第10話 ゴウカ砦
ルカとハルトは商隊と共に北西へ進んでいた。
案内役はガルド。
オーミガル獣王国の戦士だった。
野獣襲撃から一日。
街道は次第に広くなり、行き交う旅人も増えていく。
そのほとんどがビースト族だった。
狼耳。
狐耳。
熊のように大柄な者。
様々な姿の者達が行き交っている。
ルカ達が歩いていると、すれ違うビースト族達の視線を感じた。
正確には二人へ向けられている。
ルカはヒューマン。
ハルトは見慣れない服を着た正体不明の青年。
どちらもこの土地では珍しかった。
露骨な敵意ではない。
だが歓迎されているわけでもない。
子どもを連れた母親が少し距離を取る。
商人が二人を見て小声で何か話す 。
そんなことが何度もあった。
「気になるか?」
ガルドが聞いた。
ルカは首を振る。
「慣れています」
そう答えたが、少し寂しかった。
黒炭病を恐れる者は少なくない。
ヒューマンそのものを避ける者もいる。
それは旅に出てから何度も見てきた光景だった。
夕方近く。
街道の先に巨大な城壁が見えてきた。
高い石壁。
見張り台。
獣王国の旗。
そして巨大な門。
「見えたぞ」
ガルドが言った。
「ゴウカ砦だ」
ルカは思わず足を止める。
想像していたより遥かに大きい。
砦というより、城塞都市だった。
多くの商人や旅人が出入りしている。
門番達も全員ビースト族だった。
「大きいですね……」
「王都じゃないぞ」
ガルドが笑う。
「王都はもっと大きい」
「これでですか?」
「これでもただの砦だ」
ルカは驚いていた。
オーサ村では見たこともない規模だった。
やがて一行は門をくぐる。
中は想像以上に賑やかだった。
商人達の呼び声。
荷車の音。
旅人達の笑い声。
宿屋や酒場も並んでいる。
砦というより、一つの町のようだった。
「今日はここで休む」
ガルドが言った。
「二日後の朝に出発だ」
ルカはほっと息を吐く。
ここ数日は歩き続けだった。
温かい食事と寝床が恋しい。
宿を取った後、一行は酒場で夕食を取ることになった。
木造の広い店内は大勢の客で賑わっている。
壁には古い斧や獣の牙が飾られていた。
大きな杯を片手に笑う者。
旅の話をする者。
武器の手入れをしている者。
ビースト族の酒場は、オーサ村の食堂とはまるで違っていた。
ルカが席へ着いた時だった。
「……ヒューマンか」
近くの席から声が聞こえた。
ルカは思わず振り返る。
数人のビースト族の男達がこちらを見ていた。
「珍しいな」
「こんなところで何してる」
悪意までは感じない。
だが好奇の視線だった。
ルカは少し居心地の悪さを覚える。
その時。
「黒炭病じゃないだろうな」
一人が言った。
店内が少し静かになる。
ルカの肩が小さく震えた。
ガルドが男達を睨む。
「やめろ」
低い声だった。
男達は肩をすくめる。
「悪かったよ」
「別に追い出そうってわけじゃない」
そう言いながら視線を逸らした。
だがルカの胸には重いものが残った。
ハルトは黙ってその様子を見ている。
やがて料理が運ばれてきた。
香ばしく焼かれた肉。
温かいスープ。
焼き立てのパン。
ルカは無理に笑顔を作る。
「美味しそうですね」
ガルドは少しだけ申し訳なさそうな顔をした。
「気にするな」
「どこにでもいる」
「黒炭病を恐れている奴らだ」
ルカは静かに頷いた。
「分かっています」
だが本当は少しだけ悲しかった。
母が病に苦しんでいること。
父がその病で亡くなったこと。
何も知らない人達に恐れられること。
それら全てが胸に刺さった。
ガルドは黙って肉を口に運ぶ。
しばらくしてから言った。
「昔、俺はヒューマンに助けられたことがある」
ルカは顔を上げた。
「え?」
「若い頃だ」
ガルドは苦笑する。
「無茶をして崖から落ちた」
「足を折って動けなくなった」
「その時、通りかかった旅のヒューマンが助けてくれた」
意外な話だった。
「その人は?」
「名前も知らん」
ガルドは少しだけ遠い目をした。
「礼を言う前に去っていった」
「ただ、言っていた」
ガルドは杯を置く。
「困っている奴を見たら、助けるものだろう、と」
ルカは黙って聞いていた。
「だから俺は知っている」
ガルドは続ける。
「種族なんて関係ない」
「良い奴もいれば、嫌な奴もいる」
「ビーストにも、ヒューマンにもな」
ルカは少しだけ笑った。
「そうですね」
「そういうことだ」
ガルドも笑う。
それだけで、胸の重さが少し軽くなった。
ハルトは静かにガルドを見ていた。
「どうした?」
ガルドが尋ねる。
ハルトは少し考える。
「覚えておく」
ガルドは目を瞬いた。
そして豪快に笑った。
「変な奴だな、お前は」
「よく言われる」
「自覚はあるのか」
「少し」
ルカは思わず笑ってしまった。
「しかし、ここでは世界樹の情報はなさそうだな」
ガルドがつぶやく。
「オーミガルの長老衆なら何か知っているかもしれんが……」
とても旅人などが会える人物たちではなかった。
「このまま王都まで行くが一緒に行くか」
「はい」
ルカはすぐに頷いた。
その夜、ルカは久しぶりに温かい食事を腹に入れた。
旅の疲れは残っている。
不安も消えてはいない。
それでも、この国には自分達を見てくれる人もいる。
そう思えただけで、少しだけ眠れそうだった。
その夜、ルカは宿の窓から砦の灯りを眺めていた。
旅に出てから初めて見るほど大きな町だった。
様々な種族。
様々な旅人。
そして様々な考え方を持つ人々。
ヒューマンというだけで警戒する者もいた。
だがガルドのように、種族ではなく人を見てくれる者もいた。
そのことが少しだけ嬉しかった。
「眠れないのか」
ハルトが聞く。
「少しだけです」
ルカは笑った。
「色々なことがあって」
ハルトは窓の外を見る。
しばらく沈黙が続いた。
「早く休め」
やがてハルトが言う。
「そうですね」
ルカは頷いた。
母を救うために。
まだ旅は続いていく。
二日後の朝。
ゴウカ砦の門前は早くから賑わっていた。
王都へ向かう商隊。
王都を目指す若い戦士達。
荷車を引く商人達。
多くの人々が同じ道を進もうとしている。
「牙試しが近いからな」
ガルドが言った。
「牙試し?」
ルカがガルドを見る。
「この国で誰が一番守る力を持つかを決める祭りだ」
「今の王都は一年で一番人が集まる時期になる」
ルカは行き交う人々を見つめた。
「守る力…」
皆、それぞれの目的を持っている。
そして自分達にも目的があった。
世界樹。
母を救う方法。
その手掛かりを探す旅だ。
「行くぞ」
ガルドが声をかける。
「はい」
ルカは荷物を背負った。
ハルトも静かに頷く。
三人は王都へ続く街道を歩き始める。
空は高く晴れていた。
その先で待つ出来事を、まだ誰も知らなかった。
――第10話 ゴウカ砦 終――
――第1章 旅立ち編 終――
【次回】
第2章 ビースト編
第11話 王都オーミガル




