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大広間にたどり着きますと、すでにジェイン様が待っておりました。
今度は花なんて持っていません。ならば、それでよいのです。
「大変お待たせいたしました」
わたくしはすました態度で言い放ちますと、ジェイン様はわたくしの目の前で手のひらをぱっと開いて見せます。はたして手のひらからは真っ赤な一輪の薔薇があらわれます。
「手品ですか?」
「そのつもりです。いつも受け取ってもらえませんので、趣向を変えてみました。どうぞ」
「薔薇なんて、綺麗なだけではないですか」
なんだか負け惜しみのような言葉が勝手に口から出てきます。
「綺麗なだけではいけませんか? わたしは、綺麗だということこそが個性だと思うのですが。少なくとも、ロイヤルミルクティ城の門をくぐった頃のリリーさんは、薔薇の花を見ただけでしあわせそうに微笑んでいらしたでしょう?」
「状況は刻々と変わるものです」
「では、変えてしまったのはわたしの責任ですね。さぁ、気持ちを入れ替えてダンスの練習をしましょう」
そう言うと、ジェイン様はスーツの胸ポケットに赤い薔薇を差し込みます。
「受け取ってもらえなくても、薔薇が美しいことに代わりはありませんから」
「それでは」
ジェイン様の言葉を断ち切るように手を挙げてダンスのかまえをします。
「舞踏会が無事に終わりましたら、こういう機会もなくなるのですね」
ジェイン様はいつもよりキレのある踊りでわたくしを翻弄します。
ですがわたくしは農家の娘とは言え、独学で丁寧語を学んだ身の上です。
一週間もあったのですから、ダンスの腕前もあがっておりますから、ジェイン様に負けずに踊りきります。
不思議なのは、このだだっ広い王広間にわたくしたち二人しかいないことです。
この場所が、明日はお客様でごった返すのです。門番さんに衛兵さんたちはともかく、皆様が無事に帰宅できるまでが舞踏会です。
警備の方もしっかりやってもらわなければなりません。
「不思議ですね。わたしはリリーさんのことを愛しておりますのに、リリーさんはわたしを好きになってはくださらない。これまで一度だってこんなことはありませんでした」
「ですから、意地になっていらっしゃるのでしょう? わたくしの存在などわすれて、ファレスさんの気持ちを受け入れてさしあげたらどうですか?」
「それは、ここに勤務している以上、あってはならないことです。そのくらい、黒魔術は禁止事項なのです」
ですがその前に、ファレスさんはジェイン様のことを好きな女性なのですよ? そのことをわかってあげてください、と小声でつけ足しました。
つづく




