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食堂の扉を開けますと、ふんわりおいしそうな匂いが漂ってまいりました。
「あら、あんた。眠れないのかい?」
なんと、夜ですのにキッチンに女性がおります。おいしそうな匂いの正体は、彼女が鍋をかき回しているからでした。
「すみません。ちょっと色々とあったものでして」
「だったら夜食、食べていきなよ。夜だって衛兵やら門番やらかお腹すかせているからさぁ。調理担当も昼夜問わずなのさ」
「へぇ〜。お疲れ様です」
そう言えば。いつも王妃様と一緒にご飯を食べさせていただいているために、食堂に入るのはこれが初めてなのでした。
「あんたも大変だね。面倒くさい男に好かれちゃって」
「はぁ。知っていらっしゃるのですね」
女性はからからと機嫌よく笑い、あんなの相手にしなきゃいいのさと言い放ちました。
「どうせ血の気の多い男だから、すぐにあんたにも飽きちまうだろうよ。その時嫌な思いをしないためにも、きちんと断っておいた方がいいね」
「実はもう、お断りしているのです。それなのに……」
わたくしは、そんな自分がゆるせず、ジェイン様もあきらめてくれないのですとつづけると、乙女だねぇと言って、お皿にシチューをよそってくれました。
「いいんじゃない? 好きなようにすれば。ただ、あの男は本当に信用できるかわからないというか、本心がつかめない男だからね。後悔のない選択をすればいいんじゃない?」
いただきますと言って、スプーンを口に運びます。ふんわりと優しいお野菜の香りが口いっぱいに広がります。
「おいしいです」
「そりゃよかった。あんたずいぶんとひどい顔していたからね。食べても味がわからないんじゃないかって心配していたんだよ」
初めて会った方にまで心配させてしまうなんて。わたくしはただのわたくしですのに。
「あの、もしかしてあなた様もジェイン様に口説かれたことがありますか?」
年の頃三十代後半といったところでしょうか。一見すると豪快なように見えますが、とても美しい女性です。
「あるある。って言っても、本人は口説いたことなんて覚えてないんじゃないかい? そういう人なのさ」
パンはどうだい、と聞かれて、パンもいただくことにしました。
「うんうん。若いうちは悩んでいいんだ。たくさん食べて、たくさん悩みな。後悔したってかまうもんか。若いんだからゆるされることっていっぱいあるからね」
そう言ってもらえると、なんだか心が軽くなるような気がしてきました。
この後わたくしはシチューとパンをおかわりして、お皿洗いを手伝った後、あてがわれたお部屋でぐっすりと眠ることができたのでした。
つづく




