第12話 牙将ガイザ
「追い出せ!」
「王都から出ていけ!」
「ヒューマンを置いておくな!」
怒号が飛び交う。
ルカは俯いた。
反論したかった。
自分は何もしていない。
黒炭病でもない。
けれど恐怖に支配された人々へ何を言っても届かないことを知っていた。
ガルドが前へ出る。
「いい加減にしろ!」
低い声が響く。
「この二人は関係ない!」
「それを誰が証明する!」
群衆の中から声が飛ぶ。
「また黒炭病が出たんだぞ!」
「王都から出ていけ!」
騒ぎは大きくなるばかりだった。
その時。
人垣の向こうから別の声が響いた。
「騒がしいな」
不思議なほどよく通る声だった。
群衆が左右へ割れる。
道ができる。
そこを一人の男が歩いてきた。
大柄だった。
ガルドよりもさらに大きい。
狼のような姿。
鍛え抜かれた体。
背には巨大な戦斧。
ただ歩いているだけなのに周囲の空気が変わる。
「ガイザだ」
「牙将ガイザ」
「優勝候補の……」
周囲からざわめきが広がった。
ルカにも分かった。
ただ者ではない。
男はゆっくりと状況を見回す 。
そして地面に残された衣服を見る。
黒炭病で消えた男のものだった。
「なるほど」
短く呟く。
「黒炭病か」
広場に集まっていた人々は、ガイザの姿を見た途端に口を閉ざした。
先ほどまで怒鳴っていた者達でさえ。
ルカはその様子に驚いた。
ただ強いだけではない。
この男は人々から信頼されているのだ。
「ガイザ様なら何とかしてくれる」
誰かが呟く。
「牙将の判断に従おう」
別の声も聞こえた。
ガルドが小さく息を吐く。
「相変わらずだな……」
「知り合いなんですか?」
ルカが小声で聞く。
「ああ」
ガルドは頷いた。
「同じ戦士だ」
「昔から何度も一緒に戦った」
その視線はガイザへ向けられていた。
「強いぞ」
「俺なんかよりずっとな」
ルカは驚いた。
ガルドも十分強い。
そのガルドがここまで言う相手なのだ。
「だが」
ガルドは少しだけ眉をひそめる。
「守るためなら切り捨てることもためらわない」
「それがあいつの強さだ」
ルカはガイザを見る。
鋭い瞳。
迷いのない立ち姿。
確かに、この男は自分の判断を曲げないだろう。
それが正しいと思う限りは。
そしてルカへ視線を向けた。
「ヒューマンだな」
ルカは小さく頷く。
「はい」
「なら王都を出ろ」
あまりにもあっさりした言葉だった。
ルカは息を呑む。
「私達は何も――」
「関係ない」
ガイザは遮った。
「お前達が病人でなくても、人々は不安になる」
「祭りの最中だ」
「余計な火種は消すべきだ」
周囲から賛同の声が上がる。
「そうだ!」
「ガイザ様の言う通りだ!」
「追い出せ!」
ルカは拳を握った。
悔しかった。
だがどうすることもできない。
ゆっくりとガイザが歩み寄る。
「来い」
大きな手がルカの腕を掴もうとした。
次の瞬間。
その腕が止まる。
誰かが掴んでいた。
ハルトだった。
ガイザが眉をひそめる。
「離せ」
ハルトは動かなかった。
ただガイザを見る。
「……」
「聞こえなかったか?」
ガイザが低く言う。
そこでハルトは口を開いた。
「ルカは何かしたのか」
周囲が静まり返る。
ガイザの目が細くなる。
「何?」
「何もしていない」
ハルトは続けた。
「なのになぜ連れて行く」
ざわめきが起きる。
ガイザにそんな言葉を向ける者は滅多にいない。
ガイザは鼻で笑った。
「甘いな」
「王都は慈善で動いているわけじゃない」
「大勢を守るためなら少数は切り捨てる」
ハルトは少し考えた。
だが答えは変わらない。
「分からない」
静かな声だった。
「病気なのはあの人だ」
地面に残された衣服を見る。
「ルカじゃない」
群衆がざわめく。
ガイザの眉がわずかに動いた。
「理屈はそうだろう」
「だが人は理屈だけで生きていない」
「恐怖もある」
ハルトは黙って聞いていた。
だが腕は離さない。
その様子を見ていたガルドが額を押さえた。
「おいおい……」
まずい流れだった。
ガイザは王都でも有名な戦士だ。
牙試し優勝候補。
次代の英雄とまで言われている。
その相手に正面から異を唱えている。
しかも理由は単純だった。
ルカが悪くないから。
それだけだった。
ガイザはしばらくハルトを見つめていた。
やがて口元を歪める。
「面白い」
周囲の空気が変わった。
戦士達が反応する。
獣同士が睨み合うような緊張感だった。
「名を聞こう」
ガイザが言う。
「ハルト」
「そうか」
ガイザは頷いた。
「ハルト」
そして不敵に笑う。
「言葉だけでは誰も納得しない」
巨大な戦斧の柄を軽く叩く。
「お前はルカが悪くないと言う」
「あいつらはヒューマンを追い出せと言う」
ガイザは周囲を見回した。
群衆も固唾を飲んで見守っている。
「なら証明してみせろ」
低い声が広場に響く。
「お前の言葉に価値があることをな」
ルカの胸に嫌な予感が広がる。
ガイザの目は本気だった。
これは脅しではない。
戦士としての挑発だった。
王都へ来てまだ一日。
だが二人は、牙試しよりも先に獣王国最大級の騒動へ巻き込まれようとしていた。
――第12話 牙将ガイザ 終――
【次回】
第13話 証明




