【04】 フライングの「強者たち」
車が東名高速道路へと滑り出す。
千鶴「お疲れ様、速水さん」
爽香「お疲れ様です……。あの……あたし、初めてフライングをしてしまいました」
千鶴「そっかぁ、『初めてのフライング』か。なんか『はじめてのおつかい』みたいね」
爽香「えっ?」
千鶴「ほら、テレビの。幼い子がお使いに行って、迷子になったり転んだりして泣いちゃう番組」
爽香「あ……あたしも今日、いっぱい泣きました」
千鶴「ふふ、でも落ち込むことなんてないわよ」
爽香「え……でも……」
千鶴「ちなみに、どれくらいのフライング(F)だったの?」
爽香「……コンマ03です」
千鶴「たったのコンマ03!? ゼロサンなんて可愛いもんじゃない!」
爽香「えっ?」
千鶴「世の中にはね、その10倍、コンマ30以上の非常識なフライングをかます選手だってゴロゴロいるんだから」
爽香「そうなんですか……?」
千鶴「私なんて、これまでに10本以上フライング切ってるわよ?」
爽香「でも先輩はキャリアが違いますから……」
千鶴「上には上がいるわ。通算で94回フライングした猛者だっていたんだから!」
爽香「き、94回!?」
爽香は思わず目を丸くした。
千鶴「そうよ。怒られるたびに落ち込んでたら、プロなんてやってられないわ。碧南の訓練所なんて、その人にとっては『ちょっとした別荘』みたいなもんだったんじゃないかしら?」
爽香「ふふっ……別荘ですか」
千鶴「でもね、その選手、デビュー節でいきなり初勝利(1着)を挙げてるのよ。精神力も操縦力もケタ外れだったの」
爽香「すごい……そんな選手がいたんですね」
爽香の表情に、少しずつ柔らかさが戻ってくる。
千鶴「だからね、一回のミスで自分を追い詰めちゃダメ。あなたは若いし、これからいくらでも取り返せるんだから」
爽香「先輩……ありがとうございます。なんだか、少し胸が軽くなりました」
後部座席のやり取りを、息子の拓也がバックミラー越しに微笑ましく眺めていた。
千鶴「……ところで速水さん、『二度あることは』の続き、言える?」
爽香「えっ? えーっと……『二度あることは、誰のせい』……?」
ズコーッ!
ハンドルを握る拓也が本気でズッコケ、車体がふっと揺れた。
爽香「きゃっ!? あ、危ない!」
千鶴「ごめんごめん! 拓也、運転しっかりしなさい!」
拓也「いや母さん、今の回答は反則だって……!」
爽香「えっ……あたし、また何かおかしいこと言いました……?」
ぽかんとする爽香に、千鶴は大爆笑した。
千鶴「最高よ速水さん! 勉強なんてできなくていいの。勝負の世界はこれからなんだから!」




