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第4話 旅立ちの日

旅立ちを決意した翌朝。


ルカは夜明け前に目を覚ました。


窓の外はまだ薄暗い。


鳥たちも眠っている時間だった。


しばらく布団の中で天井を見つめる。


本当に行くのだ。


オーサ村を出て。


母を残して。


世界樹を探しに。


昨夜決めたはずなのに、胸の奥は落ち着かなかった。


不安だった。


怖かった。


けれど、それ以上に母を失うことが怖かった。


ルカはゆっくりと起き上がった。


旅の準備は終わっている。


革袋。


水筒。


火打石。


干し肉。


父が使っていた短剣。


そして首には父の形見の首飾り。


それだけだった。


決して十分な装備ではない。


それでも行かなければならない。


「起きていたのね」


振り返ると、母が台所に立っていた。


朝食の支度をしている。


いつもと同じ光景だった。


けれど今日だけは違って見えた。


「おはよう」


「おはよう」


母は優しく笑う。


右手の黒い染みは少しだけ広がっているように感じた。


ルカは視線を逸らした。


見たくなかった。


見れば決意が揺らぎそうだった。


朝食は温かな野菜のスープだった。


二人は向かい合って座る。


いつもなら何気ない話をする。


畑のこと。


村のこと。


天気のこと。


けれど今日は違った。


何を話しても別れの言葉になってしまいそうだった。


「ちゃんと食べるのよ」


母が言った。


「分かってる」


「野宿ばかりしちゃ駄目よ」


「分かってるって」


「知らない人をすぐ信用しないこと」


ルカは思わず笑った。


「子どもじゃないんだから」


母も少し笑った。


「私にとっては子どもよ」


その言葉に胸が締め付けられる。


ルカは慌ててスープを飲み込んだ。


泣きそうだった。


母も同じだったのかもしれない。


それ以上は何も言わなかった。


朝食を終えると、母は棚の奥から小さな布袋を取り出した。


「これを持っていきなさい」


中には銀貨が入っていた。


ルカは驚く。


「こんなに?」


「父さんが残してくれたものよ」


父のお金だった。


母はずっと大切に保管していたのだろう。


「でも、お母さんが」


「私は大丈夫」


母は静かに首を振った。


「今必要なのはルカでしょう?」


ルカは何も言えなかった。


ただ袋を受け取る。


重かった。


銀貨の重さではない。


母の想いの重さだった。


家を出る頃には、村人たちが集まっていた。


小さな村だから噂は早い。


皆、ルカの旅立ちを知っていた。


「気をつけろよ」


「無茶するな」


「東は危険だぞ」


次々と声が飛ぶ。


皆が心配してくれている。


ルカは一人ひとりに頭を下げた。


やがて長老が前へ出る。


「ルカ」


「はい」


「東へ向かうならナゴル地方を目指せ」


聞いたことのない地名だった。


「ナゴル地方?」


「ここから二十日ほど東じゃ」


ルカは少し驚いた。


そんなに遠いのか。


「昔から巡礼者が通った土地と言われておる」


長老は続けた。


「古い遺跡も多い」


「世界樹を目指すなら、まずそこへ向かうとよい」


「ありがとうございます」


ルカは深く頭を下げた。


村の入口まで来る。


そこが故郷との境界だった。


ここを越えれば、もう後戻りはできない。


知らない世界が待っている。


ルカは一歩を踏み出した。


その時だった。


「ルカ」


母の声。


振り返る。


母は村人たちの後ろに立っていた。


笑っていた。


泣いてはいなかった。


「必ず帰ってくるのよ」


ルカの目に涙が浮かぶ。


「うん」


声が震えた。


「約束する」


母は静かに頷いた。


それだけだった。


それ以上言葉はなかった。


ルカは背を向ける。


振り返れば泣いてしまいそうだった。


一歩。


また一歩。


村から離れていく。


やがて丘の上へ辿り着いた。


そこで思わず足を止める。


オーサ村が見えた。


小さな家々。


畑。


森。


十七年間過ごした故郷。


そして。


村の入口にはまだ母の姿が見えた。


こんなに離れているのに。


まだ見送ってくれていた。


ルカは大きく手を振った。


母も手を振り返した。


それが最後だった。


道が曲がり、村は見えなくなる。


ルカは胸元の首飾りを握った。


父の形見。


父が見つめていた東。


灰が飛んでいった東。


そして世界樹があるという東。


空を見上げる。


遥か彼方。


山々の向こう。


まだ見ぬ世界。


「行ってきます」


その言葉は父に向けたものだった。


そして母に。


自分自身に。


ルカは涙を拭った。


もう立ち止まらない。


母を救うために。


父が見たかった景色を見るために。


少女は東へ向かって歩き始めた。


こうしてルカの長い旅が始まった。



――第4話 旅立ちの日 終――


【次回】

第5話 旅の試練

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