奴だな」
だが馬鹿にした笑いではなかった。
「助かったのは事実だ」
そう言って右手を差し出す 。
「俺はガルド」
「オーミガル獣王国の戦士だ」
ハルトは差し出された手を見る。
少し遅れて握り返した。
「ハルトだ」
「ルカです」
ガルドは頷いた。
「覚えておこう」
そして逃げていった森を見る。
「最近増えてるんだ」
「この辺りも物騒になった」
商隊の男がため息を吐く。
「だから護衛を頼んでるんだよ」
ガルドは肩をすくめた。
「今のは俺の仕事だったんだがな」
そう言ってハルトを見る。
「先に飛び出されちまった」
ルカは思わず笑った。
ハルトは意味が分からないらしく首を傾げる。
ガルドはまた笑った。
「面白い奴だ」
そして尋ねる。
「お前達はどこへ向かう?」
「世界樹を探しています」
ルカが答える。
ガルドは少し不思議そうな顔をした。
「世界樹?」
だが詳しくは聞かなかった。
「俺には分からん話だな」
そう言って荷馬車へ視線を向ける。
「俺達はゴウカ砦へ寄ってから王都へ向かうところだ」
「ゴウカ砦?」
「オーミガル獣王国最南端の砦だ」
ガルドは答えた。
「商人も旅人も集まる」
「情報を探すなら悪くない場所だ」
ルカはハルトを見る。
ハルトもこちらを見ていた。
今は情報が必要だった。
世界樹について。
東の伝承について。
何か手掛かりが見つかるかもしれない。
「行ってみます」
ルカは答えた。
「よし」
ガルドは満足そうに頷く。
「なら一緒に来い」
「道中は俺が面倒を見てやる」
その言葉に商人達も頷いた。
「命の恩人だからな」
「歓迎するぞ」
ルカは頭を下げる。
「ありがとうございます」
こうして二人は商隊と共に歩き始めた。
目的地はオーミガル獣王国最南端。
ゴウカ砦。
世界樹への旅は少し寄り道をすることになった。
だがその寄り道が、後に二人の運命を大きく変えることになるとは、まだ誰も知らなかった。
――第9話 森の襲撃者 終――
【次回】
第10話 ゴウカ砦




