↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
2/14

第2話 母の病

挿絵(By みてみん)


父が亡くなってから五年が過ぎた。


十二歳だったルカは十七歳になっていた。


オーサ村の暮らしは相変わらずだった。


朝になれば畑へ出る。


昼は家事を手伝い、夕方には薪を割る。


特別なことは何もない。


けれどルカにとっては大切な日々だった。


母がいたからだ。


「ルカ、朝ご飯できたわよ」


「はーい」


家の中から聞こえる声に返事をする。


父が亡くなってからは母と二人暮らしだった。


決して裕福ではない。


それでも笑い合える毎日があった。


父が残した首飾りは今も大切に身につけている。


銀色の小さな首飾り。


特別な宝石が付いているわけでもない。


けれどルカにとっては父との思い出そのものだった。


朝食の席で母が笑う。


「最近、村の男の子達がよく家の前を通るわね」


「お母さん!」


ルカは顔を赤くした。


母は楽しそうに笑う。


そんな何気ない時間が好きだった。


ずっと続くと思っていた。


その日の夕方までは。


夕食の支度をしている時だった。


母が鍋を持ち上げた瞬間、ルカの視線が止まる。


「お母さん」


「なに?」


「その手……」


母の右手の人差し指。


小さな黒い染みがあった。


ほんの小さなものだった。


気付かない人もいるかもしれない。


だがルカは知っている。


忘れるはずがない。


五年前。


父の指先にも同じものがあった。


母は一瞬だけ表情を曇らせた。


だがすぐに袖を下ろした。


「汚れよ」


「違う」


ルカは即座に言った。


母は何も答えない。


その沈黙が答えだった。


「お母さん……」


ルカの声が震える。


「先生には?」


「もう診てもらったわ」


「じゃあ……」


母は静かに目を伏せた。


それだけで十分だった。


ルカの頭の中が真っ白になる。


黒炭病。


父を奪った病。


治療法のない病。


村人達が恐れる病。


それが今、母の体にも現れている。


「嫌だ……」


思わず声が漏れた。


母は優しく笑った。


「そんな顔しないの」


「だって!」


ルカは立ち上がった。


「お父さんも死んだ!」


「お母さんまでいなくなったら……!」


言葉の続きが出てこない。


涙があふれる。


母は静かにルカを抱き寄せた。


「大丈夫」


「大丈夫じゃない!」


ルカは叫んだ。


父の時も同じだった。


皆が大丈夫だと言った。


そして父は死んだ。


だから信じられない。


信じたくない。


「治す方法はないの?」


母は首を横に振った。


「ないわ」


「そんなの……」


ルカは唇を噛んだ。


悔しい。


何もできない自分が悔しかった。


その夜。


眠れなかった。


父の時のことを思い出していた。


黒炭病。


灰。


東へ飛んでいった父。


そして最後の言葉。


生きろ。


窓の外を見る。


遠くの山々。


その向こうにあるという東の世界。


父が最後に見つめていた方向。


すると不意に思い出した。


昔、長老が話していたことを。


東の果てにあるという世界樹。


どんな病も癒す秘宝が眠るという伝説。


子供の頃はおとぎ話だと思っていた。


だが今は違う。


藁にもすがりたい気持ちだった。


翌朝。


ルカは村の診療小屋を訪れた。


老人の医師はルカを見るなりため息をついた。


「来ると思っておった」


「先生」


ルカは真っ直ぐ老人を見た。


「母を助けたいんです」


老人は黙っている。


「本当に方法はないんですか」


しばらく沈黙が続いた。


やがて老人は古びた本を取り出した。


何度も読まれた跡がある。


「これは昔話じゃ」


「世界樹ですか」


老人は驚いた顔をした。


「知っておったか」


「長老から聞いたことがあります」


老人はゆっくりとうなずく。


「昔はな」


「世界樹の頂にはあらゆる病を癒す秘宝があると言われておった」


ルカの胸が高鳴る。


「昔は?」


「今では誰も近付かん」


老人の声が重くなる。


「千年前から世界樹は封じられた禁忌の地じゃ」


ルカは息を呑んだ。


「禁忌?」


「近付いた者が消えた」


「戻った者は狂った」


「そういう話ばかりが残っておる」


部屋が静かになる。


だがルカは目を逸らさなかった。


「それでも」


老人が顔を上げる。


「それでも行くのか?」


ルカは迷わなかった。


「行きます」


たとえ伝説でも。


たとえ危険でも。


母を救える可能性があるなら。


老人はしばらくルカを見つめていた。


そして小さく笑った。


「お前は父親に似ておるな」


その言葉にルカは目を見開いた。


「父さんもな」


老人は東を見た。


「世界樹を信じておったよ」


ルカは胸元の首飾りを握る。


父の形見。


父が最後に見つめていた東。


そして世界樹。


その全てが一本の線で繋がった気がした。


母を救う。


そのためなら。


どこへだって行く。


ルカは静かに決意を固めた。



――第2話 母の病 終――


【次回】

第3話 東への決意

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。