9ー1
舞踏会の朝は早いものです。わたくしがいつものように支度をしておりましたら、ドアをノックする音が聞こえます。
「リリー、わたしよ。手伝いに来たんだけど入ってもいいかしら?」
なんと、ケリーさんです。
「かまいませんけど、王妃様のお支度は?」
「残念だけど、今日はとても具合が悪いみたいなの」
「でしたらわたくしも舞踏会に出るのを辞めさせてもらいます。王妃様が楽になるよう、少しでもお役に立ちたいのです」
でもね、とケリーさんはわつくしの言葉尻を奪います。
「あなたには貴重な体験だから、ぜひ舞踏会に出て欲しいのですって。幸い王妃様のお側には、産科医と女中頭が着いていてくれてるわ。わたしも、あなたの手伝いが終わったら王妃様の部屋に戻るつもり」
「王妃様、そうまでしてどうしてわたくしに舞踏会に出て欲しいのでしょう?」
わたくしは田舎者ですし、こんなに綺麗なドレスが滑稽に見えるほどにはあかぬけていません。
「王妃様は責任を感じているのよ。ほら、わたしたちが冷やかしちゃったせいで、ジェイン様との仲がこじれちゃったでしょう?」
「そんな。王妃様のおかげで、道化者の妻にならずにすんだのですから、お気になさらないでくださいとお伝えください」
「もっとも、それだけじゃないのよ。あなたには無限の可能性が秘められている。その可能性を引き出してあげられるのは、わたしたち大人や、ジェイン様のような力のある魔法使いだけ。それなのに魔法の使い方までおざなりになってしまうなんて、わたしたちとても反省しているの」
「そんな。いいのです。わたくしは、このお城に来れただけでもしあわせですのに、それ以上望むのは贅沢すぎます」
「生意気なことを言うんじゃありませんっ!」
ケリーさんはコルセットを締めるとわたくしに訴えます。
「あなたはまだ若いのだから、贅沢を言ってもゆるされるのです」
「そんなものなのでしょうか?」
では、わたくしにとっての贅沢とは。
おいしい食事をしたり。
楽しく手芸をしたり。
家族と笑い合えるのならば、それだけで贅沢なほどしあわせだったことに、ようやく今になってわかったのです。
「リリー? まぁ、どうしたの、泣いたりして」
わたくしは手の甲で涙を拭うと、ケリーさんにある決断を言うことにしました。
「ケリーさん。わたくしの身勝手で申し訳ありませんが、舞踏会が終わったら、一度実家に帰ってもよろしいでしょうか?」
今、とても家族に会いたい。電話なんかじゃ追いつかない気持ちを、家族に話して聞いて欲しいから。
つづく




