第11話 王都オーミガル
ゴウカ砦で二日を過ごした後。
ルカとハルトは王都へ向かう隊商へ加わった。
案内役は引き続きガルドだった。
翌日。
王都が見えた。
「すごい……」
ルカは思わず立ち止まった。
巨大な石壁。
高くそびえる見張り塔。
何重にも続く城壁。
そして中央には王城が見えている。
オーミガル獣王国。
ビースト族最大の都市だった。
王都へ近づくにつれ、人の数も増えていく。
街道には多くの旅人がいた。
武器を背負った戦士達。
派手な旗を掲げた一団。
各地から集まった商人達。
皆の目的は一つだった。
牙試し。
「牙試しは始まっているんですか?」
ルカが尋ねる。
ガルドは頷いた。
「予選がな」
「本戦は三日後だ」
「そんなに大きなお祭りなんですね」
「ああ」
ガルドは少し誇らしげに笑った。
「獣王国中から戦士が集まる」
「強さを競うだけじゃない」
オーサ村にも力自慢はいた。
だが、ここで語られる強さは少し違うようだ。
勝つためだけではない。
守るための強さ。
それがビースト族にとって大切なのだろう。
王都へ入ると、その熱気はさらに強くなった。
広場では戦士達が腕相撲をしている。
別の場所では木剣を持った若者達が型を見せ合っていた。
露店では肉の串焼きが並び、子ども達が牙試しの真似をして走り回っている。
まるで王都全体が一つの大きな祭りになっているようだった。
露店では出場者の噂話で持ちきりだった。
「今年は北方のガイザが優勝だ」
「いや、西部のラグナも強いぞ」
「東部の若い奴も評判だ」
戦士達の名前が飛び交う。
ルカにはよく分からなかった。
だが、その中でも何度も耳にする名前があった。
ガイザ。
「ガイザって人は有名な人なんですか?」
ルカが尋ねると、ガルドは少し顔を引き締めた。
「牙将ガイザ」
「若手では最強格の戦士だ」
「獣王様からも目をかけられている」
「そんなに……」
「ああ」
ガルドは頷いた。
「力もある」
「判断も速い」
「だが少し厳しすぎるところがある」
ルカは首を傾げた。
「厳しすぎる?」
「守るためなら、切り捨てる判断もためらわない」
ガルドはそう言った。
その声には、尊敬と少しの苦さが混じっていた。
その熱気の中でも、ルカ達へ向けられる視線は変わらなかった。
ヒューマン。
それだけで目立つ。
道を歩いていると、通り過ぎたビースト族達が小声で話す。
「ヒューマンか」
「珍しいな」
「牙試し見物か?」
敵意ではない。
だが歓迎でもない。
ルカは少し肩をすくめた。
ゴウカ砦でも同じ視線を感じた。
慣れているつもりだった。
けれど、王都の人混みの中では、その視線の数が違った。
その時だった。
前方で悲鳴が上がった。
「おい!」
「誰か来てくれ!」
人々が慌てて集まり始める。
騒ぎの中心には一人の男がいた。
フードを被ったヒューマンだった。
旅人らしい。
男は地面に膝をついている。
苦しそうに胸を押さえていた。
「黒炭病だ……!」
誰かが叫んだ。
その瞬間。
周囲が凍り付いた。
ルカの体も硬直する。
男の腕が黒く変色している。
まるで炭のように。
「まさか……」
ルカの声が震えた。
男は苦しそうに息を吐く。
誰も近付かない。
助けようとしない。
ただ距離を取る。
「離れろ!」
「近付くな!」
「うつるぞ!」
怒号が飛ぶ。
男は何かを言おうとした。
だが声にならない。
やがて黒い変色は首元まで広がった。
男は最後に一度だけ空を見上げる。
家族を思ったのか。
故郷を思ったのか。
それは誰にも分からない。
次の瞬間。
皮膚が崩れた。
炭のように。
乾いた灰のように。
男の体は静かに崩れ落ちる。
風が吹いた。
灰は宙へ舞い上がる。
誰も動けなかった。
誰も声を出せなかった。
ただ灰だけが風に乗って流されていく。
まるで最初から誰も存在しなかったかのように。
そして――
灰は東へ流れていった。
残されたのは衣服だけだった。
静寂が訪れる。
重苦しい沈黙だった。
ルカは胸元の首飾りを握り唇を噛む。
五年前の父を思い出した。
あの日も同じだった。
母もいつかこうなる。
そう思うと胸が苦しかった。
その時だった。
群衆の誰かが叫んだ。
「ヒューマンがいるぞ!」
視線が集まる。
ルカとハルトへ。
「また黒炭病か?」
「危険だ!」
「追い出せ!」
ざわめきが大きくなる。
ルカは一歩後ろへ下がった。
理不尽だ。
だが恐怖が人をそうさせることも知っていた。
「落ち着け!」
ガルドが前へ出る。
「この二人は関係ない!」
しかし群衆は収まらない。
「同じヒューマンだろ!」
「王都から出ていけ!」
「疫病を持ち込むな!」
怒号が飛び交う。
ルカは俯いた。
慣れているはずだった。
だが王都の大勢の人間から向けられる敵意は重かった。
その時。
隣に立つハルトが一歩前へ出た。
何も言わない。
ただルカの前へ立つ。
それだけだった。
だが不思議と心強かった。
群衆のざわめきはまだ収まらない。
祭りの熱気に包まれていた王都は、一瞬にして不穏な空気へ変わっていた。
――第11話 王都オーミガル 終――
【次回】
第12話 牙将ガイザ




