第13話 証明
広場は静まり返っていた。
誰もが成り行きを見守っている。
ガイザの言葉がまだ空気の中に残っていた。
「証明してみせろ」
低い声だった。
ルカは思わずハルトを見る。
ハルトは相変わらず無表情だった。
困っているようにも見えない。
怒っているようにも見えない。
ただ考えている。
「証明?」
やがてハルトが口を開いた。
「ああ」
ガイザは頷く。
「お前はその娘が悪くないと言った」
「なら俺達を納得させろ」
周囲から歓声が上がる。
「やれ!」
「勝負だ!」
「ガイザ様だ!」
祭りの熱気が戻り始めていた。
ルカだけが不安だった。
ガイザは強い。
周囲の反応を見れば分かる。
この国でも指折りの戦士なのだろう。
ハルトはしばらく考えていた。
そして言った。
「戦えば納得するのか」
ガイザは笑う。
「少なくとも俺はな」
ルカは慌てた。
「ハルトさん!」
だがハルトは静かだった。
ただ一歩前へ出る。
広場の中央。
人々が円を作る。
即席の闘技場だった。
ガイザは巨大な戦斧を地面へ立てた。
「安心しろ」
「殺しはしない」
「倒れた方が負けだ」
周囲から笑い声が起こる。
誰もハルトが勝つとは思っていない。
ただの旅人。
しかも正体不明の若者。
牙将ガイザの相手になるはずがなかった。
ハルト自身も勝てるとは思っていなかった。
そもそも戦った記憶がない。
自分が強いのか弱いのかも分からない。
ただ。
ルカは悪くない。
それだけだった。
「始めるぞ」
ガイザが戦斧を持ち上げる。
空気が変わった。
戦士の空気だった。
ルカは息を呑む。
ガルドも腕を組んで見つめている。
「いくぞ!」
ガイザが踏み込んだ。
巨体とは思えない速さだった。
一瞬で距離を詰める。
戦斧が振り下ろされる。
その瞬間だった。
ハルトの頭の奥で何かが響いた気がした。
音だったのか。
言葉だったのか。
分からない。
遠い昔の夢の残響のような感覚。
だが次の瞬間には消えていた。
代わりに。
戦斧の軌道が見えた。
どこへ避ければいいのか分かる。
なぜ分かるのかは分からない。
体が自然に動いていた。
戦斧が地面を叩く。
轟音。
土が舞い上がる。
しかしハルトはそこにいなかった。
「なに?」
ガイザの目が開く。
ハルトは少し横へ避けていた。
紙一重だった。
周囲もどよめく。
偶然ではない。
明らかに見切っていた。
ガイザが再び踏み込む。
二撃。
三撃。
四撃。
戦斧が唸る。
だが当たらない。
ハルトはただ避け続けた。
最小限の動きで。
まるで次の攻撃を知っているかのように。
「なんだあいつ……」
誰かが呟く。
ガルドも驚いていた。
予想以上だった。
ガイザの攻撃をここまで見切れる者は少ない。
ガイザの額に汗が浮かぶ。
初めてだった。
攻撃がかすりもしない。
「貴様……!」
戦斧を振り上げる。
渾身の一撃。
その瞬間だった。
ふたたび頭の奥で何かが響いた。
だが聞き取れない。
聞き取れないまま。
ハルトの体が前へ出る。
初めてだった。
避けるだけだった男が踏み込んだ。
ガイザの懐へ。
周囲が息を呑む。
そして。
ハルトはガイザの腕を掴んだ。
ほんの一瞬。
体の向きを変える。
それだけだった。
「なっ!」
ガイザの体勢が大きく崩れる。
強く踏み込んでいたため勢いを止められない。
前へ転がるように倒れ込み、そのまま人の壁に頭から突っ込む。
轟音。
土煙が舞い上がった。
広場が静まり返る。
誰も理解できなかった。
何が起きたのか。
ガイザ自身も分からない。
ただ分かったことが一つある。
勝負が決まった。
ハルトは自分の手を見ていた。
驚いていたのは彼も同じだった。
なぜできたのか。
分からない。
だが体が勝手に動いた。
広場に沈黙が落ちる。
そして次第にざわめきへ変わる。
「勝った……?」
「ガイザ様が倒れた?」
「今のは何だ……」
「誰なんだあいつは」
誰もがハルトを見る。
さっきまでの視線とは違う。
警戒でもない。
恐れでもない。
驚愕だった。
ガイザはゆっくり立ち上がる。
「ふぅ…」
ひとつ息を吐き服についた土を払った。
そして初めて少し笑った。
「なるほど」
低い声だった。
「面白い奴だ」
広場の空気が変わっていた。
誰ももうルカを追い出せとは言わない。
誰も軽く扱おうとしない。
ただ。
正体不明の旅人ハルトを見つめていた。
その時だった。
「ガイザが負けた……」
誰かが呟く。
ざわめきが広がる。
「牙将ガイザを倒したぞ」
「旅人が?」
「誰なんだ、あいつは」
噂は瞬く間に広場中へ広がっていく。
ガルドは頭を抱えた。
「これは大事になるぞ……」
牙試し本戦まで、あと三日。
王都オーミガルに現れた正体不明の旅人の名は、少しずつ人々の間で語られ始めていた。
――第13話 証明 終――
【次回】
第14話 獣王の使者




