第6話 嵐の夜
遠くで雷鳴が響いた。
ルカは足を止める。
見上げた空は、いつの間にか黒い雲に覆われていた。
冷たい風が吹き抜ける。
嫌な予感がした。
「まずいかなぁ……」
旅の途中で何度も雨には遭ってきた。
だが今回の空は違う。
重く、低く垂れ込めた雲は、まるで山々を飲み込もうとしているようだった。
雨粒が落ちてくる。
一粒。
二粒。
そして次の瞬間、激しい雨が大地を叩き始めた。
「きゃっ!」
ルカは思わず目を閉じる。
風も強い。
雨が横殴りに吹き付けてくる。
視界はあっという間に白く霞んだ。
近くに身を隠せる場所を探す 。
岩山ばかりの土地だ。
どこかに洞窟でもあればいいのだが。
雷が光る。
山々が一瞬だけ白く浮かび上がる。
その時だった。
ドォォォン――!
地鳴りのような音が響いた。
ルカは反射的に振り返る。
山の斜面が崩れていた。
「え……?」
信じられなかった。
大量の土砂と岩が、まるで濁流のように流れ落ちてくる。
崖崩れだ。
逃げなければ。
そう思った。
だが足が動くより早く、地面が崩れた。
「きゃあああっ!」
視界が回転する。
体が宙に浮く。
雨。
岩。
泥。
全てが混ざり合いながらルカを飲み込んでいった。
――――
どれほど時間が経ったのだろう。
目を開ける。
最初に聞こえたのは雨音だった。
だが先ほどより遠い。
「うっ……」
頭が痛い。
全身も痛む。
けれど骨は折れていないようだ。
ゆっくり体を起こした。
そこは薄暗い洞窟だった。
どうやら崖の途中に開いていた穴へ落ち込んだらしい。
「助かった……のかな」
ルカは安堵の息を吐いた。
だがその瞬間。
胸元に違和感を覚える。
「あれ?」
首元を探る。
何もない。
ルカの顔から血の気が引いた。
「首飾り……!」
父の形見だった。
旅立ちの日からずっと身につけていた。
絶対に失くしたくないもの。
慌てて周囲を探す 。
洞窟の床。
岩陰。
泥の中。
どこにも見当たらない。
「お願い……どこ……」
必死になって探す 。
すると岩の隙間で何かが光った。
銀色だった。
「あった!」
ルカは思わず声を上げた。
岩の隙間に手を伸ばし、慎重に首飾りを引き寄せる。
泥に汚れてはいたが、銀色の輝きは失われていない。
「よかった……本当に……」
胸に抱きしめるように握りしめる。
この首飾りだけは失くしたくなかった。
幼い頃、父が初めて狩りへ連れて行ってくれた日のことを思い出す。
夕暮れの丘の上で、父は照れくさそうに笑いながら首飾りを差し出した。
『いつかルカが一人で村の外を歩く日が来たら、その時はこれを持っていけ』
当時は意味が分からなかった。
けれど父が亡くなった今、その言葉は旅を続ける支えになっている。
嬉しい時も、苦しい時も、不安な夜も。
首飾りを握れば、父がそばにいる気がした。
「お父さん……見つけたよ」
ルカは小さく呟いた。
その時だった。
ゴトリ。
足元で嫌な音が響いた。
「え?」
岩が動く。
次の瞬間。
地面が崩れた。
「きゃっ!」
ルカの体は暗闇へ吸い込まれる。
――
「いたた……」
だが思ったほど痛くなかった。
柔らかな砂の上に落ちたようだ。
座り込んだままルカは周囲を見回した。
周囲はほのかに薄明るい。
先ほどの洞窟とは明らかに違う。
壁は岩肌のように見えるのに、どこか不自然なほど滑らかだった。
まるで誰かが削り出したかのようだ。
黒い壁面には細い筋のような模様が幾重にも走っていた。
見たことのない素材。
見たことのない造り。
オーサ村にも、旅の途中で訪れた町にも、こんな場所はなかった。
「遺跡……?」
ルカは思わず息を呑む。
静まり返った地下空間には、自分の呼吸音だけが響いていた。
立ち上がる。
そして息を呑んだ。
天井は高く、闇の中へ消えていた。
「なに……ここ……」
ルカは震える手でたいまつに火を灯した。
小さな炎が揺れる。
その光が地下空間を照らした。
そして。
部屋の中央に何かがあることに気付く。
大きな箱だった。
石棺にも見える。
だが石ではない。
見たこともないほど滑らかな表面。
ルカはゆっくり近付いた。
鼓動が早くなる。
そして箱の前で足を止めた。
「人……?」
思わず声が漏れる。
中に青年が眠っていた。
二十歳前後だろうか。
黒い髪。
整った顔立ち。
まるで昨日眠ったばかりのようだった。
ルカは息を呑む。
こんな地下に人がいるはずがない。
それなのに。
確かにそこにいた。
恐る恐る箱へ触れる。
冷たい。
石ではない。
その瞬間だった。
カチッ。
どこかで小さな音がした。
「え……?」
地下空間に低い振動が響く。
箱の中に淡い光が灯った。
ルカは後退る。
光は徐々に強くなる。
そして。
眠る青年の指先が動いた。
ゆっくりと。
本当にゆっくりと。
長い眠りから目覚めるように。
青年の瞼が、静かに開いた。
――第6話 嵐の夜 終――
【次回】
第7話 眠り人




